黒猫 (夢喰side)
ワタシの名前は<夢喰>という。
タマやポチという意味の名前ではなく、イヌやネコといった生物名の方だ。
といっても、ワタシに実体があるわけではないので、まぁ、特に気にしなくてもいい。
夢喰について説明しようか。
夢喰とは、字こそ「夢を喰う」と書くが、夢を食べる方は「ばく」と言って、ワタシとは違う生き物だ。
そこのところ間違えないで欲しい。
ワタシは無害だ!
ワタシたち夢喰は、夢に「住む」生き物だ。
生物の夢を転々として、生活している。
夢の中に潜り込み、ただその夢の登場人物として端の方にいるだけ。
それがワタシたちの生活だ。
夢を見ている本人<夢主>は気がつかない所謂「もぶきゃら」といったところか。
だがしかし、時々ワタシたちの存在に気づく者もいる。
そういう場合、その者が考える登場人物にワタシは変わってしまう。
そういう時、ワタシは大抵「ぺっと」と呼ばれる動物に変わる。
カメやイヌ、トリや、ヘビなんかにもなった。
たまにはゾウとかいうでかい動物にでもなってみたいものだ。
そして、今回もそのケースだった。
ワタシは少年の夢に入り込み、1匹の蛾として空を飛び、外灯の周りをうろうろしていた。
蛾になった影響で、どうしても光の方へ寄って行ってしまう。
蛾というのは面倒な生き物だ。
そんな時だった。
ワタシは急に地面に堕ち、体が大きくなり始め、ネコになってしまった。
あぁ。今回もぺっとか。面倒だ。
ワタシがぺっとになるときは、大体夢主がぺっとに対して何か助けを求めていたり、会いたいと思っていたりと様々だ。
なので、夢主の希望に沿うような行動を取らなくてはいけない。
だから、面倒なのだ。
溜息を思わずついてしまった。
「ニャア」
しまった。
少年がワタシに気づいた。
ワタシは仕方なく、猫の行動をとる。
少年にジッと見つめられ、少々不安になる。
これは猫の動きではなかっただろうか...。
ワタシはとりあえず歩き出すことにした。
少年の望んだ夢にしないと、ワタシもこの夢から出られないのだ。
夢はよく出来ている。
夢主本人は気づいていないことが多いが、自分の都合が良いように空間を捻じ曲げることが出来る。
少年はどこへ向かっているのかわからない様子だが、夢主なので、無意識の内にどこへ行きたいかはわかっているはずだ。
ワタシはとりあえず夢を進めるために歩けば良い。
前へ進めば景色が変わり、どこかに着々と近づいているのは確かなのだから。
急に少年が止まった。
学校という建物らしい。
ワタシが以前見た学校とは違うようだ。
少年が止まったということは、この中に行けば良いのだろう。
ワタシは門の隙間から体を滑り込ませて敷地内に入った。
「◯、◯◯◯◯!」
という声が聞こえ、止まって後ろを振り返る。
少年は門を飛び越えようとしていた。
少年はいったい何をしているのだろうか。
自分が入りたいと思っている門の鍵が開いていないはずがないだろう。
案の定、門は音を立てて開いた。
ワタシは軽く笑うと、少年がワタシのことを軽く睨んだ。
馬鹿な少年だ。
ワタシは校内に入るために扉の前に止まった。
これはどうやって開けるのだろうか。
少し上を見ると、ドアノブが付いているのが見えた。
どこかに猫用のボタンでもないものか。
ワタシが扉をカリカリと引っ掻いてみるが、どこにも無い。
少年は何もせず動かない。
どうやら、ワタシの勘違いだったようだ。
ここじゃないらしい。
ワタシは諦めて帰ることにした。
門へ戻ろうとすると、
「◯◯◯、◯◯◯◯。」
少年は手を合わせた後、扉を開けた。
なんだ。
やはりここではないか。
ワタシは少年の足と扉の隙間から、するりと校舎へ入った。
校舎の中は暗く、緑色のランプが付いているだけだった。
ホラーなら、向こうから何かが襲ってきそうな雰囲気ではあるが、ワタシと少年以外に主な登場人物はいないようなので、ワタシは特に気にせずまた前へ歩き始めた。
のんびりと歩いておけば、少年はいつか目的地で止まる。
少年は無意識なので、まるでワタシが先導しているように感じるだろう。
いくつか教室過ぎた頃、少年が止まった。
ここか。
私は開いているドアから教室の中に入った。
黒板にはでかでかと文字が書かれているが、ワタシには読めても理解が出来ない。
少年が席に座ったのを見て、ワタシも大きな机の上に座った。
少々疲れたので休憩しよう。
ワタシは教室を見渡しながら毛繕いを始めた。
席の数はそこまで多くない。
十数席といったところか。
教室の後ろに白い紙が貼られているが、ワタシには理解が出来ない。
「小学校合併のお知らせ」と書いてあるが、ワタシにはなんのことだかさっぱりだ。
教室内に物が少ないのと何か関係があるのだろうか。
少年が突然立ち上がった。
そのまま黒板に近づくと、少年は文字を消した。
全部消しきれてはいないが、少年は満足したようだった。
ワタシは夢を進めるべく、窓から外へ出た。
少年は少々困惑した様子だったが、少年も窓から外へ出た。
ワタシは目の前にある門から出て、また歩き始めた。
「◯◯◯◯◯◯◯◯?」
少年が何かを言った。
まだどこかに行くのかとでも聞いているのだろう。
少年の夢が覚めていないのだから、先へ行くしか無い。
ワタシは少年に何も言わず、前の進む。
暫く歩いていると、景色が突然変わった。
二人の少年が何かを話している。
ワタシには、音がぼやぼやしていて、話の内容は聞き取れなかったが、二人は肩を組んで笑っていた。
突然また景色が変わった。
先ほどの教室のようだ。
先ほど誰も居なかった席にはそれぞれ、顔がぼやけて判別出来ない人達が座っていた。
若い女が何かを言った。
少年はショックを受けたように立ち上がり、唯一顔が判別出来る肩を組んだ少年を見た。
しかし、その少年がこちらを見ることはなかった。
また景色が変わった。
辺りが先ほどよりも暗くなっている。
二人の少年が何かを話している。
少年は何かを叫ぶと、そのまま走って行ってしまった。
残された少年は、何かを言ってしゃがみこんだ。
いつの間にか手には手紙が握られていた。
渡そうとでも思っていたのだろうか。
少年は手紙をぐちゃぐちゃに丸めると、放り投げて何度も踏んづけた。
少年は声を押し殺して泣いていた。
景色が戻った。
さっきのは少年の記憶だろうか。
少年が止まった。
目の前に公園があった。
広い公園らしい。
多くの高い木が生えている。
この先なのだろう。
ワタシは公園中に入って行く。
様々な遊具が設置してあり、ワタシは少々気分が高揚した。
試しに木の板の上を歩いてみると、重力の関係だろうか。
ワタシが進むと、つられて下の板も傾く。
面白い。
その先には池があって、底に魚がいた。
ワタシは池を渡っている最中、橋をドンッと鳴らした。
魚が1匹驚いて、ぱしゃりと跳ねた。
面白い。
ワタシはそのまま階段を上がって行く。
段の幅が大きく、ワタシには少々きついが、まあ仕方がない。
階段を登りきると、開けた場所だった。
原っぱで、木が何もない。
大きな月が辺りを照らしていて、遠くにたくさんの建物が見える。
少年が座ったので、ワタシもここで時間を潰すことにする。
草が風に吹かれて不規則の動きをするのが、楽しくて仕方がない。
その草の動きにつられて虫が飛び出す。
面白い。
なんてこった。
これでは完全に猫ではないか。
しかし、欲求には抗えない。
ワタシはしばしば遊んでいた。
少し経って、少年が呟いた。
「◯◯◯◯◯◯。」
少年が何を言ったかはわからないが、ワタシにとって不都合なことだというのはわかった。
そんなことをされては困る。
ワタシも夢から出られなくなってしまう。
ワタシは打開策を探し始めた。
少年がここから動かない以上、この場所で夢を進めるしかない。
しかし、ここには何も無い。
どうしたものか、と考えていると、少年のポケットに先ほどの手紙が入っているのを見つけた。
取り残されていた少年が踏んづけていた手紙だ。
寝転がっている少年のポケットから見える手紙はあの時よりは綺麗みたいだ。
夢を進めるには、これしか無いとワタシは確信した。
ワタシは少年のポケットの隣に座った。
手紙を読めと訴える。
少年は首を振り、ワタシに背を向けた。
仕方がない。
これは使いたくなかったのだが。
ワタシは後ろ足をトンッと踏んだあと、ニャアと鳴いた。
すると、ワタシの目の前に手紙が来た。
ワタシは手紙を咥えて少年の目の前に座った。
もう一度、後ろ足をトンッとすると、封筒から手紙は取り出され、ワタシの脚の下に手紙が置かれていた。
少年は何かを呟きながら目を瞑った。
意地でも読まないつもりか。
ワタシはもう一度後ろ足をトンッと踏んだ。
この手紙の記憶を見せてやる。
少し経って、少年は静かに目を開いた。
目は涙で濡れていた。
ワタシはゆっくりと手紙の上から退いた。
少年は、体をあげて、両手で拾い上げ読んだ。
目が何度も同じ場所を行ったり来たりしている。
暫く経った後、少年の目から涙が溢れ始めた。
咽び泣き、手紙をビリビリと破いた。
散り散りになった手紙は、花吹雪の様に風に吹かれてどこかへ飛んで行った。
少年は仰向けになり、手で目を覆い、声を上げて泣いた。
なぜそこまで少年が泣いているのかはわからない。
あの手紙に何が書かれていたのかもわからない。
本当は、取り残された少年が書いた手紙の内容とは違ったかもしれない。
これは夢だ。
少年が勝手に想像した世界に過ぎない。
本当の手紙には悪口がつらつらと書かれていたかもしれない。
けれど、少年は手紙だったあれには、取り残された少年の本心が書かれていたと信じて疑っていない。
何故そこまで自分のことを、あの少年のことを信じているのだろう。
ニンゲンというのは不思議なものだ。
ワタシには到底理解ができない。
けれど、そういうところがワタシがニンゲンのことを好きな理由でもある。
少し経って、少年はぽつりと呟いた。
「◯◯◯◯、◯◯◯◯。」
少年は立ち上がった。
こちらを見下ろす。
少年は真っ赤な目を擦って、鼻をすすった。
「◯◯◯◯◯◯◯◯。」
もう一度すんすんと鼻をすすった少年はワタシから目を離さない。
何か決意を固めたということはわかった。
ワタシは夢主の役に立てたということで良いのだろうか。
空を見ると、少しだけ遠くが明るくなっている。
そろそろ夢が終わる。
ワタシは夢にしか現れることは出来ない。
けれど、応援くらいはしても良いだろう。
「頑張れ。少年。」
「◯。◯◯◯。」
ワタシの呟きは、少年が呟いた言葉に重なり、消えた。
ワタシは少年の夢から放り出され、辺りを漂っていた。
早く次の夢に移動しなければならない。
だが、少年の行方も少々気になっているのも事実だ。
少年がぼーっとベッドの上に座っている。
ワタシは少年の机に上にあの手紙があることに気づいた。
その手紙に触れると、手紙の記憶が流れ込んで来た。
あの時取り残された少年は、家に帰った後、新しく便箋を取り出して、何かを書いていた。
書き終わった後、少年に渡そうと部屋に訪れたが、少年が寝ているのを見て、手紙だけを置いて行った。
『ありがとう。トモ。』
ワタシには何を言っているのか理解は出来なかったが、あの少年は小さく笑っていた。
置いてある手紙を覗くと、差出人と受取人の文字が同じ"ともや"だった。
手紙を見終わった後、外を覗くとあの少年がいた。
少年も気づいたようだ。
窓を開けて、身を乗り出し、外に行こうとして、止まった。
何度か窓と手紙を見た後、少年が窓に手をかけた。
「おい、何をしているんだ!」
ワタシは思わず叫び、少年の足に突っ込んだ。
しかし、ワタシの実体はない。
少年はこちらをちらりと見ただけで、もちろんワタシには気づかない。
その様子にワタシは何故か慌てていた。
ワタシはもう夢から出たのだから、少年と関係はない。
けれど、夢での少年の様子を見て、そう思わずにはいられなかった。
あの時頑張ると決めたのではないのか。
諦めてしまっていいのか。
あの少年と仲直りをするのが少年の願いではなかったのか。
ワタシは色んなモノにぶつかってみた。
その時、ドア付近にあった夢の中での姿だった猫の写真が揺れた。
「◯◯、◯...」
少年は何かを呟くと、何かを思い出したようだ。
外から何かが聞こえた時、少年はまた窓から身を乗り出し、叫んだ。
少年は部屋を飛び出した。
「◯◯◯!!!」
外へ出た少年、外にいた少年。
二人の少年が同時に同じ言葉を叫ぶ。
よかった。
これで、安心して違う夢へ行ける。
いや、違う違う。
別に心配していたわけでは無い。
断じて違う。
ワタシは少年の部屋を出ようとして止まった。
「そういえばありがとう。
ワタシからも礼を言わせてくれ。」
ドア付近にいた黒猫に向かってワタシは頭を下げた。
あの時、少年がドアの方に気を向けていなければ、きっとワタシの行動に気づかなかっただろう。
「ニャア」
猫は小さく鳴いて、写真の中へ消えた。
「ワタシも行くか。」
ワタシは窓から部屋を飛び出した。
次の夢主を探しに。




