第百九十三話 ああ、領主様……
「どうしたのだアンリエッタ? 客だと聞こえたが……む!? お前達は!? ももも、もしかしてコンラッドを連れ戻してきたのか!?」
「ええ、俺はここに」
「おおおおお! よくぞ戻ってき……いや、喜ぶのは早いい……どこかで誰かが……だ、誰も居ないな? 早く入るのだ」
「あ、ああ……」
「焦ってるなあ」
「ま、話を聞いてみましょうか。おはよう、アンリエッタちゃん。まさかここで会うなんてね」
「本当ね! これはもう……運命だわ!」
領主に招き入れられたコンラッド達に続き、アンリエッタに背中を押されて俺達も中へ入って行く。門番さんが苦笑しながら扉を閉め、静かな屋敷には領主とアンリエッタ、それと俺達だけになる。
「……? メイドさん達は居ないのか?」
「うん、その辺は今からパパが話してくれると思うわ」
俺の言葉に俯きながら答えてくれるアンリエッタ。脅迫状の件で間違いないんだろうなと思っていると、ウチと同じくらいの広さの応接室へと通された。
「ちょ、ちょっと待っててくれ、妻を呼んでくる。アンリエッタ、お茶の用意を頼むぞ」
「わかった!」
領主とアンリエッタのふたりはバタバタと応接室から出ていった。うーん、見知らぬ人を放置したまま出ていくとはなんと不用心な……
「気が気でないのと、コンラッドさんが帰って来た喜びで思考が混乱に満ちてますねえ」
「まあ、俺達だからいいようなもんだが……」
バスレー先生とコンラッドが呆れて見送り、ボロゾフ達も苦笑する。しばらく待っていると、領主と奥さん、そしてお茶を持って帰って来たアンリエッタが俺達の前に紅茶を置いてくれる。
「どうぞー」
「ありがとう」
「ふう……さて、早速だがご苦労だったなボロゾフ」
「いえ、偶然といえば偶然なんですが……」
一息ついたアンリエッタのお父さんである領主。
さらりとした金髪に、少々たれ目で困った感じの眉。いかにも気が弱そうだな、と思える容姿だ。
「すみませんね、ウチの人が……」
「まあ、事情があったみたいですしお気になさらず。それで、脅迫状とは?」
コンラッドがハンカチを手に汗を拭う奥さんに尋ねる。長い赤い髪に目鼻立ちが整っている。アンリエッタは母親似だなと思いながら紅茶をすすると、領主は俺達に目を向けて逆に尋ねてきた。
「して、そちらの三人は? 前に来た時にはいなかったな?」
「ええ、恥ずかしながらボロゾフ達と酒場で喧嘩したのですが、その時、こちらのバスレーさんがこの件について話を聞きたいと言ってきましてね。ここまで一緒に連れてきました。で、同行していたラース君と、マキナさん」
コンラッドが紹介してくれると、バスレー先生が軽く頭を下げて口を開く。
「ご紹介にあずかりましたバスレーです。よろしくお願いします」
「……大丈夫なのか? この者たちが脅迫状を送り付けてきた者で、実はこうしてやすやすと入り込んで、今から我々をどうにかするつもりじゃないだろうな……?」
酷い疑心暗鬼だ……口をへの字にして俺達を上から下まで見てくる。少し居心地悪いなと思ったが、挨拶しないのも失礼だしと俺はカップを置いて言う。
「俺はラース……ラース=アーヴィングと言います。ガスト領主の次男で通じるでしょうか? こっちは彼女のマキナです」
「初めましてマキナです。以後、お見知りおきを」
マキナも微笑んで会釈をすると、少し間をおいてから領主は慌てて立ち上がって叫ぶ。
「なんと、ローエン殿の息子……!? あ、痛っ!?」
「あなた、落ち着いて」
「ラースさんが領主の息子……!?」
領主は立ち上がった勢いが強く膝をテーブルにぶつけて蹲り、奥さんがおろおろしアンリエッタが口をあんぐりと開けて呆然としていた。領主はすぐに座りなおして話を続ける。
「コホン。そ、そういえば息子二人に娘がいると、ローエン殿が会合で話しておられたな……初めまして、ラース君。私がこのオリオラ領の領主、ヒューゲルだ」
「妻のラクーテです」
「アンリエッタよ!」
「アンリエッタは昨日会ったから知っているよ。よろしくお願いします。それで、コンラッドを呼びもどした件と、脅迫状について話してもらえますか?」
「それ、わたしのセリフだったのに……」
バスレー先生はスルーして俺がもう一度頭を下げると、ヒューゲルさんがホッとした様子で話し始めた。
「……うむ、どこから話したものか……」
「あなた、コンラッドさんを追い返したところから……」
「わ、分かっている! こういうのは思わせぶりなところから話すものだろうが!」
意外と余裕があるな……そう思った矢先、順を追って説明をしてくれる。
「コンラッドを追い返したのは、ちょうど脅迫状が届いたのと同時だったのだ。さすがに私も被害状況を数多く耳にすれば動く。まあ、領民からは事なかれ主義だの言われておるが、下手なことをしないのが信条でな。ああ、話が逸れたな、討伐隊を組もうか考えた矢先、脅迫状が届いた。……これだ」
ヒューゲルさんがゆったりとした服の袖の下から手紙を取り出しスッとテーブルに置き、それをバスレー先生が手に取り中を開く。
「どれどれ……」
「脅迫状なんて初めてみるわね、ルシエールの誘拐の時は急だったし」
「誘拐……?」
アンリエッタがびくっと体をこわばらせて呟くが、まずは手紙だとバスレー先生の手元に顔を近づける。
「そんなに見つめたらドキドキするじゃないですか」
「早く開いてよ先生」
「怯みもしない!? ……まったく彼女持ちはこれだから……えっと――」
“トレント退治に手を出すことは許さない。もしギルドに討伐隊を依頼したり、独自で人を集める動きがあればその時はこの町がどうなるか分からないことを覚悟しておけ。特に娘が可愛ければなおのことな。いいな? 繰り返す。トレント退治には手を貸すな”
――そんな文言が複数の筆跡と共に書かれていた。ありふれた脅迫状で短い文だけど向こうの要求と、破った場合の報復措置が書かれていた。そこでバスレー先生が脅迫状を戻しながら言う。
「なるほど、だからコンラッドさんの嘆願を蹴ったのですね」
「そうだ。【気配察知】はこの町では有名だし、コンラッドが人を集めるのも難しくない。だから……申し訳ないが少々強い言葉で追い返した訳だ。その後、ボロゾフ達とも喧嘩をしてこの領を出ていったのは驚いたがな」
ヒューゲルさんがそう言い目を伏せる。そういえば……コンラッドとボロゾフ達ってなんで喧嘩したんだ? それに故郷が大事なら領を出ていったのも不思議だ。
俺がコンラッドを見てそう考えていると、コンラッドにそれが伝わったのか肩を竦めて俺に言う。
「……何で出ていったのかって顔だなラース君。ボロゾフ達と喧嘩はしたが、それはギルドマスターのせいでもあってな。俺達独自に遊撃をしようとしたんだが、こいつらに止められてな」
「領主様も手を付けないとなると、無理して動くとギルドマスターに目をつけられる可能性が高い。そうなると俺達も仕事がしにくくなるってんでコンラッドを止めたんだが、こいつはそれが気に入らねえって怒って出ていっちまったってわけだ。まあ、なんだ、悪かったな……」
ボロゾフが頭を下げ、終わったことだとコンラッドがなだめる。
いくつか怪しい部分はあるけど、次にヒューゲルさんが放った言葉で、勝手に炙り出される可能性があると思った。
「あの時のことを言ってももう今更だろう。脅迫状は気になるが、このままトレントを放置すれば結局民が苦しむ羽目になる。ならば危ない橋でも渡るしかない。……【気配察知】のあるコンラッドを起点として、討伐隊を組むつもりだ」
領主、慌ただしい!?
いつも読んでいただきありがとうございます!
【あとがき劇場】
『一家そろってバタバタしている雰囲気あるわねえ』
ヒューゲルさん達は勝負事をしない、堅実に経営してそう
『多分取捨選択が上手い、とか……?』
お前も捨てるか
『え!?』




