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7:殴っていいか?

 気が付けば、何故か虚空に浮かんでいた。


 いくら見渡しても、広がるのは灰色の空間。


 得体の知れない世界に、俺は恐怖を感じた。


「……何処だよ……ここ……」


 何となく呟いてみるが、誰も応答しない。


 ……いや、微かに聞こえる。誰かが何かを叫ぶ声が。


『……!…………!……!』


 誰の声なのか、何を言っているのかすら分からなかったが、俺はその声の方へ向かう事にした。


 と言っても、今は謎の空間に浮かんでいるだけ。


 進み方なんて分からない為、取りあえず水中を泳ぐようにして手足を動かしてみる。


「……進んだ」


 何の問題も無く進んだ。


 どうやら、ここは無重力空間、もとい宇宙ステーションの中ような空間なのだろうか?


 まぁいい。とりあえず声が聞こえる方に行ってみよう。


 耳を頼りに無の空間を進んでいくと、段々と誰の声なのか、何を言っているのかを理解できた。


 ギル達皆が、必死に俺の名前を呼んでいるのだ。


 呼ばれているのなら、勿論それに応えなければならない。


 だが、皆の姿は全く見えない。


 どれだけ進んでも、灰色の景色しか見えてこないのだ。


「……どうすれば良いんだ……」


 すると、俺の声に呼応するかのようにして、純白に光り輝く扉と漆黒に染まる扉が現れた。


 その扉が現れると同時に、皆の声もハッキリと聞こえるようになった。


 よく知る皆の声は、光り輝く白い扉から聞こえてくる。


「……この扉を開ければ良いのか?」


 俺は皆の声が聞こえる白い扉のドアノブに手を掛けるが、一つ気になる事があった。


 黒い扉は何なのか。


 試しに近づいてみると、その扉からも誰かの声が聞こえてきた。


 俺は黒い扉の前に来ると、ぼんやりとだが、その言葉を認識する事が出来た。


『……君は、――だね……だけど、ごめんね……私は――だから、君を―――――……だから、私――――……』


 聞き覚えの無い女性の声。


 そして、ハッキリとは聞こえない謎の言葉。


 その2つの疑問が俺の頭に生まれ、もしかしたら、この扉の先に答えがあるのではないか、そう思ってしまった。


「……少し覗く位なら良いよ、な?」


 他の誰かに許可を求める訳でも無く、ただの自己満足で自分に問いかける。


 俺は黒い扉のドアノブに手を掛けた。


「……ッ!?」


 ドアノブに手を掛けた瞬間、頭の中に忘れかけていた嫌な記憶が膨大に流れ込んでくる。


 その殆どが会社の事だ。


 上司のパワハラ、同僚の笑い声、親友の死。


 それらの記憶が鮮明に蘇ってきた。


「……あ……あああああああああ!!!」


 吐き気すら覚えるその感覚に、俺はすかさずドアノブから手を離す。


「……はぁ……はぁ……何なんだよ……!?」


 もう一度黒い扉を見ると、何となく、禍々しい雰囲気を醸し出しているように見えた。


 まるで、そこに入ってしまえば全てが終わってしまうかのように。


『早く逃げて。手遅れになる前に……』


 また知らない声が聞こえてくる。


「……ッ!」


 その言葉を聞いた俺は、咄嗟に白い扉を勢いよく開けた。


 眩しい光が、俺の体全体を包み込む。


『……君が、幸せな生活を送れるように、祈ってるから……』


「あ、あなたは、一体……?」


『……私は……』


 その答えを聞くことなく、俺の意識は何処かに飛んでしまった。







「……う……うぅ……」


 背中にあるフカフカの感触。


 見たことの無い天井。


 薄暗い空間。


 何処かは分からないが、ベッドか何かに寝かせられているのは分かった。


 脳に響くような頭痛を抑えながら、俺は体を起こす。


「翔也さん!」


 声がした方へ向くと、紬が俺に向かって横から抱き着いてきた。


「え?ど、どうしたの急に?」


「良かったです……!本当に……!」


「……?」


 紬の言っている事が理解出来ないまま一頻り抱きしめられた後、彼女が顔を合わせてくる。


「……ッ!?どうしたんだ!?紬!?」


 思わず驚愕してしまう。


 薄暗くても分かるほど、彼女の目が酷く充血している事に。


「……?……なんでしょうか?」


「その目、目!凄い充血してるけど!?」


「あ……だ、大丈夫です。気にしないでください」


 紬は笑って大丈夫と言うが、どう考えても大丈夫じゃない。


『お、旦那。目が覚めたのか』


 聞こえてきたのはギルの声だ。


 だが、いつもと聞こえる場所が違う。


 いつもなら、姿を現していない時は頭に響き、姿を現しているなら真後ろから聞こえるはずなのに。


 聞こえてきたのは、俺から見て右方向。紬が抱き着いてきた方向だ。


 紬の後ろ側を見ると、そこには俺が寝ていたベッドと同様の物があり、そこにはマリンカ、メアナ、クラリッサさんが仰向けで眠っていた。


 そして、その一人のマリンカのお腹の辺りからギルが生えていた。


「……は!?ギル!?何でマリンカから出てきてるの!?」


 おかしい。ギルは俺に憑りついていたハズ。


 俺が眠っている間に何が起こったんだ。


『……そこの元神に殺されかけたんだよ』


「し、仕方ないじゃないですか!翔也さんの事で頭がいっぱいだったんですよ!」


 半眼を作るギルに、必死になる紬。


 そして何だ?殺されかけただとか、俺の事で頭がいっぱいだったって。


 それに、俺は何処にいるのか。


 とりあえず、2人に色々と説明してもらわないと理解が追いつかない。


「……あのさ。俺が寝ている間に何が起きたのか教えてくれない?何がなんだかサッパリなんだ」


「あ、そうでしたね。それでは、最初から説明します」


『そうだな。まずは旦那がぶっ倒れた所からか?』


「あ……そうか。俺、確か闘技場で……」


 ギルの言葉で思い出す。


 ハフラルクの魔法の矢に囲まれ、そのピンチから脱する為に使った必殺技。


 ギルの【目からビーム】は想像以上の威力を見せつけた。


 それに直撃したハフラルクは血だらけに……って。


「そう言えばアイツは!?ハフラルクは!?」


 アレだけの出血だ。


 無事では済まないだろう。


『あぁ、アイツならほら。丁度そこのベッドにいるぞ』


 ギルが示したのは、俺とは真正面にあるベッド。


 そこには、所々に包帯を巻いたハフラルクの姿があった。


 ベッドに横になり、静かな寝息をたてていた。


「良かった……無事だったんだな」


 生きているという事実に、俺は安心した。


「はい。翔也さんが眠っている間、一度目を覚ましたんですよ。今は夜なので寝ていますが」


「夜?」


 マジか。俺は夜まで寝ていたのか。


 確か、ハフラルクと決闘したのが朝だったから、大体12時間以上寝てたって事か。


 結構寝てしまったな。


『あぁ、旦那が倒れた次の日の夜な』


 ギルは補足するように何気なく言った。


「……は?」


 次の日の夜……だと……!?


 じゃあ俺は、24時間以上……眠っていたって事か……?


『旦那が眠っている間、元神の姉ちゃんは一睡もせずに、ずっと看病してくれてたんだぜ。いやー、旦那も隅に置けないなぁ!』


 ギルは俺を煽るように言ってくるが、その言葉を聞いた俺は衝撃を受けた。


 そして、俺は紬の目の充血の意味が分かった。


 紬は長い時間、眠らずに俺を待ってくれていたのだ。


「い、一睡もしてないって……!?」


「あはは……」


 紬は笑って誤魔化しているが、それすらも体力的にツライだろう。


 何で、何で俺なんかの為に。


「紬……もう俺は大丈夫だから、ゆっくり休んでくれ」


「ですが……」


「頼む。紬が苦しむ姿は見たくない。お願いだ。休んでくれ……」


 俺は何とか紬が休んでくれることを頼んだ。


「……分かりました。では、お言葉に甘えさせて頂き……ます……ね……」


 紬は静かにそう言うと、俺に抱き着いたまま目を閉じてしまった。


「……ありがとう。紬。俺なんかの為に」


 俺は紬に感謝の気持ちを伝えるが、既に紬からは寝息が聞こえ始めた為、もっと早く言っておけば良かったと後悔した。


 俺は紬の手を俺から外し、ベッドに寝かせた。


『元神の姉ちゃんの旦那への愛は凄まじいな。告白とかはされたのか?』


 ギルのいきなりすぎる質問に俺は少したじろいだが、すぐに返事をする。


「……されたよ。会ったその日に」


『へー。で、返事は?』


「……結果的に振った感じだな」


 あの時は異世界に来て色々とパニックになっていたからな。


『ま、会ったその日に告白されたんじゃ、そりゃ振るだろうな。俺だったら裏があると考えるぜ』


 まぁ、日本にいた時なら俺もそう思っていただろう。


『それじゃあ、今はどうだ?』


「今……?」


『あぁ、今告白されたらどう返事するって話だよ』


 異世界に来て2日目の朝。


 マリンカと共に紬に出会った。


 いきなり告白された時は訳が分からずに、結果的に振ったような感じになったが、今ならばその時の答えを導き出せるだろう。


 紬は俺の事を大切に思ってくれている。


 それを知った今、俺は紬の告白に対し「はい」と答えるだろう。


 紬の事『だけ』を考えれば。


 問題は俺の方である。


 仕事は上手く出来ない。力は無い。魔力も無い。自分の事しか考えない……


 他にも挙げれば切りが無いが、それほどまでに、俺は何も出来ないのである。


 誇れるとすれば、邪神が憑りつける程の大量の負の感情を持っている事くらいだ。


 そんな俺が紬のパートナーになったとしよう。絶対に彼女を幸せになんて出来ない。むしろ失望させてしまうだろう。


 その事を踏まえれば、俺は紬の告白に対し「いいえ」と答える。


 他の人から見れば、その俺の答えこそ自分勝手で、自分の事しか考えてないと言われると思う。


 だが、この答えだけは絶対に変わらない。


 俺が、彼女と釣り合うような人間になるまでは……


「きっと、断ると思う……」


『へー。そりゃまた何で?』


「……もし交際したとしても、俺の力じゃ紬を幸せにする事は出来ないからね……」


『…………』


 俺の話でギルとの空気は重くなり、無言の空間が形成される。


 だが、その空間を破壊したのはギルだった。


『……旦那……』


「……何?」


 ギルは間をたっぷりと開けると、遂に話した。


『殴っていいか?』


「何で!?」


 いきなり暴力宣言!?


 俺が困惑していると、ギルは溜息を吐きながら言った。


『旦那を見てると、元神の時……簡単に言うと人間だった頃の俺を思い出すぜ』


「……人間だった頃?」


『あぁ、俺が人間だった頃、恋人がいた事は話したよな?』


「えーと……お互いに打ち解けてー……って話か」


 そして、ギルが邪神になったキッカケでもある話だ。


『あぁ、そうだ。それで、俺とその恋人が交際する前……お互いの気持ちを伝えあう前の話だ。俺が想い人に想いを伝える時、俺も考えちまったんだ……俺なんかが彼女を幸せに出来るのか……彼女に相応しいのか……ってな』


 ギルは身振り手振りを加えながら続けた。


『その時、彼女はこう言ったんだ。「君が居てくれるだけで幸せだよ」ってな』


「…………」


『まぁ、結論から言うとだな。旦那が何か抱え込む事は無い。元神の姉ちゃんからしたら、旦那と一緒に笑い合えれば、それで幸せって事だな』


 一緒に笑い合えれば幸せ……か。


『だからと言って、軽い気持ちで元神の姉ちゃんの好意を受け取るのは間違いだ。俺の意見を聞いた上で、旦那の中で答えを出してくれ』


「……分かった」


 紬は告白の答えを今も待ってくれている。


 俺の中で答えを探し出さなければ。


『さてと……そろそろ旦那の恋愛事情についてはいいだろう。今度は旦那が倒れた後、何があったかを説明しよう』


「あぁ、よろしく頼む」


 それから、俺が意識を失って倒れた後の事をギルから詳しく教えてもらった。


 俺が倒れた直後、皆が駆け寄り、紬がこの場所、医務室に運んだ。


 紬は神力を使って俺を回復させ、そのまま力尽きて眠ったらしい。


 そしてギルがマリンカに憑りついている理由、それは、紬が俺に神力を注ぎこんだ為。


 紬の神力が俺に憑りついているギルにも流れ込み、当然邪神であるギルはダメージを受ける。


 紬を止めようとギルは試みたが、全く聞く耳を持たず、仕方なくマリンカに乗り移った。


 ちなみに何故マリンカかと言うと、決闘前夜にマリンカの過去をギルに話したから。


 マリンカの悲しい過去からギルはマリンカには負の感情が多いと確信し、マリンカに急遽憑り付き先を変更したそうだ。


『いやー、あの時は本気で焦ったなぁ。死ぬかと思ったぜ。俺を受け入れてくれた、嬢ちゃんには感謝しかないな』


 あっはっは!とギルは笑いながら言った。


 そこで、俺は一つ疑問が浮かんだ。


「なぁ、一つ聞いていいか?」


『良いけど、何だ?』


「ギルがマリンカに憑りついた時、マリンカは大丈夫だったのか?」


 この邪神が俺に初めて憑りついた時、俺は物凄い吐き気に襲われたのだ。


 もしかしてマリンカも同じ苦痛を味わってしまったのではないか?そう思ってしまった。


『……いや、旦那と同じ反応だったよ。相当辛そうにしていた。だから……その、本当にすまない……」


 ギルは一つしかない白黒目を起用に動かし、申し訳なさそうな顔をした。


「いや、俺じゃなくてマリンカに言えよ……」


『既に嬢ちゃんには謝罪した。その場と、事態が落ち着いた後にもう一回な』


 そうなのか。


 それでマリンカに許してもらえればそれで良いんじゃないだろうか。


 もしマリンカが嫌なら、すぐに俺の体にギルを戻そう。


『嬢ちゃんは許してくれたよ。何の嫌味も言わずにな』


「……だろうな」


 マリンカはとても優しい。


 彼女が嫌味を言うなんて想像出来無い。


『あ、俺の話はまだ終わってないぞ。嬢ちゃんに乗り移った後……簡単に言うと旦那が眠ってから2日目ってところだな。つまりは今日の出来事だ。次はそれを話そう』


「分かった」


『ま、出来事って言っても大きい事は無かったからな。楽に聞いてくれ』


 ギルのその言葉に、俺は少し安心した。

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