1:邪神
また時間が空いてしまった……
宿屋に戻り、泊まっている部屋の扉を開ける。
「あ、おかえりなさいです~」
「おかえりー」
「おかえりなさい」
どうやらギルドに行っている間に皆起きたようだ。
もうすでに着替え終わっていて、メアナとクラリッサさんは書置きに使った手帳とボールペンに夢中になっていた。
「ツムギに聞いたけど、これ凄いね!こんなペン見たことないし、この紙だって綺麗すぎる。やっぱり二人の地元は凄いね!ちょっと書いてみてもいい?」
「いいけど……その前に、話さなきゃいけないことがある」
先程のギルドでの出来事。
マリンカが闇属性だとバレそうで、もしかしたら騎士団に報告されるかもしれないという事。
そして、バレないうちにこの町を出たいという事。
「……それはマズいね。確かに、騎士団に見つかる前にもうこの町を出た方がよさそうだ」
「ちなみに、騎士団の奴らに闇属性ってバレたらどうなるんだ……?」
「最近はどうなのかわからないけど、多分奴隷送りだろうね。地域によっては公開処刑なんかもする」
「「「「…………」」」」
なぜこんなにも闇属性の扱いが悪いのか。
しかも、公開処刑なんて。
「ほとんど闇属性ってバレることも無いから、あたしもギルドに依頼を出して探してたんだけどね。でも、最近は報酬目当てに少しでも怪しい人物を騎士団に報告する輩もいるんだ」
それがさっき酒場にいた二人か。
「もう騎士団に報告に行かれたとすると、もうこの町を出ないと間に合わないかも」
「……ごめんなさい……私のせいで……」
「大丈夫だよ。マリンカちゃんのせいじゃないよ」
また、マリンカが悲しい顔をする。
本当に、なぜ、マリンカが苦しまなくてはいけないんだ?
「あぁ、マリンカは何も悪くない。大丈夫だ」
なんとかマリンカの気持ちを落ち着けた後、この町を出る準備をする。
コンビニ弁当が無くなった分、少しかバッグが軽い。
皆の準備も終わったことを確認し、部屋を出て、宿屋の店主に挨拶をする。
「世話になったな。機会があればまた来よう」
「おう!兄ちゃんもメアナの事よろしくな!」
宿屋の店主と別れ、メアナの案内で次の町へと続く道へとたどり着く。
少しだけ舗装された道は、森の奥へと続いていた。ゴールが全然見えない。
「ここを真っ直ぐ進んでいけば隣町へ行ける。どのくらい時間がかかるかわかんないけど、寝る時は交代交替に見張ればいいし、あたしのギガントゴーレムを呼べばいい。あと、森の中だから、盗賊とかに会うかもしれないから気を付けてね。ま、会っても返り討ちにするけど」
フラグにしか聞こえない。絶対盗賊出てくるだろ。
そう不安を抱きつつ、森の中の道を進む。
「!!!皆!止まって!!」
しばらく進んでいると、いきなり紬が声を上げた。
え?なに?
「……何かあります」
そう言って、地面に転がっていた小石を前方に放り投げ出した。
地面に小石がぶつかった瞬間、黄色い魔法陣がビリビリと音を立てながら浮かび上がった。
それと同時に、森の中から、数名の男たちが現れる。
「ほう、俺様の魔法陣を見破るとはな。アンタ、中々やるな」
気味の悪い笑顔をしながら男達の一人がそう答える。
なんとなくだけど、いや、どう考えても盗賊だ
「だが、お前達は結構ヤバい状況だぜ?おい、そこのお前。命だけは助けてやるから、金目の物とそこの女共。全て置いていけ」
命だけは助けるねぇ……絶対助けないだろうなぁ
ここで俺が盗賊を一網打尽にするのが異世界物のお決まりなんだろうけど、残念ながら紬達のほうが強い。
その証拠に、紬は剣を手に盗賊を斬り、マリンカはシャドウバインドで敵を拘束。メアナは魔法で岩とか泥を盗賊にぶつけまくっていた。
とてもかなう敵じゃないと判断したのか、後方に控えていた盗賊の二人が逃げ出した。
「ヒッ!?殺される!?に、逃げろ!!」
「待て!逃げんな!!」
紬とメアナが追いかける。
が、その時。突如木の陰から現れた、真っ黒い影の塊ようなものが盗賊の一人に突っ込んでいった。そして、そのまま盗賊の体中に入っていった。いや、憑りついたというべきか。
「ガハッ!?」
影の塊に憑りつかれた盗賊は苦しみだし、地面に倒れた。一緒に逃げていたもう一人の盗賊は、小さな悲鳴を上げて森の奥に逃げていった。
「すごいな……」
「はい……」
特に何も出来なかった俺とクラリッサさんは完全に見ているだけだった。
盗賊との戦闘から戻ってきた紬とメアナは余裕といった表情だった。マリンカは少し疲れていた。
「一人逃がしちゃいましたけど、無事撃退できましたね!」
「……良かった……」
「うん、そうだねー!そうだ、クラリッサ!逃げた盗賊を一人倒してくれてありがとね!ナイスアシスト!」
メアナがグッドサインを作り、クラリッサさんに向ける。という事は、あの影の塊はクラリッサさんがやったのか。何もしなかったのは俺だけか。そう思っていたが、クラリッサさんは困惑した顔だった。
「あの……私じゃないですよ?」
え?とメアナの口から出る。口には出していないが、俺も、え?と思ってしまった。
「えーと……もしかしてショウヤ?」
「いや、違うぞ」
「だよね。光属性にあんな魔法無かったはずだしね……マリンカがやってくれたの?」
マリンカも違うと否定する。メアナが紬にも聞いたが、紬も否定した。
「じゃあ、あの影みたいなのは何だったんだ……?」
皆が困惑していると、倒れた盗賊の方から、脳に響くような低い声が聞こえてきた。
『クソ……こイつもダメかァ』
倒れた盗賊の方に目を向けると、盗賊の体内からまるで幽体離脱をするみたいに影の塊が出てきた。
次の瞬間、物凄いスピードで影の塊が俺の方に突撃してきた。
「翔也さん!逃げて!」
紬が剣で影の塊を斬ったが、剣は影の塊をすり抜けてしまった。
「!?」
あまりの速さに避ける事が出来ず、体当たりを受けてしまった。いや、体当たりをして、そのまま俺の体に入っていった。
だが、痛みは無い。何が起こっているのかと疑問に思っていると、急に吐き気がしてきた。
「うっ……ごめん。ちょっと……ヤバ……」
「大丈夫ですか!?翔也さん!?」
紬が俺に駆け寄り、背中をさすってくれる。あぁ、ちょっと楽になってきた。
しばらくさすってもらうと、だいぶ楽になり、吐き気は完全に無くなった。
「具合はどうですか?落ち着きましたか?」
「あぁ、だいぶ楽になった。大丈夫だ。ありがとう、紬」
紬に礼を言い、体の状態を確かめる。目で見て取れる外傷はない。
「本当に大丈夫なの?今、ショウヤの体にさっきの影が入っていたよね?」
「大丈夫だと思う。特に痛みも無いし、ケガも無いみたいだし……ん?」
突然、背中に違和感がしてきた。何が起こっている?
『ワるイな、兄チゃン。いキなリ憑りツいタりシて』
「ッ!?誰だ!?」
背中の違和感は大きくなっていき、消えた。何なんだ?そう思っていると、皆の表情が驚愕の顔になっていく。
皆の視線の先――――俺の真上を見る。
そこには、巨大な人型の、純黒の影があった。
『あア~っト、チャンと喋ルのハ久シぶりダな…………あ、あー。よし、戻ってきた』
一人で喋る人型の影は、見た目は巨大な棒人間で、上半身だけしかない。下半身へとつながる部分を見たところ、上半身は俺の背中から生えているようだった。
そして、頭部と思われる部分を見ると、巨大な白黒目が一つ付いているだけだった。
『急に驚かせて悪い。先に言っとくが、兄ちゃんの体に異常はないぞ』
状況が理解できない。
何だコイツ?なぜ俺の体から出てきている?もしかして、さっきの影の塊がコイツなのか?
『憑かせてもらってるのに兄ちゃんは無礼すぎたか、改めよう。えっと……旦那?』
旦那?え、何。どういう事。
『旦那。自己紹介が遅れた。俺の名前はギル。邪神だ。何か危害を加えるつもりは無い』
いや、邪神ですって言われてもわからないから。
混乱していて気付かなかったが、紬がギルに剣を向けていた。
「……邪神ですか……ギルさんと別で話したいことがあるのですが、よろしいですか?」
『俺は大丈夫だ。旦那、いいか?』
「え?あ、うん」
混乱しているマリンカ達に少し待ってもらい、俺と紬、そして俺の背中にいるギルと森の奥に行く。
皆と距離が離れたところで、紬が話し始める。
「何で邪神が翔也さんに憑りつくんですか?もしかして、翔也さんの『負の感情』が多いからですか?」
『ショウヤ?あぁ、旦那の名か。そうだ。アンタの言う通りだ。旦那の負の感情の量が多いから憑りついている。……それにしても、邪神について知っているとは、アンタ、神界の奴か?』
「今は違います。神界を追い出されたので」
『なるほど。元神か』
話についていけない。完全に空気だった。
「あなたは本当に翔也さんに危害を加えないのですか?」
『あぁ、本当だ。俺は神界の神と争ってる邪神達とは違う』
「……えっと、ごめん紬。どういう状況なんだ?」
話に割って入って申し訳ないが、その邪神という存在に憑りつかれている俺からしたら、いち早く今の状況を知っておきたい。
「すみません、勝手に話を進めてしまって…………そうですね。まず、私が翔也さんをこの世界に勝手に転移させたことはお話ししましたよね?」
「あぁ。俺をこの世界に飛ばしたのがバレて、紬は神界という場所から追放されたんだよな?」
「はい。そうです。私は神界から追い出されてしまいましたが、僅かに神力が残っているんですよね。本当に僅かですけど。それで、その神力を悪用すると、今、翔也さんに憑りついている邪神のようになってしまうんです」
簡単に言うと、悪さをしたら追い出されて、また悪さをすると邪神になるという事か。
というと、俺の背中にいるギルは相当な悪なのか。
「なんで、そんな奴が俺に憑りつくんだ?」
「邪神に堕とされた神は自力で存在を保つことが難しくなり、存在を保つために負の感情を必要とします。例えば、あの人嫌い~だとか、もう働きなくない~とかですね。つまり、翔也さんの会社勤めの記憶がこの邪神に必要だったという事です」
『そういうことだ。俺が生きていくために、旦那は必要なんだ。邪神の俺には、人間による物理攻撃や魔術が効かない。だから、旦那の護衛として働く。頼む!このまま憑りついててもいいよな!?』
急展開すぎて頭がまだ混乱しているが、俺の社畜経験が他の人?いや、邪神の為になるならいいかな。雰囲気からして、危害を加えそうな様子は無い。
というか、物理攻撃も魔術も効かないだと?最強の護衛じゃないか。ここにきてついにチート能力(?)ゲットなんじゃないか!?
「まぁ、危害を加えないならいいよ。俺の事守ってくれるんだよね?あと、他の皆の事も守ってほしいんだけど」
他の皆の事も護衛することを条件に、俺にギルが憑りつくことを許可した。
『お安い御用だ!ありがとな!旦那!』
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください翔也さん!確かに、翔也さんの身の安全が保たれるのはいいことだと思いますけど、邪神ですよ!?相当な悪さをしないと邪神になんかなれません!ギルさんがどんな悪い邪神かわからないんですよ!?大体、ギルさん!あなた、どんなことをして邪神になんか堕とされたんですか!?」
『教えねぇよ。恥ずかしい』
「ダメです!教えてもらわないと、翔也さんが憑りつくことを許可しても、私が許可できません!!」
何か紬が俺の保護者みたいになっている……
「俺からも頼む。多分、このままだと紬は納得しないと思うから」
『旦那が言うなら仕方ない…………少し長くなるぞ』
それから、ギルが邪神になった理由を聞かされた。
まとめると、ギルは神界で仕事をサボっているところを上の階級の神に見つかり、神界を追い出された。途方に暮れていたところに手を差し伸べてくれた一人の少女がいた。
その少女と共に過ごすうちに、互いに打ち解け合い、恋人になったそうだ。毎日が楽しかったが、ある日、盗賊による村の襲撃が起こった。
村は崩壊。女子供は連れていかれ、男達は皆殺しにされた。
そして、最愛の恋人も連れ去られてしまった。
怒りと絶望で狂気に満ちたギルは、残った神力で村や村人達、最愛の恋人を蘇らせ、村を襲った盗賊たちを皆殺しにした。
そのために神力を使いすぎたため、神界の神に行いがバレた。
そして、世界の理を捻じ曲げたギルは、邪神に堕とされた。
……という感じだ。
なんか、思ったよりも深い話だった……
『……これが全てだ。嘘は吐いていない』
「……まぁ、嘘を吐いている感じは見られませんね……。わかりました。翔也さんに憑くことを許可します」
『本当か!?』
「はい。ただし、護衛の条件はしっかり守ってくださいね」
やったー!と子供のようにはしゃぐギル。その光景を見て、俺と紬は苦笑した。
これで新たに仲間が増えた。
しかも、どんな攻撃も効かない(らしい)最強の護り手。
ここにきて、ようやく俺はチート主人公にランクアップしたようだ。