血の滴る蜜柑
宗助が三年に進級すると、妹の智子も同じ中学校へと進学した。父親は東京に新しい仕事を見つけ、そちらに単身赴任することに決まった。なお無軌道な性向を強めていく宗助は離れに一人隔離されるように日々を暮らした。妹とは殆ど会話らしい会話もなかった。一日に二度、夕方と就寝前に祖母が離れにやって来て、仏壇に手を合わせた。当然、それは野放図に過ぎる宗助を矯める監督と監視とを兼ねていた。本を読みながら憮然として祖母の誦経を耳にしていた宗助は唐突に口を開いた。
「お経を唱えて、仏壇や位牌に向かってさ……。それが精神に一本、芯を通すような鮮烈な作用をもたらすものかな」
祖母は宗助の独語をしっかりと聴き留めたものらしい。謂わばぐにゃぐにゃと正体のない(正体のない!) 孫を更生する好機と心得て彼に向き直ると、切々とそれを説いた。
「そうだよ。毎日しっかりお経を上げれば、絶対に良いことがあるんだから。心も強くなるんだからね。そうして続けていれば良い方に良い方に自分が向かっていくんだから。あんたもやったら良いんだよ。やってみな」
宗助は手元の文庫本に眼を落としたまま、眉根を寄せて、おぞましいばかりの憫笑を浮かべた。祖母はその様に戦慄しないでは居られなかった。この子は、なんて化け物じみた気味の悪い笑い方をするのだろう……。
「絶対とは大きく出たね……。なるほど、お経さえ上げれば猿も獣も等し並みに、運命すらも変えられるのか。結構なことだね……。良い方ってのが、一体どっちの方なのかおれにはわからんが、ともかく結構だね……。ところで婆ちゃんの信仰ってのは自力によるものなのかな、他力によるものなのかな」
「そりゃあ、あんた、他力本願かもしれないけれど、それをする自分が自分を良くして行くんだから、どっちもだよ」
「まあ、どちらでも良い訳なんだ。例えそれが現世的な作用であろうと、彼岸への着地であろうとも。善人悪人も問われない。信不信も問われない。それが絶対である以上、そうでなければならないからね。だからおれたちは常に既に救われていなければならない訳なんだ。信じない者をも救うのなら、経文を読み上げる必要もない。絶対ってのは、自動的とイコールだ。それで既に救われているはずの人間が、『絶対的に痛めつけられて』信仰の前に額ずくというのは、これは酷い冗談だよ。殊にこの島国でね」
そうだ。おれは知らず、父や祖母と逆のプロセスを経ている。それは『全自動的な信仰の蹉跌』なのだ。おれはなにかを選び直さなきゃならない。いや、創出しなければならない。それがおれのオリジナルな思想でなくとも。それが絶対でないのなら、どんな悪辣な方法でもかまやしない訳なんだ。手当たり次第に気に入ったものをぶち込んで、挙句薬漬けになったって……。
「あんたはまァ、なんだってそんな屁理屈ばっかり言うの。屁理屈ばっかりだよ、あんたは」
祖母は立ち上がると、頭を振って部屋を後にした。去り際に噛み付くように、
「そんなことじゃあ、あんた、将来絶対に駄目になるからね!」と激しく決め付けた。
さて祖母が母屋に戻ると、宗助は手にした『懺悔道の哲学』と題された破れかけの古書を放り投げて、畳の上にごろんと寝転がった。
――確かにそれは絶対だろう。何故ならおれは現在駄目な人間だからだ。今、今、今だ。おれは婆ちゃんの信仰を馬鹿にはしないよ。けれどもそれは今を忍ぶ力を与えはしても、前へ進む力を与えはしないだろう。それが形式に過ぎない故に、与えられるべきものでないが為に。自動的には手に入らないんだ。ベクトルが絶えず屈折してゆくものとしても、ともあれ前に続く伸張性を手に入れなければ。これも一つの形式主義なんだ。自戒しなければ。冷静にならなくては。つまりは自分のやり様と違う在り方が癪に障るということの説明をしているに過ぎないんだからな。それはおれにはどうしようもないことだ。縁なき衆生はとは良く言ったものだ。おれは馬鹿なので、経文の意味も知らんし、仏縁の有る無しもわかりゃせん。全体、相手に自分が作用しないことをどうして自分に判るだろう? AならばA、BならばB、なんて不快な自同律だろう! 全ては予断と方便で、どんな粉飾もまかり通る。大事は実利の化石にあって、ああ、おれは個人史すら編纂できない! つまりどういうことだ。おれは何時もここら辺りで躓いちまうな!
気持ちが鬱屈すると、煙草を咥えて表をぶらぶらと歩き回った。なんの収穫もないままに部屋に帰り着くと、画帳を開いてデッサンばかり描いた。どうしても描けない時には、長田や啓三に電話して人を集めては麻雀などして無聊を慰めた。破り捨てられた半端な作物ばかりが徒に増えていった。
或る日、このところ継続して描き続けていた素描をしようと台所を覗き込むと、あにはからんや肝心の対象物が忽然と姿を消している。自分は確かに台所に置いたままにした筈だ。祖母が捨てたのだな。直ぐにも頭にかっと血が上った。母屋へサンダルを突っかけたまま上がり込むと、宗助はぜいぜいと息荒く祖母に食って掛かった。
「なんで蜜柑を捨てた! 置いてあったろう、台所に」
祖母はむしろ困惑した表情を浮かべて、
「なんでって……。腐ってたんだから捨てるじゃないの。食べられないんだから」
「腐った蜜柑は蜜柑じゃねえってか! 女ってやつあ、どうしてここまで実利的写実的なんだ。身も蓋もありゃしねえ! 林檎を見りゃ林檎とのたまい、食えなくなりゃ林檎じゃなくなるんだからな!」
「あんたなに言ってるの……」
血走った目を爛々と輝かせながら口に泡する宗助に、祖母は殺されると思った程だった。代わりの蜜柑なら冷蔵庫に入っているから、それを食べるなりなんなりすれば良いと言っても、宗助は容易に聞き入れない。
「あの蜜柑じゃなけりゃ駄目だったんだよ。あのみ、蜜柑が、蜜柑のだ、実相と虚像とがだ、相克してなきゃあだ、駄目なんだよ! むしろ新しく用意された蜜柑のだ、あんたが都合よく用意した新しい食えるだけの蜜柑とやらのうちにだ、その蜜柑のうちに腐った蜜柑が流入するような、それを予見する、いや予感としての腐った蜜柑だろうが!」
祖母は言葉を失った。宗助は荒々しく家の柱をぶっ叩くと、ぺたぺたとサンダルを鳴らして母屋を去った。宗助の姿が見えなくなると、祖母はその場にへたり込んで、顔を覆った。
――なんていう気狂いだろう。親子して、台風みたいに……。どれだけあたしを痛めつけりゃあ気が済むんだろう。
離れに独りになると、宗助は台所に寄りかかって煙草に火を点けた。
――おれはどんどんおかしくなる。
サイドボードに置かれた、以前好きだったアニメキャラの縫い包みを手に取った。青い丸々としたロボット。腹が横に切れ込んで内ポケットになったところへ、母からの電報が入っている。送られてきたそれを誕生日に宗助は受け取った。
妹の話では再婚相手との間に一子が生まれたらしい。種違いの弟である。レター状になった電報を押し開くと、陳腐な電子音がバースディソングを奏で始める。宗助はそっと目を閉じて、微笑んだ。可愛らしいものだ、と思った。無邪気なものだ、と思った。きっと、母の美質は損なわれないだろう。
宗助はサイドボードに縫い包みを戻して、引き出しの下段から、埃に塗れた六十センチ程のトーテムポールを取り出した。それは交換留学生が宗助の学校に親交の証として残した品であった。彼は校長室の前に置かれてあったそれを腕尽くで盗み出した。固定されてあった台座の一部が壊れ、羽飾りの剥落した、赤茶けた木製のトーテムポールは、宗助に生皮を剥がされた人頭のミイラを思わせた。果たしてなにか目的があって盗み出したものではなかったが、今ここに手にしてみると、速やかな暗合が心中の実際を詳らかにするのであった。宗助は合点がいった。精神分析学者の、あのオーストリアの偉い先生の指示したところはもっともだ。おれに自明のことなのだ。宗助は台所の引き出しから一振りの小体な果物ナイフを取り出して、鞘を払った。錆の浮いたナイフをトーテムポールの顔面に、鉄錆をこそぎ落とすようにぎりぎりと押し当て、二条の傷を刻んだ。
――フォルマリズムとは、異化の求められるべき第一義とはなんだ。
力んだ手元から勢い良くナイフが滑り、ポールを支え持った左手の親指を鈍い刃先が掠めた。
――それは形式じゃない。形式なんかじゃない。異化される当のものを無化する働きから救うことが第一義なんだ。それをもって形式の本義とし、対象との自立的結び付きを取り戻すこと。対象との紐帯が形式であるならば、それは最終的に内破する。ここに初めて対象は自存的だ。あの腐った蜜柑みたいに。自動的な自らを内から食い破り、対象に結ぼれた心臓を剔抉しなければならない。自動的ということも形式なんだ。全て地上の形式と自動化ということは……。暴露された傷口、虫歯のような遣る方なく厭らしい痛みと不潔な臭い。それがおれだ。割り開かれた傷口の陸離たる眩暈の後に、おれは正常化されるのだ。ところでおれは随分と焦っている。甚だしく動揺しているんだ。それは、いや……。
左手がじくじくと微熱を発して痛み出した。
――親父は、ひょっとすると自殺するかもしれないな。
宗助の脳裏にそんな考えが剃刀の刃のように閃発した。腕が、脱力して鉛の様だ。じじじ、と口元にまで迫った火口から灰が落ちた。薄い硝子窓が風を受けて背後にがたがたと音を立てた。




