第四百八十五話 父から子へ
<ふう、落ち着いた……>
「くおーん……」
「ちゃんと変身できるようになったねサージュ!」
<うむ、修行の成果で魔力の底上げもできたし、爪や牙も前より強くなったぞ>
サージュはここぞとばかりにアッシュを撫で回しながら一息つくと、近づいて来たアイナに歯と爪を見せながら不敵に笑う。
そんなサージュはエメラルドグリーンの髪がロイヤルドラゴンにそっくりで、親子なのだと感じさせていた。
そんな中、戦闘を繰り返してボロボロになったティグレがへたり込んだまま口を開く。
「それじゃ、目的は達成したし戻るとするか。もう十日だ、地上も動きがあっておかしくない、急ごうぜ」
<ああ。色々と世話になった、ありがとう……ち、ち、父上……>
<……サージュ!!>
<うわ!? 抱き着くな、暑苦しい!? では、戻るとするか>
サージュが顔を赤くして引きはがし、アイナの手を引いてダンジョンへ戻ろうとするが、そこでロイヤルドラゴンに引き止められる。
<ちょっと待ってもらっていいかい? それほど時間は取らせない>
「どうしたのー?」
「またすぐ来るよ?」
「すぐ来るかなあ……あ、ドラ猫お前はこっちに来い」
<にゃーん♪>
子供達の無邪気な言葉に、ジャックが頭を掻きながら呟くと、ドラゴンの羽を生やした白い猫がジャックに向かって飛んでくる。
ジャックのドラゴン猫は、この期間でチグハグだった体のパーツを猫寄りにしてもらい、最終的に羽と牙、それと爪だけドラゴンの面影を残して見た目は完全に猫へと変わっていた。
奇跡的にロイヤルドラゴンのスキルが【リクリエイト】という物を触れただけで加工できるものだったのでそれを『ジャックがコラボレーション』することにより実現した。
「ドラちゃん小さくなれて良かったねー」
<ふにゃん!>
「サージュパパありがとうございます!」
ティリアが笑顔で頭を下げるのを見て、ロイヤルドラゴンが困った顔で笑いながら話題を変えて話を続ける。
<どういたしまして。……それで、悪魔との戦いが終わった後、サージュは一度ここへ戻ってきて欲しい。理由は単純、私の跡を継いでほしいからだ>
<何故だ? 別に今のままで良いのではないか?>
<いやあ、そういう訳にもいかなくてね。私もいつ死んでしまうか分からないんだ>
<は?>
突然のことに間の抜けた声をあげるサージュ。
いきなり死ぬ、と言われて頭の中が白くなるサージュの隣で、心配そうにアイナが口を開く。
「死んじゃうの……? せっかく友達になったのに……」
「なんとかならねえのか? 恩のある相手にはいそうですかって言って帰れるほど冷たくはねえんでな」
<まあ、結構長く生きていたから寿命だと思う。こう、心臓のあたりがね、しくしくするんだ。それでもアイナちゃんがお婆ちゃんになるくらいまでは生きていられると思うから、戦いが終わったらサージュと一緒にまた来てよ>
「うん、ティリアちゃんと、今度はトリム君を連れてくるね!」
<……大丈夫なのか?>
<まあね。代替わりしてしまえば不安が無くなるから、ちゃんと帰って来てくれると助かるよ>
<分かった。しかし、受け継いだ後はこの島に住まねばならんのではないか……?>
<まあ、そうなるかな?>
<いや、我はガストの町で暮らしているからそれはちょっと……>
「ダメだよサージュ、お父さんの言うことはちゃんと聞かないと! ラース兄ちゃんに頼んでここに転移魔法陣を作って貰ったらいいと思うよー?」
アイナにそう言われ、難しい顔で口をへの字にするが父親の頼みを聞かないわけにもいかず渋々頷いた。
<悪いね、息子に無理しか言えない親でさ。ああ、そうだ、アイナちゃんとティリアちゃん、私の血を飲んでおいてくれ。サージュの血にも効果があるんだけど、私のは病気をしにくくなるよ>
「ふうん、ちょっと舐めるだけでいいのー?」
「うう……痛そう……」
爪で親指を切り、血をふたりが舐めとるのを確認した後、ロイヤルドラゴンは指を鳴らす。すると高い天井が開き、そこから出られると言う。
<ならここはドラゴンの姿で出て行くとしよう。父上、みんな。世話になった、また会おう>
<うう、ジャック……>
「な、泣くなよ。分かったよ、また来るから!」
<絶対だぞ! ……なら、わらわに名前をくれ!>
「いきなり!? う、うーん、こういうのはラースの役目だと思うんだけどなあ……」
「いいじゃねえか、女に好かれているんだ。美人だしな」
<わらわはジャックのものだからお主の相手はできんぞ?>
「いらねえよ!? ベルナに怒られる……いや、殺されるだろ!」
ティグレがアクアドラゴンに怒鳴っていると、顎に手を当てて考えていたジャックが手を打ってアクアドラゴンへ答えた。
「よし、シャルルなんてどうだ?」
<シャルル……いいですわね! では、ジャック、お待ちしていますよ>
「あ、ああ、またな。サージュ、行こうぜ!」
<うむ、ではまた来るぞ!!>
「またねー!!」
全員を手に乗せてサージュが飛ぶと、眼下で人化したドラゴン達が手を振って見送ってくれていた。
「さて、ベルナ達は大丈夫かな……」
「ファスさんやマキナもいるし、バーンドラゴンのロザが守ってくれるだろ?」
「まあな」
<ラース達の方もどうなっているか気になるところだな>
「気になるといえばアクアドラゴンとジャックもだ!」
「や、やめてくれよ。まあ、美人だけどな。ドラゴンの時はみんなよりでけぇけど……」
「ジャックにも彼女ができたねー!」
「尻尾、あるけどなあ……」
「……」
――それぞれ修行の話などをしながら開けた空へと昇っていく。
ティグレとジャックは戦い方の最適化と必殺技の開発。特にジャックは戦いから遠ざかっていたので、アクアドラゴンと苦労して勘を取り戻していた。
そしてサージュは【スキル】を使うことができるようになり、さらに人化とブレスの種類といった戦いに関する力を手に入れた。
そんな彼らを、厳しい顔で見つめるセフィロの姿があった――
◆ ◇ ◆
<行ってしまったね>
<うむ。良かったのか、サージュをあのまま行かせて>
<そうですわ。人間の子供が年寄りになるまで……持ちますの?>
アクアドラゴンが不安げに尋ねると、ロイヤルドラゴンは口元に笑みを浮かべて返す。
<その時はその時さ。私が死ねば恐らく人間達でいう‟賢者の魂”ができるだろう。それをサージュに渡してくれればいい>
<最後まで一緒に居たいと言えば良かったものを……>
<……いいじゃないか、私たちが見限った人間と一緒にドラゴンが居るなんて、夢みたいだろ? これをきっかけになにか変わると嬉しいね>
<そう、ですね……。言われたようにアイナちゃんとティリアちゃんには僕とアクアドラゴン、いや、シャルルとフリーズドラゴンの血は飲ませておきましたけど>
<ありがとう。サージュが一番大事にしている子だ、なにかあったら心が壊れてしまうかもしれない。その時、邪竜になっても困るから加護をつけておいて損はないよ。それに――>
ロイヤルドラゴンは何かを言いかけたが首を振って止め、もう一度サージュ達が昇って行った空を見上げて微笑んでいた。




