デブのお約束
頭の中で堂々巡りしながら電車を下りた。
いつも一駅分は歩く事にしている。私は足早に改札を抜けると会社に向かってずんずんと歩き出した。友達からはよく「歩くの早いね」と驚かれる。私は行きも帰りもできるだけ徒歩の時間を取るようにしていた。帰りは二駅手前から歩くこともしょっちゅうだった。会社はオフィスビルの5階から7階で、私はデブだけれども秘書課だったから、しょっちゅう色んな書類を持って経理や営業に出入りしていたが、社内の移動は全部階段を使っていた。それだけでもそこそこの運動量だろ、と思うのだ。
「ちいちゃんはホントによく動くよね~」
・・・そう。
私の名前は松田千津子。だから昔から皆に、「ちいちゃん」と呼ばれていた。
「デカい『ちいちゃん』だけどね。」
というお約束の自虐ネタも
「ちいちゃんは背が高いから、全然目立たないよ~」
と返してくれる同僚の優しさに「そんな訳ねえわ」と心の中で毒づく。うわっデブ毒。
誰がどう贔屓目に見たって私はデカい。そう。デブというよりデカいのだ。全体的にバランスよく、・・・と言っていいものなのかはわからないが、どっか一部がブヨブヨ、タプンタプンという感じでもなく、がっちりと山のようにデカい!・・・いや、多分。
少なくとも自分ではそう思っている。もしかしたら、他の人の目から見れば、私も、見るからに肥満体の人たちも大差ないのかもしれない。同僚や友達は皆気を遣ってその話題を積極的に私に振っては来ないし、私も実際のところどこまで大変な見た目になっているか知らせてほしいからの自虐ネタなのに、皆も慣れたもので口をそろえて「背が高いから」と言うのだった。客観的に見てホントの所どうなのよ、という部分がイマイチ確信はなかった。
しかし、昨日とうとう大台を超えたのだ。客観的云々というレベルじゃない。どんなに背が高くても、いや、高いと言っても若干高めという程度の高さに過ぎないのであって、この身長でこの体重は、普通に犯してはいけない領域のハズだ。この身長でこの体重が許されるレベルと言えば、多分男性の格闘技アスリートなら、身長170センチ、体重100キロくらいの人がいるだろう。自分の打っても響かない体を恨めしく思った。いや、10年間現在進行形で「思っている」。もおぉ、何なんだあああ!