コントラスト
自家の遣り切れない雰囲気にも、自分自身が一所に在ることにもほとほと嫌気が差して、数ヶ月の後、宗助は郷里を突発的に飛び出した。金銭の有余を考慮して、しばらく長田の家に居候をして、仕事と家を見つけた。居候をしている時分、宗助が長田の衣類を畳んでいると、クリスチャンの少女から一度だけ電話があった。元気でやっているか、今なにをしているか。彼女は宗助が家を出たことを喜んでいるようだった。恨み言のひとつもなかった。
「家を出て、それで良かったんだよ、宗ちゃん。いつも辛そうな顔をしていたから」
「そんな顔をしていたかな」
「していたよ。お化けみたいな顔。いつも追い詰められたような顔」
しばらくして、宗助は長田と同じ大学に通う由紀という女学生と交際した。丁度同じ時期に、啓三にも恋人が出来たものらしい。宗助はそれを同郷の友人達と横浜の中華街に遊んだときに知った。そうして啓三から交際のきっかけを聞いた。彼は専門学校に通う想い人に思いの丈を伝えるために、雪の降るなかをバイクに乗って会いに行ったのだ。そしてマンホールで滑って転んで、歯を折り、顎を砕いた。しかし機を逸しては気勢をそがれると大いに発奮して、顔面を血塗れにしながら想い人の元へ猛進し、呆気に取られる彼女を前に見事本懐を遂げたのである。啓三は接いだ歯をこつこつと指で叩きながら、幸福そうに笑った。そうして今日は彼女にアオザイを買ってやるんだと言う。こいつは、実に男らしい男だ。宗助の目には、そのときの啓三の笑い顔や白い歯が、太陽の光を受けてさざめく、輝く葉叢の如く映った。
それから数年が経ち、二十台も半ばを過ぎた。実家では父が離婚し、他界した。宗助は一向にうだつが上がらない。虫歯のような精神を弄繰り回し、実を結ぶこともない珍妙な絵画を描くばかりの生活。これでは全く駄目になってしまうと、恋人の方から宗助に関係の清算を求めた。些か感傷的な別れ方をして、持ち直すことなく、宗助は新たな荒廃へと傾斜していった。仕事も辞めて、明け暮れ酒を飲んだ。そこへ、啓三から結婚の知らせが届き、現在に至る。




