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別離―たびだち―



静寂に包まれた小さな村リナールは、日中とは打って変わって眠りに落ちていた。

宿屋も例外ではなく


数日前から姿をくらませた主人バークスがいないまま、夜を明かしていく。


レックスもロイもそれ以前からバークスの態度がおかしいのは知っていたし、何度も皆が心配していたのもあった。


現にいなくなる前に何日か寝込んでいた。

それより前になると、妙に宿屋の経営にひっきりなしになっていた。


ついには村長に相談してみたが、大丈夫の一点張りの結末。


ロイには母親はいない。

ロイを産んだ時に亡くなっってしまったのだ。


さしてロイは気にしていないが、それでも時折淋しい顔をすることもある。


男手一つで育てられたロイは父親思いのイイ奴だとレックスは常々思う。


だからこそ、バークスを探し出してロイの元へ連れて来てやろう


そんな時、バークスが夜になって村外れをさまよっていたのが目撃された。


以来レックスは夜になると決まって外を歩き回っては、明け方になるまで戻らなくなる。

ロイは気付かない振りをしていたが、内心は心配でいた。


レックスは今宵もバークスを探しに村外れまで足を伸ばす。


足音一つ一つさえ良く聞こえるくらい、リナールの夜は閑静としていた。


怖いのは苦手なレックスにとって、かなりキツイものであったが、バークスを探し出す意思が勝ってしまい恐怖心を抑えつけてしまう。


バークスには本当にお世話になった。


身寄りのないレックスを快く引き取ってくれ、十二分に養ってくれたのだから。

感謝してもしきれない。



「うしっ、早く見つけてやらないとな!」



気合いを入れて、夜の暗黒の景色に目を馴らす。


次第に慣れ始めれば、周りがある程度見え物体ならだいたいがわかった。


昨日、一昨日と探していない場所へと移動する。



「バークスさん!いるなら返事してください!」



既視感。

今日もそんなことがあった。

彼女を探しに行ったこと。

今思い出すとあのおぞましい異形の怪物は何だったのか…

見たこともない生き物。


青い血。


思い出すだけで寒気が襲ってくる。



異形の怪物だけではない。彼女、騎士としての氷点下まで冷たい彼女。


話していてまるで別人。


騎士とはあぁいうものだ、とひとくくりしてしまえばそれまでだが。


気になることは増えるばかり

これが外での日常茶飯事なのかもしれない

そう考えると、若干リナールにいた方がいいという自分に気付く。



「っ…はぁ…わからん」



何がしたいのだろう、俺は。

ただ退屈凌ぎ程度なのか。それだけで村を出ていいのか。

わからない


思考するのは止めよう


今は



「バークスさんのことだ」


集中を視界に定める

今夜こそと

辺りを見回す。


不意に、また寒気がした



「…だ、誰だ!」



訳もなくいるかもわからないモノに声を上げてしまった。

この感じ、何故か知っているような気がする。


否、知っているのではない

今日感じた感覚が再び訪れてきた

あの怪物を見た感覚と


同じだ。



「くっ…」



呼吸が止まっていることに気付いて、なお吸うことができない。


危ない、危険信号が鳴る。

心臓がバクバクと高鳴り、身体が退いていく。

だが目が離せない

好奇心が、アレを見てみたいとその場に留めてしまうのだ。


ドクン、大きい鼓動。


目を凝らす。


ドクン、さらに大きく


アレを視界に捉える


ドクン、張り裂けてしまうまでに


見えた。



「オォォォォォ!!」



耳を押さえる。

鼓膜が破れそうなまでの咆吼。


その獣は紛れない、異形の怪物だ。


好奇心が一気に恐怖心へと変容して縛り付けていた足を解放した。


急いでその場を離れる。


駆ける、振り向くことなく

アレは自分に気付いているだろうか、見えているだろうか。



「はっ、はっ…はっ」



恐い。恐い。恐い。

振り向くことができない。

足音は聞こえない。


よかった、ホッと息を吐いた瞬間


何か鋭いモノと強い衝撃がレックスの身体を叩きつけていた。



「っあぁぁぁぁぁあ!」



痛みがじんじんと広がり、動けなくなる。

生温いモノがベットリと身体にまとわりつく。


鉄の匂いが吐き気を襲わせる。


気持ち悪くなって、流れる先を触ると



「うあ、ぁぁぁぁあ!!」


とてつもない激痛が全身を走る。

耐えられない痛みに叫ぶほかない。


頭が命令してくる。


逃げろ、逃げろ、逃げろ。


「う、あ、あ」



這いずるようにして逃れようとした。

しかし、頭が何かに強く踏まれる。



「ぐっ、が…あぁぁ」



信じられないまでの力。

頭が地面にのめり込み、踏まれる頭蓋が悲鳴を上げていく。

その悲鳴と一緒に痛みと恐怖がついてくる。


もはや泣くしかなかった。

涙が溢れて、気持ち悪くなり、身体が浮いたようになる。



「あぁ、あ、うぅ」



「ガルルルル…ガルル」



みしみしと頭が割れんばかりにしなっていく。

何も考えられない。


真っ白な頭。


ぐちゃぐちゃな顔。


こんな惨めに死ぬなんて最悪だったが、どうしようもない


ただ、死ぬと分かった時にどうしてか冷静になっていた自分がいた。


そして



「わる、いなロイ。俺、死ぬわ」



言った瞬間に涙がとめどなく流れて悔しくなってしまう。

同時に頭が軽くなっていた。


それは死ぬからだと思ったが、まだ自分は死んでいない。

なら何故か。


反射して頭を引っ込めた。

地を転がる身体。

重みから解放され、動けるようになった。


相変わらず痛みと恐怖心は残っているが、少しだけ頭が回る。


(何が起きた?)



踏まれてたはずの重みがなくなった。



(力を抜いた、どうして)


躊躇いなどあるのか。

アレはそんな感情など持っているのか。


いや、待て。

そもそもアレは何だ


今日見たはずだ、化物になる以前、それは確かに人であった。突然変異したのだ。



(アレは人だった?)



何かが繋がった。

だが、答えを導いてくれない。

違う。



「否定したい、んだ」



答えは出ている。

認めたくない、認めるわけにはいかない。


化物を見た。


それは元の人の原形など微塵も残ってはいないが


身につけた物は変わることはなかった。



「あ、あぁ…ば、バークスさん」



それは、余りにも残酷で絶望的な真実。

化物の耳に付いたピアス


あれはロイがバークスさんにプレゼントした物。



「まさか、まさか…っぅ」


今まで感じることなかった激痛が再び来た。

傷は深い


これなら失血死してしまう。

それ以前にこの場をどうするか


バークスを見れば、苦しみもがいている。



「バークスさん…まだ意識が」



「残念ながら手遅れです」


刹那の出来事。

バークスの頭上からかかった声はそのまま急降下し、手に持っていた剣を



「ガ、アア……………」



脳天から串刺しにした。

叫びは一瞬。


バークスは直ぐに息絶えていた。

速すぎた、行動もそうだが、何より躊躇いなど欠片もない。


これが騎士なのか、と戦慄してしまう。

女性らしい細い腕からは考えられない、凄まじい力で完全に脳天から深々と突き刺さった剣。

息絶えたことがわかれば、あっさりと突き刺した剣を引き抜き、瞬く間に消し去ってしまう。


一連の動きに無駄はない

流れる動作はただ一瞬で獣を沈めた。

そして、獣を無表情で一瞥し、レックスに振り返ると


「お怪我は?」



冷たき表情はうってかわって気遣う眼差しと、優しげな声となっている。


答えることもできず、呆然としていると


腕から血が流れるということを発見するやいなや



「腕を、治療します」



なすがままに腕を掴まれ、残った片方の手で



「キュア【治癒】」



光が溢れる。

その瞬間に腕にあった鋭い痛みが段々と引いていく。

暖かさから心地よくなり、思わずまどろみを覚えてしまう。


だがそれもつかの間。

光が消え、彼女の手が離れるとレックスは名残惜しいように彼女の手を見つめ、消えた傷を触った。



「!傷がない!」



確かに痛々しい傷が腕にあったはず。なのに、そこにあるはずのものがないのだ。


驚きの連続で、頭の中がぐるんぐるんと回る。


平然とした顔で彼女は



「魔術をご存知ではありませんか、無理もない。ここは無縁の地ですから」



魔術。

言葉だけなら聞き覚えがあった。



「魔術って、火とか水とかを出せる、あの魔術」



ゆっくりと頷くと

レックスは



「すげぇ!騎士様は何でも出来るんですね!」



尊敬の眼差しを注ぐ。

憧れていた騎士は、想像以上の人で


レックスは既に彼女を崇拝に似たもので見ていた。



「しかし、一人で夜を出歩くのは感心できませんね。戻りましょう」



「あっ、はい、戻ります戻ります!」



後を追うように、彼女の元へ駆け寄った時


改めてレックスは現実という巨大な石を叩き付けられた。


視線の先


見るも無惨な獣の死体。

獣、いや、アレは



「…バークス、さん」



思い出す。

バークスが身に付けた物が獣に付いていたこと。


そして、頭から剣を刺されたことを。



「あ、あぁ、ぁ」



頭が痛い。

考えが及ばない。

確信が現実を理解させ、心が精一杯否定する。


否定する、アレはバークスなはずがない否定する、バークスが死んだわけがない。


それでも、やはり現実は酷であり



「彼は貴方のご友人の父親です。お辛いでしょうが、こうする他ありませんでした」



どうかお許しを

頭を下げた騎士を前にして、レックスは悲痛な顔で



「嘘、ですよね」



「………いいえ」



ははは…


乾いた声が力なくレックスの口からもれる。

痛みの消えた腕をさすり、幻痛を感じる。


死体と化したバークス。

そう、アレはバークス。


ロイの父親のバークス。



「嘘、嘘だ、嘘だ!そんなわけない、そんなわけ……」



必死になって否定する

無駄だとわかっても否定する。



「だって、この前まで、あんな…げん、きだったのに」



「………」



頭を下げたまま、無言で目を閉じる騎士。

それを見たレックスは思わず



「なんで、なんで殺した!殺さなくたって…」



「あの状態になった者は…救うことは出来ません」



淡々と、告げられた真実。

しかしレックスにはそんなこと関係なかった。



「だからって、殺すことなかったじゃないか!!」



「そうしなければ被害が出るのは目に見えたこと」


わかっている。

彼女が来なければ死んでいたかもしれない。



「だけど、だけど」



涙がいっぱいになる。

胸が苦しくなる。

頭が痛い、辛い、辛すぎる事実。


突然すぎた、平和な日常に舞い込んできた非日常の出来事。

人の死、異形の化物、騎士、魔術…


レックスには到底会えることなかったことばかり。


それが今、引き金となりレックスの感情を駆り立てた。



「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」



叫ぶ彼をよそにただ彼女は地を見つめていた。
















ガチャリ、ギィィ


年期の入った木製のドアがきしんだ音を上げて、おずおずと開いた。


弱々しい足取りで椅子に座ると、盛大な溜め息を吐く。

そのせいか、彼の顔には青ざめて生気が失せたように今にも消えてしまいそうだった。


ジョージアの元へ騎士が戻って来たのは、あれから小一時間程。


その背にレックスを抱えていたことに驚いたものの、一抹の不安が胸をよぎった。

騎士は暗い表情で



「この子を」



下ろされたレックスはひどく顔を腫らして、うなされるようにしていた。


ジョージアは急いでレックスを自室へ運び、寝かせると、重い足取りで部屋を出て居間の椅子に腰掛け現在に至る。


なので、居間にジョージア一人だけというわけではなかった。

対面する騎士は気品漂う雰囲気で、恭しくも腰掛けている。

これだけで一枚の絵になる、とジョージアは感心してしまう。


「お疲れのようですね、では私はこれで失礼いたします」



「待って下され!」



立ち去ろうとする騎士を珍しく声を強くして止めてしまっていた。

ぴたり、と背を向けた騎士の様子を窺うことはできないが、気にする余裕はジョージアにはない。

手で椅子に座るよう促しても、騎士は振り向くこともなく



「バークスは始末いたしました。私の任務はこれまでです」



「…………そう、ですか」


力が抜ける。

生きた心地がしないようで、無気力にテーブルを見つめる。

後悔も悲哀も予想とは裏腹にやってこなかった。


自らの力不足に、何もかも失った気がした。



「…ありがとう、ございます、騎士様」



感情のない、感謝の言葉。それでも言わずにはいられなかった。



「心中お察しします。お辛いでしょうが、仕方のないことなのです」



「えぇ、わかっております」



口から出ただけの言葉。

ジョージアに聞こえないくらいの溜め息をつく。



「それでは私はこれにて…報酬の方は後日、遣いが来ますので」



そう言うと

彼女はややあって踵を返し、ふと立ち止まる。



「一つ、お聞きしたいことがあります」



ジョージアは何も言わず、こくりと頷いた。



「この村に二人、互いに黒髪の男女が来ませんでしたか?」



「…………いえ、わかりかねます……ただ、バークスでしたら記憶していたかもしれません」



バークス、の発音に声がくぐもっているのがわかる。

そうですか、と答える彼女は今度こそ頭を下げその場を後にした。


残されたジョージア。


虚空を見て、じわじわと涙が溢れて

ついには嗚咽をもこぼしてしまっていた。


「う、おお……ぉぉぉぉぉ」



壁越しに聞こえるしがれた泣き声は、彼女にどんな思いを抱かせたのか…


彼女は静かに去る

ぎりり、と歯ぎしりが鳴った気がした。

























目が覚めた。


レックスは直ぐにこの部屋が村長の家だというのがわかったが、何故いるのか


理解するのに、数分かかった。



「そう、だ。俺はバークスさんの……う、ぷ」



喉元に熱いものが流れてきそうなのを、口で押さえ何とかこらえる。


涙が出て、喉に残る感覚が気持ち悪さを促すが、今はそんなことで参っているわけにはいかない。


ふらふらと部屋を出て、ジョージアの家から出ようと歩いていると


何か、人の声らしきものが耳に入った。


それは遠くからではわからないが、どんどん近くになる毎に誰かが泣いてるとわかってしまう。



「村長……」



「う、ぅ……レックス、か…目が、覚めたのか」



「バークスさん、のことか?」



「お前は現場にいたようだな。さぞ辛かろう、バークスにはよくしてもらっただろうからな」


フラッシュバックする映像。

バークスの変化、そして、死。

頭に映るものを投げ捨てて、ジョージアを凝視する。


「騎士様は?」



「ローゼスにお戻りになられたはず。……………いや、もしかしたら」



最後に彼女が言った言葉

ジョージアが返したのはバークスが知っていたこと。

バークスが知っているということは



「レックス、ロイは人の顔を覚えるのが得意だったな?」



突然の質問。

一瞬、意味がわからなかったがジョージアのその強い視線に真剣であると知り



「あ、あぁ、いつも自慢気に言ってる“俺はほとんどの宿泊客を覚えている”って」



「やはり…騎士様はロイとバークスの関係を?」



「知っているよ」



「!!レックス、今すぐに宿へ向かえ。騎士様はロイに会いに行った。二人を会わせるのはまずい!」



声を荒げるジョージア。

びっくりしてレックスは一歩たじろぐが


やがて言葉の意味だけが頭の中で結びつくと



「なっ、俺、行ってくる!」



全速力でドアを開け、家を出てひたすらに駆けていく。


彼女は恐らくロイに真実を話してしまうだろう。


そうすれば、ロイはどうなる?

バークスを殺したのは彼女。

果たして受け入れられるか、いや無理に決まっている。

現にロイはバークスのあの異形を見てはいない。


ただ、殺人を犯したにしか思えないはずだ。



「クソっ!何だって騎士様はロイの所に」



ジョージアの質問。

宿泊客の顔を覚えている


それが何だというのだ


普通に考えろ、そんなことを聞くということは



「人を探しているのか!」


間違いない。

バークスならばほとんどの来客を知っていたし、ロイも同じだ。


急がないと


レックスはこれ以上ないほどに足に力が入っていた。

ジョージアの家から宿までは距離はそこまでない。


だが、少しでも少しでも早く着かないと



「待ってろ!」


















「ロイ!いるか!」



レックスが宿のドアを力強く開けた時だった。



「人殺し!お、俺の、父ちゃんを返せ!」



激情の怨み声が、宿に広がっていた。

憎悪に満ちた表情。


レックスが駆け付けた時に見たロイの顔。


酷く他人のように感じてしまっていた。



「……ロイ」



認めたくはないが、彼はロイだった。

レックスに振り向き、憎しみの顔は変わることがない。

憎しみの矛先がレックスに変わったようにしか思えなかった。



「なんだ!邪魔するな!」


「違う、違うんだ、ロイ!」



説明しなければならない

あのことを

彼女がいなければ間違いなく自分は死んでいたことを

口にしようとしたが



「貴方には申し訳ないことをしました」



彼女が、ロイの怨みを自らに矛先を向けさせた言葉だった。

狙ったのかどうかわからないが、ロイはまた彼女に見向き



「は、何だよ、それ……そんなことで、そんなことで許されるわけないだろぉ!!あんたは父ちゃんを殺した!許さない、許さねぇよ!!」



「ロイ!落ち着けよ!」



レックスがロイを取り押さえようとした




「うるさい、触るな!邪魔だ!」



完全な拒絶が、

レックスを大きな衝撃で叩きつけていた。


「ろ、イ……」


「何で、何で、父ちゃんが……殺されなきゃいけないんだよぉ…返せ、返せよ…………たった一人の家族なんだよ」



「!!」



またしても頭を殴られた衝撃が走った。

たった一人の家族。


その言葉がレックスの心に虚しくもひびを入れた。


家族だと、思っていた。

そう信じていたし、当たり前だと思っていたこと。


全てが今、たった一言で否定された。

レックスを孤独にさせる。

もはやレックスはロイを見ることが、できなかった。


「なぁ、騎士様は人を守るためじゃないのかよ……人を助けるためじゃないのかよ!!」



とどまることを知らない。歯止めがきかないロイの批判の数々。


彼女は動かない。

眉一つ動かさず、ただただロイの言葉を受けていく。


「何か言えよ、何黙り込んでんだよぉ!あんた、最悪だ……騎士なんかじゃない。死んじまえ!死んじまえよぉ!」



「…………」



「父ちゃん、父ちゃん……うっ、うう……」



泣き崩れていく。

力なく、膝が折れてその場で床に額を付けて


ただ涙を流し、怨みを言い、呪っている。


レックスが入る余地などなかった。

いたたまれなくなる。思わず宿を出ていってしまった。

逃げるように……

















見上げた空は未だ暗く、肌寒い風がレックスの心までもをかじかんでいく。


溜め息さえ出ずに、ぽつぽつとあてもなく歩く。


ロイの場所に帰るつもりはない。

バークスが死んだ今、レックスを養う経済力はなくなってしまった。


これでは迷惑もかかるし、何より先の否定が自分の中で渦巻いている。


所詮、血の繋がらない者同士は他人に過ぎない。


つくづく痛い。



「一人、なんだ」



世界はずいぶんと酷いもんだと失笑してしまう。


何もやる気がない。


虚に浮かぶように、自分自身を喪失した感じがレックスの心を蝕む。



「居場所は、ない」



小さい頃に、自身が何なのかわからない時があった。

捨て子、とさげすまれることがよくあった。

その頃は身寄りもなく、一人虚しく生きていか。


まるで小さい頃に戻ったようだ。



「はは……辛い、なぁ」



空を見上げることができなくなる。

視界が霞み、地面が歪んで見える。



「くそ、くそ…」



世界はなんて理不尽なんだ。思いや願いなどありやしない。

無情すぎる。


「ここにいましたか」



「っ!!」



急にかけられた声に驚き、慌てて顔を腕でふく。



「探しましたよ、レックス」



名を呼ばれた。

きっと本来なら嬉しいはずが、喜べなかった。



「な、何ですか?」



「申し訳ありません。貴方にまで悪いことをしてしまいました」



あぁ、そんなことか。

今では気にするこどではない。



「いいんです。俺はあいつの前にはもういられないんで…バークスさんの死を見てから、ロイとは……」



「この村を出ていくつもりですか?」



「そう、なるかなぁ…行くあてもないけど、ここにはいられないや」



歩く先は村の出口。

気付いたらレックスは無意識に出ていこうとしていた。



「リナールはいい村だ。でも俺の居場所はここにはないとずっと思っていた」



「………」



彼女は何も言わず、レックスの話を聞いてくれる。



「せっかくだし、外に出てみようかな?」



「でしたら、ローゼスに来られませんか?」



「えっ?」



耳を疑う。

ローゼス、あの騎士団がいる国。

行ってみたい気持はあったが、機会がなかった。



「何をするわけではありませんが、行ってみるのも良いことです。私が口利きすれば、居住することも可能ですし」



「…………ほ、本当にいいんですか?」



「えぇ、貴方がよければ、ですが」



微笑みを見せる彼女。

願いが叶った、そんな気がする。


だから、躊躇わずにレックスは



「行きます!行かせて下さい!」



返事を聞くやいなや、彼女は手を差し出した。



「ヴァレルヘリカ、ヴァレルヘリカ・スカイコートです。宜しくお願いします」


差し出された手

レックスは恐る恐る握り、彼女の、ヴァレルヘリカの柔らかい手に喜びを感じ


二人は歩いて、リナールを出た。

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