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9:狂気

「う……うぅ……」


 マリンカに抱きかかえられた状態で、俺は何気なく空を見続けていた。


 最初は雷雨だったものが、先程までは雲一つ無い晴天となり、現在では街から上がる炎と砂煙の所為で不気味な赤い空になっていた。


「……ショウヤ……大丈夫……?」


 不安そうな声で俺の顔を覗き込んでくるマリンカ。


「……だ、大丈夫だ……」


 マリンカの問いに笑って返すが、本心はそうではない。


 ズタズタになった脚は痛みすら感じなくなり、俺は意識を保つので精一杯だった。


「……もうすぐツムギの元に着くから……」


 マリンカの言ったそのセリフは、俺を安心させる為の嘘では無く、事実だという事が分かった。


 何故ならば、空に浮かぶシグレイドの大きさが徐々に大きくなっているからだ。


 つまり、俺達はシグレイドに近づいている事になる。


 そして、シグレイドと戦っているであろう紬にも近づいている事になるのだ。


「……あ……!」


 突然、マリンカが声を上げた。


 首を動かしてマリンカの見つめる先を見ると、そこには、大通りでシグレイドと戦っている紬の姿があった。


 戦っていると言っても、シグレイドからの一方的な炎の攻撃に対し、逃げ回っているだけのようにも見えるが……


『逃げ回るだけか?それでは我を殺す事など出来ぬぞ!』


 愉快に喋るシグレイドの声が聞こえてきた。


 声の感じから察するに、相当余裕である事が感じられた。


 そんなシグレイドは炎を吐く攻撃を急に止め、紬に向かって急降下していった。


「……つ……むぎ!」


「……ツムギ……!」


 シグレイドが地面に衝突した影響で砂埃が大きく舞う。


 その砂埃により、俺達からは紬の姿が見えなくなってしまった。


「……ッ!」


 だが、すぐに紬が砂埃から飛び出して、俺達の方へと飛んできた。


 普通の人間では考えられないような跳躍をした後、華麗に地面へと着地する。


 どうやら無事のようだ。


「……よ、良かった……!」


 マリンカが呟くと、その声に気が付いたのか、紬がこちらを振り返った。


「……え!?マリンカちゃん!?それに翔也さんも!?」


 驚愕した様子で俺達の元まで駆け寄り、俺の状態を見て紬は再び驚愕した。


「翔也さん!?こ、この怪我は!?」


 言いながら、紬は俺のズタズタになった脚に手を翳した。


 数秒後、その部分は虹色に発光し始める。


「……ご、ごめんなさい……私の所為で……」


 マリンカが涙ぐみながら謝る。


「い、いや……あそこで転んだ俺が悪い……」


 本来であれば、マリンカを突き飛ばした後、落下してくる瓦礫を避けて俺も助かっていた筈なのだが、残念ながら俺は転んだ。


「……何があったのかは分かりませんが、2人とも無事で良かったです!」


 優しく笑って紬が言う。


 その瞬間、砂煙の中から赤い物体が飛び出してきた。


「……ッ!翔也さん!マリンカちゃん!」


「「え?」」


 紬が叫ぶと、俺の脚の回復が中断された代わりに、俺とマリンカの体が宙に浮かび上がり、近くの路地に放り投げられた。


「痛ッ!」


「ひゃッ!」


 地面に衝突した俺とマリンカは、顔を上げて先程まで居た大通りを見る。


 すると、轟音と地響きと共に、目の前の大通りに赤い物体が物凄い速度で通り過ぎて行った。


「ま、まさか……」


 考えるまでも無い。


 シグレイドだ。


 謎の力、恐らく紬の神力によってこの路地に放り込まれていなければ、俺とマリンカはシグレイドに轢き殺されていただろう。


 しかし、俺とマリンカは助かったが、助けてくれた紬の姿が見当たらない。


「紬!何処だ!?紬!」


「……ツムギ……!」


 名前を叫ぶが、返事は返ってこない。


『ガァァ!』


「……?」


 紬の返事が無い代わりに、上空からシグレイドの声が聞こえてきた。


 痛みはあるが、歩けるほどにまで回復した脚で路地から出て空を見上げる。


「……つ、紬!?」


 なんと、再び空に浮かび上がったシグレイドの口の中に、紬が居た。


 必死な表情をしながら、シグレイドの口を閉じさせないように、シグレイドの鋭い牙、そして、紬を押し込もうとする巨大な爪を手と足で押さえているのだ。


「……う……うぅ……」


 空から紬の苦悶が聞こえてくる。


 このままでは、紬がシグレイドに喰われてしまう……!


 どうすれば……どうすれば良い!?


『ガ、ガァァ!』


 再び咆哮したシグレイドは、さらに力を込める。


 ……マズい……!


 どうする!?どうする!?


『喰らいやがれ!このトカゲ野郎ッ!』


 何処からか聞こえてきた声。


『ッ!』


 シグレイドは即座に避けようと動いたが、それでも遅かったようだ。


 直後、シグレイドから見て右側の翼に禍々しい光線が直撃した。


『グッ!?』


 光線を受けた痛みからか、シグレイドは紬を解放し、地面に墜落していった。


 放り出された紬は、何とか地面に着地した。


「……い、今の光って……」


 言いながら、路地からマリンカが出てくる。


「……ギルだ」


 ギルが憑りついているクラリッサさんはフラフラと紬の元へ寄り、俺とマリンカも駆け寄る。


「……え……?……どうして……お2人が……」


 クラリッサさんが驚愕した表情を作る。


 そんなクラリッサさんの上から、ギルが怒りを込めて叫んできた。


『はぁ!?何で旦那と嬢ちゃんが此処に居るんだよ!?避難してろって言っただろ!』


「ご、ごめん……」


「……ご、ごめんなさい……」


 迫力のあるギルの説教に、俺とマリンカは委縮してしまう。


「……はぁ……はぁ……ちょっとギルさん……2人を怖がらせないで下さいよ……」


 粘り気のある透明な液体を体に纏いながら、紬が俺達の味方に付く。


『だけど、俺は2人が心配で……って、何だ?そのネバネバしたの?』


「……あのトカゲの唾液ですよ……あぁ……気持ち悪いし……変な匂いもしますし……最悪です……」


 心底嫌そうな顔をしながら、紬がシグレイドの唾液を必死に取り除いていた。


 ……なんか……独特な匂いが漂ってきたような……


『ガァッ!』


「!」


 俺達にゆっくり話す時間を与えてはくれず、シグレイドは再び空に飛びあがった。


 だが、シグレイドの飛び方に少し違和感を覚える。


 今までは、ゆっくりと羽ばたくだけだったが、ギルの攻撃を受けた所為か、フラフラしながら飛んでいた。


 それもそのはず、ビームを受けた箇所には、ポッカリと大きな穴が開けられていた。


『……中々の力だな。邪悪な化け物よ……』


『……どうだ、思い知ったか?』


 シグレイドが苦しそうに話すのを聞いてギルは挑発するが、その声に気の緩みは感じられない。


『……あぁ、思い知ったさ。お前の光線の威力。そして……』


 シグレイドはギルから視線を外し、ギルの真下に居るクラリッサさんに目を向けた。


『その光線は、召喚士の身体に大きな負担が出ることもな』


『…………』


 確かに、俺達の前に姿を現した時からクラリッサさんはフラフラしていた。


 シグレイドが言った通り、クラリッサさんの体には相当な負担が掛かっているのだ。


 俺はその負担の経験者だから、クラリッサさんの苦しみが理解出来る。


 そんな状態のクラリッサさんが俺とは違って倒れずに意識を保っているのは、俺よりも魔力量が多いからだろう。


『……お前たちは強い。剣士も、邪悪な化け物を使役する召喚士もな。だが、それは地上での話だ。飛翔する【ドラゴン】という種族に対しては、お前達は弱者なのだ』


 凍るような目つきで見下ろしてくるシグレイド。


『……久し振りに人間以外と戦えて楽しめはしたが……どうやら期待外れだったようだ』


 シグレイドの目を見る限り、奴は本気で強者と戦いたかったらしい。


 だが、人間という生き物は自力で空を飛べない。


 人間とドラゴンの戦いなど、勝ち負けがあるようで無いのかもしれない。


『さて……お前達の血を頂いて、次はギガントゴーレムの主と戦ってみるとしようか』


 そう言うと、シグレイドは巨大な口を大きく開けながら急降下してきた。


『おい!あんなデカいドラゴンなんて俺は防ぎきれないぞ!?皆避けろ!!!』


「は、は……い……」


「……あ……」


 ギルが指示を飛ばすが、フラフラなクラリッサさんに、恐怖で固まったマリンカは動けずにいた。


 俺も、恐怖と足の痛みで避けれそうに無かった。


 ……ここで……終わりなのか……?




「……『人間以外』……ですか……」




 死を覚悟し、目を閉じたその時。


 小さく呟く、紬の声が聞こえてきた。


 それからというもの、俺の体に痛みが来る事は無かった。


 それどころか、シグレイドが衝突するような衝撃も感じられない。


 ……何が起こってる……?


 状況を把握する為、ゆっくりと目を開けると、俺達の周りには虹色に輝く光の壁が出現していた。


 壁の外側には、その壁に喰らいつくシグレイドの巨大な口があった。


「……トカゲに飲ませる血はありません」


 その前には、左手のひらを前に突き出し、光の壁を作りだしたと思われる紬が立っていた。


『そ、その力は……!』


 ギルが驚愕した声を上げる。


「皆さんの為なら、この力を惜しみなく使えます」


 紬が言うと、光の壁は粒となって消滅する。


 壁が無くなった瞬間、紬が手に持っていた剣が金色に光り輝き始めた。


『……ッ!』


 シグレイドは不吉な予感を感じ取ったのか、すぐさま回避しようと翼を大きく羽ばたかせた。


 だが、今の紬から逃げる事は容易ではないと、俺でも分かった。


「死んでください」


 瞬間。


 黄金に輝く斬撃波がシグレイドから見て左側の翼を切り落とした。


 飛ぶ手段を無くしたシグレイドは、切り口から大量の血を噴き出しながら落ちていく。


『ガァァァァァァ!!!』


 鼓膜が破れそうな程に響くシグレイドの叫び。


 直後、巨大な地響きと、耳を塞いでも分かる轟音、墜落した衝撃で舞い上がった砂埃が襲ってきた。


 堪らず俺は耳を手で塞ぎ、目と口を閉じた。


 ……数十秒後、辺りには静寂が訪れる。


 耳から手を離し目を開けると、大通りの中央で倒れるシグレイドが目に入った。


「……やった……のか?」


 誰に問いかけるでもなく呟くと、続々と声が上がる。


「……動かな……い……?」


「も、もしかして……!」


 マリンカとクラリッサさんはお互いに顔を見合わせて笑顔になり、紬の元へと駆け寄った。


「……ツムギ……!……凄い……!」


「ツムギさん……!おみごとです……!」


 2人とも笑顔だが、クラリッサさんの上に居るギルだけは違った。


 目を細め、紬を見ようとしない。


 嫌悪感を抱いている訳では無く……何というのだろうか……


 ギルは顔に目が1つだけ付いてるだけだから感情が上手く読み取れないな……


 そんなギルを見て、俺も紬の勝利を喜べずにいた。


 ……何か、嫌な予感がする……


「……ツムギ……?」


「……どうされました……?」


 紬は2人の呼び掛けには応えず、少々荒れた息遣いをするだけだ。


 そして――


「……ッ……」


 バタンッ。


 紬は、膝から崩れ落ちて倒れた。


「……ツ、ツムギ……?」


「ツ、ツムギ……さん……?」


 先程まで喜びに満ちていたマリンカとクラリッサさんの表情は、一気に絶望へと塗り替わる。


 ……恐らく……自分では分からないが、俺も絶望した表情をしていただろう。


「ツム――」


『アッハッハッハッハ!!!』


「!?」


 俺も紬の元に駆け寄ろうとした瞬間、狂気的な笑い声が聞こえてきた。


 突然の笑い声に、倒れた紬を覗く全員が笑い声がした方向を振り向く。


 そこには、斬られた翼から血を流しながら大通りに佇むシグレイドの姿があった。


『これだよ……この感覚!我から血が流れていく……!……今まで喰らった強者の血が零れていく……!』


 つい数分前までの落ち着いた雰囲気などは微塵も感じられず、狂気しか感じられない口調でシグレイドは続ける。


『過去に戦った勇者にも強者は居たが……いつもいつも戦闘中に突然姿を消すからな……だが、今回は違う!』


 眼力で殺されるのではないかと思うほどの目で、シグレイドは倒れた紬を凝視した。


『勇者よりも圧倒的な魔力の質……いや、魔力と呼べるものかも不明な力を持つ人間……それに加え、これ程までに戦っても消える気配が全く無い!これこそが!我の求めていた戦いだッ!』


 感極まったのか、シグレイドは空を見上げ咆哮した。


「…………」


 目の前の状況に、誰も何も口に出来ない。


 紬は倒れた。


 だが、シグレイドは倒れていない。


 そんな状況を、俺は受け止める事が出来なかった。


『……逃げるぞ』


「……え?」


 唐突なギルの言葉に、思わず間抜けた声が出る。


『逃げるって言ったんだ。俺は邪神だから元神の姉ちゃんに触れる事が出来ない。だから、代わりに誰か抱えてやってくれ』


「……え……えっと……じゃあ、私が……『ブラックストレングス』……」


 淡々と述べるギルに戸惑いつつも、マリンカは魔法を用いて紬を抱きかかえる。


『エルフの姉ちゃん、出来るだけ建物の影を使って逃げてくれ。あのトカゲ野郎にバレないようにだ』


「……は、はい……分かり……ました……」


 おぼつかない足取りで、比較的に崩壊していない建物の方へと歩き始めるクラリッサさん。


『嬢ちゃんと旦那も付いて来てくれ』


「お、おう……」


 未だに狂気的な笑いを続けるシグレイドを残し、俺達は建物の影に隠れつつ、シグレイドから距離を置く。


 誰も話さない重い空気が漂う中、ギルが独り言のように呟いた。


『人間を愛した神の末路は、どうしてこうも酷いんだ……』


 ギルのその呟きに対し誰も反応を示さず、俺達の耳にはシグレイドの笑い声しか届いてこなかった。

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