第五百九十八話 貪欲をもって生きる
『あの時の娘か、小僧でなくて残念だ! しかし見せしめにお前の死体を見せてやろう』
「誰だっけ……」
『もう忘れているのか!? 【貪欲】のアドラメルクだ!』
「あー……ああ、うん、あの時の……」
「本気で忘れているやつの反応ネ。にしても、二人がかりでなかなかダメージを与えられないなんて、強い馬面アル」
シャオが槍を拳で払いながら踏み込んでいき、胸元に蹴りを入れるも自分から飛んで威力を殺す。確かガストの町に来た三体の内の一体……私と師匠が【拒絶】のシェリダーと戦っている時にラースが戦っていた相手だ。
『ふはは、小僧にはやられたが今は居ない。それにセフィロトのあの女に取り込まれたから負けぬぞ!』
「さて、それはどうかしらね……!」
ランスを鋭く突いて私に仕掛けてくるアドラメルクだけど、あの時から修行を続けていた人間を甘く見ないで欲しいわね? 師匠やラースの一撃に比べれば見極めが難しくないのですぐにランスを打ち上げて懐に潜り込むと、腹部へ剛雷拳の準備をする。
「はあああああ!!」
『バカめ、そんな直線的な動きが当たるものか!』
「ならさらに踏み込めばいいだけよ!」
『なに!?』
ある意味こいつも馬鹿の一つ覚えみたいなバックステップしかしないので、何度も打ち合えばどのくらいの距離を移動するか分かるものだ。さらに言うなら――
「回り込まれていることにも気づかないのも賢くない。こういうのと結婚したら駄目ヨ。‟嵐空脚”!!」
『うが!? 押し戻され……』
「‟剛雷拳”!!」
シャオの風をまとった蹴りが背中にヒットし、私の方へ蹴り出してくれたので溜めていた一撃をクリーンヒットさせた。
『おが!? おのれ……!』
「はっ! それ!」
ランスの取り回しが悪いのは分かっているから懐に入れば打撃を与えるのは難しくない。さらに言えばこいつのスキル【貪欲】は相手につけた傷から能力や魔力を吸収していくので、ダメージを貰わなければパワーアップすることも、ない。
「こっちは修行を続けているのよ! いつまでも同じだとは思わないことね」
「悪魔かなんだか知らないけど、人間を舐めすぎアル」
『ぐぬ……!? 馬鹿な、こんな小娘達にこうもあっさり懐に入られるとは……!?』
修行中にラースが言っていたけど、こいつらは自信があるため成長が無い。
悪魔というのは他人を陥れたり、誘惑したりして人間を堕落させるために行動することが多いので、意思の強い者には付け入る隙が無くなり、御することができるのだとか。
『私は十の悪魔の一人アドラメルクだぞ……! 穿孔槍牙ぁ!』
「【カイザーナックル】!!」
「へえ、やるネ、マキナ。ならアタシも……【タイガーファング】!」
この子も体術系のスキル……!
一瞬、驚くけど師匠の旦那さんの弟子なら然るべきかとほぼ同時に顔面と後頭部に拳と脚がめりこんだ。
ついでにランスもカイザーナックルで破壊していると、ここぞとばかりにシャオが両足をへし折り、さらに右腕を曲げてはいけない方向へ曲げた。
『ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!?』
「回復するカ? いくらでもへし折ってやるけどネ」
「怖いこと言うわね……」
「なにを言ってる。相手を叩く時は徹底的に、欲しいものは力づくでもが当然の原理ネ」
「ええー……」
私が驚いていると、シャオは捲し立てるように口をついてくる。何に対しても、それこそ強さも食事も色恋沙汰も、貪欲でなければ欲しいものは手に入らないのだと。
シャオの居た国は戦争の多かった地域らしく、貧しい生活をしていたとか。師匠の旦那さんが来て、一応『悪者』だった国を打倒して平和になったけど、当時は食料を争うようなことが多々あったそうだ。
「随分と平和に暮らして来たってところネ、マキナは」
「そ、そんなこと……」
「ラースは有能。アレを旦那にしたら間違いなく苦労が無くなる。だからマキナを倒してでも手に入れるべきと判断した。他の者も狙っている雰囲気がアルネ? ラースも男ヨ、色仕掛けに負けないとはいいきれないのに余裕アルな」
……シャオの言いたいことは分かるけど、環境の違いだからそこはあまり攻められても、という感じはする。しかし、全身を砕かれたアドラメルクが笑ながら口を開く。
『これは面白い【貪欲】といえば私の代名詞……小娘、貴様には欲がないのか?』
「急になによ。さっさと消えなさい」
「いいや、これは吐露するアル。マキナは甘い」
「あんたまで……洗脳でもされているの?」
『私にそんな能力はない。……ふん、このまま消えるだけか……つまらんところに召喚されたものよ。小娘【貪欲】とはネガティブなことだと考えているだろう?』
馬顔が急にそんな話をしだし、私は顔を顰めるのが分かった。
ちなみに返事はしないけど、ネガティブなイメージはある。
『その顔はそう思っているな? まあ私もこれまでのようだし聞け。貪欲について語ってやろう。……競争というのはどの時代、どういう背景でも起こり得る。特に人間は欲が強く、女が、金が、国が……と際限は無いのだ』
「それが【貪欲】ってことでしょ?」
『一面はそうだ。しかし『欲しい』という欲のために『努力』はしなければならない。そうすることにより、人間は『生きる』という力を得ることにも繋がる』
例えば『これがあるから死ねない』ということを考えた時に、浮かんだこと。それがその人の本当にやりたいことだという。それに向かって邁進することで人間は生きていく……
【貪欲】だけでは意味がないが、欲が無ければ知識のある生き物は死んでいるのと同じだという。
『少々乱暴ではあるが、な。お前にはやりたいことがないのか? 欲しいものは?』
「わ、私は……ラースと一緒になれれば嬉しいし、平和に暮らしたいわ。そのためにあんた達を、ベリアース王国との話……いや、もうリースとのことか。それを解決したい』
「まあ、普通ネ」
「い、いいじゃない! 私はラースと結婚して静かに暮らすの!」
『ふん、あの小僧と一緒では静かな暮らしなど難しそうだがな』
「なによ! もういいわトドメを刺してやる……!! シャオも拳骨だからね」
「それは無いアル!?」
なんか勝手なことをいう二人にイライラしてきたので指を鳴らすと――
『アレはある意味、神に選ばれた者。今回の件が片付いても、またなにかあってもおかしくはないと思うがな。その時、傍で支えるのはお前かそっちの小娘か――』
「な、なに!?」
『我等クリフォトには負の境地を反転させた正の力もある。その【貪欲】を持って小僧を助けるがい。そうすることで小僧は『栄光』を手にすることができるだろう――』
「光ってるネ!? 一体どういう――」
シャオが慌ててアドラメルクから離れようと飛びのく。
だけど、白い光はそれよりも早く私達を包み込むと、目の前が真っ白に包まれた。
『さあ、行くがいいマキナ』
「あ、あんた……誰?」
『我が名はラファエル……別の世界で天使と呼ばれる存在だ』
「悪魔じゃ、ないの?」
『元来、天使と悪魔は表裏一体。場所、視る者、考え方でどうとでもなる存在なのだ。さて、他の者も来たようだ』
私の頭にアドラメルク……ラファエルの言葉が響き、ふと視線を別の場所に向けると、遠くからみんながこっちへ来るのが見えた。
「無事だった……良かった」
『さて、ここからが本番だ。相手は神。これでも勝てるとは限らん。鍵は――』
「ラースね。行きましょう!」
私はみんなに手を振りながら、決意の声を上げた――