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FLOWORLD〜美しさの持ち主〜  作者: まさのりくん
壱の章 最西端軍事国家キギス
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什漆 進退両難

什漆. 『進退両難(しんたいりょうなん)



 左胸に刺さった氷槍の欠片から漏れ出る冷気が血管を通って体中に染み渡る。氷に体温を持って行かれるような感覚だ。僕の体はひたすら平熱を維持させようと無理やり熱を出していった。その影響で喋るどころか瞼さえ開かなかった。


 僕が横になって目を閉じていると、風が吹いてくる山の方から野太いお爺さんの声が聞こえた。


「おや?皆ここで何しとるんじゃ?」


 すると山賊たちが警戒する声が聞こえる。


「誰だ、じじぃ!」

「わ、わしはただ薬草取で山に登ってきた老いぼれじゃ。」

「薬草取だ?」


 薬草の話を聞いたユリ姫様が慌てて聞く。


「ちょ、ちょっと!今、薬草って言いましたか?」

「そ、そうなんじゃが…。」

「その薬草、私たちに分けていただけませんか?」

「少しなら構わんが…。」


 ユリ姫様は老人に薬草を分けてもらった。そしてその薬草を挿していたかんざしの丸い装飾で細かくひいて僕の傷口に薬草を塗り始めた。


「ひどい怪我じゃのう…。一体この若造に何があっとんじゃ?!」

奴商所(どしょうじょ)から襲撃を受けました。」

「あの奴隷商の連中にか?」

「はい…。その中に神族(しんぞく)がいて、その者の氷の神才(しんさい)で傷を負ったのです…。」

「まさか外国の者まで雇っておるとはのう…。」


 音だけが聞こえていたのでよく分からないが一瞬ジョリジョリと老人が髭か髪の毛を触るような音がした。


「それより、病院に行った方が良いじゃろ。」

「そ、それがですね…。また事情がありましてね…。」

「苦労しとるのう…。じゃあ、このカタツムリから搾った体液を飲ましたれ。解熱作用があるんじゃから。」

「わざわざ申し訳ありません。今手元にお金のようなものがなくて、もしよろしければご住所でも教えていただけますか?」

「礼など要らん。宝石でもあるまいし、こんぐらいは全然気にせんで良いぞ?」

「そんな…。では名前だけでも…。」

「わしはカンゾウじゃ。この鳥之都南東部の隅角の病院に薬草などを調達しておる。今度体調が悪くなったらそっちの病院に訪ねておくれ。わしの弟がやっておるんじゃからのう。」


 隅角の病院は僕たちが入院していたところだ。なんたる偶然か。


「そうだったのですね!そこの病院には昨日大変世話になりました。」

「お主たち、既にわしの弟に診察してもらったのか!」

「はい、とても優しいお方でした!」

「それはそれは、わしもそろそろ行かねばならんのじゃが、もし何かあったら遠慮なく寄ってくれぃ…。」

「ありがとうございます、カンゾウ様!」


 カンゾウさんの足音が段々遠のいていく。僕も少し気を緩めて眠っていた。それからどれくらいの時間が経ったのだろう。気がつくと僕の代わりに屋敷に乗り込んだ二人はまだ帰ってこなかった。あまりにも帰りが遅いと感じたユリ姫様は憂える声で山賊たちに聞いた。


「あの…オダマキ様。二人とも遅いと思いませんか?」

「確かに…。ここで別れてからもう一時間は経ちましたね。」


——もうそんなに?!


「私が行ってきます。何か嫌な予感がします…。」

「そ、それは危ないです!ここはホオノキさんを信じて待ちましょう。あの方が水色のガキに付いているならきっと無事です。」


——僕が行かねば…!


 二人の話を聞いていた僕は体を動かしてみる。薬草がちゃんと効いて体が回復したようだ。僕は腕に力を入れてゆっくり身を起こした。


「あっ、佐次郎君!気が付いたのね?」

「はい、ううっ。」

「あなたが気を失っている間に薬草で凍傷と切り傷の手当はしておいたけど、まだ無理しちゃだめよ。」

「僕は大丈夫です。それより、僕が屋敷に行ってきます。」


 僕が立ち上がって屋敷へ向かおうとするとユリ姫様は僕の左袖を握って僕を止めた。


「ダメ!まだ回復し切ってないのよ。」

「止めないでください!僕は行かなければなりません。」


 僕は振り切って前へ進んだ。ユリ姫様と山賊たちは道端に佇んでただ見据えている。


「佐次郎君…。」


 重い足を運んで屋敷に向かうと壁の向こうは大騒ぎになっていた。


——花鳥宴(かちょうえん)で兵士はいないはずなのに…。一体向こうで何が起きてるんだ?


 僕は壁の下にある四角い石を引っ張り出して屋敷への隠し通路を作る。そして隠し通路を潜り入ると居間にはおよそ三十人の兵士たちが地下室の前に陣取っていた。そして地下室の扉の下には何かの黒い煙が立っていた。


——まさか、みんな地下室の中に閉じ込められているのか!だから帰りが遅かったんだ…。(ノドカ)、今助けに行くよ!


 僕は屋根が壊された小屋の下に気を失っている兵士の腰から刀を取る。


「ホオノキ様に教わった剣術…。まだ覚えているかな…。」


 僕は刀を腰に刺して居間の方へ向かった。そして七年前のことを思い出しながら鞘から刀を抜き放つ。


鷹爪刃(おうそうじん)


 地下室の前に陣取っている兵士に向けて刀を一振り横に振ると刀身の妙な振動が鷹の鳴き声を出す。


「くぅっ…!」

「なんだ、この痩せっぽちは!」


 目の前の兵士一人の背中を後ろから切ると兵士の悲鳴とともに濁った暗赤色の熱い血が周りの兵士たちに飛び散った。悲鳴を聞いた兵士たちはすぐに僕の方へ顔を向ける。


「曲者!!」

「おい!こいつ死んでるぞ!」

「くそ!貴様、俺たちが誰だか分かってるのか、ガキ!」


——そんな…。殺す気はなかった。


 ホオノキ様から教わった居合は意図せず綺麗に兵士の息を止めてしまった。予想外の出来事で僕は体を震わせる。


「う、うるさい!今すぐその地下室から離れろ!」


 僕は震える声で兵士たちに向けて刀を振るう。


「国兵に手を出すなんて…。この命知らずめ!今ここで処刑してやる!」


 一番手前の兵士が跳躍して僕の首を狙って刀を振った。僕は左足を一歩前に出したまま時計回りに身を回して一直線に突進してくる兵士の刀を右に流す。そして刀を握っていた右手が腕ごと強い勢いで求心力が働いて右に回り兵士の右背中を斬った。


「こいつ…!」


 僕が兵士を斬り倒すと次々と兵士たちが僕に飛びかかってきた。しかしまだ左胸や足のの傷が治りきってなかったから何合か兵士たちと刀を交わすと体力があっという間に切れてしまった。


「ハア…ハァ…。」

「かかれ!!」


 何人倒したんだろうか。僕は和のことだけが頭にいっぱいで、目の前のことが頭に入らなかった。ひたすら兵士を斬って地下室に近づこうとした僕はやがて兵士たちに取り囲まれる。


——さっきの傷のせいで心臓あたりがズキズキする…。うぅっ、このままでは…!


 進む道も逃げ場も一気に失われてしまった僕は兵士たちの攻撃を受ける他なかった。


 僕の皮膚を削ぎ落とす刃はまるで左胸に突き刺さった氷槍のように冷たい。


「うぅっ…!」


 切り傷は背中から両腕、両脚へと全身に広がっていく。そして、脚の筋肉を斬られてしまった僕はそのまま跪いて地面に這いつくばってしまう。


「刀が…!」


 僕は膝を落としながら手に力が抜けて握っていた刀も地面に落としてしまう。


「くたばれ!反逆者め!」


 僕の背後に立っていた兵士が地面に落ちている僕の刀を拾い、うつ伏せになっている僕の顔を踏んだ。そしてそのまま僕の背中に刀を突き立てる。


「ウガアアアァッ!!!」


 雑用で鍛えられた僕の僧帽筋(そうぼうきん)をあっさりと貫いた刃先は赤い血を塗って右鎖骨の下に顔を出す。そしてその血塗られた刃先はそのまま地面に突き刺さった。


 僕は苦痛に耐え切れず頭を踏まれたまま足掻いてみる。しかし、刀で地面にしっかり固定されていたせいで傷口が広がるだけだった。


「こいつ、まさか下民なのか?」

「薄(ぎたね)えと思えば…。下民の分際で俺たち国兵を襲撃しやがって!」

「あなたたちはただの私兵だろうが…!」


 僕は目の前に立っている兵士を睨みつけた。


「なんだその不貞(ふて)腐れた顔は!」


 僕が楯突くとその兵士は僕の顔面を蹴飛ばした。体に刺さっている刀は微動だにせず僕の傷口を広げていく。


——痛い…。死にそうだ…。脳が震えて吐き気が止まらない…。誰か…。助けて…。


 何度も頭を蹴られると脳震盪で意識が飛びそうになった。僕の体はすでに自分の血に染まっている。


 僕は昼間から蓄積されていた疲労や傷の痛みでもがき苦しんだ。そして心の中から誰かに救われたいという弱音を吐き始めた。しかし、僕の心の声は、やがて和の声と重なって聞こえるようになった。そうだ。こんな傷なんか彼女の痛みに比べればただのかすり傷に過ぎない。


「おいおい、もう死んでるんじゃないのか?さっきから動かねえぞ?」

「えいっ!生意気な!下民野郎!だから嫌いなんだぜ。もうくたばっちまえ。あばよ、下民。」


 僕の顔を蹴っていた兵士が握っていた刀を振りかざして僕の首を狙って勢いよく振り下ろす。


——和……。ごめん……。

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