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FLOWORLD〜美しさの持ち主〜  作者: まさのりくん
壱の章 最西端軍事国家キギス
12/25

什弐 SOE

什弐. 『SOE(ソエ)


十歳のソエ


 六年前、森の子と別れた後の話。



 屋敷の戸が開く。


「パパたちが帰って来るまで留守番頼んだぞ?」

「うん!いってらっしゃい!パパ。」


……。


 私のパパはキギス随一の国家科学者だ。パパはキギス城内にある科学閣(かがくかく)という国家研究室を司る大臣だ。そのためか、パパが寝ることを私はあまり見たことない。ママから聞いた話では、パパは国のために寝る時間まで削って粉骨砕身仕事をしているみたいだ。なので、パパが休みを取ることはあまりなかった。


「今日はなるべく早く帰って来るね?」

「うん、ママ。……。」


 ママもパパの仕事を補助する同じ国家科学者だ。それで、私は毎日屋敷の留守番を頼まれている。私は一人っ子だから毎日この無駄に広い屋敷で一人だった。だから、両親は休みの日によく私を連れて遠くへ出かけて私と遊んでくれた。


「パパ、私たち今日はどこに行くの?」

「今日は雉森(きじもり)に行こうか!」


 私は少々しょんぼりした顔で言う。


雉森(きじもり)?なんで森に行くの?海がいいのに…。」

「正確には仕事がてらだけどね…。森の近くには海もあるから、海にも寄ろうな?」


 口ではこう言ったけど、別に私は両親と一緒なら行き先がどこになってもそれでよかった。


「いいよ!早く行こ?」


 私は家族との久々のお出かけで随分と浮かれていた。パパは城内の厩舎(きゅうしゃ)から馬を二頭出していつものように馬車を借りてきた。私たちの家は城の近くにある少し広い屋敷だ。しかし、私の家では家僕を入れないので、少し面倒なことでも自分でやらなければならない。


「パパ、私の家にはなんで家僕入れないの?」

「別に家僕がいなくても生活できるからだよ?この国の下民たちは国の富国強兵(ふこくきょうへい)のために下僕になるけど、それは彼らの意志ではないんだ。」

「じゃあ、なんで下僕になるの?」


 私は首を傾げて訊く。


「力がないから搾取されるんだ。昔からの呪いとも言うよ。だからパパはこの国の下民という身分を無くすために研究しているんだ!」

「うああ、パパすごーい!」

「だろ?!」


 そんな平凡な話をしながらパパと馬車に乗ると、間もなくママも来た。


「待たせてごめんなさい!」

「ヒマワリ、遅いぞ~。」


 きちんとした茶色の短髪に華麗な黄色い着物を着たママがいつもより綺麗に見える。


「今日のママ綺麗~。」

「あら、そう見える?今日は海に行くから気合い入れたのよ~。」


 ママは髪を耳にかけながら言った。


「おいおい、メインは森だからな?」

「分かってますう~。」


 両親は他の家の夫婦よりも仲が良くて友達のような雰囲気だった。しかも、私にも友達のように接してくれる。他の子たちは親が厳しくて怖いと言うけど、私には親が唯一の友達だった。だから、こうして和気藹々(わきあいあい)な雰囲気の家族が大好きだ。


 馬車で一時間を走ると栗鼠之宮(りすのみや)に着いた。馬の調子が悪かったから馬を休ませるために町内にある厩舎(きゅうしゃ)で馬を交換した。そして、また森へ向かう。


 二十分は走ったんだろうか。今まで感じたことない爽やかな風が窓を通じて車両内に吹いて来た。馬車の窓から首を出すと、一片の曇りもない青空の下に緑色の海のような森が目に映る。私は巨大な緑色の森を目の前にして叫んだ。


「わあ、森だ!」

「もうすぐで着くよ!」


 私たちは森に入り口らしく見えるところに馬車を止めた。そしてパパは仕事用で使う赤い背嚢(はいのう)を持って森の中に入った。ママは私の手を握ってパパの後ろに付いていった。その瞬間、冷たい何かが私の左脚にくっ付いた。


「ん?何…?」


 私は足を止め左足を見下ろしてみる。すると、私の脚に木から落ちた毛虫が付いていた。


「きゃああああっ!!虫!!」


 そう、私は虫が苦手だ。私が脚に付いている虫を見て暴れ出すとパパとママが驚いてすぐ虫を取って森に逃がした。


「もう大丈夫!」

「なんで殺さずに逃がすの!?また付くかもしれないでしょ?!」


 私はパパの行動を見て自分の両腕をさすりながら怒った。するとパパは説教モードに入る。


「無駄な殺生はしない!この虫たちも一生懸命頑張って生きているんだぞ?外見が気持ち悪いから殺してしまうと可哀想じゃないか。こいつらも誰かの家族だし、この世界に必要な美しき命なんだ。この世に美しくないものはないからな。分かった?」

「はーい…。」


 パパの説教が終わり、パパは土を調査しに樹木が多い方へ向かった。昔、この森で死んだ人たちの遺骨と土壌を調査するそうだった。私は海に行くのを大人しく待っていた。しかし、ママの話によるとまともなサンプルがなかなか見つからないらしく、少し調査が長引くかもしれないという。


 それで、私は一人で先に海に行って二人を待っておこうと思い、風が吹いてくる方に足を運んだ。しかし、いくら歩いても海らしき風景は現れなかった。っていうか、森からすら出られなかった。すっかり知らないところに足を踏んでしまったみたい。


「え、ここどこ…?ママ?パパ?」


 私は一人で森の中を歩いてから随分時間が過ぎていたことに気づいた。そして頭の中も真っ白になった。


 風がさっきより強まっている。私は髪を靡けながらトボトボと前へ進んだ。暫く歩くと緑陰から差し込む光が私の足を止める。すると、一瞬風が強まって周りの木から木の葉が舞い散った。私は手を伸ばして木の葉を指で摘まむ。後に光が差し込む場所へゆっくり歩くと、後ろからカサッと音がした。咄嗟(とっさ)に後ろに顔を向けると、木の後ろに天秤棒が二つ置いてあるのが見えた。


 私は木に近づいた。すると、何か譫言(うわごと)をブツブツ話している男の子の声が聞こえる。首を傾げて木の後ろに顔を出すと綺麗な水色の髪の男の子がしゃがみ込んで一人で譫言(うわごと)を言っていた。とりあえず、私はその少年に話をかけた。


「あの~?」


 しかし、少年は私の声が聞こえていないようだ。私はもう一度彼を呼んでみる。


「あの…。」

「うわああっ!」


 すると、少年は私を見て腰を抜かしてバケツに汲んである水を溢した。


「あの、大丈夫?」


 少年はびしょ濡れになった体で私に刺々しい口調で話した。


「てめぇ!…はなんでこの森にいるんだ?」


 もしかして、この少年も道を迷ったのだろうか。私は少年に訊く。


「遊びに来たの。でもちょっと道を迷っちゃって…。もしかしてあなたもお迷子さん?」

「いや、俺はここに住んでるんだ。な!な!それよりも、どうだ?ここはいい森だろ!」


 私は軽くショックを受ける。こんな虫だらけの気持ち悪いところに住んでいるとは想像だにしなかったから。


「え、嘘。ここに住んでるの?こんな虫だらけで気持ち悪いところに?」

「気持ち悪いって何だよ!ほら!森の大樹一本一本が繋いでくれるこの気持ちいい風!それから俺が水を汲んできた東の渓流もすんごい綺麗だぜ?」

「へえ、渓流もあるんだね!」


 少年は随分と浮かれていた。私はこの森がそこまで好きではなかった。虫が多いから。でも、渓流の話を聞いて、渓流なら自分も少しは行ってみたいと思った。しかし、ママたちと逸れてしまったので早く戻らなければ心配をかけてしまう。だから、少年に道を案内してもらおうと話をかけてみた。


「でも、私母ちゃんと逸れちゃったから戻らないといけないの。ねえ、協力してくれない?森の外まで案内してほしいの。」

「しょ、しょうがないなあ。いいよ。森の出口まで送ってやるわ。」


 少年はこうもあっさりと私の頼みを聞いてくれた。


「本当に?やった!ありがと。」


 そして、私は少年の後ろについて行った。途中、変な話をしながら森を潜り抜けたけど、馬鹿みたいだったから聞き流すことにした。そして魔法のように森の外に辿り着いた。


「わあ、本当に森から出られた!」

「本当にってなんだよ。失礼なやつだなぁ。」


 私は両親が森の入り口で私を待っているかもしれないと思って、すぐ馬車のところへ向かおうとした。すると、


「お、おい!また遊びに来いよ!その時はもっと面白いところへ連れてってやるからよ。この森はすごいんだから!」


と、少年が挨拶をしてくれた。正直、この森は虫だらけで嫌いだったけれど、渓流には一度行ってみたいし、綺麗なところもあるというからまた来ると返事をする。


「うん!また来るね。」


 そうやって私はその少年と別れて馬車を停めてある場所へ向かった。森の境界線に沿って東へ進むと遠くから馬車が見えて来た。私は小走りで馬車まで走った。私が思った通り、ママたちは既に馬車のところへ戻っていた。ママは私の顔を見た途端に私を叱る。


「どこへ行ってたの?心配したじゃない!」

「ごめんなさい!先海に行ってママたち待とうかなと思って歩いてたら道を迷っちゃった…。」

「海は栗鼠之宮(りすのみや)の海岸に行くつもりだったのよ?」


 ママの言葉を聞いて私は今まで無駄足を踏んでいたことに気づき、地団太を踏みたい所だった。しかし、森の子に会ったから森の中を迷っていたことは忘れて、また今度遊びに来ることを期待することにした。


 私たちは馬車に乗って栗鼠之宮へ向かった。パパの調査も無事終わったようだ。私は期待を寄せて栗鼠之宮に向かった。


 その時だった。いきなり走っていた馬一頭の首が()ねられ、馬車の中が馬の血で真っ赤に染まった。そして、馬車はそのまま転覆する。


「きゃああ!!」

「何事だ?!」

「あなた…!馬の首が…!!」


 外からは馬の乱れた(いなな)きが聞こえる。


「ウウッ!グエエッ…。」


私は斬られた馬の首を見て嘔吐(おうと)をした。束の間、もう一頭の馬の首まで()ねられる。両親は馬車の中から出て外の様子を見た。


「いったい何やつだ!!」

「あなた、まずいわよ。私たち刀も持ってない…。」

「大丈夫。ヒマワリ、お前は馬車で子供を守るんだ!」

「分かったわ…!」


 私は恐怖に怯えて手足がわなわなと震えていた。


「ママ…、怖いよ…。」

「大丈夫よ。ママとパパが必ず守ってあげるよ。」


 ママは私を強く抱きしめて怯えている私を安心させた。パパは斬れている馬の首の角度を測ってどこから攻撃されたのかを把握した。


「ヒマワリ!!北北西の雉山(きじやま)からだ!!」

「分かった!」


 パパが叫ぶと、今度は私のすぐ隣に斬撃が差し込まれ、馬車の後部が綺麗に切断された。


「あそこだ!!」


 パパは斬撃が飛んできた方角に跳躍する。ママは私を抱いて馬車の後ろに隠れた。山の方に跳んで行ったパパはまもなく私たちがいるところへ吹っ飛ばされて馬車も()端微塵(ぱみじん)にされた。


「パパ!!」

「シャガ!!」


 私とママは、飛ばされてきたパパの体を起こした。パパの体には三本の刀が刺されていてすごい量の血を流していた。まもなくパパの白い服と地面は濁った赤色に染まる。


「ヒマ…ワリ、…ナをつれて早く逃げるんだ……。」

「シャガ!!どうして…。どうしてなの…!」


 私は倒れているパパを見てただ泣くことしかできなかった。


「数が…多すぎる。例のやつらだ…。」

「そんな……!」

「だ…から、はやくにげろ……。」


 パパの話を聞いたママは私の手を握って走り出した。


「ママ…?パパは…?」


 私はママの顔を見て訊く。ママは頬に涙を流しながら言った。


「パパは後で迎えに来るから私たち先に行って待っといてって…。」


 ママの言葉に私は頭がボウッとして、ママに突っ張られ走った。しかし、私たちはすぐ追っ手に道を塞がれてしまう。周りを見回すと黒い衣装に錆色(さびいろ)の覆面を被った人たちが私たちに刃を向けていた。


「あなたたち、プラタナスが送ったわね!」

「貴様などに交わす言葉などない。土に帰るが良い。」


 その言葉と同時に私の手を握っていたママの腕がそぎ落とされて私の顔に血が飛んできた。


「きゃあああああ!!!!ママ!!!」

「…ナ…。ごめんね?……。」


 ママは悲鳴も上げずそのまま膝から崩れ落ちた。私はママを抱いて泣き喚いた。しかし、覆面の人たちは次々ママの体に刀を刺し、息を止めた。


 それからの記憶はぼんやりしていて思い出せない。




 目を覚ますと、暗い空間に一筋の光が私を照らしていた。私は自分の体を見る。すると、私の体には無数の注射の針が刺されていて怪しい薬物などが私の体に注入されていた。


「プウップップ!おはよう、お嬢さん?」


 口を開けたかったけど、口にも透明な酸素マスクがつけられていて話することもできなかった。


——ん、何…?ここはどこ…?この人は誰?ママは?パパは?!


 私は暫く落ち着いて記憶をたどった。そして、パパとママのことを思い出す。


「ううっっっ!!!!うぅっっ!!」

「あらあら、そんなに暴れちゃ困るよ。」


 眼鏡をかけて鼻に髭を生やした白衣の老人が私に注射を打つ。興奮していた私は体から力が抜けて徐に瞼を閉じた。


 そして、また永い眠りから覚める。今度はガラスになった棺に閉じ込められていた。私が目を覚ますたびに私の目の前には、その白衣の老人が不気味に笑いながら私を俯瞰していた。私は眠りから覚めるたびにこの気味悪いところから脱出しようと足掻いてみたけど、毎回睡眠薬を投与され眠ってしまった。


 何日経ったんだろう。起きていることより寝ていることが多くなった私の精神状態は少しずつ狂気に染まっていった。一回、二回、五回、十回、二十回、数十回…。私は徐々に自分の体に違和感を覚える。そして、自分が誰なのか、自我を失いつつあった。


——私って誰だっけ…。頭が痛い…。


 あれから毎日私は耳鳴りに苦しみ頭痛を訴えた。そして、全身に枷をはめられ、体を固定された。私は最初とは違って随分と大人しくなっていた。周りは理解できない機械が沢山置いてあった。


「よーしよしよし、いい子だ…。今からお前は生まれ変わるのだ…!!」

「……。」


 老人が機械のボタンを弄った。すると、私の脊椎に巨大な針が刺さり、赤い液体を注入された。私はこれ以上喚く力もなったけどあまりにも激しい苦痛に耳がさくような悲鳴を上げた。


「うああああっっ!!!」

「プウップップ…!!いよいよだぞおほっ……!!!」


 私の中に流れ込んだその赤い液体は、私の体内の血の流れを完全に変えてしまった。そして、精神を繋ぐ糸がとうとう切れてしまう。


パチっ!


——あ……、切れた……………………………………。


 私は自我を失ったまま気を失う。





 それから、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。私は雉山の(ふもと)に捨てられていた。空からは雨が降っていた。雨に濡れて冷たい…。……冷たいってなんだ?


 私はここで何をしていたんだろう……。私…?私って誰だ……?あ、首に何かつけられている…。なんだろう…。


 紐だ。紐に小さな薄い鉄のプレートが付いてある。その銀色のプレートを見ると何か文字が刻まれてあった。



『S O E』

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