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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第一部 一
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東の町へ

   * * *


「最初はてっきり、あの紫の竜を探しにいくものだと思っていたんだけどね」


 御者台に座ったロザリアが、紅く長い髪を揺らしながらそう言った。

 この荷馬車は、洞窟の奥で埃を被っていたのを引っ張り出してきたものだ。

 かつてロザリアが一人で旅をしたときに使っていたらしい。

 馬車を引く馬は、リルの町で野生化していた農耕馬を連れていくことにした。

 もしかしたら役目を終えた後はロザリアの食事になるかもしれない可愛そうな雌馬の手綱を引きながら シャムリルは尋ね返す。


「探してどうするんですか?」

「復讐したいとか、思わないの?」


「無理でしょう」

 とシャムリルはあっさりとそう答えた。


「おとぎ話の悪竜退治の英雄じゃあるまいし。だいたい僕は、人間の姿のロザリア様に押し倒されただけで抵抗もできないんですよ」


 旅、とは言ったのもの、目的など特にない。

 リルの町で一泊、そして一食を終え、二人は今、馬車に揺られて街道を進んでいた。

 このライア・レース王国東部は、肥沃な土壌から豊かな穀倉地帯となっている。

 季節は春。三つの区画に分けられた畑は、秋播きの小麦が冬を越して青々と成長し、春に播く大麦や燕麦、豆などが若々しい芽を伸ばし、休耕地では牛が放牧されて草を食んでいる。


「ああでも、一応、この辺りはロザリア様の縄張りでしたか。もしあの竜がロザリア様の縄張りを奪おうとしているのなら、追い出さないとですよね」

「まあ、そうなんだけど。でも正直、縄張りなんてどうでもいいかな。シャムリルさえいてくれれば」


 言いながら、シャムリルに体を預けてくる。


「ロザリア様。それでもあなた、竜ですか」

「そうだよ~」


 甘い声で答えながら、シャムリルの白い髪を指先でくるくるといじり始めた。

 さらには着物の襟元に手を入れてこようとするので、シャムリルは身をよじって彼女から離れる。


「もう。威厳もへったくれもありませんね」


 竜の縄張り、というものが具体的にどういうものなのかはよくわからない。

 だがシャムリルは、なんとなく「その竜の神威(しんい)が届く範囲」だと考えている。

 大昔はその土地の神として崇められ、人間から貢物や生贄を捧げられるのが常だったと聞くが、今の時代、竜はその姿を現すだけで大騒ぎになるほどだ。

 もしかしたら絶対数が激減しているのかもしれないし、ロザリアのように人前にはその姿を見せず、隠遁したように暮らしている竜が多いのかもしれない。


 そういった考えをロザリアに話してみると、


「うん。今の竜はだいたいそんな感じかな。私もこの国にいる全ての竜と知り合い、ってわけじゃないけど。でも聞いた話じゃ数は減ってきているみたいだし、巣にこもって隠遁生活を送っている奴もいる。でもそれより多いのは、」

「多いのは?」

「人間に化けて、人間社会に溶け込んでいる竜かな」


「まさか」

 とシャムリルは相槌を打つ。ロザリアの冗談か何かだと思ったのだ。


「信じてないでしょう、シャム」

「ええ、まあ」

「じゃあ会わせてあげるよ、これから向かうあの町で」


 言って細い指を向けた先――小さな丘を登った街道がゆるりと下っていく先に、大きな町が見えていた。

 シャムリルが生まれたリルの町が、すっぽりと五つは入ってしまいそうだ。


「あの町に、私の知り合いの竜が暮らしている」


  * * *


 ツィオーネ、というのがこの町の名前らしい。

 ライア・レース王国東部の交通の要衝で、東西南北から延びるいくつもの街道がこの町に集まっている。

 町は小高い丘を占領するように造られていて、高く厚い城壁が周囲をぐるりと囲んでいる。

 町の中心には大きな川が流れていて、積み荷を乗せた無数の船が行き来していた。


「あれ? 僕、この町に来たことあるかもしれません。ずっと前、まだ子供だったとき」


 曖昧な記憶だったが、確かに幼いころ、母親に連れられてこの町に訪れたことがあるはずだ。

するとロザリアがさもありなんという風に頷いて、


「ツィオーネはリルの町から一日もあればつくからね。……と、ってことは、もしかしたらリルの町から避難した住民が、この町にも住んでいるかもしれない。シャム、知り合いがいてもばれないように、顔を隠しておいた方がいいんじゃないかな?」

「だいじょうぶですよ、ロザリア様。こんな髪になったのに、僕だって気付く人はまずいないでしょう。でも目立つのは嫌なので、ありがたく忠告に従わせてもらいます」


 シャムリルは町の前で外套を羽織り、フードを頭から被った。

 とはいえ、町に入る際には、人相や馬車の荷物を改められる必要があったのだが。

 甲冑を着て剣を佩いた門番は、奇妙な二人組を怪訝そうに呼び止めた。

 だが二人の人相を改めた途端、頬を染めて明らかに狼狽した様子になる。


「ほ、北方の民族の血が入っているのか? こ、この辺りでは、めずらしい髪の色だ。荷物をありゃた、改めさせてもらうぞ」


 噛み噛みでそんなことを言い、荷馬車の中身を改める段になっても、ちらちらと御者台の二人の様子を盗み見ている。

 ロザリアがくすくすと笑いながら、シャムリルの耳元で囁いた。


「シャムに惚れたね、あの男」

「は?」

「女の子と勘違いしているんだよ。だってそれ、私が貸した女物の着物でしょう?」

「あ。もう、これに慣れてすっかり違和感なくなっていました」


 不器用な裁縫で男物に仕立て直してはいるが、元はロザリアが人の姿を取るときに着ていた衣だ。

 これまでは着る物などなんでもいい、というよりどうでもよかったのだが、人の世に下りるとさすがに気になる。

 町に入ったら、さっさと男物の着物を買って着替えようと決心した。


「でもそっか、北方の民族か。聞いたことがある。ライア・レースより北の国、ディラザンテ山脈の向こう側には銀髪の民が暮らしていて、この国の北部でも、稀にその血が混じった美しい女の子が生まれるんだって。最初はシャムリルのその髪のこと、病気とか、そういう言い訳でごまかそうと考えていたんだけど、これからはこれでいこう」

「でも目立ちたくありませんし。短く切るか、いっそ黒く染めようかな、この髪」

「だめ! シャムリルは今のままがいいの!」


 断固として許しません、といった様子である。

 彼女の赤い髪は、鮮やか過ぎることを除けば珍しい色ではない。

 ライア・レース王国は多民族国家だ。人々は多様な肌の色、髪の色を持ち、文化も入り混じっている。特にこのツィオーネのように大きな町は、まさしく人種や文化の坩堝と言えた。

 と、荷物を改めていた門番が問いかけてくる。


「干し肉と、干し魚、山菜類、それからこの桶に入っているものは……穀醤(こくしょう)か? これらはいいとして、この籠三つ分もある草の束は?」

「薬草です。この町の薬屋に卸しに」


 ロザリアが答える。巣のあった山や、ここまでの道中で彼女自身が摘んでいたものだ。


「ではこの、二人で使うには大きすぎる鉄鍋や鉄板は? あとこの刃物は、包丁か。それにしても種類が多いな」

「はい。小遣い稼ぎに、屋台商人の真似ごとをしようと思って」


 これもロザリアの案だ。

 もちろん、料理をつくるのはシャムリルの役目である。

 旅に金はあるにこしたことはない、というのが二人で一致した考えだった。


「私たちも、薬を売った儲けだけじゃ生活が厳しくて」

 

 演技見え見えのしおらしい態度を取るロザリアに、シャムリルは内心で呆れる。

 だが門番には効果覿面のようで、今度はロザリアに対して頬を染めるではないか。


「そ、そうか。若い娘二人での旅は大変だろう。親御さんは」

「――いません」


 ロザリアの返答には一瞬の間があったが、門番はそれを都合よく解釈してくれたらしい。


「そうか、すまなかった。大変だな。俺も時間が空いたら、君たちの屋台に足を運んでみよう」


 やたらと愛想良く通してくれた門番に見送られて、二人は町の中に入った。

 本来なら、二人分の通行税と荷物の関税を取られるところを、門番の心意気で免除してくれたらしい。それをロザリアから知らされて、シャムリルは複雑な気持ちになった。


「いっそのこと、このまま女の子で通しちゃいなよ」

「まず、男物の服を買いに行っていいですか?」


 人目を気にして、フードを深く被り直すシャムリルだった。


 

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