第五百七十四話 度し難い罪
「か、母さん……だって!?」
『そうよ、英雄。いえ、もう今はラース=アーヴィングね』
「本当に、本当? レガーロがなんかそれっぽい姿になって嘘ついている可能性も十分あるし、バスレー先生の変装かも……」
『疑り深いわね!? 本物! 本物だから!』
必死になるあたり怪しいけど、日本人らしい顔つきに前世の俺に似た目元はそうなのだろうなと案外あっさり受け入れることができた。
「だけど、どうしてレガーロなんて回りくどい真似をしたのか分からないんだけど」
『最初から話すと長くなるけど、私も眼鏡をかけた神様ってヤツに出会ったの――』
そう言って語り出した内容は実に気の長いものだった。
賢二を転生させたヤツと同じらしい人物に出会った母さんは、やはり転生をさせてくれると交渉された。
しかし、俺のことが気がかりだったので転生はせず、俺の傍に守護霊のようにしてくれないかと頼んだのだが、丁度そのころ俺が事故に巻き込まれて……死んだ。
母さんが亡くなったのは俺が二歳の時。で、俺が死んだのは35歳。
随分と間の空いた話だが、ここもからくりがあって、母さんが死んでからしばらくは転生させるかどうかは神様らしき人物のさじ加減なんだそうだ。
だからかなり遅れて転生話になったんだけど、話をしている内に俺も『そちら側』に逝ってしまった。
様子を見ることができるモニターみたいなものがあったようで、事故った様子も見ていたと。
『神様は言っていたわ。『こうも不幸が続くとは君達一家は面白い』と。そこで私は神様にお願いしたの、あなたを転生させて欲しいってね。なんせ神様次第で違うなにかに変わるかもう一度人生になるかの瀬戸際だから』
「それで、どうして悪魔なんかに……」
『転生したあなたを見守りたいと言ったら、正体を明かさない別の姿にならとあの姿をくれたわ。そしてその時が来たら起こしてくれると言い――』
放置された、と。
俺が転生してから5歳になるまで姿を見せられなかったのはそのせいで、スキルを授かる儀式をしようとしていたから慌てたんだそうだ。
『慌てもするわよ、目覚めたら慣れない体で神様は居ない。スキルは『器用貧乏』という万能能力があることは調べて知っていたからなんか変な機械を操作して、ラースに『超器用貧乏』を授けたってわけ』
「で、使い方の説明か……」
俺が呟くと母さんは得意気な顔で頷いた。
概ね今更な俺達の経緯を聞くことができたけど、まだ不可解なことはある。
「……どうして賢二は俺より先に転生していたんだ? 順番がおかしい気がするんだけど」
「それは俺のセリフだ! 間違いなく俺より先に死んだ、神にも会った。なんでババアが目覚めた時には神が居なかった、ちぐはぐだろうが!」
『それは私も聞きたいところだけどね? そもそも賢二君、あんたが死んだのと理由を知ったのはあの部屋に残されたデータからだから実際にその現場を見ていないし』
母さん、俺、賢二の順で死んだが転生の順としては賢二、俺、母さんの順と言っていいだろう。
どういう意図があったのかはその神様とやらしか分からない。
「それでも……本当の母親に会えて嬉しいよ」
『ええ。マキナちゃんたちにも挨拶をしないといけないんだけど、その前に賢二君を』
「ああ、分かってる。というわけだ賢二、大人しく捕まってもらうぞ。その歳だ、国王様も無茶はしないと思う」
「……けるな……」
「ん?」
「ふざけるな! 実の母が出てきたからって調子に乗るんじゃねぇぞ! <ファイヤーボール>!」
「<ファイヤーボール>」
母さんに向かって魔法を撃ち出したので、俺はすかさず正面に立って相殺する。俺の方がイメージを上手くできるため威力は段違いだ。
「くそ……なにか……逃げ出す手は……なんで俺がこんな目に……」
『その傲慢さがあなたをこうしたのよ。今まで色々な人になにをしたのか考えなさい。その罪が結果ということよ』
「うるせえ、俺に説教をするんじゃねえ! 俺は天才なんだ、なんでもできるんだ、人を操ることも悪魔を呼び出すことも!」
『賢二君、あなたは確かに物覚えもいいし、器用でなんでもできたみたいね。それは確かに【天才】と言ってもいいのかもしれない。だけど、それを自分のためだけに、まして人を犠牲にして得たものはどれだけ価値があると思う?』
母さんが鋭い目つきで説教を続ける。相当厳しい人のようで、誤魔化したりせずハッキリ口にする。
『……まあ、母親が見栄や虚勢で生きている子だったから仕方がないかもしれないけど……もっといい家庭に生まれていれば……』
「やかましいって言ってんだ! <ドラゴニックブレイズ>!」
「いい加減……諦めろ!! <ドラゴニックブレイズ>!!」
賢二の放つ魔法に対し、俺も同じドラゴニックブレイズをぶつけると、俺の青白い竜はあいつのものよりさらにでかく、飲み込むようにかき消し、賢二の背後の壁を貫いて消えた。
目を丸くして冷や汗をかく賢二に近づき、俺は拳で殴りつけてから胸倉を掴む。
「ぐあ……!? てめ――」
「嫌なことがあれば他人のせい。欲しいものがあれば奪う、上手く行かなければすぐに壊す……お前はいったい生きてなにがしたいんだ? もしここでお前を見逃したとして、どこへ行き、なにをする?」
「兄貴を殺して俺を見下したレフレクシオンの連中を殺す……! 俺は俺のために生きる!」
「お前は……!」
こいつには何を言っても無駄か……!
なら、分かるまで心を折るしかないのかもしれない。
「殺す……てめぇを殺して女どもを犯す、俺にはそれが出来る力が……げぶ!?」
「無駄だ、超器用貧乏で強化されている俺に、戦うことすら他人任せにしたお前が勝てる道理はない!」
「うぐお……! ぐは!?」
戦意を失くすまで殴りたいところだが、このまま拘束して終わらせよう。
歳を取ったこいつがどうなるのか? それでもそれなりに人生は楽しんだはずだ、もう一度輪廻の輪へ戻り、今度こそ記憶を失くしてから真っ当に転生して欲しい。
「さあ、終わりだ賢二」
「ぐ……くそ……もっと若ければ……」
『これで終わりね』
母さんがホッとした顔をしたその時、それは起きた。
カバンからロープを取り出そうとカバンに手をかけると――
「カバンが光ってる!? なんだ!?」
『ラース!?』
母さんが叫んだ瞬間、俺のカバンは内側から破れ、そこかしこに持っていた荷物が散らばっていく。
そして――
「わあ!?」
<な、なんじゃ一体!?>
「アイナ!?」
「ラースにいちゃだ!」
転移魔法陣から目をパチパチさせて笑うアイナの姿があった――




