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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第一部 一
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東の町にて

 ツィオーネの町は大きく、そして活気づいている。

 交易の中心だけあって荷馬車を引く行商人も多く、道の両脇にはさまざまな地方から集まってきた品物を取り扱う露店が立ち並び、店主が道行く人の気を引こうと声を上げている。


「そういえば僕、人に会うのも二年ぶりですよ」


 当然、隣に座る紅い竜は除外するとして、実際にはこの町に来る途中で畑を耕す農民を遠目には見ているのだが。 

 ふいに、ロザリアの正体がばれやしないかと不安になってくる。


「だいじょうぶだよ。そんなにびくびくしなくても、誰も私の正体には気付かないって。だって竜がこんなに完璧に人間の姿になれるだなんて、シャムも知らなかったでしょう?」

「そ、そうですね……」


 ロザリアは人目を気にせず、すりすりとすり寄ってくる。

 が。

 急に鳴り響いた鐘の音に、二人して飛び上がってしまった。


「時ノ鐘、ですか? 今の太陽の位置だと、三時課の鐘ですかね」

「わ、私もびっくりした。そういえばこの町の鐘の音はおっきいんだよ。丘の上の大聖堂も含めて、この町には教会が四つもあるんだ。それが同時に鳴らされるから」


 大聖堂――司教座聖堂のことだ。この町の教区を束ねる司教がいる聖堂で、丘の上にそびえる巨大で壮麗な建物は、さながら貴族の城のようだった。

 

 三時課の鐘は、日没の一刻前に鳴る鐘だ。

 時ノ鐘は教会が鳴らすもので、それぞれの鐘の音ごとに教会や修道院では祈祷、勉学、食事などの「課業」が割り当てられている。

 町の住民もその鐘の音に合わせて生活するのが一般的だ。

 日の出から日の入りまでを「昼」、日の入りから日の出までを「夜」とする時間の区切り方は、季節によって昼夜の長さが異なる。


 季節は春、「昼」が長くなり始める時期だ。

 辺りは昼の仕事を終えたもの、夕食の準備を始める者でにわかに活気を増していく。


 あの洞窟にいたころは、朝日が昇るのと同時に起き、日が暮れれば眠る生活だった。

 実際には、二人が思っているほど鐘の音が「大きい」と感じている人間は少ないだろう。

 長いこと、音といえば川のせせらぎと鳥のさえずり、獣の鳴き声、風や雨の音、互いの声くらいしか聞いていなかったため、聴覚が鋭敏になっているのだ。


「まずはこの薬草を卸してから、服を買いに行こうか。例の知り合いには明日会いに行くとして、でもやっぱりこの粗末な服のままじゃ、ちょっと会いにくい相手なんだよね」

「もしかするとロザリア様のお知り合いって、この町じゃ結構な身分だったりするんですか?」

「まあね」


 ロザリアの言葉に従って、まずは薬屋に薬草を卸しに向かった。


「ところでシャムリルくん。いい薬屋とそうでない薬屋の違いはわかるかい?」

「いえ。なんでしょう」

「それはね、『竜の(くそ)』を売っているか否だよ」


 ロザリアがいきなりそんなことを言い出したので、シャムリルは思わず咳き込んだ。


「『竜の糞』なんてものを扱っている店は、まず客を騙して高い金をむしり取ろうとする、悪い店だ。だって私ら竜は糞なんてしないもの」


 確かにこの二年、ロザリアが「そういったこと」をしている様子はなかった。

 竜という生物は、食物をあまさず消化吸収し、すべてを栄養に変えることができるらしい。

 「神の眷属」として崇められているだけあって、竜は神秘的な生き物なのである。


「だからね、馬鹿みたいに高い値段で売られている『竜の糞』なんてものは、蜥蜴か何かの糞を集めただけの偽物さ」


 だが、仮にも女の子が――それも道行く人々が思わず振り返ってしまうような美少女が、その単語を恥じらいもせず連発するのはどうかと思う。

 ロザリアの代わりに恥じらいながら、シャムリルは消え入りそうなほど小さな声で言った。


「確かに、自分の肉が排泄物になっているのは想像したくありませんが」

「そうだよ。シャムリルの肉は全部私のもの。永遠に。微生物なんかにくれてやるものか」


 今度は、羽虫どころか微生物相手にまで独占欲を見せるロザリアだ。

 シャムリルは返す言葉もない。

 ロザリアは以前にも薬草を卸したことがあるのだという、品のいい佇まいの薬屋を見つけ、手際良く交渉を成立させて馬車に戻ってきた。

 当然、その店に「竜の糞」は見当たらなかった。


「結構な値で買い取ってくれたよ。さ、次は着物を揃えに行こう」


 さすがに新しい着物を仕立てるのには時間がなかったし、金ももったいなかったので、古着屋でそれなりのものを見つくろうことになった。

 店によっては暖簾を下ろし、店じまいを始めているところも多い。

 幸い、まだ暖簾の出ている古着屋を見つけ、二人は中に入った。


「あらすみません。うちもそろそろ仕舞いなんですよ。小物くらいなら売れますけど」


 主人にしては若い、おそらく留守番をしているのだろう若い娘がそう言って申し訳なさそうにしたが、入ってきた二人の容姿を見たとたんに目を瞬き、掌を返してきた。


「どんな服をお探しでしょう!」

「えっと。私には適当に小綺麗なものを。この子には男物を見つくろってください」


 ロザリアがそう返すと、留守番の娘は再度目をぱちぱちさせて、


「ああ。女の子二人の旅はいろいろと危ないですからね!」


 と盛大な勘違いをした。

 シャムリルが男であり、今女物の服を着ているのは致し方ない事情があるのだということを説明し、ついでに髪の色のことも尋ねられたので「北の出身」という例の嘘でごまかした。


「ああなるほど! 北……でしたら丁度、北部の人がよく着ている服がありますよ! 誰も買わなくて売れ残っていたので、安くしておきます!」

 

 なんとも都合のいいことである。

 これでいちいち面倒な嘘をつかなくても察してくれる人が増えるだろうし、尋ねられたときもこの嘘の信憑性が増す。


 店の奥で、彼女が用意してくれた服に着替えた。

 麻生地の白いシャツに、ウール製の落ち着いた色合いの長ズボン。その上から赤地に白い糸の刺繍の入ったベストを羽織り、それらを色とりどりの飾り紐で結ぶ。


「どう、ですか? この赤いベストは、少し派手な気もしますが」


 丈を調整してからロザリアに見せると、輝かんばかりの笑顔が返ってきた。


「いい! すごく可愛いよ! でも、私が男装した方が男らしいかも」


 何を言っているんだ、と内心溜息をつきながらも、実際そのとおりな気もするのが悔しい。

 ロザリアの端整な顔立ちは、確かに男装しても映えそうだ。


 そのロザリアも、シャムリルと同じように北部の伝統的な着物を身に纏っていた。

 白いブラウスに、くるぶし丈の長いスカート。その上から赤、緑、白とやはり派手な色の布を縫い合わせたベストを羽織り、レースの入った白いエプロンを付けている。

 鮮やかな赤い髪を飾り紐で結び、上目づかいで伺ってくる。


「どうかな、どうかな?」

「……可愛いですよ、すごく」


 言ってから、しまったとシャムリルは思った。

 案の定、ロザリアは歓喜してシャムリルに抱きついてくる。

 ……似合っていると言えばよかったのに、つい本心が口から出たのである。 


「でもこの服、少し脱ぎづらいなぁ。シャムリルのは脱がしやすそうだけど」

「脱がっ!」

 

 店の娘がなんやら勘違いしているらしく顔を赤らめているが、言いつくりようがないので訂正するのは諦める。


 それから二人分の丈夫で軽いブーツと、大きめの外套を揃えて店を出た。

 会計の際、彼女は気前よく二枚のスカーフをおまけで付けてくれた。

 荷馬車に乗り込み、シャムリルはもらいもののスカーフを被って髪を隠す。


「でもこの服、目立ちませんかね?」

「だいじょうぶ。これくらい大きな町だと、北方から来た人も結構いるから。でも王都はもっとすごいよー。東西南北からいろんな民族が集まって、いつもお祭りしているみたいだもん」


 ロザリアが言うように、この町は交易の要衝だけあって様々な人種が集まっている。

 色とりどりな服を着た人ばかりで、派手だと思っていた赤いベストでさえ、この町では「地味」な服装の部類になってしまうほどだ。


「さ、今日はもう、宿を取って休もう」


 だが、


「ここも満室かぁ……」


 五件の宿屋を回って、未だに部屋を取れないのだ。


「うう。ごめんよ~、シャム。町に着いたら、まっさきに宿を探しておくべきだったよ。そんな初歩的なことを忘れていたなんて」

「教会に頼んで、軒先を貸してもらいますか?」


 シャムリルが提案すると、


「教会はだめ」

 

 即答にして、有無を言わせない強い声が返ってきた。

 シャムリルが少しびっくりしてロザリアの顔を見つめると、彼女は「そうだ」と手を叩く。


「例の知り合いの家に泊めてもらうことにしよう! いきなり押しかけるのは迷惑かもしれないけど、それしかない! そうしよう!」


 半ば強引に話を進めるロザリアをよそに、日没を告げる「暮れの鐘」が鳴った。


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