チュートリアル1
「……」
青く晴れた空。
広大な草原。
吹き抜ける風。
気がついたら、見知らぬ土地に立っていた。
「……すごい」
それ以外の言葉が浮かんでこない。
『最近のVRはすごいよ~』と聞いていたけど、ホントにその通りだった。
試しに地面を触ってみると、ちゃんと草や土の感触がした。
見た目だけじゃなく、五感も本物のようだ。
「はじめまして、SENRI様」
「わっ」
突然、空中に女の子が現れた。
女の子といっても、等身が30センチほどしかない。
さらに、背中に羽が生えている。
おとぎ話に出てくる妖精さんみたい。
「『メモリアルオブファンタジーオンライン』でナビゲーターを務めさせていただく『ナビ子』です。これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
お互いに頭を下げる。
「プレイヤーネームご登録は『SENRI』様でよろしいでしょうか?」
「SENRI……?」
あ、そうだ。
ID登録の時に入力した名前だ。
登録自体はずっと前に済ませていたから、すぐにはピンとこなかった。
「プレイヤーネームの変更も可能ですが、どうされますか?」
「うーん……」
どうしようかな。
『SENRI』というのは、本名の『夏海 千里』をちょっといじった名前。
普段使っているプレイヤーネームは、もっと別のカッコイイ名前を愛用している。
でも、ボクと見た目とのイメージが違いすぎるので、ちょっと恥ずかしい。
「……じー」
「あ、えっと……このままで大丈夫です」
「かしこまりました」
他にいい名前も思いつかなかったので、変更なしでいくことにした。
早くゲームも始めたいし。
「SENRI様は、本日が初めてのプレイとなります。チュートリアルから始めることを強く勧めますが、どうされますか?」
「お願いします」
「かしこまりました。それでは、さっそくこちらのモンスターを倒してください」
「えっ?」
ナビ子さんの時と同じように、半透明のモンスターが『ぽんっぽんっぽんっ』と現れた。
スライムだ!
ファンタジーだ!
ぷにぷにしてる!
「さぁ、どうぞ!」
「どうぞって言われましても……」
両手には何もなく、服装は……あ、なんか冒険者っぽい感じになってる。
シンプルな布の服。
でも、見たところ武器らしき装備はない。
「えーと……素手で、ですか?」
「殴りかかって殴殺でも、踏みつぶして圧殺でも、抱え込んで絞殺でも、どんな方法でもオッケーですよ。撲殺したい場合は、アイテム欄に木の棒が用意されてます」
「アイテム?」
「画面端に浮いている『メニュー』に触れてください」
「メニュー……これかな?」
右手を伸ばして、それらしきモノに触れる。
「わっ」
メニューがみゅんっと伸びて、ステータス、アイテム、装備など、おなじみの画面が出てきた。
「こちらに収納されています」
ナビ子さんがふわふわ飛んできて、その場所を指で示してくれる。
とてもチュートリアルっぽい。
「こいつで思いっきりフルスイングしましょう!」
アイテムの中にあった木の棒を触ると、その木の棒が右手に現れた。
軽く振ってみる。
「あれ?」
さっきまでなかったレベルやHP、モンスター情報が表示されていた。
「武器を持ったり構えたりすると、自動的に日常モードから戦闘モードに切り替わります(※1)。設定から自由にカスタマイズできますので、気になる場合はチェックしておいてくださいね」
「わかりました」
まずはこの世界に慣れたいので、その辺りはあとでじっくり設定しよう。
「こう……かな?」
なんとなくのイメージで木の棒を構え、一番近くにいるスライムに目標を定める。
「ていっ!」
助走をつけて、振り下ろす。
ぺちん。
『9のダメージ!』
むにゅんとした感触。
同時に、ダメージが表示された。
『スライムAを倒した!』
ぷるぷる震えたかと思うと、どろどろと崩れ去っていった。
「お見事です、SENRI様! この調子で残りの2匹もぶっ殺してやりましょう!」
「わかりました……って」
残りのスライムが突撃してきたので、あわてて距離を取る。
「リンク反応(※2)!?」
チュートリアルだからノンアクティブ(※3)だと思っていたけど、最初から攻撃してくるらしい。
「えいっ!」
動き自体はさほど素早くないので、しっかり避けてから攻撃を当てる。
「もう一匹!」
テレレレッテレー♪
『レベルが1上がりました!』
「素晴らしいですSENRI様! ここでやられてしまう冒険者の方も少なくないのに」
「びっくりしました」
木の棒を下ろして、一息つく。
予想してない動きだったので、かなり焦った。
「本当は、復活や回復アイテムの説明もするんですけどね。いや、別にいいんですよ。私の出番が減るだけなんで。ええ」
「あ、そうだったのですか」
そのためのリンクだったんだ。
思わず避けちゃった。
「インベントリ(※4)に回復アイテムが入っているので、HPが減ってきたら使ってみてください」
「わかりました」
「あと、取り出して腰の辺りにセットしておくと、戦闘中でもすぐに使えるようになりますよ」
「えーと、取り出して……セットして……」
ポーション(※5)を取り出して、腰のベルトに近づける。
ぺたり、と引っ付いた。
これなら取り外しもスムーズにできそう。
「装備などの持ち替えにも使えます」
「他のゲームでいう『ショートカット(※6)』みたいな感じでしょうか?」
「そんな感じです」
腰に差したり、背負う形になるっぽい。
VRだと切り替えボタンなどはないので、慣れるまでちょっと大変かも。
「1度にセットできる数は決まっていますので、たくさん持ちたい場合は注意してください」
「その辺りは現実的ですね」
じゃらじゃらと腰から武器を下げていたら、歩くだけでも大変になってしまう。
武器なら1つか2つ、アイテムなら複数いけるのかな?
ピコーン♪
『新規フレンド申請が届きました』
「おや、さっそくお友達の登録申請が届いたみたいですね」
「りょーちゃんかな?」
他の人にはまだ誰にも教えていないし、タイミング的にもそうとしか考えられない。
『krbrx様からフレンド申請が届いています』
「うん、りょーちゃんだ」
いつも愛用しているプレイヤーネーム。
変更するつもりはないらしい。
「承諾しますか?」
「もちろんです」
承認画面で『はい』を選ぶ。
『krbrx様とフレンドになりました』
『今どこだ?』
すぐにチャットが飛んでくる。
視界の端に小さな画面が出て、りょーちゃんの姿が表示された。
「今、チュートリアルやってるところ」
『……』
「この短時間でよくわかったね……って、どうかしたの?」
『いや、なんでもない。1町で待ってる』
「うん、なるべく早く終わらせるね」
チャット画面が閉じる。
りょーちゃんの見た目も、冒険者っぽい感じになってた。
黒っぽい服装だったので、ローグ(※7)とか忍者系にいったのかな?
「ナビ子さん。チュートリアルって、あとどれくらいありますか?」
「あとは、ステータスとスキルの説明くらいですかね」
パタパタと近くに舞い降りてくる。
「SENRI様は他のゲームで慣れていらっしゃるようなので、見ればだいたいわかると思います」
メニューからステータス画面を開く。
HP:生命力 ゲーム上での元気を現す数値です。0になると動けなくなります。
MP:不思議力 魔法やスキルを使うときに必要となる数値です。マジカルパワーです。
STR:筋力 レベルを上げて物理で殴ればいい。近接攻撃や所持数上限に影響があります。困ったときはコレ。
INT:知能 極限まで高められた魔力により絶大な効果をおよぼす。魔法攻撃やMP回復速度に影響があります。迷ったときはコレ。
DEX:器用さ 一方的に相手をボッコボコする至高の手段。遠距離攻撃や詠唱速度に影響があります。悩んだときはコレ。
VIT:体力 太くて硬くてギンギンな鋼の肉体。HPの最大値や物理耐性に影響があります。選ぶならコレ。
MND:精神力 フラれても漏らしても黒歴史を読み上げられてもくじけない鋼の精神。MPの最大値や魔法耐性に影響があります。求めるならコレ。
LUK:運の良さ 金や銀の天使や眉毛コアラを見つけやすくなったりしてうれしい。クリティカル範囲やクリティカルダメージに影響があります。現実で切実に欲しい。
おなじみの数値が、ずらーっと並んでいる。
説明文もついているので、迷うことはなさそう。
「隣の画面は『リアルステータス』です。こちらは現実世界での数値が反映されています」
こっちにも、同じようなステータスが並んでいた。
体力、精神力、運の良さが削除されて、反応や判断といったステータスが追加されていた。
ゲームステータスのほうは数字だけど、こっちはG~Bといった英字が振り分けられている。
「Bのほうが評価が高いのですか?」
「そうです。最高ランクはSまでありますけど、現実で功績を残している人限定の称号になります。D前後が多いです」
「……」
ボクのリアルステータスの、一番気になる評価。
筋力:G
「ちなみに、最低ランクは……?」
「Gです。あまり細分化しても見づらくなるので、それ以下の場合もGで統一してあります」
「……」
場合によっては、それ以下……。
「ゲーム内でいくらでもフォローできますし、あまり気にしなくても大丈夫ですよ」
「はい……」
「適度な運動でもしていれば、自然と上がってくものですし」
「がんばります……」
りょーちゃんも、このゲームのために筋トレを開始したって言ってた。
オススメのやり方とか聞いてみよう。
「ステータスについてはこんなものとして、スキル説明にいっちゃいましょうか」
「お願いします!」
ようやく必殺技とか、魔法の出番!
次話投稿のやり方がよくわからなくてあれこれ迷走していました。
危なく1話完結になるところでした。
※1、モード選択:攻撃やスキルが使えない日常モードと、殺る気に満ちた戦闘モードの2種類。
町中で日常モードになっていないと「そろそろファイアのレベル上げたいわ~」の『ファイア』に反応して、いきなり魔法を詠唱するヤバイ人になる。
現実世界で説明すると、電話対応だと声が5歳くらい若くなるあの現象。
※2、リンク:1匹殴ると、近くにいる同系統のモンスターが襲ってくること。
現実世界で説明すると「いってぇ!」「オイ、にーちゃん、今こいつの肩に当てたよな?」「か、肩が……」「こいつ虚弱体質だから複雑骨折しちまったぞ!」「どーしてくれんだ!」「やりやがったな!」「オイ! 例のセンパイ呼んでこい!」「お前終わったな! センパイはいつも電球のヒモでシャドーボクシングしているんだぞ!」みたいな感じ。
※3、ノンアクティブ:自分からは攻撃してこない平和なモンスター。
現実で説明すると「お? 何ガンつけてんだ? お? やんのか? お? やっちまうぞ? いいのか? ホントにやっちまうぞ? ホントのホントだぞ?」という状態。
※4、インベントリ:アイテムが入っているところ。
カバンだったり、リュックだったり、パンツだったり、見た目や容量を変更することが可能。
初期状態の小さな腰掛けカバンでも、複数の武器や鎧が入ったりする四次元な仕様。
※5、ポーション:ゲームの世界でおなじみ、使っただけで体力が回復する不思議な薬。
このゲームでは赤っぽい色をしているので、赤ポーション=赤ポ=赤Pなどと呼ばれることも。
現実世界で説明すると、残業続きで徹夜している時に飲むリポ○タンDとかユ○ケルのこと。
※6、ショートカット:ワンタッチでアイテムを使ったり、装備を切り替えるボタン。
キーボードのF8に回復アイテムをセットして、そこだけ異常に酷使するパターンが多い。
このゲームだとボタンがないので、腰にぶら下がってる数だけ使用できる。
※7、ローグ:軽装の戦士。
シーフやアサシンなどと、だいたい同じ感じ。
状態異常スキルを相手にばらまいて、味方パーティーをサポートするのに向いている。
テクニカルなスキルが多いのと、パーティー需要がそこまでではないので、初心者にはあまりおすすめされていない。
「ヒーッヒッヒ! 命が惜しけりゃ金目の物を置いていきなぁ!」的プレイが好きな一部愛好者からは人気が高い。