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夢の中で  作者: 和上 奏
1/3

黒猫

3話で1セットです。


僕は夢を見ていた。


なぜ、夢を見ていると理解ができたのかというと、周囲に、僕以外に、誰も、人がいないからだ。



時間帯的には深夜だろうか。

僕は自分の家の前の道に突っ立っていた。

理由はわからない。

でも、もちろん服だってちゃんと着ているし、靴だって履いていた。


僕はなんとなく散歩がしたくなった。

本来なら家の中に戻り、布団に入って寝るべきなのだろうが。


僕は夜の町を歩くことにした。


僕の家の周りにも同じような一戸建てが並んでいる。

最近建てられたものが多いので、その関係か外灯が等間隔に並んでいる。

夜という状況でも、その外灯と雲ひとつない空で輝く月のおかげで、だいぶ歩きやすかった。


どこにいるのかはわからないが、カエルや虫の鳴き声が聞こえてくる。

カエルのクエックエッという鳴き声と虫のリリリリとかジージーとかの鳴き声が合わさり、まるで音楽会の大合唱だ。

思わず、明日アイツに話してやろう。そう思った自分が出てきて、僕は頭からその考えを振り落とそうと、首を振った。

アイツとはもう絶交したんだ。

もう話すことはない。

これからもだ。



少し経ってから、僕はあることに気づいた。


人がいる音が何も聞こえないのだ。

住宅街である以上、生活音や、部屋の光が灯っている家は必ずどこかあるのが当たり前だ。

しかし、物音どころか、家の光が全くなかった。

深夜だから、こういうこともあるのだろう。

そんなことありえない、と言う自分が少なからずいるが、無理矢理自分を納得させて、不安な心を抑えていた。


すると、近所のコンビニに着いた。

コンビニはもちろん電気がついていて、僕は少しだけ安心した。

ほら、ちゃんといるじゃないか。人。

姿を直接見たわけではないが、僕はそう思った。


一応、中も確認しておこう。

僕は中の人に気づかれないように、と店の角から中を伺った。

しかし、人が誰も見当たらない。

客もいないし、店員もいない。

何度も店の中を見ようと周囲を歩き回っていたら、自動ドアのセンサーが反応してしまい、ドアが開いてしまった。

こんな時間に外を歩き回っているから、警察に連絡がいくかもしれない、そう思った自分もいたが、ちゃんとこの目で見て判断しようと思い、入店した。

ピコピコ、と人が店に入ってきたことを知らせる電子音が店内に響く。

しかし、いらっしゃいませ、の声はなかったし、レジにも店内にもどこにもいなかった。

僕は数十分滞在し続けたが、人が現れることはなかった。


ここで僕は気づいた。

これは、夢だ。

そうだ、夢に違いない。

だって、僕以外の人間が誰もいなくなるなんてありえない。

不安な気持ちがじわじわと大きくなっていく。

なんなんだこの夢は。早く覚めてしまえ。

早く、早く。

いつもの世界に戻してくれ。


僕は、元来た道を走り出した。

家に戻れば夢が覚めるかもしれない。


僕は、家に着いて、ドアノブに手をかけた。

だが、鍵がかかっていて開かなかった。

なんで、入れてよ。

僕を中に入れてよ。

この夢から覚まさせてよ。

不安で不安で、僕はしゃがんで、頭を覆って下を向いた。

夢だとわかっていても、怖かった。

この世界に自分が1人だけだという事実が、ただただ怖かった。



ニャア、という鳴き声が聞こえた。

僕は覆っていた手をどけて、 鳴き声がした方をちらりと見た。

黒猫がいた。

外灯の光の下に座り込んで、僕の方を見ていた。

その猫はもう一度ニャアと鳴くと、毛繕いを始めた。

僕はその猫に見覚えがあった。

だが、思い出すことはできなかった。

唐草模様の首輪をしていたその猫は、またニャア、と鳴くと、立ち上がり、尻尾をユラユラと揺らしながら歩き始めた。

僕は、なんとなくついていくことにした。

理由はわからないが、ついていけば答えがわかる気がした。


その猫は時々何度か後ろを振り返り、つまり僕を見ながら、のんびりとどこかに向かって歩いていた。



道路のど真ん中をゆったりと歩いていくその猫をついていくと、見覚えのある建物が見えてきた。


そこは、僕が通う学校だった。


時間的には夜中なので、もちろん門どころか鍵すら開いているはずがないのに、猫はするりと門の隙間を通り、校舎へと向かってしまう。


「ま、待ってよ!」


僕も門を飛び越えようと、手をかけた。

だが、キキィという音がして、開いてしまった。


無駄な行為に少しだけ恥ずかしがっていると、猫がじっと見ていた。

口の周りを舐めて、目を細めてニャアと鳴いた。

絶対馬鹿にされた。


僕は少しだけ苛立ちながら、猫を追いかけた。


猫は昇降口の前に止まると、扉をカリカリと引っ掻き始めた。


どうやら、扉は自分では開けられないらしい。

まぁ、そりゃそうだけれども。

僕は、さっき馬鹿にされた腹いせに、少しだけ様子を見ることにした。

少し経って、猫はこちらをじっと見た後、諦めたように鳴いた。

そしてそのまま門へと歩き出した。

僕は慌てて呼び止めた。


「ごめん、ごめんて。」


僕がドアノブに手をかけると、こちらも鍵はかかっていなくて、すんなりと開いた。


猫は満足そうに僕の横をすり抜けた。

そのとき尻尾がさらりと僕の足に触れた。


校舎の中は真っ暗で、非常口の緑色のランプだけが光っていた。

だが、猫が一緒だからだろうか。

不思議と怖くはなかった。


そのまま猫は、迷いもせずにどこかへとのんびり歩いていく。


着いたのは、僕の教室だった。


黒板にはでかでかと、沢山の色のチョークで

"ともやくん、さようなら"

と書かれていた。


僕はなんとなく自分の席に座った。


猫は教卓の上に座り、毛繕いを始めた。

呑気なもんだ。


そんなことを思っていると、机の中に何かが入っていることに気づいた。

ただの白い封筒だった。

封は開いていて、僕はなんとなく誰が入れたのかもわかったが、中に何が入っているのか、何が書かれているかも確認しないまま、ポケットにぐしゃりと押し込んだ。


僕は大きく息を吐くと、猫がいる教卓の方へと向かった。

そのまま、黒板消しを手に取り、思いっきり横一直線に黒板に書かれている文字を消した。

もちろん、完全に消えることはなく、薄っすらと文字は残っていたが、僕は気にせず黒板消しを置いた。


そんな僕の様子を確認すると、猫は開いていた窓から外へ出た。

ここは一階なので問題はないのだが。

僕は昇降口の方から出ようかと考えたが、猫は気にせず行ってしまいそうだったので、僕も窓から出ることにした。

いつもなら絶対に先生に怒られてしまうこの行為が今ならできてしまうことに、少しだけ気持ちが高揚した。


猫は入って来たところとは違う門から出ると、また何処かへ向かい始めた。


「まだどっか行くの?」


僕が問うても、猫は鳴きもせず、こちらを見ようともせず、何処かへ歩いていく。






今日は、彼のお別れ会だった。


彼は、僕の幼馴染で、親友だった。

家がお隣で、

『これからもずっと一緒に遊ぼうな!』

と、彼が僕に対して言っていたのは記憶に新しい。

もちろん、僕もそのつもりでいた。

ずっと一緒に、たとえ通う学校が違ったとしても、たまに、1週間に一度でいいからお互いの家に行って、くだらない話をして、過ごして、遊ぶのだと思っていた。

『僕らの間に秘密は無い。そうだよな!』

その言葉を信じていた。


しかし、突然僕はそれは幻想なのだと、叶わぬ願いなのだと知った。


ある日、なんの前触れも無く担任の先生が言った。


『"ともや"くんは、来年度からお家の都合で海外に行くことになってしまいました。今日から海外に行くそうです。』


は。

え。

そんなこと一言も言ってなかったじゃないか。

僕らの間に秘密は無かったんじゃないのかよ。


泣きそうな顔でじっと彼を見るが、そのとき目が合うことは無かった。


下校中、いつもこように彼と一緒に帰るとき、聞いた。

『なんで、言ってくれなかったんだよ。』


『言うタイミング逃しちゃって。』


ヘラヘラと笑う彼に対して、僕は苛立ちを覚えた。


『なんで僕が最初じゃないんだよ。』


先生が言った後に知ったことだが、彼と仲良くしていた他の友人たちには軽く言っていたらしい。

もうすぐ引っ越すのだ、と。


『僕ら、親友じゃなかったのかよ。』


『....親友だよ。』


さらりと言う彼に対して、僕はとうとう我慢できなくなった。


『じゃあ!なんで!言ってくれなかったの!?

家が隣で、毎日一緒に学校行って、遊んで、帰って、いつだって一緒だった!

いつでも言う機会なんてあった!

もう会えないんだよ!?

なんで、そう平気でいられるんだよ!?

答えてよ!!』


目から溢れる熱いモノを溢れないように我慢しながら、唾を飛ばしながら叫ぶ僕の様子を、彼はじっと、さっきと同じヘラヘラとした顔で見ていた。


『ごめんね。』


違う。

そうじゃない。

僕が求めているのはそれじゃない。


『"ともや"なんて嫌いだ。』


僕が言いたかったのはこんなことじゃない。

本当は、残りの時間沢山遊ぼうとか、手紙を書くよとか、そういうことを言いたかったはずなのに。

僕は正反対のことを言ってしまった。

眉が八の字になって、それでも無理に笑おうとしている彼の顔を見てしまった僕は、目を袖で拭いながら、彼を置いて家へと走って帰った。

走っている最中、ランドセルの中身がガタガタと揺れた。

僕の心もぐちゃぐちゃになって、不安定な積み木のタワーみたいにグラグラと揺れていた。






気がつくと、公園に到着していた。

よく彼と一緒に小さい頃から遊んでいた公園だった。


とても広い公園で、特に長くて急な滑り台と、タイヤのブランコがお気に入りだった。


その後に2人で池を一周した後に必ずその先にある丘で寝転んで、2人して雲の形を言い合った。



猫はその公園の中へと入って行く。


道の脇に等間隔に外灯が設置されているため、明るかった。

外灯のところに蛾が数匹飛んでいた。


猫は滑り台の脇を通り、ブランコの横にあるシーソーの上を渡って、先へ進んで行く。


その先にある池には、亀と鯉が住んでいるのだが、今は就寝中なのか、水の流れる音しかしない。


だが、猫が池の上に設置されている橋を渡ると、鯉が1匹ぱしゃりと跳ねた。

猫が少しだけ満足そうに、尻尾をゆらりと大きく揺らした。


そのまま猫は、その先にあるなだらかな階段をのんびりと上って行く。


前に来たのはいつだっただろうか。

2人で過ごした日々が遠い昔のように感じる。


丘の上に着いた時、僕は斜面に座り込んだ。

猫は僕の足元で、風に揺れる草に戯れていた。

リーリーという声が聞こえて、風が揺れるたびに飛ぶ虫に、猫が飛びかかっている。


僕は地面に背中をつけて、空を見た。

オリオン座がはっきりと見えるくらい空は澄んでいて、心地よい風が吹いていた。


それから暫く僕はただ何も考えず空を見続けた。

いや、考えないようにするために空を見ていた、というのが正しいのかもしれない。


何も考えず、何もしていなければずっと夢が覚めない気がしていた。

このまま夢が覚めなければいいと思った。


このままこの世界に居続ければ、彼と離れ離れになった毎日を過ごすことはない。

この世界に居ても彼はいないので会えないが、彼が前までいたのにもう会えない世界で毎日を過ごすよりはマシな気がした。


「帰りたくない。」


そうぼそりと呟いた時、猫がギョッとした顔でこちらを向いた。「本気で言っているのか。」そう聞こえる気がした。

猫は怒ったように僕に近づくと、手紙が入ったポケットのすぐ横に座った。


僕は猫が言っていることに気がついた。

「手紙を読め。」そう言っているのだ。

現実世界では読まなかった、読まれなかった手紙を。

彼の気持ちを知れと言っているのだ。


僕は嫌だと言った。

手紙が入っていたポケットの方を下にして、わざと猫に背を向けた。


しかし、猫がニャアと鳴くと、僕のポケットから手紙は無くなり、いつの間にか猫が咥えて僕の目の前に座った。

いつの間にか封筒から手紙は取り出されていて、いつでも読めるように広げた状態で猫が前脚で踏んでいた。


僕は文字が目に入らないように必死で目を瞑った。

頭が痛くなるくらい 、歯まで食いしばった。


けれども僕は忘れていた。

これが夢であることを。


そんな努力も虚しく、脳内に情景が流れ込んできた。


彼が自室の机に向かって手紙を書いていた。

横には何枚もぐちゃぐちゃに丸められた便箋が散乱していた。


引っ越すことを言わなかったことを謝る手紙。

また遊ぼうと約束する手紙。

自分たちの最高の出来事を思い出すための手紙。

何種類もの手紙が書かれて、丸められて、放り投げられていた。


彼が握っているペンの下には新しい便箋があって、一番上に僕の名前だけが書かれていた。


「何書けばいいんだよ...」


僕の名前の下の空いたスペースには水で濡れたような滲みがいくつもいくつもあって、便箋自体が少しだけふにゃふにゃになっていた。

それに気づいた彼が、また便箋を丸めようとして、新しい便箋が無いことに気づいてやめた。


「...っ」


彼が何かを殴るように書いて、丁寧に半分に折り畳んで封筒に入れた。


僕はそこでゆっくりと目を開けた。

猫は相変わらず目の前にいて、先ほどと変わらない状態で僕を見ていた。


猫は脚の下にある手紙から退いた。

僕はその手紙を両手で持って読んだ。読んで、もう一度読んで、また読んで、読んで、読んで、読んで読んで読んで。


手紙を何十回と読んだ頃、僕は咽び泣きながら手紙をビリビリに破いた。


彼からの手紙にはこう書かれていた。


ごめん ありがとう またな


たったこれだけ。

けれど、親友の僕には言いたいことが十分に伝わった。


僕はあの時言った。

なぜ、言ってくれなかったのか。

なぜ最初に言ってくれなかったのか。


きっと彼は信じたくなかったのだ。

自分が遠く離れたところに行ってしまうことを。

僕と自由に遊べなくなってしまうという現実を。

そのことを僕に伝えれば、何かが終わってしまう気がした。

だから、最後まで現実から目を背けて、逃げて、逃げて、逃げた結果がこれだ。

人伝いという最悪な形で僕に伝わってしまった。


きっとそのことの「ごめん」だ。

自分の弱さが、僕を傷つけた。

そういう意味だろう。


僕が怒ったとき、彼がヘラヘラと笑っていた。

彼は大抵、我慢をする時にヘラヘラと笑う癖がある。

何を我慢していたのだろう。

あの時泣きそうなのを我慢していたのだろうか。

僕が怒ったことに対して何か我慢していたのだろうか。


そういえば、昔、そのことにも怒った気がする。

「ヘラヘラすんじゃねえ。言いたいことがあるなら言えよ!」と。


帰りのあの時、僕もそう言えばよかったと今更ながらに後悔する。

そうすれば、こんなもやもやとした思いを引きずっていなかっただろう。


親友だから言えなかった。

小さい頃、僕の悲しそうな顔が嫌いなのだと言っていた。

僕に悲しい顔をさせないという彼なりの優しさも含まれていたのかもしれない。

結局、少なくともあの時は、僕は悲しいというよりも怒った顔になった。

そういったことでは、彼の思惑通りということなのだろうか。


残り二語。

「ありがとう」は今までの日々に。

「またね」はこれからの日々に。


この二語には、「いつまでも親友でいてくれ」という彼の願うような、縋るような想いも含まれていた。


あぁ、何でこの言葉を直接言ってくれなかったんだ。

何で学校の帰り道で言い訳もしなかったんだ。


親友という存在が、今までの思い出が、大きな壁になって彼に一歩を踏み出させなかった。


僕も僕だ。

彼が考えていたことは、よく考えればわかったはずだ。

引っ越しというショックから、僕は考えることを放棄して、落ち着くのではなく怒りという感情に任せた。


結果、僕らの行動は大事な友人を失わせた。


僕は彼を。

彼は僕を。


あぁ。

こんな風に思うなら、あの時あんなことを言わなければよかった。

だが、彼はもう引っ越しでいなくなった。

僕が寝ている今、彼はもう飛行機で空を飛んでいるだろう。


次会えるのはいつだろうか。

いつ日本に帰ってくるのだろうか。

もしかしたらもう日本に帰って来ないのではないだろうか。

またね、と彼の手紙には書いてあったが、もしかしたらこれは僕の願望で、彼は手紙なんて書いていなかったのかもしれない。


ぐるぐる色々なことが頭を駆け巡って、僕はぽつりと呟いた。


「もう一度、会いたい」


僕は猫をまっすぐと見た。

猫もこちらを見つめ返す。


僕は目をごしごしと擦って、鼻をすすった。

目がひりひりとして痛かった。


「"ともや"に会いたい。」


僕の鼻声を聞いた猫は、僕から目を逸らして空を見た。


僕もつられて見ると、星が二回流れた。


「あ。流れ星。」






気づくと僕はベッドの上にいた。

空は薄っすら明るくなっていた。

時計を見ると時間は4時だった。


「夢、さめたんだ。」


長い夢だった。


けれど、内容に靄がかかっていてよく思い出せない。

何か大切なことをしようとしていた気がする。


その時、窓から風が入り、 カサッという音が聞こえた。

音の方を見ると、僕の机の上に見覚えのある手紙が置いてあった。


三語しか書かれていない手紙。

僕がびりびりに破いた手紙。


「これ...」


夢だったのではないのだろうか。


何度も手紙を読んでいると、外から話し声が聞こえた。

あまり大きくはなかったが、はっきりと聞こえた。


「準備終わった?」


「もうちょっと、もうちょっと待って」


僕は窓を全開にして、大きく外へ身を乗り出した。


いた。


もう会えないと思っていた。

今しかない。

今、声をかけなければ行ってしまう。


けれど、僕の頭に昨日言った「絶交」という文字がちらつく。


...やっぱりやめようかな。


僕が窓を閉じようとした時だった。


足に何かがさらりと触れた。

見たが何もいない。

その時、ドアの方からニャアという声が聞こえた気がした。


もちろん猫なんていない。

でも、壁に掛けてある昔飼っていた猫の写真が、風も吹いていないのに揺れていた。


昔飼っていた猫は、黒猫なのに「トラキチ」といって、唐草模様の首輪をつけていた。

少し前に寿命で亡くなってしまったが、僕も、よく家に遊びに来ていた"ともや"も大好きだった。


「あれ、猫...」


さっきまでどこかで見ていた気がする。

でも、よく思い出せなかった。


しかし、その代わりに思い出した。

絶対、今"ともや"に会いに行かなければならないことを。

夢の中ですごく、すごく後悔したことを。


「もう行くよ」


その声に僕ははっとした。

窓から身を乗り出して下に向かって言った。


「ま、待って!」


下にいた"ともや"が驚いた顔でこちらを見た。


僕は部屋を飛び出した。

涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて。

親が起きるなんてことも全く考えず、バタバタと階段を降りて、裸足のまま外へ出た。


「ともや!!!」




もう誰もいなくなった部屋から、またニャアという声がして、壁に掛かった写真がカタリと鳴った。

そして、黒い影が窓から出ていき、そのまま消えた。


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