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来会―つどい―

深緑にみまわれた中に、陽光によって照らされた木々たちは存分にその恵みを受け取り、呼吸をしている。

きらきらと輝いているのは昨日の雨によるものだろうか、反射してそれは白き炎を灯した樹木のように捉えることができた。


そんな自然の微かな美しさが彼女に安らぎを与えてくれるが、同時にキリキリと軋んだ音が、刻み刻みに耳に入ってくる。



彼女は馬車の中、他より幾分か丁寧な造りの室内の車窓から顔を覗かせて、それらの景色を楽しんでいたが、いちいち耳に障る不自然な軋音がどうしても気になって仕方がなかった。


最初こそは平然と過ごすことができたものの、何時間も揺らされていくうちに疲労と辟易が合わさり辛抱へと変わっていく。


現在では彼女の覗かせている顔、とは言っても高価な布のフードによって鼻から上は隠している。しかしながらその肌は綺麗で、白く、小さな唇には控えめな紅が塗られていて、在る意味神秘性なものであった。



その彼女の口が微妙に下に弧を描いているものだから、可笑しさがある。

恐らく苛立ちであろう。


対面にある席は明らかに彼女よりも位置が低く、装飾の施しの差異がある。

そこに座り、クスクスと物静かに笑う女性。


こちらも小綺麗な顔をしている。それでも女性は対面の淑女とは比較できない、常々女性は思っている。



「何か可笑しくって?」



彼女は不機嫌を露わにした声音だった。

別段、女性はたいして気にした風もなく、ただ静かに首を振ると、いえお気になさらず、と淡々と述べた。



「ふふふ」



そして、またしても笑いをこぼしてしまう。



「なに、何なのよ、マリア!」



「失礼しました……ただ先程からの表情が………ふふ」



「何、あたしの顔がどうしたっていうの!!」



「お、お気に、なさらず」



「その明らかに笑いを堪えているような態度じゃ、気になるに決まっているでしょう!」



「そんなことありません」



「棒読みなセリフをありがとう、ってわざとらしいのよ!あたしの顔が変って言うならそう言いなさいよ!その上で笑いなさいよ!」



「いえ、変じゃありませんよ。というか、言えば大爆笑してもいいんですか?」



「大爆笑したら突き落とすわよ?」



「ハチャメチャなことをのたまうのですね……」



「うるさいわね、もうあんたクビ!」



マリアに向かって彼女は自らの首を親指で大きく横切って見せた。

しかし、さほどに反応を表さず、いまだに物静かに笑うばかりだった。



「ふぅ……これで私はもう何度クビにされたことやら。私、悲しい」



「あんたは相変わらず人を小馬鹿にするのが好きね。この腹黒女」


「よよよ」



「あぁ、もう!!」



今の彼女を他国の人が見たら驚きを禁じ得ないだろう。

国外において彼女は凛とした佇まいと、気品に満ちた対応をしているため【睡蓮の金姫】という二つ名を持っているのだから。

何故、あたしが姫なの?

人間の年齢で換算している彼女は自分が姫と呼ばれることにどこかしら抵抗があった。


しかし、確かに頷ける。

マリアも彼女もエルフという種族。

自然を愛し、調和を促す使者。遥かな時を生きられるエルフはそれこそ人間の寿命でいう80〜90などでは、老いることなく外見20歳ほどの若い容姿を保っている。


姫と呼ばれるのも仕方ないのかもしれない。


「少しだけ過ぎたことをしてしまいましたね。姫様、申し訳ありません」



「あんた、申し訳ないと全然思ってない顔してるからね」



「まぁ、姫様ったら、マリアは悪人ではございませんよ」



も、いいです。

盛大な溜め息をすると、どうしてか彼女は微かに笑みを浮かべたのだから。

マリアが軽く片目をつぶって悪戯に笑うと、彼女はさらに口元を緩ませる。



「ありがとう、マリア」



これは気遣いなのだとはハナから気付いていた。

マリアは他人の感情に機敏であるから、フォローや励ましをよくしてくれる。

故にだろう、数ある侍女の中でも殊に彼女がいつまでもマリアを傍に置いておくのは、その性格が彼女に安心と勇気を与えてくれるから。


互いにエルフにしては珍しい気質であるのも、一種のシンパシーとしてというのは無きにしもあらず。



「何のことでしょうか?」



「ん、そうね、何でもないかもね」



「変なことを言うものですね。アルテリッシュ様は」



「ウフフ……ごめんなさい。あたし苛立っていたんでしょうね、きっと」



それはキリキリと音を立てる車輪に対してではなく、これから訪ねる国に対してなのであろう。

国交を問題として会議を開いたかの国の女王。

アルテリッシュはその会議に招集をかけられている。


馬車の中にはマリアと2人っきりではあるが、違う道を通って彼女の国の要人が目的地を同じくして向かっているだろう。


既に議会では結論はでている。後はいかにしてそれらを論じ、事を上手く運ばなくてはならない。

問題は山積みではあるが、重要なのは目の前の事だ。


アルテリッシュは暗い表情で溜め息をついた。

それはほんの僅か、マリアが窓からの景色をちらりと見た瞬間に行ったことだった。


「この森を抜ければパリバートは目と鼻の先ね、マリア」



「えぇ、定刻まで割と余裕がありそうですね?いかがです、散策してみるのは?」



「あたしが?くす、不謹慎なことを言うのね。もちろん辞めておくわ、後が怖いからね」



「残念です」



馬車が揺れ、変わらず車輪はきしきしと軋み、悲鳴を上げている。

不快ではあるが、今ではそこまで気にとめることはなかった。既にアルテリッシュの頭を巡るは迫る会議と、かの国に座る王女、そして



「ヴァレルヘリカ」



離別した娘のことだった。










レックスにとって、パリバートに着いてからここ数日間、興奮しない日はなかった。


広大な面積のある都市を歩き回るのは時間を費やしたが、疲れを感じることなくずいずいと歩が進んだ。


目新しい物ばかりで、あっちを見てはこっちを見て、せわしない様子は周囲の怪訝を買っていたがレックスには全く届くことはなかった。


好奇心はさらに強い好奇心を生み出し、瞳を輝かせて一つ一つを視界にとめる。


そして、今日この日にエルフの国の女王がパリバートへ訪れることもレックスにとって既知のこと。


都市の人々は女王を一目見たいと、ざわつき騎士団本部の周囲に集まり始めているので、人垣が尋常ではないほどできていた。

なんせその女王の美貌は大陸一やら、絶世の華やらとの情報が流れているわけで、市民の興味は増すばかり。

押し寄せる人波は騎士団に対するデモのようにも思わせた。



「うはぁ、これは凄いな!」



いざレックスも人波に飲まれると、もみくちゃにされ、視界がふさがれてしまう。

時折前後から強いプッシングを食らったり、髪を掴まれて押し戻されそうになるが、力一杯に前へと進んでいく。


ドンッ!



「痛っ、あぁ、すいません!」



左からの圧力に耐えきれず、右へと流された時に細身の男性に思いっきり肩を当ててしまった。

しかし、男性は気にした様子もなく、むしろ気付いてないように視線は空を見上げている。


とりあえず形だけでも謝ったレックスはあまり深く考えずにさらに前へと突き進んでいく。

視界が次第に開けていった。

隙間からは厳かな雰囲気を醸し出した本部が見える。



「もう、少し」



近くにいた男性の脇へと強引に入り込むと、舌打ちをされたがこの喧騒の中、それが耳に入ることはなかった。

人波を泳ぐように手を掻き、今では前に人はいるものの、肩と肩の間から見える騎士団本部。


ほぼ最前列へと辿り着いたのだ。

そこには一定の間隔で、警備が人垣を押さえつけており、そのラインをはみ出した者は駆け付けた警備たちに取り押さえられてどこかへと連れ去られていく。


本部前には多くの、恐らくは騎士団に所属する者達だろう、彼らが一糸乱れぬ整列をT字を描くようにしている。


皆、真剣な面持ちで来る女王を待っているのだろう。

中には緊張で震えている者も見受けられる。


T字の奥には十人程の明らかに風格のある者達が堂々と立っていた。

推し量らずともあれが騎士だと判断できる。

あまりに違い過ぎる存在感、そこに整列する者達とは完全にかけ離れている存在であると武に詳しくないレックスでさえ一目瞭然なのだ。


顔はよく見えない。

そもそも距離がありすぎるのだから。


視線が騎士に向いている間、Tの縦列の中を進む1人の女性がいた。


ヴァレルヘリカだ。


そこいつの間にかレックスの瞳には陽光に照らされた金糸の髪が揺れ、優雅な足取りで進む彼女が映っていることに気づいた。

人目を惹く容姿はここからでもよくわかる。

同じように周囲の人からも感嘆の声やため息が上がっていた。

乾いた喉を呑み込む音も聞こえる。



「やっぱり綺麗なんだよなぁ……」



改めて実感する彼女の人間離れした美しさ。

誰しもが見とれるくらい、やはり彼女は華美だった。


やがてヴァレルヘリカの足は止まり、列の始め、一番手前側に位置づいた。

真っ直ぐ伸ばした背筋に、彼女の整った顔が真剣な眼差しをしたので、まるでつられたかのように市民たちも背筋を伸ばしてしまう。


レックスも例外ではない。


どこからともなくざわめきだす人々。

既にヴァレルヘリカはその発端の方へ視線を投げかけており、僅かながらも表情を固くした。

皆もそれに続くして見ると、一台の馬車が軋んだ音を出しながらゆっくりと彼女の前へと停車する。


ちょうど真向かいにいるレックスからは馬車に隠れて、その中にいるであろう人物を捉えることはできないが、レックスよりも右端や左端にいる者はそれを見ることが叶ったらしく



「「「……ぉ…ぉ…ぉ」」」



声にならない叫びを上げたのか、どよめきというより、それは口から漏れた吐息のよう。

固まっているのか、彼らは身じろぎさえせず、釘付けになった瞳はまばたくことすら忘れてしまっていた。


整列した兵士たちも同じ状態になっている。

何故か真向かいにいる人々は損をしているような気がして、もどかしくも苛立ちをあらわにして地面を小刻みに踏んでいる。


しかし、決して文句を言うわけではない。

逆にプレゼントを待ちきれない子供のように興奮だけが先走っているのだ。


ゆっくりと御者が手綱を引くと馬車がトロトロとその場を後にしていく。

その間に人々の目は少しずつ奥へと向かっている、つまりは移動しているのだ。


そして馬車が完全に消えたことで、レックスの瞳にその鮮烈な光景が差し込む。彼女はいた。

後ろ姿であったが、ふと思い出したかのようにこちらへと振り返った刹那



「…………」



言葉を失う。

いや、違う

言葉などいらないのだ。

彼女にかける言葉、形容する文字、賞賛を送ることは彼女に対する冒涜でしかないと、頭で理解した。


可憐、綺麗、妖艶、華美、端麗などという表現をすれば彼女を全て否定してしまう。


人は何か感嘆する物事を目の当たりにした瞬間に感じる何かがあり、それを口にした思った途端にそれらは失われると言う。

瞬間、刹那的こそが我々の最も大事な感性である。


故にこの感じを口にするなど、無礼以上の何者でもない。



「………え?」



レックスは、いや、恐らくは周りの人も拭えない違和感があるのだろう。

先を歩く2人。

後ろ姿しか見えないが、その2人の髪の色



「金髪……」



同じ、とは言えない。

ヴァレルヘリカの方が若干暗めの奥みがかった金。

女王のそれは光り輝くまばゆい金。

確かに違ってはいるし、そもそも金髪などはさして珍しくはない。



「でも、何でだ。同じなんだ、同じ髪色」



曖昧な、しかし、確信に近いものが直感的にあった。


だが、その時、観衆の中から爆発したような音と共に悲鳴と叫び声を上げ、地面から勢いよく白煙が立ち込めた時には、レックスの頭からはそれらは片隅へと置かれたのだった。

スイレンはエジプトの国花であり、『ナイルの花嫁』、とりわけ青スイレンは『太陽の花』と呼ばれています。


理由としては朝に花が開き、夜になるその花が閉じるためです。これが睡蓮の由来でもあるんですね。


多くの国の国花として親しまれており、花言葉は『心の純潔、純情、信頼、遠ざかった愛』とあります。


アルテリッシュには意外と合っていたりしますね。


静かな水面に咲く、艶やかで彩美な花。

人々はそこからイメージしたようですが、花言葉は彼女の本質にぴったりだったりします。

青は瞳で、太陽は髪の色を示唆していたり(苦笑)

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