第五百七話 嵐の前に④
「それじゃよろしく頼むよアルジャンさん!」
「また来ますね!」
「おう、任せておけって。というかこの『ゴム』ってやつ、落ち着いたら分けてくれるか? 買い取ってもいい」
「量が取れたら持ってくるよ」
<急ぐぞラース、次は王の下へ行くのだろう>
「ああ」
やって欲しいことをメモに残し、俺達は再び空の旅へ戻る。すっかり仲良くなった女性陣がゴンドラ内で座り、お喋りをしていた。
「ごめんねえミルフィ、連れだしたりして」
「楽しかったからいいですよ! ウルカさんと一緒に居られたし……」
「あー、いいわねえ」
『みんな可愛いのに勿体ないわねえ』
「悪魔は恋愛とかないんですか?」
『え? あーダメダメ、私は人型だけど、手が四本だったり頭が三つあるとか美的におかしいのが多いから無理よ』
「普通に聞くわねー……たまに妹が怖いわ」
「アタシは許してないけど、確かにアンタって美人よね。ふむ」
女子が集まるとこうなるんだなあ……こっちはウルカとサージュしか男が居ないし、飛び火しないようにしておこう……。
「いい天気だね、ラース」
「ああ、これから戦いがあるなんて思えないよな」
<なに、戦いはすぐ終わるだろう。なんせ、あれだけの修行をしたからな>
「俺も色々出来るようになったしな」
「あれは……拙者も驚いたでござるよ」
ウルカも色々聞かれたくないと俺の隣でマキナ達に背を向けて俺と話をしていると、サージュが話しかけてくれた。サージュは特に考えていなかったと思うけどね。
オオグレさんも加わり、分かれて話すそんな感じで一時間もかからずとんぼ返りで王都へ帰りつくと、ルシエール達は家へ向かい、ヘレナとウルカ、ミルフィは劇場へと向かっていった。
歩いていると、リリスが後ろ頭に手を組んでついて来ていたことを思い出して、俺は声をかける。
「リリスはどうするんだ? バスレー先生のところに送るけど……って、そういやなんでお前逃げなかったんだ?」
『一緒に居させてくださいよラース様!? あ、えっとラース様の血を飲んで助かったから、逆らえないのよ。仮に向こうに戻ったところで教主サマにバレたら消されるだろうしね』
「……消されるって悪魔のあなたが?」
マキナが訝し気に尋ねると、リリスは頷いて不敵に笑う。
『まあ物理的というかアレがこうなってそうされて消えるのよ。手段は言えないわね、ラース様なら成し遂げそうだし。折角自由になったし、もうちょっと遊びたいわ』
「適当だな。バスレー先生とヘレナに疎まれているのにな」
『そこは否定しないけどね。戦争と同じよ、『それをしなければならなかった』ってね』
「命令か……?」
<教主というのはそれだけの力があるとでもいうのか? 正直、今のラースやティグレより強い人間はそう多くないぞ>
『ご想像にお任せしますー。とりあえず行きましょうよ、バスレガーロに見つかったら――』
「わたしがなんですか?」
『ああああああああああ!?』
リリスが俺の前に立って笑った瞬間、バスレー先生がリリスの背後に現れ肩を叩き口を開く。
「わたしに隠れてラース君のところで遊んでいるとはいい度胸ですねえ……では、わたしはこれで。チキンナンバンをまたよろしくお願いいたします』
「う、うん……」
レガーロと顔の半分を共有していたバスレー先生は仏のような顔でリリスを引っ張っていった。
「逆に怖いわね……」
<余計なことを言わねば良かろうにな……>
「だな……まあいいや、逃げるつもりは無いみたいだし、リリスはバスレー先生に任せておこう。レガーロも一緒だし心配ないだろ」
「よく考えたらバスレー先生、修行しなくて良かったのかしら? 前は結構強かったらしいじゃない」
「まあ、そこは俺達がフォローすればいいと思う。レガーロに身体を貸すと相当負担がかかるみたいだから、半分だけってのは慣らしている最中なのかも」
「そっか」
<それよりラース、家に入るか?>
「あ、そのまま城に行けばよかったな」
そういえば無意識に家へ歩いてきていたなと俺は頭を掻き、父さんに一応伝えておくかと外扉を開けると、庭から元気な声が聞こえてくる。
「いいなーアッシュ!」
「今の内にバンダナも洗っておきましょうね」
「くおーん♪」
「がるう……」
「わふ……」
「お馬さんはオラが洗ったげるねー♪」
見れば庭でアッシュ達がお風呂に入り、馬がノーラにブラッシングを受けていた。
「……気持ちよさそうだなあいつら」
「あはは、アッシュ、頭の上にタオルを乗せてるわ、可愛い」
<慣れたものだな……む、父殿も居るぞ>
「本当だ、とうさーん!」
俺が声をかけると、父さんはすぐに気づき内柵の方へ向かってくる。
「帰っていたのか、どうした? 家に入らないのか」
「ちょっとこのまま登城しようと思ってね」
「……最終確認か?」
「そうそう。オルデン王子が用意できたみたいなことを言っていたからさ」
「分かった。俺も行くか?」
「いや、前に行ってもらったから大丈夫だよ。三人で行ってくる」
「なんかあったらすぐ呼べよ?」
「ありがとう父さん」
そのままマキナとサージュを連れて登城し、フリューゲルさんに話を通す。
「おお、ラース殿か」
「はい。全部そろったと聞いたので」
「うむ、すでに広場へ運んでおる。見ておくか?」
「お願いします」
フリューゲルさんの案内で今度は広場へと移動。転移魔法陣とは別の場所に展開された荷物を見てマキナが感嘆の声を上げる。
「うわ、凄いわね……そういえばラースは何を頼んだの?」
「色々とね」
「まったく恐ろしいわい。賢いを通り越しておる」
フリューゲルさんが呆れたように笑い肩を竦めると、サージュが興味津々といった感じで見渡していた。そこであるものに目を向けて俺に聞いて来た。
<ラースよ、この巨大な杭はどう使うのだ?>
「それは……あっちの馬車につけて突撃するんだ。装甲馬車って感じかな?」
「そういえば荷台に鉄の板がいっぱいついているわね……それに車輪にはゴム?」
「そうそう。最初は杭だけだったけど、サスペンションが間に合ったから頼んだんだ」
荷台の両脇にくっつける鉄の杭は攻城兵器としての役割を果たしてくれるはず。ガストの町の門が閉じられていれば強襲するためだ。
もちろん重いのでサージュに運んでもらう。現地ではラディナとウチの馬達に引いてもらうつもりだ。
その他、設計図などを渡して作って貰ったものが多数ある。もちろん、向こうの世界にあって、こっちの世界には無いものを。
俺が確認しようとしたところで――
「来ていたのかラース」
「こ、国王様……!?」
――国王様に声をかけられたのだった。こんなところにどうして……?




