什 手当者
什. 『手当者』
雲一つない青い晴天。日光が降り注ぐ。天から舞い散る薄紅色の花びらが地面に近づくにつれ徐に白く染まっていく。白く染まった花びらが落ちていくところには銀色の長い髪を靡ける少女が腰に手を当てて立っている。ほのかに輝く黄色い瞳の彼女は、眉を顰めてせっかくの可愛い顔を曇らせながらこっちを向ける。
「やめなさい、左大臣!祭中に横暴は私が許しませんわ!」
真っ白な衣装で花飾り…。さっき俺が見とれていたユリ姫だった。
「ひ、姫えぇ?!」
「ユリ姫様、なぜここにおられるのですか。」
俺の目の前に刃を向けているホオズキが姫に向けて冷たい口調で聞く。
「下民をいじる行為はもうやめなさいと言ったはずです!あなたは御父上様に次ぐキギス最高責任者なのですから、このように横暴を働けば国の根幹を揺るがすことになるのです!」
「姫様、大変恐れ入りますが、今私が行っている行為のどこが横暴とおっしゃっているのですか。我らキギス臣民には身分が存在していることをお忘れですか?」
ホオズキは赤い髪を靡けながら堂々と話す。
「確かに身分は存在しているけれど下民を逼迫、迫害してもいいという法律は存在しないのです!」
ユリ姫が反論を言うと、ホオズキのこめかみに血管が浮き出始めた。
「姫様はまだ分かってない…。この下民どもがどのような存在であるのか、腹に何を隠しているのか。また、キギスは軍事国家!!軍に必要な物資は一体誰が調達するのです?」
「それは…。」
激昂したホオズキの弁でユリ姫は少しずつ追いつめられていた。
「庶民と下民なのです。我ら公家の者とキギスの貴族たちは庶民と下民に開作する畑も!そこで培う作物も、その知識も!すべて与えているのです。飢え死にしかけている庶下民のために我々は働く機会も、住処も提供しているのに、この二人はそんな私たちの誠意を無視して、歯を立てているのです。それでも、私の行為が横暴だとおっしゃるのですか、姫よ。」
そうやって二人が話をしている時に東の方からピカッと何かが光り出した。俺は光る場所へ視線を移す。三階建ての店の屋根の上に見覚えがある少女がしゃがみ、手に何か持って俺の顔に日光を反射させていた。目を澄ますとそこにいた少女がソエだということに気づく。彼女は口パクで何か俺にメッセージを送ったが、距離が離れていたせいでその意味が全く理解できなかった。
「それゆえ、今からこの忘恩負義の二人を処刑しようと思います。」
「ホオズキ様!!命だけは助けてください…!何でもしますから…!僕は生きなければなりません!!」
佐次郎と呼ばれた少年はすぐにでも折れそうなやせ細った体でホオズキの足を引っ張る。すると、ホオズキが少年の頭を踏みつけながら話す。
「黙れ!和に変な癖をつけさせた貴様が彼女の病気を治せるとでも思っているのか?」
「彼女は僕のせいで変わったんじゃないです!亡くなられたサツキ様の死が原因だったということをホオズキ様もよくご存知ではないでしょうか…!」
「黙れ!黙れ!!黙れ!!!」
ホオズキがさっきよりも激しく佐次郎を踏みつけた。すると、佐次郎の鼻から血が流れ始め、地面が濁った赤色に染まっていく。静かになった佐次郎は既に意識を保っていなかったがホオズキは構わずに彼を踏み続ける。
彼の姿を見た俺は怒りでわなわな拳を握りしめる。
「めろ……。やめろっつってんだろ!!」
俺は山で会ったホオノキの時よりも感情的になったんだろうか、目の前のホオズキの虐待行為に我慢できず腰に差していた仕込み杖を抜刀して彼に跳躍した。
「『豹刃』!!」
高速で俺の刃はまっすぐホオズキの脚に向かう。すると、ホオズキは足を止め、右手の刀を地面に突き立てて俺の居合切りをあっさりと交わした。今の衝突で高く鋭い轟音がしたが、鳴り響くこともなく、すぐに周りの宴会の音に消されてしまった。周りの人たちは少しも気にせず酒を飲みながら宴会を楽しんでいた。たった一人を除いて。
「お二人とも、やめてください…!」
「いいえ、もう遅いです。今の行為でこの下民は国家権力に歯向かう反逆者とみなします。……これより天の裁きを下そう。」
不気味な笑みを浮かべたホオズキが地面から刀を抜いて俺を刀ごと弾き飛ばすと、今度は城門に並んでいた兵士たちが俺のところに集まり一瞬で俺の周りを取り囲んだ。再び壁に飛ばされた俺は兵士たちに追いつめられていた。俺はとっさに壁を登り走って兵士たちから離れようとした。しかし、兵士たちはそのまま空へ跳び壁を走っている俺に刃を向けた。
——こいつら尋常じゃねえ…!なんつう脚力なんだよ!化けもんだろこれは!!
俺は助走した反動を利用して空へ跳び、俺に飛びかかってくる兵士一人の刀を自分の刀で弾き飛ばした。そして、その勢いで一回転した俺は左足のかかとで兵士の首をへし折る。そのまま下に落ちていくと、ホオズキがまっすぐ俺に跳んできた。俺は兵士を盾にして落ちるつもりだった。しかし、ホオズキの刃先は兵士の背中をまっすぐ貫き、俺の右腹部を突き刺した。
「くうっ!!」
自分の配下ごと俺を突き刺したホオズキは喜悦した顔で言う。
「くたばれ、ごみクズ。」
「て、てんめえぇ!!カハッ…!」
俺の腹に刺されたホオズキの刀は俺の血を吸いこんでいた。束の間、その刀の刀身の色が濃い赤色と化した。俺は全身の力が抜け、兵士とともに地面の落ちる。
他の兵士たちが落ちて倒れている俺を囲んで首に刃を向けた。すると、俺の前に誰かが両腕を伸ばして俺を庇う背中が見えた。相当な出欠量だったせいで、前が霞んで見えたが、俺を庇っているあの白い人がユリ姫だということはすぐ分かった。
「皆下がりなさい!」
ホオズキがユリ姫の前に立つ。
「ユリ姫様、そこをどいてください。」
「イヤよ!ホオズキ、昔はこんなことしなかったじゃない…。どうして、こうなってしまったの…。」
「姫、昔話で今あなた様とじゃれ合う暇はありません。いくら姫であっても私を止めることはできません。」
ホオズキはユリ姫をどかそうとしたが、彼女は初めて喧嘩を止めた時よりも強硬な態度を取った。
「そこまでこの者を傷つけたければ、先に私を斬りなさい。」
「何をおっしゃるのです!私がそのようなこと…できないとでも思ってらっしゃるのですか。」
「できるならばそうしてみなさい!!民一人守れない軟弱者のどこが姫だと言うのですか…。」
ユリ姫はホオズキを見上げながら叫ぶ。なぜだろうか、姫がこの騒ぎに関与したことで周りの人々の注目が全部こっちに集まった。ユリ姫はこの雰囲気を利用して叫ぶ。
「皆が見ている前で私を斬ってみなさい、ホオズキ!!」
ホオズキが暫く周りを見回すと、赤く染まった刀を高く振りかざした。そして彼はユリ姫を見下ろしながらこう言った。
「キギスは軍事国家であり、我左大臣ホオズキが起こすすべての行動は花王七草ハギの意であり揺るがない軍法である。七草の意は絶対。例え姫であれ七草の意を逆らうことはできまい。ゆえに軍法に従い、今この場でユリ姫を弑する!」
すると、ホオズキが高く振りかざした刀を姫に振り下ろす。ユリ姫はホオズキの冷血な行動に瞳孔が縮んだまま刃先を見つめていた。
刃が彼女の肩に当たろうとする瞬間、右からとんでもないスピードで何かが飛んできた。そして、ホオズキの刀が鉄を叩く高い轟音とともに弾かれた。その謎の衝突で一瞬砂煙が上がり、周りの人たちは腕で目を隠した。暫くしてから風で砂煙が晴れるとホオズキの前に立ちはだかったのはソエだった。
「そ、ソエ…!」
「おやおや、これはこれは。懐かしい顔ですね。随分と下民っぽくなったのではないですか。」
ホオズキがソエを知っているような口ぶりで話した。やっぱり予想していた通り、ソエも偉い人なんだろうか。
「その処刑、待ったをかけるわ!ホオズキ!!」
「六年ぶりに現れて私の政の行いを邪魔すると困るのですが、手当者さん。」
ソエの顔を見て驚いたユリ姫も彼女のことを知っているような言い方をする。
「あ…あなたはシャガの娘ですわね?!」
「はい、覚えてくださったんですね。ユリ姫様。」
「シャガには昔世話になったからね。彼は元気?」
彼女は表情を曇らせて話した。
「……。父は殺されました…。」
「え、シャガが?!」
すると、ホオズキが二人の話に割り込む。
「彼女の両親は六年前に殺されました。殺された原因は、国家転覆の嫌疑をかけられていたから。そのインチキ野郎が朝廷の裏でコソコソと陰謀を目論んでいたのです。」
「違う!!私の父はそういう人じゃない!」
「そうよ!シャガは国家転覆など目論むような人じゃないですわ!」
——こいつら…。一体何の話をしてんだ…?それより…意識が飛びそう…。
俺はさっきよりも出欠量が増え、意識が朦朧とした。
ホオズキは話を続ける。
「彼が司った科学閣で、人族と神族の生体サンプルが大量に発見されていたのがその証拠です。そのサンプルの中に我が軍のものと思われる遺伝子と変質された遺伝子などが発見されて、極秘とされる国兵の情報もすべて記載されていました。一科学者如きが上層部に報告もなしに極秘情報を実験材料として使ったのが彼が犯した罪なのです。」
「出鱈目よ!!父はこの国のために寝る時間まで削って研究に力を尽くしてたんだ!その証拠はすべて偽造に違いないわ!」
ソエはホオズキの言葉に強く否定をして彼の首に右手で握っていた刀を当てる。同時に周りの兵士たちも彼女に刃を向けた。すると、ホオズキはわざと彼女の刃に首を当て、そのまま自ら傷をつけながら彼女に顔を近づける。ホオズキは首から血を流しながら彼女の耳元で囁く。
「なら、あなたにはそれが偽造であるという証拠でもあるのですか?」
なぜか彼女の足が震えている。彼女が誰かに怯える姿は今まで初めて見た。
「証拠があるなら堂々と私の首を斬り落としてもいいのですよ?」
「じょ、冗談じゃないわよ…。あなたを殺したところで父の疑惑が晴れるどころか、私まで手当者扱いされてしまうわ。」
その話を聞いたホオズキが笑みを浮かべて言う。
「忘れてはいませんか?森の鉄条網の警備を惨殺。その上に立ち入り厳禁となった森の中へ侵入しそれを阻止しようとした二人の男性を殺害、そして取り締まりを受けず鳥之都の密入都。さらに六年前すべてを投げ出して逃げ出した罪。あなたはもうすでに立派な手当者なのですよ?」
「死体を片付けたのはあなただったのね…!」
「くっくっく、そうですよ。国政の統率が私のやるべき仕事ですからね。私に知らないことはないのですよ?」
ソエは腰の力が抜けて地面に膝から崩れ落ちた。それを見たホオズキは赤い刀を座り込んでいる彼女の左肩に突き立てる。すると彼女は苦痛に耐えられず悲鳴を上げる。そして彼女の肩から鮮紅色の血が噴き出てホオズキの顔やユリ姫の白い衣装について赤い花が咲くように血が滲んでいく。
「うあああっ…!」