ゲームを始めるまで
キーンコーンカーンコーン
「起立! 礼!」
『ありがとうございました!』
本日最後の授業が終わり、待ち望んでいた放課後がやってきた。
「りょーちゃん、りょーちゃん!」
「どうした?」
「今日、ログインするよね?」
「……ああ、もふオンか」
もふオン――メモリーズオブファンタジーオンライン。
先月サービスが開始されたばかりの、VR型のオンラインゲーム。
全世界同時発売で、登録者数が20万人を超えた期待のタイトル。
他のゲームと共通で遊べる端末を使い、より大勢の人に参入しやすく!
……したのはいいんだけど、同時期に他のゲームから大ヒット作が出て、端末自体が品薄に。
ボクもその影響を受けた1人。
「風呂と寝る時以外では、常時INしてるが?」
「えーと……ご飯はどうしてるの?」
「なるべく食べるようにしている」
「ちゃんと毎日食べようよ!」
熱中するのはいいけど、体を壊さないように気をつけてほしい。
昔から一度ハマると、他のことが見えなくなるし。
「そういえば今日だったか?」
「うん、そうだよ!」
今日の夕方に、ようやく端末が届く。
クローズドβも、正式オープンも参加できなかったので、すごく楽しみ。
「サーバーは1つなんだよね?」
「ああ、全世界共通のオープンワールド。1町に行けばすぐ合流できる」
「わかった。ゲームできるようになったら連絡するね」
時間指定で頼んであるので、荷物が届くまで時間がある。
それまでに、用事を全部済ませておこう。
「おーい」
「リョウとナツもゲーセン行こうぜ!」
田中くんと鈴木くんがやってくる。
「画面端コンボを完璧にマスターしたから、今日こそボコってやるぜ!」
「マジかよ! この前まで1度もできなかったのに」
「必死の練習の末に、1度だけ途中まで成功したんぜ!」
「マスターどころか完走すらしてねぇじゃん」
この前やってた格闘ゲームの話かな?
りょーちゃんが圧勝していたので、リベンジをしたいらしい。
でも……。
「ごめん、今日は用事があって」
「えー、マジかー。リョウは?」
「もふオン」
「このネト充が! うらやましいぞ! 早くオレにもやらせろよ!」
「自慢か? おう、自慢か?」
2人とも予約待ちしている組なので、早くプレイしたくて仕方がないようだ。
ボクもそうだったから、その気持ちはよくわかる。
「まあ、いいや。今のうちにきっちり仕上げて対策完備しとくから、次やるときは覚悟しとけよ!」
「その余裕ぶった表情を、絶望に変えてやるぜ!」
「おーい」
「佐藤も行くよなー?」
佐藤くんを誘いにいったようだ。
「帰るか」
「そうだね」
田中くんたちには悪いけど、早く帰って準備しないと。
「楽しみだなぁ」
明日は学校が休みだし、好きなだけ遊べる。
今日くらいは夜更かししても怒られないと思う……たぶん……きっと。
「楽しいぞ」
「最初の職業は何にしようかな。大剣や両手斧の戦士はかっこいいし、防御特化の騎士も捨てがたいし、やっぱり魔法も使ってみたいし」
動画でスキルやキャラ紹介を見たけど、どれも魅力的で迷ってしまう。
「このゲームのスキル発動は武器依存だから、職は何選んでも関係ない」
「最初にもらえる衣装が変わるよね?」
「そうだな」
ログインした時点では、全員『冒険者』という初期職業。
その後、町で転職することにより、各職業の初期武器と防具がもらえる。
この時もらえる装備は『アバター装備(※1)』としても使えるので、パーティー募集などの役割表示としても使えるそうだ。
「戦士アバターで魔法特化してるのもいる」
「そういうプレイもおもしろそうだけど、最初は1つの職にしぼったほうがいいよね」
「序盤はスキルポイントが足らないから、1つか2つに絞ったほうが強い」
「うーん」
何にしようか迷う。
戦士を選んでから魔法を使おうとしたら、別でスキルポイントが必要になる。
さらに、魔法用の杖を別で買わなきゃいけなくなる。
最初は金策も大変だろうし、なるべく無駄な出費はひかえたいところ。
「職はあとでも変えられるし、気になったの試せばいい」
「うん、そうしてみるよ」
見るのと実際にやるのとでは違うだろうから、やってからまた考えよう。
「あ、買い物して帰るから、ここで」
「荷物運ぶか?」
「そんなに多くないから大丈夫だよ」
「わかった」
「じゃあ、またあとで」
りょーちゃんと別れて、近所のスーパーに向かう。
「えーと……たまねぎと、コショウと……」
メモを確認しながら、必要なモノをそろえていく。
いつもならチェックしてく特売も、今日はそのまま通り過ぎる。
早く帰って夕食の準備をしちゃおう。
「ただいまー」
買ってきた荷物を台所に置いて、まずは着替えを済ませてくる。
そろそろ暖かくなってきたので、夏服を用意しておいたほうがいいかもしれない。
「よし」
台所に戻って、料理開始。
本日のメニューは、炒めて煮るだけの簡単レシピ。
料理の定番カレー。
市販のルーさえあれば、特に難しいこともない。
まずは野菜を切って、お肉をいためて、玉ねぎがあめ色になるまで~という、基本の手順。
焦がさないように注意するくらい。
煮込んでる間に、お米を研いで炊飯器にセット。
ついでに、サラダ用の野菜も切って冷蔵庫へ。
洗濯物も取り込んでおこう。
ほどよく煮込めたので、ルーを溶かして弱火でコトコト。
「……うん」
味見をして作業完了。
あとは、温め直して盛り付けるだけ。
部屋の時計を確認すると、到着予定時刻まで1時間くらいあった。
張り切っていたせいで、ずいぶんと余裕ができてしまった。
あと何かやることあったかな……?
ソワソワしちゃって、何かしてないと落ち着かない。
お風呂の掃除でもやってこよう。
ピンポーン
「!」
普段はやらないような換気扇周りを掃除していると、念願のチャイムが鳴った。
「今行きまーす!」
急いで玄関まで向かい、カギを開ける。
「荷物が届いています。夏海さんのお宅でよろしかったでしょうか?」
「はい」
「こちらにサインか印鑑をお願いします」
「わかりました」
あらかじめ用意しておいたハンコを押して、宅配物を受け取る。
「またのご利用をお待ちしております」
「ありがとうございます!」
扉を閉めて、配達の人が去っていくのを確認し……。
「やった!」
段ボールを抱えて小躍りする。
大急ぎで残りの掃除を終わらせ、段ボールと一緒に部屋に飛び込む。
「りょーちゃん! 届いたよ!」
オンラインメッセージで、この喜びをいち早く伝える。
……。
……。
……。
「もう中にいるのかな?」
ボクより先に帰っているはずだし、ソロ狩りでもしているのかもしれない。
『幽霊船で狩り中』
返ってきた。
ゲームしながらでも、返信できるみたい。
「今から開封するところ」
『わかった』
聞きたいことはいっぱいあるけど、どうせなら中で話すことにしよう。
箱を開けて、中身を取り出していく。
「これがそうなんだ」
パッと見た感じだと、黒いアイマスク。
やわらかい素材で出来ているようで、ぐにぐにと曲がる。
壊してしまわないか、ちょっと不安になる。
お小遣い半年分と、お年玉をつぎ込んだ高級品。
大切に扱いたい。
「まずは、アダプターをコンセントにさして、本体の電源を入れて……」
クイックメニューガイドを片手に、端末を操作していく。
『IDとパスワードを入力してください』
「?」
どこに入力する場所があるんだろう?
……と思っていたら、空間表示のキーボードが出てきた。
事前に登録していたアカウント情報を入力。
『ベッドやイスなど、楽な姿勢を取れる場所を確保し、本体を装着してください』
言われた通りベッドに横になって、アイマスクをつける。
『スキャンを開始します。しばらくそのままの姿勢でお待ちください』
小さく起動音がして、スキャンが始まる。
こんな小さな端末で、どうやって全身のスキャンをしているんだろう?
技術の進歩に感心する。
「……」
早く始まらないかなと思いつつ、終わるのを待つ。
ちなみに、このゲームはキャラメイキングが一切できない。
なので、筋肉モリモリの屈強な戦士とか、ファンタジーの獣人みたいなキャラでプレイできない。
現実世界で筋肉モリモリになれば、その分はゲームに反映されるみたいだけど。
『スキャンが終了しました。ゲームを開始します』
そんなこと考えているうちに、準備が整ったようだ。
「っ!」
視界が真っ白になり、全身が浮遊感に包まれた。
初投稿です。
よろしくお願いいたします。
※1、アバター装備:見た目専用の装備。
カチカチの鎧を着た状態で、アバターのパンツを装備すると、見た目半裸のカチカチキャラになれる。
性能を重視しつつ半裸になりたい人におすすめ。