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6:クラリッサ

追記:少し改稿しました。メインストーリーに影響はありません。

 森を抜けて町を駆ける。


 もう空は真っ暗なので、町は静かだった。


 ギルドの酒場の方は騒がしかったが。


 俺達は、特に問題も無く宿に着く。


 良かった。まだ明かりが付いてる。


 早速宿屋の店主の元へ向かう。


「おかえり!兄ちゃん達!」


「ただいま。一人追加で泊まっても大丈夫ですか?」


「大丈夫だぞ。銅貨十枚だ」


 支払いを済ませて部屋に向かう。


 あ、そういえば。


「一つ頼みたい事があるんですが」


「なんだ?」


「ここにこちらの女性が来た事は内緒にしててくれませんか?」


「別に構わないが、どうしたんだ?誰かに追われてるのか?」


「そんなところです」


 これで騎士団の奴等が町まで探しに来ても大丈夫だ。


 森から宿に来るまで、俺達の姿を確認したのは宿屋の店主だけだろう。


 泊まっている部屋の扉を開け、4人でベッドに座り休憩する。


 ここまで走りっぱなしだ。流石に疲れる。


「いやー、疲れた疲れた。こんなに動いたのは久しぶりだよ」


「私も疲れました~」


「……疲れた……」


 メアナがベッドにダイブする。


 続くように、マリンカと紬もベッドに座った。


 だが、エルフの女性は部屋の出入り口付近で立ったままだった。


「あ、あの……助けていただき、本当にありがとうございました……!」


 90度に腰を曲げ、勢い良く頭を下げ始めた。


 何処かで見た覚えがある体勢。


 ……あ。


 俺が会社に居た時によくしていた体勢と全く同じだ。


 完璧な体勢。


 主に部長に対して使う。


「えーと……当然の事をしたまでですよ」


 重い空気を払拭するべく、冗談っぽく格好つけてみる。


 自分は特にやって無いが。


「そうそう、気にしなくて良いって!あたし達は勝手に助けただけだからね。それよりも、どうしてこんな事に?」


「……私が住んでいたエルフ族の村に、いきなり人間族の人達が襲ってきたんです。真っ先に村の戦士様や魔法使い様の方々が倒され、女性と子供は捕まり、男性の方々は皆殺されました……。それから、奴隷オークションに私はかけられ、1人の貴族の人に買われました。そして、取引の時に皆様に助けていただきました……」


 ……この世界は過酷すぎる。


 生まれつきの属性を差別されたり、村を襲われ、虐殺されたり、奴隷にされたり……


 元の世界にも差別や奴隷はあったのだが、いざ目の当たりにすると恐ろしい。


「……村には戻れるんですか?」


「恐らく無理でしょう……もし戻れたとしても、誰も残ってません……」


 4人で顔を見合わせる。


 言わなくても分かるか。


 お互いに頷きあう。


「もし良かったら、自分達のパーティに入りませんか?まだまだ駆け出しですが、お役に立てると思います」


「……よろしいのですか?」


「はい。そちらが大丈夫なら」


「……あ、ありがとう……ございます……!」


 エルフの女性は膝から崩れ落ち、泣き出してしまった。


 何かマズかったか?


 いや、嬉し泣きと思って良いのだろうか?


「あ、あの、大丈夫ですか?」


「はい……すみません……色々とご迷惑をお掛けして……」


 エルフの女性は涙を拭いながら言った。


 本人が大丈夫と言うなら大丈夫か。


 とりあえず自己紹介をしよう。


 これからパーティメンバーになるわけだし。


「俺は黒沢翔也です。黒沢が姓で翔也が名です。先に言っておきますが貴族じゃないです」


「……マリンカです……」


「篠塚紬です~。篠塚が姓で紬が名です。あ、私も貴族じゃありません」


「あたしはメアナ!よろしくね!」


「クラリッサです。よろしくお願いします……」


 お互いの自己紹介が終わったところで『グゥ~』っと音が鳴る。


 クラリッサさんが顔を赤くしていた。


「すみません……お気になさらないでください……」


「あー、そういえば夕食がまだだった……いえ、こちらもまだだったので大丈夫ですよ」


 色々と起こりすぎて忘れる所だった。


 バッグから唐揚げ弁当と先割れスプーンを取り出す。


 良かった。ちょうど五人分あった。これで賞味期限の心配をしなくて良くなるな。


 バッグのスペースも空いたし。


 俺が皆に唐揚げ弁当を手渡すと、唐揚げ弁当を初めて見たであろうメアナとクラリッサさんは興味津々だった。


「何それ?見た事無い容器に見た事無い料理だね。もしかして、ショウヤとツムギの村の郷土料理?」


「いや、違うぞ……」


 コンビニ弁当が郷土料理って……


「え~と、これはですね~……」


 紬がコンビニ弁当の説明をし始めた。


 助かる。俺は料理なんて詳しくない。


 頼りになる神様だ。


 いや、元神様か。


「……という料理です!とっても美味しいですよ!」


「ほえー。『オコメ』なんて初めて聞いたよ」


「……『オコメ』ですか……。似たような作物を東の国で栽培していると聞いたことがあります……」


 へー、この世界にもあるのか、米。


 コンビニ弁当はもう無いので、この世界でも米を食べれる機会があるのはありがたい。


 やっぱり米が一番だ。


 それと、前から少し話に出て来た『東の国』。


 名字と名前が逆という所とか、米を育てているという所とか、日本に似ているな。


 島国だったりして。


「それじゃあ早速頂きましょう!」


 俺と紬、そして、既に唐揚げ弁当を体験しているマリンカは弁当を食べ始めた。


 メアナとクラリッサさんは恐る恐る唐揚げ弁当を口にする。


 口にした瞬間、2人のテンションが上がっていた。


 口に合って良かったー……


 それから、皆で色んな話をしていった。


 ほとんどが俺と紬に対する村への質問だったが、村の決まりで言えないと適当に返しておいた。


 だけど、とても楽しい時間だった。







 夕食を食べ終わると、何故か風呂に入りたくなる。


 こんなに運動したのも久しぶりだからな。


 メアナに聞いてみるか。


「この宿には風呂とか大浴場みたいなのってある?」


「いや、無いよー。でも、近くに銭湯がある。まだ開いてると思うよ」


 銭湯か。


 懐かしいな……


 母親の実家に行った時、風呂が壊れていたから銭湯に行っていたな。


「そうか。汗もかいてるし、銭湯に行こうと思うんだけど……」


「……分かった……」


「良いですね!行きましょう!」


「りょーかーい!早速準備しよう!」


 マリンカ、紬、メアナは着替え等を準備しだす。


 だが、またしてもクラリッサさんは棒立ちしていた。


「……どうかされましたか?」


「……あ、あの、私は……」


 あ、そうか。


 よくよく考えたら、何も持たずに来たから着替えなんてあるわけ無いのか。


 困ったな。


 とりあえず、紬に視線で助けを求める。


「あ、着替えなら私の物を使ってください」


 紬は俺の視線に気付いたらしく、バッグから新たに服を取り出した。


 本当に頼りになる。


 これが苦しい時の神頼みか。


 いや、元神か。


 そんな事を考えながら、皆が準備をしている間に俺も準備をする。


 俺の準備が終わったと同時に、皆も準備が終わったようだ。


「じゃ、早速行くか……」


 宿から出て、メアナの先導で銭湯に向かう。


 クラリッサさんには俺の持っていたコートを被ってもらった。


 もしかしたら騎士団の仲間が居るかもしれないし、他の人にエルフとバレるのもマズい。


 そこから騎士団にクラリッサさんの情報が洩れる可能性もある。


 そんな風に考えていると、銭湯に着いた。


 宿と銭湯はそれほど距離は無いようだ。


 建物の中に入り、受付を済ませる。


 その後に、メアナと番台の女性が世間話をしていた。


 やっぱりここでも人気者か。


「よし、受付も済ませたし、サッパリしてくるか」


「はい!楽しみです~!」


 紬は妙にワクワクしていた。


 神様って風呂とか入るものなのだろうか?


 いや、必要ないのか?


 暖簾の方に足を向けると、妙な事に気が付く。


 読めない文字が書かれている青の暖簾と赤の暖簾があった。


 おそらく、男湯、女湯と分けられているのだろう。


 それは別に問題無い。


 だが、それよりも、間にある紫の暖簾に疑問が生じた。


「これは誰専用だ……?」


「あー、それ混浴だよ」


「……!?」


 ……混……浴……だと……?


 初めて見た……混浴……


 実在していたのか……混浴……


「何?もしかしてショウヤ、あたし達と混浴に入りたいの?」


「え、え!?い、いや、違う!そういう意味で聞いたわけじゃない!」


 変な事言わないでくれメアナ。


 変に意識してしまう……!


 だが、メアナは続けて面白がるように俺を煽る。


「なになにー?なんで赤くなってるのかなー?」


 ……マジ?俺の顔赤くなってんの?


 恥ずかしすぎる……!


 見ると、マリンカとクラリッサさんは困った顔をしていた。


 俺が一番困っているんだが。


 その時、紬が真顔で一言放った。


「私は混浴でも構いませんよ」


「「「「え!?」」」」


 紬が意味不明な事を言いだした。


 皆紬の発言に驚き、一斉に紬の方を向く。


 俺の事を揶揄っていたメアナもだ。


 ……何を言っているんだ元神様は。


「他の男性の方が居たら嫌ですけど……翔也さんには見られても構いません。いや、むしろ望むところです!」


「「「「え!?」」」」


 もっと意味不明な事を言いだした。


 理解が追いつかない。


 俺に何を望んでいるんだ……


「……冗談はこれくらいにして、早速入ろう!」


「そ、そうだな……」


 微妙な空気から脱するべく、素直にメアナの指示に従う。


「じゃ、また後で」


「また後でねー!」


 女性陣と別れ、俺は男湯に向かう。


 別れ際に、紬の「本気だったんですけど……」という声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。


 紬が良くても俺がダメなんだ。


 心の準備が出来ていない。


 気を取り直して、青色の暖簾の先へ行くと、少し広いスペースに棚と脱衣カゴが置かれているだけの空間があった。


 当たり前だが、ドライヤーは勿論、鏡すら無かった。


 そして、人が1人も見当たらない。


 脱衣カゴも全て空だった。


 誰も居ない?


 この時間帯は誰も使わないのか、そもそも銭湯自体が頻繁に利用されないのか。


 そんな事はどうでもいいか。

 

 服を脱いで脱衣カゴに入れ、タオルを持って風呂場に向かう。


 風呂場への扉を開けた瞬間に、大量の湯気が視界を覆った。


 あー……この感覚懐かしいなぁ……


 久しぶりの感覚を楽しみつつ、洗い場へ向かう。


 そこで気づく。


 壁際に小さな青色の魔法陣が空中に、しかも大量にある事に。


「なんだコレ……?」


 気になったので、1つの魔法陣に近づいてみる。


 すると、魔法時からいきなり水が出てきた。


「うぉッ!?」


 驚きの余り、つい大声を出してしまう。


 人が居なくて良かった。


 どうやら、魔法陣はシャワーのような物らしい。


 恐る恐る、魔法陣から流れ出る水に触ってみる。


 ……温かい。お湯だ。


「魔法陣便利すぎるだろ……」


 魔法陣で捕獲トラップや、シャワーまで作れるのか。


 凄いな、魔法。


 魔法陣への興味は尽きないが、さっさと体を洗う。


 とはいっても、魔法陣シャワーで体を洗い流すだけだ。


 周りを見たところ、石鹸やシャンプーのようなものは見当たらない。


 この世界では石鹸やシャンプーは貴重な品なのか、それとも存在すらしないのか。


 もしくは、魔法で出すのか。


 後で皆に聞いてみよう。


 体を洗い終わり、俺は湯船に浸かる。


「あー……」


 久しぶりの風呂はとても最高だった。


 今までの疲れが全て吹っ飛んでいく感じだ。


 社畜生活を送っていた時は、毎回シャワーだった。


 その所為もあるのか、湯船に浸かるのが本当に気持ち良かった。


 ヤバい……このまま寝ちゃいそうだ。


 今日は色々とあって疲れたからな……


 新しい町に来て、初めてのクエストを受けて、メアナと出会って、魔物と戦って、クラリッサさんを救出して、宿まで走って……


 ……1日で色々起こりすぎだろ……


 でもまぁ、これが異世界ってものなのかな。


 まだ異世界に来て数日しか経っていないが、この世界の事は理解してきた。


 魔法が存在する。盗賊も存在する。魔物も、奴隷も、差別も、悪人も。


 魔法や魔物以外は元の世界にも存在したであろう。


 だが、日本とは日常も生活も文化も違う。


 果たして、ただの社畜だった俺は生き残れるのだろうか?


 いや、会社とは違い、今は仲間が複数いる。


 マリンカ、紬、メアナ、クラリッサさん。


 これからはこの世界で生きていくのだ。


「よろしく……異世界生活」


 誰も居ない浴場の中、俺は1人呟いていた。

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