第二百三十八話 集う同居人
「ええー……」
「これは凄いな……」
買い物に出てからそれほど時間は経っていない……はずだ。それを確認するかのように、マキナは懐中時計を取り出して庭と時計を交互に見る。
なんせ二時間程度で庭に山小屋みたいな建物と厩舎がどんと建っていたからだ。バスレー先生も家に戻ってきており、複雑な顔で俺達とファスさんに視線を向けてきたので説明に入る。
「あー……先生、今日からマキナがファスさんの弟子になったんだ。付きっきりで修行ができるように引っ越してきたんだ」
「なるほど、ではここで世話になるというのは本当なんですね」
顔見知りとはいえ、自分の知らないところで庭が改造されているのを見てどうやら心配してくれたようである。そこへファスさんが小屋から出てくると、俺達を見てこちらへやってきた。
「帰ったか、存外早かったな。もう少しでぇとを楽しんでも良かったのじゃぞ? まだ片付いておらんし」
「いや、食材を買うのがメインだったしまた今度にするよ」
「それにしてもちょっと見ない間に小屋と厩舎を建てるなんて……師匠はこういうのも得意なんですか?」
「もちろん大工を呼んだんじゃ。そやつの知り合いじゃったようじゃが」
そういってバスレー先生に目を向けるファスさん。
「そういえば大工の知り合いがいるって言ってたっけ」
「ですね。ダイハチ君ならこれくらいはできますよ? ね、ダイハチ君!」
「朝飯前だ」
「わ!? 人が居たんだ……ドキッとしちゃった……」
厩舎の陰からひょこっといかつい顔をした男が出てきて、マキナが飛び上がって俺の背中に回る。相変わらず幽霊とかの類が苦手なのだ。
ダイハチと呼ばれた男はそのまま立ち上がり俺達の前に来ると、バスレー先生が声をかけた。
「終わったんですか?」
「おう、後は藁でも敷いてやれば馬も満足するだろうぜ! それじゃ俺は帰るぜ」
「あ、お金は?」
「そっちの婆さんから貰っている。……こいつと住んでいるのか? 退屈しねぇだろ」
「はは、まあね」
ダイハチさんは二カっと歯を出して笑い、手を振りながら家を後にしていった。なんだかんだで嫌われてはいないよなバスレー先生。
「でも、こんなに早くできて良かった。バスレー先生の部屋を使ってもらおうと思ってたから」
「まさかの一日で追い出されるところだった!? ありがとうございます! ありがとうございます!」
「う、うむ」
泣きながらファスさんの手を掴みぶんぶんと振るバスレー先生に少し引きながら、ファスさんは頷く。その光景に苦笑しているとマキナが口を開く。
「じゃ、私夕食を作るわね! ラース達はゆっくり待ってて」
「俺も手伝おうか?」
「ラースは朝準備してくれたから夕食は任せてよ」
マキナは笑顔で返してくる。するとファスさんがマキナの持つ包みを見て声を上げた。
「ふむ、見たところそれは魚ではないか?」
「え? はい、もしかして……お魚嫌いでしたか?」
「うんにゃ、山で暮らしておるから好きだぞ。魚ならこれなんかどうかのう?」
「?」
ファスさんは小屋に一度引っ込むと、すぐに手に何かを持って出てくる。それは割と馴染みのある品物だった。
「炭火焼の炉かあ、懐かしいな」
いわゆる七輪だけど、正式名称がこの世界では無いので火を熾して暖を取ったり、食材を焼く道具は一律で『炉』と呼ばれている。まだ貧乏だったころ、庭で横長の七輪……かまどを使って夜空の下、食事をしていたこともある。
「これなら味わい深い焼き魚ができるじゃろう。炭も少しじゃがあるわい」
「これはいいね。マキナ、使わせてもらおうよ」
「それじゃお魚は炭火焼の炉で決まりね。なら、サラダとごはんは中で仕込んでくるわ」
「よろしく頼むよ」
俺が魚を受け取ると、鼻歌交じりに家に入っていくと、早速ファスさんが炭を七輪に放り込む。
「火をつけるよ」
「そうか、では頼むとしよう」
小さいファイアで炭に火をつけると少しくすぶって煙が出た後、じわっと赤くなっていく。サッと網を乗せる。
「風情がありますねえ。おっと、ではとっておきのベーコンを出しましょう!」
「これは見事じゃわい」
「もちろんアレもありますよ?」
そういって自室から昨日持って帰った酒瓶とグラスを持ってやってくるバスレー先生。ファスさんはにやりと笑い、すぐにふたりは酒盛りを始めた。
しかし立ち飲みなので、炉が温まるのを待っている間に俺は余った丸太を椅子にでもするかと庭の隅へ移動する。
「<ウインドスラスト>」
魔力制御はお手の物なので、ちょっと太めの座椅子みたいなものがサクッと出来上がり、ファスさんへ渡しに行く。
「立ったままじゃゆっくりできないだろ? これを使ってくれ」
「……」
「ん? どうしたんだ?」
ファスさんが俺をじっと見ていたので眉を潜めて尋ねると、ファスさんは椅子に座りながら口を開く。
「初めて見たときから思っておったが、タダものではないのう。その風魔法をそこまで繊細に扱えるものはそうはおるまい。強く、大きくすることよりも、小さく強力に扱うのは本当に難しい」
「ベルナ先生もそんなことを言ってたな。魔法も剣も一流と呼べる人に教われたのは大きかったと思う。それに俺のスキル【器用貧乏】は努力すればするほど能力は上がっていくんだ」
「なるほどのう。それでその年でそこまで強く……お前は幼少からかなり修行をしたということじゃな。どおりで鍛えがいが無いわけじゃわい」
ファスさんがフッと笑いベーコンを温まった網の上に乗せる。きちんと魚に匂いがつかないよう端に。そこでバスレー先生が口を開く。
「ラース君は鍛えがいが無いんですか?」
「うむ。教えるより『戦いたい』人間じゃな。本気で一度戦ってみたいわい」
「それは遠慮しておくよ。俺は戦いが好きってわけじゃないし」
「ほっほ、まあその内に、な? 強者は強者を引き付ける。戦いが避けられん時に戦う覚悟がお主にはあるから問題はあるまい。じゃが、それ故にマキナがお主の横に立つには確かにワシの技があった方がいいじゃろうな。難儀な男に惚れたもんじゃ」
「……いつも俺がいるとは限らないからな。だから俺からも頼むよ」
自分から首を突っ込むことはないと思うが、俺が見ていないところでマキナに何かあったら困る。俺が頭を下げると、ファスさんは俺の頭に優しく手を置いて言う。
「ほっほ、大事に想っておるのう。任せておけ、お主に近づけるよう修行をする。ラースにも手伝ってもらうことがあるかもしれんからその時は頼む」
「もちろんだ」
「もぐもぐ……青春ですねえ……」
「バスレー先生は気楽でいいなあ。まあ、俺達ものんびり修行とか依頼だけど。先生の仕事はどうなんだ?」
「まだちょっと引き続きが完全じゃないですから、もう少しですね。”福音の降臨”も警戒しないといけないし、トレントの残党狩りに、トレントのせいで鳴りを潜めていたゴブリンやオークなんかも出てくると、忙しくなります。それに――」
バスレー先生はそう言ってじりじりと焼ける魚に目を向ける。
「――海域も調査しないといけませんし、仕事は尽きないかと思いますね。ま、すぐに何かあるわけではないので安心してください。わたしはしばらくここに居ます!」
何が心配ないのかわからないけど、とりあえず頷いておく。
程なくしてマキナがごはんとサラダを持って夕食が始まり、二日目で増えた同居人、ファスさんを歓迎するため乾杯をし、楽しく食事が終わる。
「明日からお願いします!」
「うむ。しかし無理はいかんから、ワシの言うことをよく聞くのじゃぞ?」
その言葉通り、翌日からマキナの本格的な修行が始まるのだった――
そろそろ新しい事件?
じゃあ修行は? 同時にこなす名案が?
いつも読んでいただきありがとうございます!
【あとがき劇場】
『鍵はマキナちゃん……』
何が?
『彼女が誘拐されてラースが切れて王都壊滅……
もう主人公じゃないよねそれ




