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現実は小説よりも奇妙なのか?(Fuyuki -3)

「作家の想像力は極めて限られている」---三島由紀夫


「日本の一時期の文壇の世界観の狭さは、おそらく古今東西に例を見ない」---加藤周一





僕は一時期、小説を書こうとしていたことがあります。


それは高校時代のことで、休みの日にはノートと筆記具だけを持って、近所の図書館に通っていました。


どちらかといえば僕は文章を書くのが得意でした。


僕の学校では「科学の探求」という授業があって、チームごとに課題を決めてちょっとした研究をしていました。


そこで僕たちのチームは「渋滞学・入門」というテーマを据えて、コンピュータを使ってシミュレートしたり、参考文献を漁ったりしました。


チームは六人で、僕の役目はもっぱら文献の参照とレポートの作成でした。


テーマを決めるのはなんだか漠然としていて、僕はむしろ決められたテーマの完遂に勤めるのが性に向いていました。


そして僕は、レポートの執筆を手っ取り早く済ませ、先生の添削でもほとんど変更を加えられませんでした。


だから少なくとも、文章が下手ということはないと思います。






加えて僕の言葉の能力も低くはなかったと思います。


人前で話すときもほとんど緊張せずに普段通りに話せたし、日常会話でも伝えたいことを的確に、最低限の単語で伝えることができていたはずです。


友達と談笑するときにウケ狙いのことやギャグを言うのは好きではありませんでしたが、今の言葉で「コミュ障」というタイプではありませんでした。


高校生男子は往々にして女子との会話が苦手ですが、僕は特に違和感なく話せました。



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