萌芽 (Azusa-1)
柚木梓は、幼少より、美貌と才能と魅力を備えた天才であった。
柚木家は明治時代から続く商家の家系で、元々は国内で服飾品あるいは工業品を扱っていた。
しかし日本の経済的停滞をうけて、三代目社長の柚木賢一郎はアジアに進出して成功をおさめ、会社は一段と成長した。
息子の総一郎は子供時代からわんぱくで、大学でも遊んでばかりでろくに勉強しなかった。
しかしいざ入社すると、丁寧かつ適度なフランクさをもって相手の信頼を得、複数の外国語を見事に操ったので、賢一郎はドラ息子の意外な才能に驚嘆した。
総一郎は二十八のときに、五歳下の多恵子と結婚した。
多恵子は旧姓を田村といい、その両親はごく平凡な教師であったが、多恵子は学生時代から才女として頻繁に噂された。
大学卒業後は、定年退職した両親が中心になって設立した塾で中学生を教えていた。
多恵子には結婚願望は特になかったが、心配性の両親が父の元同僚に依頼し、その人が仲人になって見合いで総一郎と結ばれた。
結婚から三年後、長女の諒子が生まれた。
総一郎は次期社長候補として多忙を極めたが、週に一度は休みを取って家庭内では優しい夫、楽しい父として振舞った。
諒子は母に似て大人しい赤ん坊で、総一郎が遊んでやろうとすると、初めはキャッキャッと笑っているのだが、すぐに眠ってしまうことが多かった。
それからまた四年が過ぎ、梓が生まれた。