第二百八十五話 追い詰めるために町へ
「これで良かったのかい?」
「ええ、わたしも甘くなったものです」
「ははは、僕達のところに来た時は誰かれ構わず噛みついて当たり散らすような子がそんなことを言うなんてね」
「それは言わないでください……。でも、兄ちゃんや学院のみんなのおかげで立ち直ることができましたからねえ。今でも目を瞑るとあの時のことを思い出しますよ」
(今日からみなさんのお友達になる子ですよ。バスレーちゃんです)
(……)
(なんだ、不愛想なやつだな! 俺はクルイズってんだ、よろしくな! いでぇえ!?」
(きゃあああ!? クルイズ君が噛まれたわ! ノルマ君引き剥がして!)
(ええ!? ぼ、僕が!? ひぃっこっちを見た!?)
(止めなさいバスレーちゃん!?)
「懐かしいですねえ……」
バスレーが目を細めると、ヒンメルが困った顔をしながら口を開いた。
「まあ僕としてはべリアースの英雄、ティグレを監視するって理由で大臣を辞めたのは流石に驚いたけどね」
「結局、あの人も犠牲者でしたねえ……結婚して幸せに暮らせているのが幸いですよ」
「バスレーちゃんは結婚しないのかい?」
「兄ちゃんは大好きですが、わたしはあの国に一泡吹かせるまではその気はありませんよ。無念は晴らさないと」
そう言い放つバスレーに、ヒンメルは胸中で『背負わなくてもいいのに』と呟く。しかし、それを口にしたところでバスレーが改めるつもりがないのを知っているので、無茶をしないよう見守っている。
「……さて、これで処理は完了。僕のスキル【加速超過】はまだまだ衰えていないね」
そう言ってヒュっと適当な石を投げると、ものすごい速度で木に当たりめり込む。瞬間的に爆発的な速度でモノを投げるというシンプルかつ強力なスキルだ。
「兄ちゃんのそれはトマトでもニンジンでも致命傷になりますからねえ。石なら確実に頭蓋が吹き飛ぶしアルバトロス達も悔しがることでしょう」
「違いない。スキルを使う間を与えない、何をしているか分からせないのが僕の持ち味だし。まあバスレーちゃんの的確な指示あっての一撃だけどさ。さ、ラース君達と合流をするかな」
「いえ、こちらから出向く必要は無さそうですよ」
「ん? ……ああ、思ったより早いね」
「そりゃそうですよ。一時はわたしも担任を務めていましたからね!」
と、得意げに笑うバスレーに、ヒンメルは安堵のため息を吐いた。甘くなったのはきっと先生をやったからだろう。この子にも大事にしたい人間ができたのか、と。
◆ ◇ ◆
「居た! バスレー先生!」
「無事ですか!」
「!」
デッドリーベアに攫われたバスレー先生を追って移動していた俺達はようやく発見することができた。 見失った後、どうやら直線に逃げたわけではなかったようでここに来るまで四十分以上の時間をかけてしまったが――
「おー、ラース君にマキナちゃん、それにセフィロ君も!」
「やあ、探しに来てくれたんだね」
「やっぱりヒンメルさんは追ってたんだ。急に姿を消していたからびっくりしたよ」
「ごめんよ、バスレーちゃんがさらわれたから慌てて後を追ったんだ」
どうやら二人とも無事のようだ。
そして傍にはバスレー先生を連れ去ったデッドリーベアが横たわっており、地面を赤く染めていた。それを確認したところで子ベアがマキナの腕から飛び出した。
「くおーん!」
「やっぱりこいつが親だったか。……まだ息がある<ヒーリング>」
「……大丈夫かな……」
ごろりと仰向けにし、ヒーリングであちこちの傷を癒していく。それにしても切り傷が多いな……それでも【超器用貧乏】で向上しているヒーリングなら訳はないので、さっと治療を終えてバスレー先生とヒンメルさんに声をかける。
「そういえば先生、バーディ達が居なくなったんだけどこっちに来ていない? 一緒にいると思ったんだけど」
「ああ、彼等は案の定"福音の降臨"のメンバーでした。美人で可愛いわたしを捕らえるつもりみたいでしたが兄ちゃんが助けに来てくれて全員すたこらさっさしましたね!」
「美人で可愛い……」
「そこ、疑問を持たない!」
「冗談だよ。だけど、そうか……やっぱりあいつらは敵だったんだな。逃がしたのは痛いけど、ひとまず『こっちは』いいか」
あまり当たって欲しくない勘だったけど、福音の降臨という正体が分かったのと、この場から撤退したのはかなり大きい。できれば一人くらい捕まえてソニアのところへ連れて行きたかったけど、ふたりであの人数相手だし仕方ない。まだ屋敷に三人残っているので、そいつらを追い詰めるとしよう。
「それじゃ、戻ろうか」
「そうですね、逃げ出した連中が報告に行く可能性を考えると早いうちに屋敷を押さえておく方がいいでしょう」
「俺が先行して戻ろうか? 他に気になることもあるし」
俺がそう言うとバスレー先生は顎に手を当てて考えた後、人差し指を立てて言う。
「では、わたしとマキナちゃん、ファスさんで先に戻りましょう。騎士達と足並みを揃えていたら時間がかかりますし。兄ちゃんの方がいいかもしれませんが、大臣であるわたしからツッコミを入れてもいいかと」
「うん。それじゃ、森を探索してから帰るよ」
「あ、トレントとクリフォト、間違えないようにしてくださいね? クリフォトたちは色が少し違うから分かると思いますけど」
マキナがそう言うとヒンメルさんは笑顔で頷いてくれ、ここで二手に分かれることになった。騎士達を治療して森の奥へ行くのを見送っていると、倒れていたデッドリーベアがむくりと起き上がるのが見えた。
「お、良かった気づいたか。体がでかいから致命傷は避けられたみたいだな」
「近づいて大丈夫?」
「ああ、大人しくなってるからテイマーのコツを使えば大丈夫だよ」
恐れずに真っすぐ目を見てやるだけなんだけど、これだけ大きいと恐怖を感じる人は多い。その恐怖心が魔物に伝わったらアウトだ。
「グルル……」
「くおーん♪」
「そういえば、あいつらから戦利品を奪ったんでしたっけ。ラース君、これを」
「え? ……おっと」
親ベアと目を合わせていると子ベアが俺の足元でぐるぐると嬉しそうに回り始め、バスレー先生が俺に何かを投げてよこす。
「指輪?」
「それで魔物を操っていたみたいですよ。そのデッドリーベアがわたしを連れ去ったのもそれを使ったみたいです。使い方は知りません!」
「なんだよそれ……まあ、別に今は操る必要も無いからいいけど」
一応指輪を付けてみたけど特に反応はないので、方法があるのだろう。それはともかく、敵意が感じられない親ベアの腕を撫でながら目を見て話す。
「俺達は攻撃しないから、もうこのまま巣に帰りなよ。子ベアがいるんだからもう人目につかないようにな。狩られるぞ?」
「グルル……」
「じゃあな」
最後にポンポンと背中を叩いてやる。これもテイマーのテクニックで、二回優しく叩くことで安心させることができるのだとか。そうして踵を返してマキナ達のところへ行くと――
「あ、あれ? ついてきてるわよ」
「ええ?」
マキナが俺の後ろを指さすので振り返ると、親ベアがぴったりくっついてきていた。子ベアはマキナに突撃していき、そのまま抱きかかえられた。
「行かないのか?」
「グル」
「くおーん!」
「♪」
「一緒に行くみたい?」
「セフィロの喜びようじゃとそんな感じかのう。テイムしたみたいになっとるわ」
「……そのつもりは無いんだけどなあ」
「ま、いいじゃありませんか。それ、レッツゴー!」
そんなことを言いながらバスレー先生が颯爽と親ベアにまたがり指をさす。自分を連れ去った魔物によくまたがれるなと思いながら、俺達は町に向かって歩を進めた。
さあ、戦いだ……!(心理戦
いつも読んでいただきありがとうございます!
【あとがき劇場】
『時間がないいいいい!』
それ私のセリフ……!
 




