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大笑い☆人生

 遥か昔、清少納言の時代、女の子は12歳で結婚するのがザラだったらしい。


 20を越えるといかず後家。

 つまり平安の価値観からすると22の私はいかず後家だ。

 まあ、これは嘆くところではない。悲しむべきは赤ちゃんを宿す場所がガンになってしまったことだ。 


 じい様ばあ様なら十分間に合っただろう発見時期なのに、若い? 私は手遅れなそうで。若いからガンもお盛んらしい。


「優子、胃がんじゃなくて良かったじゃない。ご飯食べれ……むぐ!」

「ふっざけんなあああああ! 子宮がんをセックスが原因の子宮けいがんと間違われる身にもなってみろおお! やりまんとかいわれて泣けるわあああ! あたしゃ処女だ!」

 見舞いにきた親友、夏海。

 彼女のふくふくとした口に饅頭を押し込みながら、私は叫んだ。


 生まれた日からの幼馴染で短大卒業後の職場も同じという、腐れを通り越して親よりも家族同然の夏海は目を白黒させる。その視線は私の背後……。


 恐る恐る振り返る。白衣のイケメン。帰国子女。イギリスの大学を飛び級で卒業。同い年なのにもう研修医の筧先生が、呆然としていた。


 私の顔面はボッっと爆発した。

 声が大きすぎたのだ。筧先生はばつが悪そう。

 夏海は饅頭をごくっと丸飲みして立ち上がり、彼に挨拶をして出ていった。

 小憎らしいくらいにこやかな挨拶。見捨てられた気がする。

 はあ、女の友情なんてこんなもんか。人間結局は独りだ。


「調子はどうですか」

「テレビ出演おめでとうございます。今度生中継で取材はいるんですよね。72時間テレビ。実況熱血天才医師」

「ああ、ええと、はい」

「中継楽しみにしています」

 無理やり話題を変えた私は、やっぱり無理やり笑顔を作り、先生ははにかんでくれた。嬉しい。

 けれど、あれ? いつもと様子が違う。本当に微かな違いだけど。

「先生」

「はい?」

「嫌なんですか? 取材。気乗りしないみたいだけど」

 小さく首を傾げた私に、先生は首を横に振る。

「嫌とかではないんです。出演することで病気についての理解を促すこともできますから、大切な役目を頂いたと思っています。けど、僕はその……」

 口ごもる筧先生を、わたしは真っ直ぐに見上げた。

 悩める先生のイケメン度は微塵も崩れず、非常に眼福である。

 こんな私の乙女心など知らない彼は、困ったように微笑んだ。

「苦手なんです。カメラの前に立つのは。あがり症のスイッチが入ってしまって。でも、まあこれは弱音ですね」

「先生」

「はい?」

「すっごい応援しています。ただの応援じゃなくて、すっごい応援です」

 ありったけの力をこめた私の言葉に、先生の口元がほころんだ。

 和んでくれた。嬉しい。けど、ちょっぴり悲しい。取材は3カ月後。

 私の余命もそれくらいで尽きると告知されているのだ。


 で、まあ3か月たってみると、何の事はない。恋心による奇蹟は起きず、ぴっちぴちの私の中のぴっちぴちのガンは体中に進行した。告知の通りである。

 全身の痛みが痛いを通り越して衝撃的なお祭り騒ぎ、……の日々を通り越して、わたしの意識は朦朧もうろうとするようになった。


 取材日も予定通りきたが、私はやっぱり色々と朦朧としていた。が、意識はある。何もできなくなった私だけど、応援はできる。

 そんな気合だけがばっちりの私を夏海が見舞った。

 取材の事を色々と 話していたのは夏海だ。ゲンキンな奴。私にお構いなしに饅頭を

「景気付けよ」

 と頬張り、テレビをつける。

 至近距離だけど、視界がかすれている私は必死に目をこらす。

 

 筧先生が出ていた。


 私は嬉しくなった。

 が、彼の回診ルートから、私は外れている。

 チューブまみれという絵面が 悲惨過ぎるらしい。

「じゃ、テレビ見ててね」

 夏海は立ち上がり、ドアに向かう。その霞んだ後ろ姿に私は不安になった。

 

 あの馬鹿、筧先生とテレビに映ろうとするんじゃ。


『はい、こちら中継です。筧先生、本日は、え、あ、ちょっと困ります!え?』

『優子! 観てる? はいこれ、先生、カメラにどーぞ』

『僕は……』

『腹くくれやごるああああああ!』

『はい』

 リポーターを襲ってマイクを奪った夏海は、筧先生にカンペを持たせた。

 カンペには、

『優子さん、愛しています』

 と書いてあった。

 奇蹟的に視界がとってもくっきりして、筧先生直筆の丁寧な筆跡が、端から端まで一気に飛び込んできた。


 私は大笑いした。口を真一文字に結ぶ筧先生は普段のイケメンからは程遠く、夏海は、あの馬鹿は彼の真後ろからVサインをして丁度先生にウサギの耳が生える……ようにしていた。


 馬鹿だ。本当に馬鹿だ。筧先生も夏海も。おそらく私も。


 笑い過ぎて意識が遠くなる。ちょっといつもと違う遠さだ。

 これが、終わり、なのだろう。

 私はホワイトアウトする視界、その向こうにいる彼らと、私自身の人生に、

『じゃあね』

 と呟いて、眠りについた。

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