乳しぼり
「追ってきてない……よね?」
オオノコ鳥が追ってこないか、何度も確認する。
「……」
うん、大丈夫。
なんとか、雪ウサギゾーンまで逃げ込むことができた。
キノコもちゃんとある。
りょーちゃんは大丈夫かな……?
逃げるのに必死だったので、どうなったかわからない。
確認するためにも、いったん町へ戻ろう。
もう戦闘中ではないし、落ち着いて帰還の羽を放り投げる。
「……」
人であふれる帰還地点。
見ただけでではわかりづらいので、マップで位置を確認する。
先に戻っていたのか、すぐ近くにパーティー表示があった。
「あ、りょーちゃん!」
姿を見つけて手を振る。
「よかった、無事だった……」
両手にタケノコを抱えた姿を見て、何が起きたのか察する。
逃げきれなかったようだ。
「ありがとう。りょーちゃんのおかげで逃げ切れたよ」
「そうか」
ぽとりと、背中に突っ込まれていたタケノコが落ちる。
道行く人も『お、にーちゃんもやられたか』といった感じの、生暖かい視線を送ってくる。
これ、どうしたらいいんだろう?
せっかくだから、タケノコ料理も作るべき?
「調理場って、どこかにある?」
「噴水から左上、食料品店の近く」
「食料品店もあるんだ」
調味料は売っているかな?
少し寄って見ていこう。
「らっしゃい」
食料品店に到着。
パイプをくわえたごっついおじさんが店主をしていた。
両腕が丸太のように太い。
「えーと……」
商品を見ていくと、砂糖や塩といった調味料。
それと、たまねぎやトマトといった野菜が売っていた。
ここにあるモノだけでも、それなりの料理が作れそう。
「しょうゆやバターはないんだね」
「売ってないのは自作」
「大豆をゆでるところから?」
「畑を購入するところから(※1)」
「そこからなんだ!」
農場経営もおもしろそうだけど、収穫まで時間がかかりそう。
畑の費用も高そうだし。
「牛乳ならその辺の牛から採れる」
「バターなら作れそうだね」
しぼりたての牛乳なら、ビンに入れて振るだけで作れたはず。
ニンニクも売っているので、ガーリックバターにしよう。
塩、コショウ、ニンニク。
それと、パセリもあったので購入する。
調味料はひとつまみから買えるので、お財布にやさしい。
「まいどあり」
次は、牛乳を採るための入れ物。
雑貨店に行けば、何かあると思う。
すぐ隣に並んでいたので、雑貨店をのぞいていく。
「しゃっせぇー!」
口ヒゲを生やした、ムキムキマッチョのおじさんが店主だった。
腕だけじゃなく、全体的にムッキムキ。
「そうだ、フライパンも買わなきゃ」
ホウキや洗濯板といった、日用品。
ボウル、お鍋、バナナをつるすアレといった、台所用品なども並んでいた。
必要な道具をそろえよう。
「あれ? フライパンは売ってない?」
「復活薬がある」
「そうだった!」
復活薬という名前は付いているけど、見た目は完全にフライパン。
料理に使えるとも書いてあった。
「包丁もないような気がするけど?」
「投げ用武器だからな」
「投げちゃうんだ!」
刃物だから、威力は高いのかも?
矢のように消耗品扱いだったら、出費が大変なことになりそう。
そうなると、必要なのは……。
「この2点でいいのかい?」
「はい、お願いします」
全部を買うだけのお金はない。
最低限必要そうな『おたま』『空きビン』を購入する。
包丁も欲しかったけど、他の物で代用しよう。
矢の先っちょとか使えるかな?
「っりぃしたー!」
そして、残ったお金が9G。
せっかく1000G超えていたのに……。
またがんばって稼ごう。
「牛は牧草地にいる」
「……この辺かな?」
マップを見て場所を確認。
モンスター生息地のすぐ近く。
……というより、モンスター生息地そのものに見えるけど。
「モンスター生息地とかぶってない?」
「かぶってる」
「襲われたりしないの?」
「たまに襲われてる」
「囲いか何か作らないと!」
「大丈夫だ、まず返り討ちにする」
「えっ?」
「中ボス程度なら余裕で倒す」
「牛さん強かった!」
ちゃんと自衛できるなら安心。
初期町のすぐ近くなので、それほど凶悪なモンスターはいないのかも?
場所がわかったので、さっそく歩いていく。
門を抜けて、スライムのいる草原へ。
そこから東へ進み、牧草が広がる地帯にやってくる。
「あれかな?」
遠くのほうに、それらしき姿が見えてきた。
何頭もの牛が集まって、牧草を食べている。
「誰か所有している人っていないの?」
「町の外は管轄外。勝手に育ってる野良の牛」
「そうなんだ」
そういうことなら、どこかに許可を取る必要もない。
でも、誰のものでもないということは、誰が手を出してもおかしくない。
どこかに連れていかれちゃったりしないのかな?
自分の土地に連れていって、牧場を経営するとか。
「……?」
近くに行くにつれて、どことなく違和感が出てくる。
牧草?
背景が変……?
もう少し近づくことによって、その違和感の正体が見えてきた。
「……」
見上げるその姿。
イメージしていた牛とは、ちょっと違うかも。
見た目や模様なんかは、乳牛のイメージそのままなんだけど……。
何度見ても、大きさが象くらい……それ以上ある。
「ちなみに、プレイヤーが手を出しても返り討ちに遭う」
「うん、そんな気がするよ」
ちょっと蹴られただけでも、町まで飛んでいきそう。
立ったままでも牛乳をしぼれるサイズ。
「牛さーん! 牛乳を分けていただけますかー?」
もしゃもしゃ。
無反応で草を食べ続ける。
「……いいのかな?」
「台車満載にして商売しようとしない限り怒らないだろう」
踏まれないように気をつけながら、乳しぼりにチャレンジする。
おじいちゃん家でヤギなら触ったことがあるけど、牛は初めて。
大きさも違うし、うまくできるかな……。
「わっ!」
ぎゅっとしぼると、予想以上の量が飛び出してきた。
ビンから跳ねて、顔にもちょっとかかる。
「いっぱい出るね」
見る見るビンの中が満たされていく。
不慣れな自分でも、すぐに必要な量を集めることができた。
クエストをやる人もいっぱいいるから、その分大きくなったのかな?
周りを見ると、他にも牛乳を採っている人がたくさんいた。
『おぎゃぁあああ!』
そのうちの1人が、牛に蹴られて飛ばされる。
くるくると回りながらきれいなアーチを描き、地面に落下。
すーっと体が消えて、町へ戻っていく。
「一撃だったよね……?」
「ボスクラスの火力あるからな」
気をつけよう。
「牛さーん、ありがとうございましたー!」
もしゃもしゃもしゃ。
慣れたやり取りなのか、マイペースに草を食べ続けていた。
ほのぼのとした空気が流れている。
レベル上げに疲れたら、こういうのんびりした生活もいいかも。
スキルがなくても、雰囲気だけで楽しめそうだ。
『ぐへぇえええ!』
……時々、悲鳴が聞こえてくるけど。
牛乳からバターが作れると知って、普通の牛乳を1時間ほど振り続けたアホがいるそうです(一般的に市販されている牛乳は特別な処理をされているため振ってもバターになりません)。
筋肉痛になりました。
※1、農場:お金を払えば土地を借りて農場経営ができるシステム。
作物を育てたり、牛を育てたり、クワガタバトルで白熱したり、サメと泳いだりできる。
他のプレイヤーに譲ることもできるので、荒れ地を開拓してから高く売る商売も盛んに行われている。
現実世界で説明すると、どこかの草むらでカマキリの卵を拾ってきて、物置と化している勉強机の引き出しの中で育成すること。




