第百八十九話 オリオラの町
「ふう……とんでもない目にあったな……」
「ああ、あの人は敵に回しちゃいけねぇな。目を付けられたコンラッドに同情する」
「何か言いましたか?」
「い、いや、何も……!?」
気絶していたふたりも目を覚まし、俺達は夜食がてら焚火を囲みスープを温めていた。名前はカバーニャとサモというらしい。バスレー先生が不穏なことを言うふたりを訝しみながらコンラッドへスープを渡す。
「そうですか? さあ、コンラッドさんスープですよー」
「ああ、助かる」
「ラースもはい」
「ありがとうマキナ。とりあえずこのメンバーで領主邸へ行くってことでいいのか?」
マキナからスープを受け取り、俺はズズズとすすりながらボロゾフへ尋ねると同じくスープをすすった後頷いて答える。
「ああ、コンラッドとパーティを組んでいた俺達に頼まれた依頼だし、そっちの姐さんが会うのに協力できるからそれがいいと思うぜ。実際、今は警戒しすぎてアポなしで会ってくれるかは微妙なところだしな」
「なるほど。ならこっちとしても助かるってことか」
「おう! 酒場でのことは本当に悪かったな、酔ってた勢いとはいえすまなかった」
「謝ってくれたならいいけどね」
「とりあえずお前達の強さなら、トレント退治も楽になるだろうし頼りにさせてもらうぜ」
「お前達の方が年上だろうが、先に頑張るのは俺達だろう?」
「コンラッドは真面目でいけねぇや」
とまあ、三人と和解したコンラッドも少し頬が緩む。なんだかんだパーティを組んでいた仲だったわけだし、誤解が解けて笑い合うのは見ていて悪くない。
クラスメイトと喧嘩することは無かったけど、もしそうなったらこんな感じなのだろう。
「添い寝しますよコンラッドさん!」
「い、いや、遠慮しておくよ……」
「どうして!? こんなに可愛いわたしが添い寝ですよ! プリーズ!」
「求めてどうするんですか……」
「姐さんはおもしれぇなあ!」
――そんな感じで夜を過ごし、明日に備えて就寝。俺はまだ信用しかねると、念のため夜通し起きて様子を見ていたが彼らが変な行動を起こすことは無かった。
彼らは乗ってきた馬で俺達の前を走り、馬車がそれを追う形で進んでいく。コンラッドの言う王都とオリオラ領の分岐点を越え、やがてオリオラ領との領境へと差し掛かかる。
「ルツィアール国の時みたいに壁があるわけじゃないんだ」
「国境は複雑ですから往来の監視は必要ですけど、国内の領の行き来はそれほど厳しくはないですかねえ。授業でわざわざやる必要がないから知らなくても仕方ありませんが」
バスレー先生がそう言って街道から左右に伸びている、杭と、鉄でできた網を指さした。それがずっと続いており各領地の範囲を決めているようだ。
「やっぱり旅に出て良かったかも。新しいことが知れるのは新鮮でいいわね」
「そうだね。まだまだ俺達の知らないことが多いし、王都も楽しみだよ」
「くっくっく、華やかな王都を見て恐れおののくといい」
「なんでわざわざ不穏なこと言うのよ……」
そうこうしているうちに領境を抜けて俺達はオリオラ領へと入った。ここからさらに一日半かけ、領主の居るオリオラの町に到着した。
「到着ー! ガストの町と同じくらい大きな町ね! あ、中央に広場があるみたい、後でお散歩しない?」
「はは、嬉しそうだねマキナ」
「えへへ、ラースと一緒に新しい町に来れるのが楽しくて」
上目遣いで振り返るマキナの笑顔がとても可愛いと思いながら馬車を引いて歩く。そこにものすごい顔をしたバスレー先生が舌打ちをする。
「チッ」
「舌打ちは止めようよ。それでバスレー先生、最初の通り情報収集してくるの?」
俺が聞くとバスレー先生は頷いて俺とマキナの肩に手を置いてから言う。
「ええ、ボロゾフさんたちのおかげでかなり楽になりましたけど、もう少し聞き込みをしたいです。ラース君とマキナちゃんは今のうちにイチャイチャしていてください」
「うん。馬車と宿の手配は私達でやっておくわね」
「くっ……怯みもしない……強くなりましたねマキナちゃん……まあ、そんなわけでコンラッドさんと愉快な仲間たちはわたしとギルドへお願いします」
「分かった。この町なら俺達の庭みたいなものだ、行きたいところがあれば案内しよう」
「デート! デートですね!」
「いや、俺達も居ますよ姐さん」
前ならマキナも照れていたけど今は堂々としたものである。
それはともかく俺達と別れ、バスレー先生は四人を引き連れ町の奥へと入って行った。少し心配だけど、俺達を連れて行かないのは何か考えがあるのかもしれない。
「それじゃ宿に行こうか。カバーニャさんの言っていた道はあっちかな?」
「みたいね。ふふ、あなた達もう少しで休めるわよ」
馬車を引いてくれた二頭の馬の背中を撫でながら俺と反対側に立って歩いていく。町並はガストの町と変わらないかな? 宿のある道へ入ると、お店が立ち並んでいてここはジャックやルシエール達の家があった商店街に似ていると感じた。
「まだ全然日にちが経ってないけど、なんか懐かしいわね」
「あ、マキナもそう思った? 俺もブライオン商会とかジャックの魚屋を思い出した」
「あはは、分かる分かる!」
俺達は笑いながらさらに進む。
少し坂になった道は広く、馬車が二台すれ違っても全然余裕。どんなお店があるかなと見渡していると学生服を着た子達が目に入る。
「この町の学院の制服ね、聖騎士部の模擬戦で見たことがあるわ。白の生地に水色の刺繍が可愛いのよね、胸もリボンじゃなくて紐でシンプルだし。結局、聖騎士部の大会には出なかったからオブリヴィオン学院に来た人を見るだけだったけどね」
マキナが微笑みながら買い食いをする女生徒を見てそんなことを言う。俺はふとマキナに聞いてみる。
「やっぱりマキナもオシャレしたい?」
「んー、そうね。普段着はシャツとズボンだし、ラースの作った服を着てみたい気はするわね。まあ旅に出ている間は機会が無いと思うからいいけど」
なるほど、物があれば着るってことか。王都に着いたらレオールさんが作ったお店があるし頼んでみるのもいいかもしれない。
「ラース、あれじゃない?」
「みたいだ、急ごうか。散歩する時間も欲しいし」
「うん!」
宿の看板が見えてきたので俺達の足取りが軽くなり馬車を引いていく。
だけどその時だった。
「わわわ、どいてー!?」
「へ?」
坂の上からものすごいスピードで駆け下りてくる人影が慌てた声で俺達に叫ぶ。しかしこっちは馬車を引いているので避けられない。
向こうも止まれないようで、俺が一言呟いた瞬間、体に衝撃を受け、次の瞬間、つんのめった赤い髪の女の子が宙を舞った。
「ひゃああああ!?」
「危ない! <レビテーション>」
「さすがラース!」
俺は倒れこむ前に魔法を使い、身を捻りながら宙に浮き、あわや頭から地面にダイブするところだった女の子の腰を掴み何とかそれを食い止めることができた。
「ふう……危なかった」
「う、浮いてる……? あ、ちょ、ちょっとあなた! 降ろしなさいよ!」
「ちょっと待ってて」
バタバタ暴れる女の子のスカートがめくれそうで、俺はすぐに目を逸らして地面に足を付け、女の子を立たせる。
「はい、着地っと。ケガはないかな?」
「あ、ありがと……ございます……」
「良かったわね、ラースじゃなかったら可愛い顔が台無しになってたかも? ラース、もうすぐだし早く行きましょ」
「ああ、それじゃあね。坂道を走るのは危ないから気を付けるんだよ」
俺とマキナは女の子に声をかけた後、再び歩き出そうと前を向いた。しかし、すぐに後ろから声がかかる。
「ま、待って! あなた達冒険者? 話したいことがあるんだけど――」
「?」
「?」
学生服を着た赤い髪の女の子が俺達を呼び止めてきたのだ。俺とマキナは顔を見合わせた後、女の子の話に耳を傾けた。
さて、謎の女の子登場!
いつも読んでいただきありがとうございます!
【あとがき劇場】
『逆ハーレム!?』
食いつくのそこじゃないだろう……
『ぐぬぬ、人間ごときが生意気な……』
ああ、こうして邪悪な神になっていくのか……




