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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第一部 一
3/106

二年後、故郷にて

 何度も食われ、何度も食われ、何度も食われ、何度も食われ、何度も食われ、

 何度も食われを繰り返し、気付けば二年の月日が経っていた。



   * * *



「見事に誰もいなくなっちゃいましたね、この町」


 廃墟になった町に、奇妙な二人組の姿があった。


 馬車の御者台で手綱を操る白い少年が、傍らに座る紅い少女に話しかける。

 二年ぶりに帰ってきた故郷は、すっかり様変わりしていた。

 家々は手入れをする者がいなくなって寂れ、道端には雑草が生い茂り、野生化した馬や牛がそれらを食んでいる。当然、人がいる気配など微塵もない。

 少年がよく利用していたパン屋は、麦の粉を食す鳥たちの巣になっていた。


「竜災とはそういうものだからね。運よく生き残った人たちも、竜が暴れた土地には戻りたがらないよ」


 紅い少女が答える。

 腰まで伸びた髪も、大きな瞳も、まるで燃え盛る炎のように紅い。対照的に肌は透けるように白く、神秘的なまでの美しさを持つ少女だった。


「この町の人たちはともかく……戻ってくると思いますか、あの紫の竜は?」

「さて。この辺りに棲みついたとは考えにくいけど。とはいえ他の竜の縄張りに入れば、そこの主が黙ってはいない。とすると、住処を求めて空白地帯を点々と彷徨っているかな」

 

 すると少年は沈黙してから、こう返した。


「この辺りはもともと、あなたの縄張りじゃなかったんですか、ロザリア様?」

「うっ。怒っているの、シャム?」


 傍らの少年に上目づかいを向けて、機嫌を伺おうとする。


「ええまあ。あなたがあの竜を止めていたら、こんなことにはならなかったでしょうし」

「うう、面目ない」

「冗談です。あのとき二匹の竜が喧嘩でもしていたら、それこそ、この町は本当に消えてなくなっていた。生き残れた人もいなかったでしょうし。むしろそっちの方がぞっとします」

「そ、そうなのだよ! だから私はあのとき、己の牙で己の身を噛みながらだね、あいつの気が済むまで暴れるのを放置するしかなかったわけで――」


「僕の家族が殺されるのも、見守ることしかできなったんですよね」


「うー……! シャムリル~、ごめんよ~。私が悪かったよ~。機嫌を直しておくれ~」


 少女は情けない声で言いながら、少年の膝の上に小さな頭を置いた。


 シャムリルと呼ばれた少年は、ひとつ息を吐く。

 ミルクのように白い肌、ぱっちりと大きく円らな瞳、小さいがすらりと通った鼻梁に、桃の花びらのような唇。

 道端に咲いた花がかすんでしまうほど美しく、そして可憐な少年だ。

 ――だがその髪はまるで老人のように白く、瞳はガラス玉のように透明な色をしている。

 かつては髪も瞳も黒かった。少女の形をした、この紅い竜に拾われるまでは。

 彼女と暮らし始めてから半年もしないうちに、「呪い」の影響で色が抜け落ちたのだ。


「ちょっと意地悪したかっただけです。それより頭、重いんでどけてください、ロザリア様」


 ロザリアと呼ばれた少女は、シャムリルの膝に頭を乗せたまま、潤んだ瞳で彼を見上げた。


「……怒ってない?」

「ええ、実はあまり。それにそのことなら、最初のころに散々罵ったじゃないですか」

「そうだったねぇ。でも本当にすまないとは思っているんだよ、シャムリル」

「だから、もういいですって。それよりそろそろ町の中心に着くので、その頭を――何をしているんですか?」

「むふふ~。シャムはいいにおいだな~」


 ロザリアは彼の膝の上でごろごろしながら、小さな鼻をすんすんと鳴らしている。

 彼が怒っていないと分かった途端にこれだ。


「花みたいな、果物みたいな、蜂蜜みたいな、ミルクみたいな、甘ーいにおい。むふうっ」


 シャムリルはもう一度溜息をついて、ロザリアのすべすべした額を指でぴんと弾いた。


「あうっ! えへへ~。好きだよ~、シャムリル~」

「ロザリア様が好きなのは、僕の体でしょう?」

「うー、そうだけど~」


「僕もロザリア様のことは好きですよ」


 そんな言葉をかけると、彼女は「本当っ!?」と表情を輝かせた。


「ええ。ロザリア様の顔だけは」

 

 そう落とすのを忘れない。

 しかしロザリアは「うふふ~」と嬉しそうに赤らめた頬に手を当てていた。今にも踊りだしそうな感じで体中をくねくねさせている。


「うれしいな、うれしいな。シャムリルがとうとう私のことを好きだと言ってくれた」

 

シャムリルにとっては精一杯の意趣返しで、皮肉のつもりだったのに、ロザリアには通じなかったらしい。


       * * *


 廃墟の中央。

 かつては教会があって、今は更地になっているその場所には、一つの巨大な石碑が建てられていた。

 まだ新しい石碑には、こう刻まれている。


『リルの町 竜災記念碑』

 

 その下に、あの紫の竜がやってきた二年前の日付が記されている。

 そして大きな石碑の大半を占めているのは、犠牲者の名前だ。


 その数――百二名。

 シャムリルには、この人数が多いのか少ないのかは分からない。だが人口千人にも満たなかったリルの町で、十人に一人はあの竜に殺されたことになる。

 

 そしてその中には、彼の家族の名前も含まれていた。

 家族の死を思って涙が出なくなったのはいつからだったか。

 この日も、野原で摘んだ手向けの花束は用意してきたのに、悲しみの感情も、死んだ家族にかけるべき言葉も浮かんでこなかった。

 

 家族の名前の隣に、かつての自分の名前まで刻まれていることに気付く。

 ロザリアに拾われたとき、自分も死んだことになっていたのだ。

 実際には行方不明のまま死亡扱いになったのか、それともあの紫の竜に食べられたことになっているのかは分からないが。


「ねえシャムリル。もしかしたら、ここにシャムの本当の名前も刻まれているんじゃない? よかったら教えてくれないかな?」


 ロザリアも察したらしい、そう尋ねてくるが、少年は首を横に振った。


「秘密です。僕はここで死んだことになっている方が、今後、いろいろと便利でしょう? それに今の僕は、シャムリルですから」


 彼女には本当の名前を教えていない。

 初めはうっとうしいほど名前を聞きたがっていたが、半年かけてようやく諦めさせた。

 しかしそのころには彼の髪もすっかり白くなっていて、それを気に入ったらしい彼女は、名前を知ろうとする代わりに「白詰草(シャムリル)」というあだ名を彼に付けたのだ。


 ちなみに「ロザリア」は、昔の言葉で「薔薇」という意味らしい。

 かつて人間にその赤い鱗を褒められ、名付けてもらったそうだ。

 そんな由来を持つこの赤い竜の名前は早々に聞かされたが、きちんとその名で呼ぶようになったのは半年以上経ってからである。


 と、ロザリアが道端で摘んだらしい白詰草を一つ、彼の手向けた花束に添えてきた。


「この人たちを殺したのと同じ生き物から手向けられたんじゃ、気分が悪いだろうからね。私の花は、ここで死んだかつてのシャムリルに、ということにしておくよ」

「まあ、僕が死んだことになっているのって、実際、ロザリア様のせいですしね」

「はうっ! そうだよねぇ、私がシャムを攫ったからだよねぇ……」


 こういう風に、意地悪を言うと面白い反応が返ってくることに気付いたのは、つい最近である。


「だって一目惚れしちゃったのだもの」


「僕を拾ったときの理由はともかく。そのあと実際に帰す気がなくなったのは、治療のついでに僕の肉を味見したときでしょう」

「……その通りです」

「僕が気を失っている間に、こんな呪いまでかけて」

「ごめんよぅ。おかげで最初の半年は、まともに口もきいてくれなかったものね」

「僕のことを食事としか思っていない竜ときく口なんか、持ち合わせていませんでしたから」

「……でも、本当に可愛がっていたんだよ、最初から」

「いつでも食べられる家畜として、でしょう」


「……うぐ」


 図星を付かれて動揺したらしい、彼女はあわてて話題をそらす。


「あ! こっちの銅像は誰のだろう! この石碑を建てた人かな!」


 石碑から少し離れたところに建てられている、立派な銅像だ。


「ええっと、何々? 『竜に立ち向かった英唯。ライア・レース国軍の』……」

「……僕を男娼として囲っていた指揮官ですね、例の」


 ロザリアの表情が一瞬消えた。

 かと思うと、彼女はおもむろに右手を上げ、銅像を「ぴん」と指で弾く。

 銅像は嘘みたいに宙を舞い「どんがらがっしゃーん」と轟音を立てて崩壊した。

 呆気にとられるシャムリルの前で、ロザリアは銅像の顔を細い足で踏みつぶす。


「ごめん、シャム。嫌なこと思い出させた」

「……いや、別にいいんですけど」

「私がよくない! この、チビで、デブで、ハゲの、ど変態がっ!」

「僕の代わりに怒ってくださるのはうれしいのですが……ってロザリア様! 鱗っ、鱗が出ています! あと牙とか、いろいろ!」


 ロザリアの怒りに呼応してだろう、白い肌に赤い鱗が浮かび、小さな口からは牙が生え、爪が伸びて竜のかぎ爪へと変化していく。


「あ、つい本性が」


「気をつけてくださいよ。これから一緒に旅するんですから。もしばれたら大騒ぎです」

「なに、私はこれでも、よく人間に混じって旅をしていたんだ。そんなへまはしないさ」

「それは前にも聞きましたよ。好みの人間を探すために、定期的に縄張りを放り出して国中旅して回っていたって」

「ぬう……。まさか巣にこれほど近い町に、シャムみたいな人間がいたとは思わなかったよ。もっと早くシャムを見つけられていれば、こんな男の手に――」


 あ、とロザリアが両手で口を抑える。


「ご、ごめんシャム~! 私また、キミの傷をえぐるようなことを~!」

「いやだから、もう気にしていないですって。それに遅かれ早かれ、僕はあなたに飼われることになっていたんでしょうし」


 仮にあの男に手篭めにされていなくても、紫の竜が襲ってこなくても、きっと彼女は自分を見つけ出し、連れ去っていただろう。

 そんな答えを返すシャムリルに対して、ロザリアは顔を輝かせている。


「そうだよね! シャムリルと私は、きっとこうなる運命だったんだよ! 私くらい神聖な竜となれば、神様だって微笑まずにはいられないってものさ!」

「はいはい、そうですね。――っと、蚊だ」


 ロザリアの言葉を適当に流していると、腕に蚊が止まっていることに気付く。

 次の瞬間、シャムリルの血を吸おうとしていた蚊は赤い炎に包まれた。


「私のシャムリルの血を吸おうなんて百年早いわ、羽虫が」


 目の前の少女は、真紅の宝石のような瞳を、竜のそれへと変化させていた。


「神聖な竜が、羽虫相手に神通力使わないでください!」






第一部です。

第一部は五十話までで、一話あたりの平均文字数がやや少なめになっています。



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