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FLOWORLD〜美しさの持ち主〜  作者: まさのりくん
壱の章 最西端軍事国家キギス
5/25

伍 再び森へ

伍. 『再び森へ』



 俺たちは森の入口に着いた。


「久しぶりだね、この道も。」

「でもその時と比べりゃ今は人が全然通わないから道が雑だと思うぜ。そこ、足下気を付けろよ。」


 俺たちはトボトボと森の中へ入った。そして六年前のあの日のように森を歩きながら彼女とどうでもいい無駄話のスイッチが入る。


「あ、そういえばさ。あの網みたいな壁はなんだ?でっけえ壁だなと思った。」

「あれは鉄条網だよ。この森に出入りするのは法律上禁じられているの。」


 俺は驚いて訊く。


「え、嘘だろ?ここに何人かの外界の人たちに会ったことあるよ?お前にもあったしな。てか、お前あの日遊びにここへ来たって言ってたじゃんか。」

「私がここに遊びに来た六年前まではそんな法律がなかったの。でもあれから国の上層部から全国の幾つもの地域を民間人が立入できないよう法律を作ってあの鉄条網が張られたわ。」

「え、どうりででこの六年間外界人と会えなかったわけだ…。でも、国はなんでそんなことをするんだ?」


 彼女は顎に手を当てて言う。


「それが謎なのよ。ここ六年間キギスの法律はだいぶ変わってしまったの。まるで異国を見ているように国が変わってしまっているわ…。」

「もしかして、その変化が原因でシレネってやつが神と人間まで奴隷にしてるんじゃないか?」

「え、あなた見た目と違って頭いいのね?!確かにそうかも。奴隷に半神(デミゴッド)以外の種族が混ざったのも六年前だったのかしら…。」

「見た目と違ってっておいおい…。でも、そうやって立ち入りできなくなっているのにどうやってお前らはその鉄条網を通ってきたんだ?」


 俺が彼女に訊くと彼女は顔に曇りを作って言う。


「鉄条網の前には大きな鉄門があるけど、そこを警備するものの目をすり抜けて鉄条網を登ってここに入り込んだの。でも、さっきの男たちはここに入るために二人の警備員を躊躇もなく斬り殺したらしい…。」

「ひでぇ奴らだな。殺す必要はないだろうに…。」

「だからあの組織は絶対許せない…。」


 彼女は拳を固く握りしめた。俺はその彼女をリラックスさせようと、ある場所へ連れて行く。


「まあ、事情はよーく分かった。でも、とりあえず少し頭冷やそうぜ!ほら、ここ覚えてるか?」

「あ、ここ…!」


 俺が彼女を連れて行ったところは六年前彼女と初めて出会ったその場所だった。俺は彼女の前に立って両手を左右に大きく伸ばして見せる。


「前と変わらず綺麗なところだろ!」


 すると、風に(そよ)がれる森が彼女の髪の毛や青い瞳を(なび)けた。その景色を眺めていた彼女は左側にある大樹に近づいた。


「あの時、あんたここで一人で何かブツブツ譫言(譫言)言ってたよね?それで私が話しかけたら馬鹿みたいに腰抜かして、バケツの水も全部溢してびしょ濡れになってたよね。フフッ。」


 彼女が俺の恥ずかしい過去を晒して俺は顔を赤くして言う。


「あん時はびっくりしてたんだよ!そん時の俺みたいに小さい子を見たのはお前が初めてだったから…。しかも、そんな近くて急に話しかけられたら誰でもびっくりするわ!」

「フフッ、ほんと馬鹿みたい。あんたはあの時と全然変わってないわね。」


 俺に顔を向けた彼女は可愛らしい笑みを浮かべていた。俺は胸のドキドキが治らなくて話題を変える。


「そっそうかな?ふーん…。あ、そうだ!お前があん時言ってた母ちゃん、俺にもいるってよ!」


 俺が彼女に母ちゃんの話を持ち出すと彼女の微笑みは一瞬で凍りついた。


「あっそ…。よかったね。……。」


 俺はいきなり冷たくなった彼女の態度に紡ぐ言葉を失ってしまう。これ以上言うのは危険だと俺の動物的本能が俺を諫めていた。


「え?あ、うん…。」


 彼女は背中を向いて向こうの森の木々を眺める。そっと彼女の様子を(うかが)った俺は森の東にある渓流のことを思いつく。


「あ、そっそうだ!あん時この森に渓流があるって言ってただろ?そこに行ってみようぜ!綺麗なところなんだぞ?」

「そうね。行ってみたいわ。」


 彼女が頑張って笑顔を作って見せた。これで少しは彼女の機嫌が治るのだろうか。俺はなぜか彼女の笑顔を取り戻そうと必死に森の中を案内した。


 そうやって森の案内を終えると、俺は彼女を連れて大城戸のおっさんのところへ向かった。空は夕焼けですっかり橙色に染まっていた。また、彼女もすっかり笑顔を取り戻していた。そんな彼女の顔を見て俺も胸を撫で下ろしたが、何か忘れてるような気分だ。気のせいなんだろうか…。


 彼女と二人で森路(もりじ)を歩くと丸太小屋の家が見えてきた。


「あそこが俺が住んでる家なんだ。」

「うわ、すごい!海が見える!」

「だろお!?でもな、海は綺麗だけどここは崖の上だから気をつけないと落ちるかもしれないぜ。」


 そして二人が家の前に着くと、扉の向こうから雄叫(おたけ)びが聞こえてきた。


——ウゥッ!これはまずい…。


 俺はその雄叫びを聞くや否や瞬時に水汲みを放って置いて来たことを思い出した。横に立っていた彼女も謎の怒鳴り声で怯えていた。その瞬間、玄関の扉が内側から蹴り飛ばされたのも束の間、すぐおっさんが玄関から飛び出して来た。


「かーいーとー!!水を汲んでくるのに一体何時間かかるんだ!!」


 そう怒鳴っていたおっさんが玄関先に佇んでいる俺と彼女を交互に見る。俺は謝った。


「ごめん!ちょっと外でこの子に会ってな…!あははは…。」

「初めまして。私、ソエと申します。訳あって森の中で身を隠しています。よ…。」


 ソエは畏っておっさんに挨拶をした。するとおっさんは俺を玄関の中へ連れ込んでコソコソと小声で事情を訊く。


「おいおい、海時(カイト)。誰だあの小娘は。」

「森の外で奴隷商人たちに連れて行かれるところを助けてやった。そんでな?あの子、前俺が言ってたその女の子だぜ?それに気づいた時はまじでびっくりした!」

「あ、例のあの女の子か。思ったより美人じゃねえか。でも、なんであんなボロボロなんだ?」

「それには深いわけがあって…。」


 俺はおっさんと二人で玄関の中でコソコソしていたらソエが近寄って来た。


「あの…。」


 俺は驚いておっさんのことを早速紹介した。


「あ、ごめん!この人が俺と一緒にここで住んでる大城戸(オオキド)のおっさん!」

「おっさん?父親では?」


 彼女は胡散臭(うさんくさ)いと言わん顔をして眉を潜めた。


「やあ、お嬢さん、違うんだ。俺は海時の親と少し縁があってこいつを引き取って育ててるんだ。」

「なるほど、そうなんですね。」


 彼女はなぜか疑わしい眼差(まなざし)でおっさんを見ていた。


「大城戸さん。あなた…、人間ですか?」


 彼女の質問を耳にした俺の中からは新たな疑問が生まれ始めた。


——そういえば、おっさんって何族なんだろう。身体能力だけで見たら人間並みだからら人族(じんぞく)に違いないと思うけど…。


 その質問を聞いたおっさんは、


「お嬢さんに俺は何に見えてるのかな?」


と回りくどい言い方で答えた。すると彼女はおっさんを警戒しながら言う。


「少なくとも、人間とは思えないです。」


 するとおっさんが笑みを浮かべて言う。


「いい目をしているね。そうだ。俺は神族(しんぞく)なんだ。」

「神族…!」


 彼女はその言葉を聞いて斜に構えた。俺もてっきり人間だと思っていたおっさんが神だという話を聞いて喫驚(きっきょう)した。おっさんは慌てて彼女の態度を見て誤解を解こうとしていた。


「まあまあ、そう斜に構えないでくれ。俺に敵意はないから。」

「それを信用できるとでも思ってるんですか?」


 彼女は少しも心を許さなかった。おっさんは困った顔をしてポリポリと頭を掻く。


「困ったな…。どうすれば信じてくれるんだい?」


 俺は彼女を落ち着かせるために話に割り込む。


「お、落ち着けよ!おっさんはこう見えても悪い奴じゃないんだ!」


 おっさんは両手を上げて困った顔をしながら彼女を見た。


「信用できないのなら俺をこいつの刀で斬り倒すといいよ。」

「お、おっさん!何言ってやがるんだ…。」


彼女は暫く俺とおっさんの顔を交互に見た。そして構えた拳をゆっくり腰まで落とす。


「フゥ…、そこまおっしゃるのなら信じるほかないでしょう…。あなた方に敵意がないことは伝わりました。でも、私が完全に心を許しているわけでないですからね…。」


 彼女は警戒するような表情で言った。


「分かってくれてありがとう。さあ、とりあえず中へ入らないか?ちょうど夕飯ができているところだ。」

「そうだ、そうだ!大城戸のおっさんの料理はうまいんだぜ!」

「わ、分かりました。では、失礼させて頂きます。」


 おっさんと俺は彼女を家にあげてもてなした。


——おっさんのあんな態度、今まで見たことなかったな…。なんか六年前とは全然違う気がする。丸くなってるよな…。何でだろ…?……年取ったから?


 俺はおっさんと台所に向かいながら考え事をしていたら、いきなりおっさんのチョップが俺の脳天に炸裂する。


「痛っ!なんで殴るんだよ!」

「いや、ムカつく面してたからつい。」


 一瞬、俺の心の声が聞こえていたのかと思った。居間の端っこに正座をして座っていた彼女は奴商所のことを考えているのだろうか、顔を曇らせて随分と落ち込んでいた。俺はさりげなく彼女の隣に座って声をかけた。


「大丈夫か?すぐに助けに行こうぜ、子供たち。」

「うん、ありがと…。」


 俺は落ち込んでいる彼女に慰め顔で彼女を安心させた。そして、俺たちは三人で食事をしながら彼女とのことを全ておっさんに話した。


「森の外に鉄条網が張られたことは知っていたが、国の指令だったのか…。七草(ナナクサ)ハギは何を考えているんだ…。」

「六年前を軸にこのキギスは大きく変わっているんです。確かに生活を豊かにしてくれるものも増えましたけど、黒い煙を出す工場も増えてまた、人を殺める道具も日々増えてます。この森もいずれ政府の手が入るかもしれません…。」


 俺はその話を聞いて慌て出した。


「それってこの森も工場になってしまうってこと?!」

「そうかもしれない…。」

「それは放って置けない!この森は俺が生まれ育ったところなんだぜ!」

「でも、国の行政は誰も逆らえないわ。」

「なんでだ?止めたらいいじゃん!」


 俺は両手でパタンとテーブルを叩く。するとおっさんが話に割り込んだ。


「国が持つ何十万の兵力にお前は一人で立ち向かうとでも言いたいのか?」

「何十万…?!指で数え切れないよ!!」


 俺はモゾモゾと両手で指を動かしてみる。


「外界は数え切れないほどの人たちが街を作って暮らしているんだ。その個々の街を一つに収めた塊が国家、人たちはその国家に恩恵を受けて税金を払って国に守られながら生活しているんだ。その上には国の存続のために命を捧げて国の行政を全うする臣下や兵士が数多くいる。その者たちの権力は尋常じゃないぞ。だから個人で国の行政に逆らえばただの手当者(だいざいにん)になるだけだ。」

「そうなったらまずいのか…?」


 黙って聞いていたソエが口を挟んだ。


「ほんとバカね。手当者って言うのはね、捕まったら即、死よ。軍事国家のキギスは政府の言葉だけが正義なの。それに逆らうとそれがいくら貴族であれ一族が抹殺されるわよ。」


 俺はその話を聞いて冷や汗をかいた。外の世界で守らなければいけないルールがここまで多いとは思ってもなかったから、だんだん頭が痛くなってきた。


「なんで、そこまでしなきゃいけないのかな…。」

「人は恐怖を感じてこそ秩序を守る動物なんだからよ。恐怖こそが平和…。」

「それって本当に平和って言える?」

「少なくともこの国はそう言ってるわ。でも、私は間違っていると思ってる…。」


 俺は顔に影を作って言う。


「俺もだよ。そんなのを平和って言うなら、俺は平和嫌いだな。おっさんはどう思う?」

「まあ、すべての国がキギスみたいな体制をとっているわけではあるまい。俺もキギスの軍国主義には反対している。だからこの森で暮らしているんだ。」

「じゃあ、俺はこの国の平和を変えてみたい!」


 俺はやる気いっぱいのギラギラした目で言った。


「「はあ?!」」


 俺のその一言で二人は拍子抜けした顔で俺を見つめている。


「だから死ぬってば!!あんた、馬鹿にも程があるよ!自分の立場弁えてよね?」

「そうだぞ?お前一人の力じゃ何もできやしない!」


 二人は俺を止めようとしたが俺は曲げなかった。


「要するに、一人じゃなきゃいいんだな?」

「「はあ…。」」

「これから旅をして強い仲間を集めるんだ。そしてこの国を変えてみせる!どうだ?」


と、俺が大声を出して二人の方に振り向くと、


「「好きにすれば?」」


という素っ気ない反応が返ってきた。


「でも、私も今回の件を解決すれば旅に出ようと思っていたの。私にもやるべきことがあるんだ…。」


 ソエは両手の親指で湯呑みのを擦りながら言った。彼女が旅をすると聞いて心が弾んだ。それで彼女を仲間に誘う。


「じゃあ、一緒に旅しようぜ?」


 すると彼女はキッパリと断る。


「とりあえず、奴商所!」

「は、はい…。」


 そして彼女はあちこち目を泳がせながら言う。


「こ、これが解決したら考えてみるわ…。」

「分かった!!明日出発しようぜ!」


 しょんぼりしていた俺は彼女の言葉にすぐ立ち直った。


 三人で話しながら食事を終えると外はすっかり暗くなっていた。俺はお風呂のお湯を沸かしに行った。俺が席を外した間にソエとおっさんは家の外の崖から暗くて何も見えない海を眺めながら話をしていた。


「そうだったんですね…。先程のご無礼はどうか…。」

「あ、いいよいいよ。人族のお前さんが誤解してもおかしくないからな。俺も昔はそうだったし…。」


——俺だけ置いてけぼりにして二人で何話してんだ…。


 俺は窓際から二人の話を盗み聞きしようとしたけど、ちゃんと聞こえなかった。だから窓から二人を呼ぶ。


「二人で外で何してんだよ。もう風呂あったまってるぞ?」

「そうか。ソエくん、着替えは用意しておくから風呂で疲れでも取るといい。」

「はい!何もかも今日は本当にありがとうございます。」

「どういたしまして。」


 彼女はそのまま風呂に入った。俺はボロボロになった彼女の服を洗うために取りに行った。そして、


「よー。服洗っとくぞ?」


と、さりげなく風呂の扉を開けると、鼓膜が破けそうな悲鳴が聞こえた。


「きゃあああああ!!!!」


 それで俺は扉の前で咄嗟(とっさ)に両耳を塞いだ。そして彼女が心配で急いで扉を全開した。


「おい!大丈夫か?何があった!」


 すると、湯気の中から微かに見える滑らかな曲線を描くようなしなやかな腕と脚。そしてなぜが膨れていた胸元と、下には…。


「あれ?!お前チンっ…!!」

「出て行け!!!」


 その瞬間おっさんの殺人蹴りを連想させるようなものすごい威力のパンチが俺の上腹部を綺麗に貫通する。パンチを食らった俺はそのまま廊下まで飛ばされて壁にぶつかった。そして彼女に怒鳴りつけられる。


「この変態!!!」


 一発で打ちのめされた俺はその後のことを何も覚えていなかった。そのまま気絶してしまったから…。

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