第百七十一話 会話をするということ
<町に入る前にちいさくなろう>
そうサージュが提案し、俺達は町の入り口付近に着陸する。サージュに驚きつつも、対抗戦などでうちに住んでいるドラゴンというのは結構知れ渡っているため大騒ぎにはならないのだ。
「あ、ルシエール見つけましたよ! だから解散で大丈夫です」
「おお! 良かった……」
「すみませんが、私はこの子たちを家へ送っていきますので、伝達してもらえますか?」
「お安い御用だ! おーい、みんな居たってよ!」
門に入ったところに居た自警団のひとりに声をかけ、ルシエールが無事であったことを告げると外にいる人達に駆け寄っていった。残りの人は戻ってくる先生達が何とかしてくれると信じ、俺達はブライオン商会へと足を向ける。
「帰ろうお姉ちゃん!」
「ええ」
かごの中で元気を取り戻したルシエラがルシエールと手を繋いで軽い足取りで道を行く。少しふらつく感があったので俺は声をかける。
「ルシエラ、大丈夫かい?」
「っと……。うん、もう平気よ! ラースが助けてくれたんでしょ? ありがとね」
「そりゃあ友達が危機だったら助けにいくさ」
「……そうね。あんたってそういうやつだもんね」
「?」
ルシエラが困った顔で笑い、ルシエールと一緒に前を行く。何が言いたかったのか分からず困惑していると、リューゼが話しかけてくる。
「……うん、まあ。完璧な人間なんていねぇよな」
「え?」
「ラース君は鈍すぎだもん! 待ってールシエールちゃん!」
クーデリカがむくれて俺の横を通りふたりに向かっていく。……まあ、分かっちゃいるんだけどさ。しばらく歩き、ブライオン商会へ到着する。
「た、ただいま……」
「帰ったわよ!」
「ルシエール! それにルシエラも!」
「よ、よく無事で……」
いつもならもう閉店して暗いはずの時間である店はまだ灯りがついており、中へ入るとソリオさんとティアナさんがふたりに駆け寄って抱きしめた。それと同時にソリオさんがルシエラの頬へ平手打ちをする。
「あ!?」
「しっ」
パティがハッとして小さく呻くが、俺は口に指を当てて制する。ソリオさんが何を言うか、ここは見守るべきだと目を見張る。
「いったぁ……」
「ルシエラ、僕が出ていったあと飛び出したと聞いたよ。どうして待っていられなかったんだ」
「……ルシエールが心配だったからに決まってるじゃない。あの時間なら私のスキルで追いつけると思ったから……」
ルシエラがぶすっとした顔で目を逸らし、ぼそりと呟く。それはルシエラが今まで生きてきた中で胸に抱えていた爆弾だった。
「それに、お父さんもお母さんも、私よりルシエールが残った方が嬉しいでしょ? いつもいつもルシエールばかりに構って! 私だってルシエールが好きよ? でもお父さん達は私がいなくても困らな――」
「!?」
「ルシエラ……!」
ティアナさんが声を上げ、ルシエラが叩かれると思い目をぎゅっと瞑る。
そして――
「ごめん……ごめんなさい……お姉ちゃんだからと言い聞かせ、あなたも文句ひとつ言わず居たから大丈夫だと思っていた……いえ、思い込んでいたわ……」
「お母さん……」
ティアナさんはルシエラの本当の気持ちを聞き、涙を流して抱きしめた。いつかティグレ先生が言っていたことを今度はルシエラ自身の口から出した。次いでソリオさんがルシエラの頭に手を乗せて言う。
「すまない。ルシエラをずっと苦しめていたのは間違いなく僕達だ。だけど分かって欲しい、子供が居なくなって平気な親は……居ないんだよ。お前は大事な僕達の娘だ」
「お父さん……私……私……ずっと寂し……うわあああああああ!」
「お姉ちゃん……」
――大事な僕達の娘――
本来はもっと早く、そのたった一言を伝えるだけでルシエラの心が擦れてしまうことは無かった。ルシエラも我慢をせずに寂しいと言うだけで気づいてもらえたかもしれない。
すれ違いは拗れてしまえばいつか毒になる。そのまま大人になってしまえば……きっと前世の俺のようになってしまうのだ。
だが俺と決定的に違うのは、ダメなところはあるけど両親が優しく、妹と仲が良かったことだろう。
俺も今は幸せに暮らせているが、ルシエラを見てあの時、俺が暴れでもしたら何か変わったのだろうかとふと思う。
「行こう。家族だけにしてあげようか」
俺がそう言うと、みんながニカっと笑ってそっと店を出る。ふわりと夜風に当たりながらジャックが口を開いた。
「んー……! すっかり遅くなっちまったな。んじゃ俺達も帰るか……って、そうじゃねぇよ!? 鍛冶屋に行くんだよ俺達ぁ!」
「あ! そ、そうだった! 今から行けるかな!?」
ジャックがガニ股で叫び、クーデリカがサージュの尻尾を掴んでぶんぶん上下に振る。リューゼとパティは肩を竦め、俺が苦笑しながら答える。
「今日はもうそういう日じゃないよ。ルシエール達が行けないし、みんなも疲れているだろ? また日を改めてみんなで行こうよ」
<うむ。ラースの言う通り、友達を置いていくのは感心しない。鍛治屋は逃げん、またにすればよかろう>
サージュも諭すようにジャックとクーデリカに言うと、少し不満げだが納得して頷いた。
「しょうがねぇな! んじゃ、ラースんちに泊まらせてくれよ、このまま帰るのは勿体ねぇだろ?」
「だな。折角だし、遊ぼうぜ」
「うー、残念……でも、チャンスが無くなったわけじゃないもんね! 荷物を置いているしわたしも泊るー」
「わ、わたし広いお風呂にまた入りたいかも……」
「む、ボクも行っていいかい? 最近実験ばかりでお風呂に入っていないのだ」
「汚いな……まあいいけど……」
リューゼにジャック、クーデリカにパティは鍛冶屋に行くていでうちに来ていたため、折角だから夜通し話でもと提案してくる。リースもちょっと近寄りがたくなる理由で来たがり、俺も異論は無い為、賛同し、横で笑っているマキナに声をかける。
「マキナも来るよね? 傷、母さんの薬も使っておいた方がいいかなって」
「え? あ、う、うん。着替えも置いているし行くつもりよ」
「サージュの時と今日、マキナには助けられてばっかりだね。ありがとう」
「そ、それはたまたまだし……それにラース君のこと、好きだから……」
そう言われて俺の胸がドクンと高鳴る。
さっきのルシエラもそうだけど、言葉にする、会話をするということは思っていることを伝える手段だ。 俺達は人の頭の中を見ることは出来ない。故に言葉がある。
思っていることは口にしないと伝わらない……そして『好き』だとハッキリ言われ、俺は――
「どうしたのラース君!?」
「え? なに?」
「なんで泣いてるの?」
クーデリカに言われ俺は泣いていることに初めて気づく。俺は手で何度も拭うけど、とめどなく溢れてくる。病室で父さんに怒られた時と、似ているなと何故かそう思う。
「だ、大丈夫!? わ、私が変なことを言ったから……」
マキナが焦りながら俺の顔にハンカチを当て涙を拭おうとする。それをやんわり止めて口を開く。
「そうじゃない。多分、俺は嬉しかったんだよ」
「はは、多分ってお前、自分のことじゃないか」
リューゼが俺の肩を叩きながら表情が心配そうで申し訳なく思っていると、リースが口を開く。
「……心と頭は別のもの、か? 興味深いね。というか、ボクも好きだって言っているのにマキナ君ばかりずるいんじゃないか?」
「そんなこと言われても……」
俺はかすれる声でマキナの手を取って走る。
「リースは本気に聞こえないからさ、多分ね。 さ、急いで家に帰ろうか! 夕食、冷めてるかもしれないけど!」
「わ!? は、速いよラース君!?」
「あ、待てよラース!」
「ボクの愛も受け取ってくれないかね!?」
そうやってバタバタしながら俺達は家に帰る。
家では父さんや兄さん達が出迎えてくれ再びお風呂に入り、温めなおしてくれた夕食に舌鼓を打ち、遊ぶと言ったにもかかわらずみんな即就寝してしまった。
「ふう……アイナの相手は疲れるけど、可愛いからつい構っちゃうよ。マキナのケガもほとんど傷が無くなっていたし安心かな?」
と、安堵する俺はマキナのことが多分、好き、なんだと思う。これが恋心かどうかは分からないけど、家に帰ってから一緒にいるだけでドキドキしていた。真剣に考える必要があると思いつつ、俺も目を瞑る。
今頃、ルシエール達も眠りについているだろうか? それともルシエラが今までのうっ憤を晴らすかの如く喋っているかも?
助かって良かったと心からそう思う。
ルシエラはこれから素直に両親に甘えることができるかな? そう願わずにはいられなかった――
一件落着、とはあまりいっていない感じの次回へ……
いつも読んでいただきありがとうございます!
【あとがき劇場】
『次章まで?』
あと数話! 一気にとぶのでお楽しみに!




