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犬吠埼錬三郎の隠れ家ラジオ ~『マジで!?』コレクション~

作者: 曲尾 仁庵

 こんばんは。犬吠埼錬三郎です。私の隠れ家にようこそいらっしゃいました。さあさあ、どうぞ中へ。このような辺鄙な場所にわざわざお越しくださって、心から感謝いたします。私のことは気軽に、レンちゃん、とお呼びください。え? 結構? ……そうですか。いえ! お気遣いは無用! 傷付いてなどおりません!

 冗談はともかく、わざわざこんな場所までいらしたということは、私のコレクションが目当てでございましょう? ええ、ええ、私のコレクションは、こう言っては何ですが、なかなか他所では見かけないものばかりでございますよ。きっと貴方様のお眼鏡にかなう逸品をご提供できると自負しております。

 少々前置きが長くなりましたか。申し訳ございません。それでは今宵は、そうですね、私が今までに収集した『マジで!?』をお聞かせいたしましょう。この静かな夜に、紅茶でも飲みながら、ゆったりとお聞きください。


---


 とあるオフィスの午後六時。定時を告げるチャイムが響く。働き方改革の名のもとに、社員たちが次々と会社を後にする中、一人の社員がパソコンとにらみ合っている。社員の顔はひげが伸び放題で、シャツはよれてシワだらけ、足元には毛布が置かれている。見かねた上司が呆れたように声を掛けた。


「おいおい、ちょっと根を詰めすぎじゃないか? いったい何日、家に帰ってないんだ」


「かれこれ三十年になります」


「マジで!?」


---


 昼下がりのハンバーガーショップで、二人の女子高生がセットメニューを食べながら歴史の参考書を開いている。一人は熱心に日本史年表を暗記しているが、もう一人は飽きたのか、つまらなさそうにシェイクをすすると、年表の鎌倉時代辺りを覗き込んで言った。


「ねぇ、知ってる? 義経ってさ、実は衣川の戦いを生き延びたって説があるんだって」


「知ってる。船で大陸に渡って、最終的にエリザベス女王になったんだよね?」


「マジで!?」


---


 とある祝日の午前十時。一人の老婆が電話を掛けている。息子夫婦の家の電話に掛けたようだが、どうやら電話を取ったのは幼い孫娘のようだ。老婆は顔をほころばせると、優しい口調で言った。


「あーちゃん。お父さん、いるかしら?」


「取り立てて必要性を感じたことはありません」


「マジで!?」


---


 休日の午後三時。とある喫茶店で若い男女が向かい合って座っている。二人の間に流れる空気は険悪で、何か深刻な話をしている様子が見て取れる。二人は互いに幾つかの言葉を交わしたが、やがて女が激高して立ち上がり、男に激しい怒りを叩きつけた。


「ふざけないで! あなたにとって私は何なの? 私を何だと思ってるのよ!」


「サバ缶」


「マジで!? っていうかどういう意味!?」


---


 深夜零時を少し過ぎた、薄暗いバーのカウンターに、二人の若い男が座っている。一人が深刻そうに俯き、そしてバーボンを一気にあおった。もう一人は心配そうにその様子を見ていたが、やがてたまりかねたように声を掛ける。


「なぁ、何をそんなに悩んでるんだよ。言ってくれなきゃ分かんないよ。確かに俺は頼りないかもしれないけどさ、話くらいはしてくれたっていいだろう? 話すだけで楽になることもあるし、二人で考えれば解決する方法が見えることだってあるだろう」


「……実はオレ、こりん星の出身なんだ」


「マジで!? それは俺にはどうにもできない!」


---


 日曜日の公園に、複数の親子連れの姿がある。それぞれの親は公園の遊具や砂場で遊ぶ我が子を見守っている。そのうち子供たちの幾人かが、自分は将来何になりたいかを宣言し始めた。ケーキ屋さん、警察官、正義のヒーローにティラノサウルス。子供たちの声を微笑ましく聞きながら、一人の父親が砂場で遊ぶ自分の娘に近付き、他愛ない質問をした。


「あーちゃんは将来何になりたい?」


「世襲議員」


「マジで!? お父さん議員じゃないけど!?」


---


 放課後のハンバーガーショップで、二人の女子高生がセットメニューを食べながら歴史の参考書を開いている。一人は熱心に日本史年表を暗記しているが、もう一人は飽きたのか、つまらなさそうにポテトを口に放り込むと、年表の戦国時代辺りを覗き込んで言った。


「ねぇ、知ってる? 上杉謙信って女だったって説があるんだって」


「知ってるよ。武田君と付き合ってて、川中島シーパラダイスで五回もデートしたってさ」


「マジで!? 川中島にシーパラダイスが!?」


---


 気持ちの良い秋の日の午後、幼稚園の教室で先生が子供たちを前に話をしている。どうやら子供たちに『一番大切なもの』を聞いているようだ。大好きなぬいぐるみ、ペットの犬、ヒーロー変身ベルト、お母さん。子供たちの答えに目を細めながら、先生は次の子にも同じ質問をした。


「たかひろ君の一番大切なものはなんですか?」


「人類の未来」


「マジで!? 規模感がヤバい!」


---


 深夜一時を少し過ぎた、薄暗いバーのカウンターに、二人の若い男が座っている。一人が深刻そうにため息を吐き、そしてウォッカを一気にあおった。もう一人はいたたまれない表情でその様子を見ていたが、やがてたまりかねたように声を掛ける。


「なぁ、どうしてそんなに辛そうなんだよ。確かに俺は、何にもできないかもしれないけどさ、話くらいは聞いてあげられるよ。もう全部吐き出しちまえよ。俺たち、友達だろう?」


「……実はオレ、どうやらサイボーグらしいんだ」


「マジで!? それは俺には受け止めきれない!」


---


 食卓に重苦しい空気が満ちる。父と娘が向かい合わせに座り、父は申し訳なさそうに目を伏せている。大学生になったばかりの娘は怒りにまなじりを吊り上げ、父に詰め寄った。


「いったい何考えてるの!? 急に会社辞めたって! それもお母さんに何の相談もなく! これからどうするの!? この家のローンだって残ってるんじゃないの!?」


「すまない。でも、どうしても断れなかったんだ。レアル・マドリードのオファーを」


「マジで!? お父さん野球少年じゃなかった!?」


---


 子供たちが教室を飛び出し、思い思いに自分の好きな遊具を目指して走っていく。梅雨の時期の貴重な晴れ間、ずっと室内でしか遊べなかった子供たちは、満面の笑顔で幼稚園の庭を駆けまわっている。ニコニコと子供たちの様子を見守る園長先生の目に、一組の可愛らしいカップルの姿が留まった。二人は手をつなぎ、地面に半分埋められたタイヤに座って一生懸命に話をしている。二人がお付き合いをしていることは、園内の誰もが知ることだった。園長先生は二人に近付き、すこしいたずらっぽい顔で質問をした。


「あーちゃんはたかひろ君のどこが好きなの?」


「人脈」


「マジで!? 何を狙っているの!?」


---


 病院の一室で、白髪の男がベッドに横たわっている。ベッドの脇には彼の妻が座り、痩せて筋張った男の手をそっと握っていた。男は苦しそうに咳をすると、妻を安心させるように微笑み、そして言った。


「もし生まれ変わっても、また僕と家族になってくれるかい?」


「構わないけど、あなたの来世はたぶんタガメよ?」


「マジで!? いったい何を根拠に!?」


---


 夕日の赤に染まる公園のブランコに、二人の女の子がいる。小学校三年生くらいだろうか。一人はブランコの上に立ち、かなりの勢いをつけて漕いでいる。もう一人はブランコを漕いでいる女の子を心配そうに見上げていた。


「ねぇ、どうしちゃったの? 最近元気ないし、ゆっこもきーたんも心配してるよ?」


「……私のお父さん、ロボットなんだって」


「マジで!? あっ、でも、えっと、だいじょうぶだよ! きっと、カッコいいよ! きっと!」


---


 とあるコンビニのバックヤードで、一人の老人がまだ若い店長に叱責を受けている。六十をとうに過ぎた年齢の老人は、なかなか手際よく作業をこなせず、焦って失敗するということを繰り返していた。遅刻や欠勤もしばしばで、その穴埋めをする店長の怒りがとうとう爆発した形だ。必死に頭を下げる老人の姿に、まだ三十そこそこの店長は複雑な表情を浮かべた。まるで老人をいじめているような罪悪感と、この叱責は正当なものだという気持ちが混在し、着地点を見失っているようだ。すると突然バックヤードの扉が開き、黒服の男が部屋に侵入してきた。驚く店長を無視して、黒服は老人に告げた。


「そろそろ大統領との会食のお時間です、総理」


「マジで!?」


 老人は黒服を鋭く睨みつけ、怒りを含んだ声を放った。


「待たせておきなさい」


「マジで!? いや、行ってください、お願いだから」


---


 いかがでしたか? 私の珠玉の『マジで!?』コレクション。お楽しみいただけましたか?

 え? まだまだ? 大したことはない? ふむ。これは手厳しい。ならば私もとっておきの一品を、と言いたいところですが、残念ながら今宵はもうお時間となってしまいました。もしもう一度この隠れ家を訪れていただけるならば、その時は間違いなく、貴方様に満足していただける一品をお届けすることをお約束して、本日は終いといたしましょう。私のコレクションはまだまだ、こんなものではないのですよ。貴方様に再び見えることを、私は心待ちにしております。

 それではまたいつかお会いしましょう。貴方に今夜も良い眠りが訪れますように。


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