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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第一部 一
8/106

金色の竜

 日没を迎えても、ツィオーネの町はまだまだ活気を失わない。

 むしろ仕事を終えた人々が酒屋などに繰り出し、昼間とはまた違った喧騒と熱気が町中に溢れていた。

 飛び出してくる酔っ払いにぶつからないよう気を付けながら馬の手綱を操り、家々のガラス窓から漏れ出す灯りを頼りにして、整備された石畳の路を進む。


 夜といえば暗闇だった二年間と比べれば、ツィオーネの夜は昼に思えてしまうほど明るい。


 やがてロザリアの案内で到着したのは、下町に多かった共同住宅とは違って大きな一軒家が立ち並ぶ町の中心部、そしてその中でも一際大きな豪邸だった。

 敷地を囲む垣根にそって馬車を進め、門の前で止める。

 当然、門は閉められていたのだが、すぐに屋敷の中から使用人らしい女性が出てきた。

 誰何する彼女に、ロザリアはスカーフを外して赤い髪を見せながら答える。


「アステラに、古い友人が訪ねてきたと伝えてほしい」


 使用人は慇懃に礼を返してから、屋敷へと戻って行った。


「『野菊(アステラ)』様、ですか」

「うん。私みたいに人間に付けられた名前らしいよ。アステラはこの町ができる前から、この辺りを縄張りにしていたんだって。私よりもずっと長く生きている竜さ」

「へえ」


 だとしたら、ものすごく長生きしている竜なのだろう。リルの町でさえ百年以上の歴史がある。

 いわんや交易の要衝であるこの町ともなれば、その歴史は相当なものに違いない。


「そういえばロザリア様って今、」


 おいくつなんですか、と彼女の年齢を聞こうとしたシャムリルだったが、先ほどの使用人が戻ってきたので口を噤んだ。


「ロザリア様ですね? 当屋敷へようこそいらっしゃいました。アステラ様も歓迎するとおっしゃっています。お付きの方もどうぞ」


 付き人じゃなくてシャムリルだよ、とロザリアは唇を尖らせるが、使用人に食ってかかっても仕方ない。

 馬と荷物は別の使用人が取りに来ると言うので、二人は門を入ったところで馬車を降りた。


 彼女に案内されて屋敷に入ると、外観の印象と違わぬ豪邸だった。

 惜しみなく何本もの蝋燭を灯したシャンデリアが眩しい。調度品の数々は、一つ一つが美術的な価値を持っているだろう。玄関ホールは広く、天井が吹き抜けになっている。

 もちろん相当な贅を尽くしているのだろうが、決して品がないわけではない。むしろ少なからず緊張していたシャムリルの気を落ち着かせてくれるような内装だった。


「ロザリア!」


 二人が来るまで上の階にいたらしい女性が、正面の階段を降りながら声をかけてきた。


「アステラ!」

 

 ロザリアも笑顔で手を振りながら答えている。


 輝くような金の髪を持った女性だった。

 シャムリルにとっては絵本の中でしか見たことがないような、華やかなドレスを完璧に着こなしている。

 ヒールの高い(くつ)を履いていることもあるのだろうが、それを抜きにしてもシャムリルより頭一つは大きい。

 年のころは二十歳前後にも、もう少し上の妙齢にも見える。


「いきなりおしかけてすまない。宿が取れなくてね、よかったら一晩泊めてほしいんだが」

「お安い御用じゃ。歓迎するぞえ、ロザリア。にしても、ほんに久しぶりじゃのう。して、この人間は?」

「シャムリルだよ」


 まるで宝物を自慢する子供のように言い切った。

 名前だけでは紹介になっていないのではないかと思ったシャムリルだが、アステラは「ふむ」と相槌を打って、彼を見極めるように目を向けてくる。


 彼女の金色の瞳と目が会った瞬間、シャムリルの全身がぞくり、と粟立った。

 体が硬直して動けない。

 竜だ、と本能で理解した。

 もちろん聞かされてはいたが、このとき初めて、目の前にいるこの美しい女性が、人の形をした竜なのだと分かった。

 そんなシャムリルの様子を知って知らないふりをしているのか、アステラは金色の瞳で、彼の全身を舐めるように観察する。


「そうか……とうとう竜玉を見つけよったか」


 リュウギョク、というシャムリルの知識にはない言葉を口にして、アステラはドレスの袖から手を伸ばしてくる。その手が未だに動けないシャムリルの頬に触れようとしたとき、


「アステラ、シャムリルが怖がってる」


 ロザリアが、強い口調で彼女を制止するように言った。

 するとアステラは手を引っ込め、視線をようやくシャムリルから外した。


「すまぬ。ついな」


 竜の目から解放された途端、シャムリルの全身の硬直が解けた。

だが指先の震えは収まらず、心の臓はまるで全力で走った後のように脈打っている。


「丁度、食事の時間じゃ。二人とも食っていくがよい。話の続きは食事の席でしようぞ。――そんなに怯えなくとも、ぬしら人間が取るのと同じ、普通の食事じゃよ」

 

 付けくわえられた言葉は、反射的に体を強張らせたシャムリルに向けられた物だった。


   * * *


 普通の、とアステラは言ったが、シャムリルにとってはこれほど豪勢と言う意味で普通ではない食事は初めてだった。


 きめ細やかな小麦粉が使われ、ふんわりと焼けている白いパン。

 高級な香辛料をふんだんに使った肉料理――この肉も、一般的な食卓にならぶ豚や鳥ではなく、なんと牛だった。

 牛は本来、乳を取るか畑を耕すために飼われ、肉にするのも、乳が取れなくなったり老いて使役に耐えられなくなったりして屠殺されたものだけで、決して美味とは言えない。

 だがこの食卓に供された牛は「肉を取るためだけ」に飼われた特殊な牛なのだという。

 乳臭さも固さもなく、美味だった。

 内陸にあるこの町では珍しいであろうに、海の魚や貝は新鮮さを保ったまま、生の状態で皿に盛られている。やはり新鮮な野菜のサラダと一緒に食べた。

 そしてやはり高級な砂糖や蜂蜜をつかった甘い焼き菓子。――シャムリルにとっては少々甘すぎたが、ロザリアが頬を緩めているところを見るに彼女は気に入ったのだろう。

 そしてそれらの料理に合わされるのは、苦みやえぐみなど感じない、澄んだ葡萄酒(ぶどうしゅ)だった。

 

 それにしても、種類はもちろん量も多い。二人が来ることなど想定していなかっただろうに、あらかじめ三人分は用意されていたかのようだ。


「アステラは美食家で大食いなんだよ。悪いね、アステラの分まで御馳走になっちゃって」

「なんの。久方ぶりにあう友人にろくな食事も供せなんだとあれば、わしの矜持に傷がつく。遠慮せず、たんと召し上がりゃんせ。追加の料理も造らせておるしの」

「ああそうだ、料理で思い出した。この町で屋台商人の真似ごとをしたいんだ。シャムリルが造った料理を、露店で売って小銭を稼ごうと思って。飲食ギルドを束ねるアステラから許可をもらえるかい?」


 飲食ギルドと一括りに言うが、飲食関係のギルドはかなり細かく分かれているはずだ。

 パン屋、肉屋、魚屋、ビール商人にワイン商人、調味料店、香辛料店……本来なら、それぞれが個別のギルドに属している。

 それを「束ねている」アステラは、この町では相当高い地位にいるのだろう。


「それはお安い御用じゃが。そこな人間は料理を造るのかえ?」


「シャムリルだよ」

 とロザリアは呼び方の訂正を求めながら、


「うん。シャムの造る料理はすっごくおいしいよ。一度アステラにも食べてもらいたいくらいだ」

「ロザリア様。こういう料理を普段から食べている人に、僕なんかが造る田舎料理は口に合いませんよ。というより同じ食卓に出すのが恥ずかしいくらいです」

「なんの。人間が造る『料理』はどんなものでも素晴らしい。是非一度、そなたの料理も食してみたいぞ」

「光栄です、アステラ様。機会があれば、いずれ」


 それからしばらく、アステラと料理の話をした。

 追加の食事も運ばれてきて、アステラとロザリア、二人の大食い竜の胃袋に収まっていく。

 シャムリルは早々に満腹になったので、葡萄酒だけ御馳走になることにした。


「それにしても変わった竜だよね、アステラは。最初に人間の造る『料理』に関心を持った竜って、アステラじゃない?」

「そうかもしれぬな。もう生で肉を貪っていたあの頃には戻れぬよ」


 そういえばシャムリルが料理を造るようになる前は、ロザリアも山の獣を調理せず生のまま食べていたな、と思い出す。


「食への探求が高じて飲食ギルドの長になってみたが、いろいろと面倒も多くてな。第一わしは人前には姿を見せられん。何十年も年をとらない人間がいたら、皆、不審に思うじゃろ。だから飲食ギルドの表向きの仕事は適当な使用人に任せているのじゃよ。その使用人たちもわしの正体は知らぬ故、定期的に入れ替えなくてはならぬしのう。この町でわしの正体を知っているのは、ごく一部の人間だけじゃよ」


 アステラがそんな話をしたところで、食卓の皿や鍋が全て空になった。


「さて。では食後に酒でも飲みながら、本題に入るとするかの。まずはこの竜玉をいずこで見つけ、いかにして手懐けたのか。そこから話してもらおうかの、ロザリア」


 だからシャムリルだよ、と何度目かになるロザリアの訂正が入った。


12/23

 町の名前、ツィオーネとツィオーレが混ざっていました。

 正しくはツィオー「ネ」です。

 順次訂正していきます。


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