はつこひ (Azusa -2)
「私は私が美人であることを知っていた。」
私は今、大学生で、ちょうど入学式の帰り。
新しいスーツを着て電車に乗ってて、周りにも同じような格好の大学生がたくさんいる。
大人たちは私たちを見ながら、初々しいなぁ、とか、爽やかだなぁ、とか、中年おじさんみたいな幻想を持つのだろうけど、私は全然そんなのじゃない。
私は汚れている。初めて男と寝たのは高校に入ってからだけど、初めて男を気持ちよくさせてあげたのは小学生の時だった。
小学校の頃のその男、いや男の子は可愛げのある優しい子だった。
たしか、和田良治君、だった。
サッカーが好きな活発な子で、昼休み後の五時間目はいつも汗だくで暑そうにしてた。
でも繊細というか女の子っぽい感じもあって、毎学期飼育員をしてた。
四年生の時、同じクラスだったんだけど、体育の時間に、運動会の競技のダンスの二人組を作った。
基本は男子同士、女子同士で、組を作ったんだけど、ゆずきの「ゆ」とわだの「わ」が五十音で最後の方だったから余っちゃって、男女で組になるよう先生に言われた。
そのあと練習をしたんだけど、もちろんダンスだから、お互いに手を握ったり体が触れ合ったりする。
私は特に気に留めずに練習してたけど、和田君は手じゃなくて私の手首を握ろうとしたり、体をずらして触れ合わないようにしたりしてた。
普通の子はそういう時、嫌がってるのかなって勘ぐって不安になるのだと思う。
特に男子が女子にそういう避けられ方をした場合は、男子の側に強烈なトラウマが残ると思う。
ははっ。笑い事じゃないけど。うん。
私の場合、和田君は私を嫌がってるんじゃなくて、恥ずかしがってるんだと直感して疑わなかった。
ここにもう私の「美人」あるいは「魅力ある女の子」としての自覚の片鱗が見えてる。
・・・
そう、それで、最初のうちは、男の子ってそんな意地っ張りだし、恥ずかしがっちゃうもんだよなぁ、と思っただけだった。
けど五十分間の体育の時間が終わるころには、和田君にたいして変な気持ちが芽生えてきた。
体育が終わって、私は当番だったから先生と一緒に用具の片づけをした。
間の抜けた感じのその先生がカギをなくしたせいで手間取って、私が女子更衣室に行った時にはもう誰もいなかった。
あっそうだ、四年生のころから男女で着替える場所が別々になったんだよなぁ。
えーそれで、着替えてるときに、そのときはまだブラジャーをしてなくて、生理も来てなくて、だから恥じらいもなく、一度下着姿になった。
で、そのとき更衣室の外で和田君の声が聞こえた。
彼は恐らく男子更衣室から出てきたところで、隣にいる男子の友達に向かってこう言った。
「柚木がわざと体を当ててきてる気がする。なんか気持ちいいけど、変な感じもするからやめてほしい。」
無音が訪れた。
時間が固まった。
そして生ぬるい隙間風が入ってきた。
半裸の体を撫でられた。
震えた。
おなかのあたりが熱くなった。
それが私が男のことを初めて可愛いと思ってしまった瞬間だった。
今思えば初恋かもしれない。
昼休みを告げるチャイムが鳴った。