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談笑―かいわ―

赤と緑を基調とした一室。


床には高級の絨毯を余すところなく敷き詰め、隅々まで手入れが行き届いている。


国旗として、薔薇に剣と盾が融合したデザインの旗紋が東西南北にそれぞれ立て掛けられており、緑の布が一際に赤を押し出していた。


約10メートルくらいか、U字型の卓が中央に置かれて測ったかのように椅子が配置されている。

卓上は水晶か何か透明な色で、その上には資料が載せてあり、各々の椅子に合わせての数。


席はすべて埋まっており、上質な衣を纏った年配者や重めかしい甲冑を身に付けた騎士が険しい表情の中、会議の場に似つかわしくない煌びやかな衣装を着た女性が丁度座ったところだった。


U字の奥側、つまりは真ん中の席に座した女性こそエルフ共和国シルターニャ現首長アルテリッシュ・ミラ・リインその人。



「………」



真剣な眼差しで周囲を見渡したアルテリッシュは誰にも気付かれない安堵の息をもらした。



『納得はしていないけど、反論はしない、と』



シルターニャの総意を頭ごなしに否定などは出来ないと踏んでの強攻策と言っても差し支えない。

アルテリッシュから見て右手側、シルターニャの要人達は立ち振る舞いこそ堂々としているが、内心では泣き出したいはずだろう。


有り体としてはひどい事を言ったものだ。


文句の一つでもあてられてもおかしくはないが、内容の中には反論をすることによってローゼス側には不利益な問題が生じる。


故にもどかしくも反論は言えず、その様子に彼女は苦笑してしまう。



『賢明ね』



彼女が先程発表したのは主にこれからの同盟国に対する外交について、そして、自国の在り方を強調した。



一つ、外交について。

貿易、援助、議会への参加を継続するが、他国籍を持つ者の入国を禁止とする。

輸入はトライアイランド外での港で行う。

故に転送魔法陣のいくつかを除去する。



一つ、自国について。

現在持ちうる戦力を排除し、最低限の警備隊を国の安全のために結成する。

なお、その際に【三宝創具】は魔導院、修道協会へ献上する。



以上の2つ。

普通に考えてもこれは同盟国間に亀裂を入れるものである。


あながち同盟破棄というのは否定できない。


しかし、同盟を結んだ国同士が簡単に手を放すことはできないため、外交を継続するのは否めないのだ。

生活必需品など輸入しなければならないし、資源も足りているわけではない。


幸いにも食物は事欠かない、むしろ輸出として益を出しているし、それらを必要とされていることを無碍にはできなかった。


そして、最重要事項は武力排除。

これは確実に叩かれると解っていたために切り札を使うしかない。


【三宝創具】


先の戦いで回収した魔剣を制御、封印するために創られた3つの概念宝具。

本来ならば携わることのなかったアルテリッシュが、数年前から参加し完成させた代物。


現在は彼女が全て管理しており、所有権は完全に一任されている。

その一つを譲渡することはローゼスにとっては決して悪い条件ではないのだ。



彼女はこの件に関してはずっと思い悩んでいた。



力を手に入れた後には力の誇示、つまりは諍いが起きることを。

それが大なり小なりであっても悪い方向へ傾くのは一目瞭然だろう。


しかしながら、同時に各国から常にアルテリッシュはバッシングを受け続けていたのもまた事実。

全ての概念宝具を持つ故に、牽制を入れてきたのだ。


それでも彼女は迷い悩んだ。


渡すべきではない。

例え叱責を受けても非難されようとも。


だが、ある一件が彼女の意思を強く押し曲げてしまった。



【天魔病】



一般的にはそう呼ばれる人が異形の怪物へと変貌する事態。


いつ頃だろうか


気付けばそれは一気に大陸に現れると無差別に人を襲い、一時は町が壊滅状態になることさえあった。


瞳が紅く染まるのは兆候。


欲望のままに悪徳を行い出す彼ら。

ウィルスに犯されたかのように人を狂わせるそれを人々はいつからか、天魔病と呼んでいた。


最近では先日のように徒党を組んで特定の誰かを襲うことも珍しくはない。

知恵をつけてきている。


さらに進行すると騎士すらも手を焼く程の力を身に付けていくのだ。


これにはローゼス、魔導院、修道協会が黙っていられず、三者が今まで以上にアルテリッシュを責め立てるせいで、彼女も色々と限界にきていた。


結果として三者にそれぞれ一つずつ与え均衡を保たせる、を条件として譲渡することを決定。


恐らくは喉から手が出るくらいのはず。

だからこそ彼らは黙認したのだった。


重苦しい沈黙の中


特にシルターニャサイドは生きた心地がしないだろう。

この情勢の中、この表明ときている。


下手すれば大きな軋轢が生じるわけだと、内臓が締め付けられる思いだ。



ガシャリ



静寂に包まれた空間に、重めかしい金属音がやけに響いた。


U字の上部、つまりは卓の空いている場所に、一際豪勢な一卓と座があり、そこに敢然と座す者がいた。


細かな彫りと宝石や箔がおおいに使われた座に腕を載せた時に、彼女の篭手が鳴らした音が一室に聞こえ、ほぼ全員が反射するように見向く。


一番に思うのはその容貌。


全身は紅で染まった重厚な鎧を纏い、一切の地肌を見せることはない姿。

顔すらも兜を被ってその表情を窺わせることすら叶わない。


背には白きマントを付け、座しているのにマントはおよそ地面すれすれの位置に及んでいた。



「アルテリッシュ様」



兜内からの声音は内部で幾重にも反射したのか、それは高くなお低く互いに複合した音として、彼らの耳に入る。



「はい、ローゼス王」



彼女こそイヴ・ローゼスその人。

もはや旧知の仲であるアルテリッシュでさえ、彼女の素顔を十年以上も見たことはなかった。


それがどうしてもイヴをイヴとして認識させ難く、今でも眼前の鎧の騎士は別人ではないかと当惑してしまう。



「………」



「………」



またしても沈黙が広がる。

先よりもさらに重く気を失いそうな重圧感がある。


だが、この沈黙は一分ほどで終わりを迎えた。


次に発したイヴの言葉に場は取り乱したようにざわめいたのだ。










レックスは辟易していた。


あのライカンスロープ襲撃以来、彼の勇敢な行動を目にしていた市民が連日レックスの元に来ては、賞賛と感謝の言葉を浴びせていったのだ。


最初こそは照れや嬉しさがあったものの、次第にどう対応していいかわからなくなり、あまつさえ現在では逃げるようなことをしている。



「だってなぁ…」



ため息一つ。

レックスにとっては当然の行為を普通じゃ出来ない、勇気ある行動と賛美されてもいまいちピンと来ない。


それではまるでレックス自身の考えを否定されているような気さえした。



「俺が変わってるのか?」



そう思いたくはない。

誰かを助けるのに理由はいらないし、目の前に困っている人がいたら手を差し伸べるのが当たり前と育ってきたレックス。


だから、パリバートの市民が少しだけ軽薄のように感じた。


見てみぬフリをする彼ら。


どうしてだろうか。

レックスには理解できなかった。


ふとそんな時



「よっ、勇気ある失礼少年」



後ろからかかる声に振り返ると、そこには



「お、お前は…」



「ふふん」



男は鼻を鳴らして笑みを浮かべる。

だが、男の期待とは裏腹にレックスの導き出した答えは



「あの、どこかでお会いしましたか?」



少なくとも見知った顔ではなかった、とレックスは怪訝な顔つきでおずおずと男を見る。


彼は何故だか盛大にずっこけていたのだから、見下ろす形にはなってしまったが。



「え、ちょ、本気?冗談とかでしょ?」



「あはは、かなり本気だったり」



「お、おま、ホントに失礼な奴だな?」



「あ、はぁ」



「チクショー、何で俺だけ覚えていてお前は覚えていないんだよ。何かちょっとだけ寂しいだろうが」



大袈裟に肩を落とすと、うなだれてしまう。

盛大なため息をこぼして、だ。



「そんな傷心した俺に、お前は何か声をかけろ。そして、手を貸すか何かしろ」



「………」



腕を組み、思考に思考を重ねるレックス。



「そんなにうなり声出して考え込む必要があるのか?」



単純に手を貸してあげるのが一番なのだが、レックスの脳内では何を思ったのだか、満面の笑いを見せ



「グッバイ!」



彼は迷わずに駆け出した。決して後ろを振り返ることなく。



「待て待て待て!」



「え?」



「え?じゃないからな!今すげー失礼なことしてるからな、お前」



いつの間にか男はレックスの肩を掴み、泣きそうな顔をしていた。

しかし、レックスはというと踵を返してまた歩き出す。

そして、5メートルほど離れた時だった。



「さようなら?」



ためらいがちに手を振ってみると、今度は間髪入れずに



「待て待て待て!違うだろ?さようならはなくない?」



『面白い人だな』



「せめて話を聞くとかしようよ、な?」



「いや、まぁ」



「よし、あそこの広場で話をしよう!そうしよう!」



言うが早く男はレックスと肩を組んで、なかば強引に足を運ぶと、とりわけ用事もなく暇なレックスとしては



『面白い人だし、ちょっと話すんのもありか』



と内心ではこれまたどうして楽しい気分であった。


















広場はそれなりに大きく、ベンチがちらほら設置しており、花壇が周りを囲んでそこから様々な花をうかがうことができる。


昼にも未だ満たない時間帯であるために、広場はやや閑散としていてベンチに腰掛けていたのはレックス達だけであった。



「ほらよ」



男はレックスを先に行かせ近くにあった酒場に飲み物を買ってそれを渡した。


もちろんグラスに入ったそれはアルコールの類ではなく、果実を搾ったものであり、程よく冷やされている。



「あ、ありがとう」



掌から伝わるグラスに付着した水滴と冷たさ。

すると彼はすぐに喉に乾きを覚え、一気にそれを飲み干した。



「後で金な」



「………」



「奢りだと思ったか?」



してやったりの顔をした男。

恐らくは先程の仕返しというわけなのだろう、悪戯にニヤニヤと笑っている。



「じゃ、返す」



「え゛?」



レックスは躊躇わずに指をのどの中に入れようと



「わー、待て待て待て!悪かった、冗談だって!」



「…………」



「お前、容赦ない性格してんなぁ」



男は苦笑してグラスを傾け、口の中に果実の飲み物を流していく。

濃厚な甘い香りがこちらにまで及んでいる。



「うん、うまい」



「それで、話ってのは?」



「あぁ、お前いつか騎士団本部前で馬鹿なくらい舞い上がっていた経験ないか?」



レックスが騎士団本部に行ったのはおよそ二回。

初めての時と、先日のライカンスロープ襲撃の時。

後者で舞い上がった覚えなどなく、前者としてはパリバート入りが鮮烈だったためによく覚えてはいなかった。


だが、確かにそんなことがあった気がした。



「なんとなくだけど」



「そん時、ちょうど俺は騎士団に志願書を提出していてな、その帰り道お前が俺に絡んできたわけだ」



説明を聞き、今まで釈然としていなかったレックスだったが、ふと、記憶がその出来事を呼び覚ました。



「あ」



「やっと思い出したか」



「あん時はよくもやってくれたな!!」



思い出の中で一番印象に残っていたのは関節をきめられて痛い思いをしたのと、つんのめって痛い思いをしたこと。



「めちゃくちゃ痛かったんだからな!」



「明らかにお前に落ち度があったんだがなぁ……うん、俺もやりすぎたんだな。すまなかったよ」



「う、いきなり謝られても」



それこそ毒気を抜かれた気分になった。



「あん時は俺も色々あってよ、ついな」



「そっか、じゃあ俺も謝っておくよ。なんとなくだけど」



「なんとなくかよ!!」



「………ぷっ」



「くくっ」



「「あははははは!!」」




久しぶりだった。

レックスにとってパリバートに着てからというもの、気を許せるような友人はいなかった。


笑うことはあっても、それは本心からではなく、今のように大声を上げて笑うこともない。


自然とレックスの眼から涙が流れていた。



「あは、はは」



彼もまた緊張していたのだ。

旧知の仲であったロイとは仲違いをし、パリバートに着てからはその責に苛まれていた。


親しい友人も怖くて作れず、不安で不安でしょうがない日々が続き今日までを過ごした。



『あぁ、そっか』



すっかり忘れていた。



『こんな簡単なことなんだ。近付いて話をすればいい。一緒に笑うだけでいい』



だから今、レックスは笑う。

泣きながらもレックスは笑う。


隣では男が肩組みをして小突いてくる。

あえての気遣いなのだろう。

それがとても、とても心を暖かくしてくれた。

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