7:紬
追記:少し改稿しました。メインストーリーに影響はありません。
「えへへ~、生黒沢さんだ~」
変な事を言いながら謎の女性は俺を強く抱きしめる。
どうして次から次へと理解不能な状況になるんだ、この夢は?
「えーと……どちら様ですか?」
「え~ひどいよ~。私の事忘れちゃったの~?」
忘れたも何も、初めて会ったのだから知らない。大体、何故この女性は俺の名前を知っているのだろうか?
理解に苦しんでいると、女性が顔を近づけて耳元で囁いてきた。
「事情は後で。とりあえず、一緒にお話ししたいので二人きりになってくれませんか?」
事情ってなんだ?
一緒に話すって何を?
「ちょっと黒沢さんと二人きりでお話ししてきていいかな?」
全然理解できていない俺に構わず、謎の女性はマリンカに断りを入れる。
「……え、えーと……」
マリンカが困惑した顔で俺の顔を見上げる。
「た、多分大丈夫。話し終わったらすぐに戻ってくる」
誰かは分からないが、俺の名前を知っている人物という事は何かあるのではないかと思い、二人きりで話す事にした。
「じゃあ、こちらに!」
俺の手を強引に引っ張って、女性は洞窟の外に俺を連れ出す。
マリンカが付いて来ていない事を確認し、俺に向かって話し始めた。
「初めまして!黒沢さん!」
「は、初めまして……」
やっぱり初対面で正解だったのか。
でも、なぜ俺の名前を?
「とりあえず今の状況をお話しします。黒沢さんは元の世界ではお亡くなりになられました。私は、少し前から黒沢さんが自ら命を絶とうとしていたのを知っていたので、黒沢さんに最適な別の世界に転移させようと色々な世界を調べていたんですけど、急に事故でお亡くなりになられてしまったので、その候補の世界の一つに急遽飛ばしました。それがこの世界です。
そして、黒沢さんがこの世界での生活に困らないように、黒沢さんの所有物を適当に選んで、この世界に転移させていたんですけど、黒沢さんを別の世界に飛ばした事が上の階級の神にバレてしまって……そしたら、そんなにその人間が好きなら一生帰ってくるなと、神界から追い出されてこの世界に落とされてしまいました。当然、この世界に行く当てもないので、なんとかして黒沢さんの所へ来たというのが今の状況です」
……いきなりそんな大量に情報を言われても困る。
簡単に言うとこの女性は、自殺しようとしていた俺を最適な世界に飛ばそうとしたが、俺が急に転んだせいで選ぶ暇もなくこの世界に飛ばした。そして、俺の援助をしているうちに偉い神様にばれて、この世界に落とされて、なんとか俺のところに来た。
……意味分からん。
なぜ俺が自殺しようとしていた事も、転んだ事も知っているんだ?
それと、神界ってなんだ?上の階級の神ってなんだ?この女性は神様なのか?
……あ、そうか。
この夢の中では、俺は神様に選ばれた存在なのか。
なるほど、よく神様からチート能力もらうしね。ラノベとかゲームとかで。
「つまり、俺は今からチート能力を手にするのか……素晴らしい夢だな」
状況を俺なりに理解していた……が、彼女から衝撃的な事を言われる。
「……あの~、何か勘違いされているようですけど、これは夢ではありません。現実です」
「……え?」
夢じゃない……?
どういう事だ……?
「黒沢さんは事故でお亡くなりになられましたが、私が黒沢さんの所有物を色々とこの世界に転移していた所為と、黒沢さんの死亡時の肉体……つまりは死体がそのままなので、元の世界では強盗殺人の被害に遇ってお亡くなりになられた事になっています」
「……そういう設定なんですよね?」
「設定ではなく事実です」
これも夢の演出か?随分と凝っているな。
……演出だよな?なんか本当の事っぽく思えてきた。
「まだ夢だとお思いでしたら、私の姿に見覚えはありませんか?帰り道とか、駅とかで」
……そう言われると、何処かで見た事があるような気がする。
いつも会社の事しか考えてなかったから、記憶が曖昧になっている。
「……あ」
思い出した。
よく見かけたわこの人。日頃からコスプレしている人かと思っていた。
まさか神様だとは……
「……見覚えある」
「ですよね!実は私、黒沢さんを毎日見ていたんですよ!」
「え?」
「ですから、これは夢ではなく、現実です。元の世界で私を見かけているなら、今、私がこうして黒沢さんと一緒に話している事が現実であるという事の証明です!」
決めポーズをとって満足げにしているが、俺はまだ、色々と理解していないぞ。
ここが夢の世界では無いという事に関しては正直、異世界だろうが夢の世界だろうがどうでもいい。
元の世界に帰れないという事実は変わらないだろう。
そこは何とか理解した。それよりも……
「なんで神様が俺みたいな人間を毎日見ていたんだ?」
一番理解できないのがこれだ。
上の階級の神様がなんとかかんとかという話については、神様事情を知らない俺は理解しなくてもいいだろう。
それよりも、何故神様が俺みたいな人間を毎日見ていたかという事だ。
「……それは……」
急に神様の顔が赤くなる。え、何。
「黒沢さんの事が好きだからです!」
「……え」
……もっと理解出来ない答えが返ってきた。
神様が俺の事を好き?
会社では何も出来ずに毎日情けない日々を送って、親孝行もろくに出来ない俺の事を好き?
何処に好きになれる要素があるんだ?
「……なんで俺の事を……?」
「そ、それは……色々な世界を旅行していた私が初めての世界に戸惑っている時に、黒沢さんがとても親切にしてくれたからです」
……まさかの一目惚れ。というか、いつ優しくした?
思い出せ、俺。
……そういえば、改札機でこの女性と似ている、いや、この女性に使い方を教えてあげた気がする。
え?まさかそれだけで?
「それだけで、とお思いでしょうが、私はとても嬉しかったんです」
「……それで、なんで毎日俺を見ていたって話になるの?」
「そ、それは……恥ずかしながら、黒沢さんの事が忘れられずに神界からずっと見ていたんですけど、それだけでは物足りずに実際に近くで見ていたいと思ったので……」
……そ、それストーカーじゃ……
俺、神様からストーカーされてたの?
しかもこんな美人な神様に?
嬉しいような怖いような……
「そ、それで黒沢さんは私の事好きですか?」
俺が必死に状況を理解しようとしていると、いきなり好きかどうかと問われる。
「え?えーと……」
正直、こんな美人から好きと言われれば嬉しい。
告白されるのなんて初めてだし。
だが、こちらは彼女のことを何も知らない。初対面だし。
「初対面でいきなりこんな事言われても困りますよね……ごめんなさい。急に変なことを聞いてしまって」
「い、いや、こちらこそごめん」
答えるのを渋っていたら何故か謝ってきた。
……なんか悪いことをしてしまった。
「でも、私は黒沢さんのことを諦めません!しっかり私の事を知ってもらって、改めて答えを聞きます。覚悟しておいてくださいね!」
急にテンションが戻った。
……良かった。
「なので、私は今後を黒沢さんと共にします!一応、元神なんですから大事にしてくださいね?」
行く当てが無いと言っていたから何となくわかっていた。
「え、えーとよろしく」
「はい!よろしくお願いしますね!」
とても素晴らしい笑顔を向けてきた。
……か、可愛すぎる。
こんな美人が俺の事を好きだなんて未だに信じられない。
そして、俺が想像している神様とは印象が違いすぎて、神様と思えても神様に見えない。
「あ、私と黒沢さんは幼馴染という設定にしてください。その方が、あの女の子に説明しやすいですよね?」
「え?あー……了解です……」
「それと、私の事は篠塚紬とお呼びください!」
篠塚紬?どこかで聞いた事があるような……?
あ、学生の時に読んでたラノベのメインヒロインの名前か。
篠塚紬です。