表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第一部 二
18/106

屋敷にて

「何度も言うようだけど、そんなに慌てなくても大丈夫だよ、シャム」


 残っていた食材を全て売りさばき、店を仕舞うことができたのは、あの二人が去ってから一刻も後になってからだった。

 あの二人。

 ベルという白衣の教会騎士と、その従士のカナナのことだ。

 ベルの正体が竜殺しだろうと言ったのはロザリアだが、当の彼女はそれを指摘した後も別段慌てる様子もなく、焦るのはシャムリルの方ばかりだった。

 おかげで肉を焦がしたり、釣銭の金額を間違えたりしてしまったのだが。


「あいつら、私の正体には勘付いていたみたいだけど、敵意はなかった。それに私がこの町に来ているのは偶然だ。つまり竜殺しは、私目当てでこの町に来たわけじゃない。シャムリルのことに至っては、『呪い』のことはおろか、『竜玉』についても知らないだろうし」

「では、アステラ様が目的ではないでしょうか?」


 宿屋に預けていた馬を受け取り、馬装を整えて荷馬車を用意しながら、その予想を口にする。

 しかしロザリアはそれにも軽い調子で答えた。


「それならもっと心配ないね。仮にあの竜殺しがアステラの正体を知っていたとしても、何もできないさ。だってアステラと事を構えたら、この町が消えてなくなるよ。あのベルとかいう女の表向きの身分は教会騎士だ。聖職者がそんなことすると思うかい?」

「そう、ですね。すみません、少し冷静さを欠いていました」


 シャムリルは肩の力を抜く。


「でも一応、アステラの耳には入れておいたほうがいいね。彼女のことだから、もうとっくに知っているかもしれないけど。それにアステラなら、あいつらが何の目的でこの町に来たのかも、もう知っているかもしれない」

「どういうことですか?」

 

 シャムリルは荷馬車の御者台に乗り、ロザリアに手を伸ばす。

 ロザリアはその手を取って、ひらりと御者台に飛び乗った。


「アステラはね、とても大きな耳を持っているんだ。この町の出来事は、すべてアステラの耳に入るようになっている」


 いくら竜とはいえ、そこまで鋭い聴覚を持っているのだろうか? 

 シャムリルは顔に出る疑問を隠さずに首を傾ける。

 するとロザリアは、教会で子供に読み書きを教える教師のような仕草で指を振った。


「アステラはこの町ができる以前から、この辺りを縄張りにしていたんだ。当時からこの地方の領主には恐れられ、敬われていた。それはこの町ができてからも同じ。アステラは人の世に降りたけど、未だにこの地方の領主一族はアステラに頭が上がらないらしい。領主だけでなくこの町の長もね。そしてそれは、この町の教会もだよ」

「教会も、ですか?」

「そうさ。アステラがどうやって、人間の死体を手に入れていると思う?」


 ロザリアの問いかけに、シャムリルは少し考えてから、そしてはっと気づいた。


「まさか、教会からですか?」

「そう。身寄りがなかったり、犯罪者だとか理由があって家族が引き取るのを嫌がったりする、そんな教会でも持て余してしまうような人間の死体。それをアステラは手に入れているんだ。教会の方もアステラの莫大な寄付で潤っていて、おかげでこの町の大聖堂は馬鹿みたいにでかいし、金箔で覆われた鐘を七個も持っているってわけ」


 シャムリルは少し呆れた。


「教会というのは、もっと神聖で、清廉で、清貧なところだと思っていました」

「大昔はそうだったらしいけどね。私も知らないような時代の話だよ」


 ロザリアは皮肉げに笑ってから、続ける。


「とにかくそういうわけで、あの竜殺しが教会騎士なら、まず教会に挨拶に行くのが普通でしょう? だったらその時点でアステラの耳にも入ったも同然だし、教会の方もアステラの寄付という貴重な収入源がなくなるのは困るわけだから、仮に竜殺しの目的がアステラだったとしても、必死に足止めしてくれるはずだよ。だから私たちは、あせらずアステラの屋敷に向かって、夕餐(ゆうさん)をごちそうになって、一泊してから、明日の朝のうちに町を出ることにしよう。……シャムリルはそれでいい?」

「はい。アステラ様にはお世話になりましたし、何かお礼をしたいのは山々なのですが、僕たちがこれ以上この町にいると、迷惑になるかもしれませんからね」

「そういうこと。私としても久しぶりに会う友人との別れは寂しいけど、まあ向こうもこういうことには慣れていると思うよ」


 だがロザリアの予想は、見事に外れてしまったのである。

 アステラの屋敷の広間では、例の二人が食卓の席に着いていたのだ。


   * * *


「やあ。また会ったね、シャム」


 シャムリルもロザリアも唖然としている中、一同で最初に口を開いたのはカナナだった。

 最初に出会ったときの旅装とは違い、修道女の正装を身に纏っている。

 長袖の上衣と、裾がふわりと広がったロングスカート。紺一色のそれらに、首から肩を覆う純白のストールを羽織っている。

 だが、肩で切り揃えられた茶色い髪を隠すための頭巾は、テーブルの上に置いてあった。

 カナナは首を傾け、飾り紐で編まれた横髪の部分をシャムリルに見せてくる。


「髪飾り。シャムとおそろいなの。いいなって思って。ベルに買ってもらったんだ」


 確かに今日、シャムリルは髪の右側を編んでいる。

 正確には、ロザリアが無理やり編んだのだ。

 男でもそういうお洒落をする者は少なくないが、シャムリルはもちろん嫌がった。

 しかしロザリアには逆らえない。

 朝、彼女はシャムリルの白い髪を編みながら、うきうきと「おそろいだねー」と言っていた。

 その紅く長い髪を編んだ――編まされたのもシャムリルだ。

 そんなロザリアは、カナナの発言に案の定反応した。


「おそろいなのは私! シャムは私とおそろいなの! 子供のくせに! 子供のくせに! 私のシャムに色目使うな!」

 

 実に大人げない。

 というより、これでも百年以上生きている竜なのだろうか。

 だがカナナは、起伏に乏しい声で、ロザリアにこんな言葉を返したのだ。


「子供って、お姉さんみたいな竜から見たら、シャムもカナも大差ないでしょう?」


 店の脇でロザリアの正体を誰何したときとは違い、断言だった。

 まだ十二、三歳程度にしか見えない少女に、ロザリアもシャムリルもたじろいでしまう。

 するとそのとき、カナナの隣に座っていた騎士が口を挟んだ。


「カナ、挨拶はちゃんとしないか。……改めまして、またお会いしましたね」


 教会騎士――ベルである。

 白衣のマントは壁に掛けられ、身の丈ほどもある大剣もその脇に立てかけてあった。 

 今身に纏っているのは、昼間マントの下に着ていた鎖帷子ではなく、修道士の正装だ。

 どこまでも純白な修道服は、当然のように男物だった。

 と、ふいにベルが立ち上がり、シャムリルに近付いてくる。


 ロザリアが警戒したように身構えるが、ベルは「失礼」と一言発してから、

 ――シャムリルの胸に手を当ててきた。


「――っ!」


 驚愕しながらも、ぺたぺたと胸の感触を確かめてくる。

 シャムリルは冷めた答えを返した。


「いくら触ったって、ないものはありませんよ。男ですから」

「ああ、(しゅ)よ……」


 主たる神に何事かぶつぶつ呟いている。

 ピンと伸ばしていた背筋を丸め、衝撃に打ちひしがれているようだった。

 心なしか馬の尾のような黒髪がしおれている気もする。

 

 しかしシャムリルの方も、この騎士が女性だとは到底信じられない。

 背はシャムリルよりも頭一つ分は高く、整った顔立ちは精悍と言っていい。

 確かに騎士にしては体の線が細い気もするが――とはいえ、流石にベルの体に触れて確かめることはできない。

 それに彼女は、「騎士」という本来ならば男にしか許されない職業に就いているのだ。

 気付いていないふりをした方がいい。

 きっと性別を偽ってまで「騎士」という職業に就いているのには、並々ならぬ事情があるのだろう。

 ロザリアもそのことには触れず、だが噛みつくように、こう言った。


「何の用だ、竜殺し」


 威嚇している様子なのは、おそらく「竜殺し」がどうのとか思っているわけではなく、単に彼女がシャムリルの体に無断で触れたからなのだろう。

 だがベルの方はそうは思わなかったらしい。

 すでに正体を見破られていることには僅かに驚いた様子ながらも、慇懃な口調でこう答える。


「貴女方に害を及ぼすつもりはありません、ロザリア様」


 複数を指す呼び方になっていたのは、ロザリアとシャムリル、そしてアステラも含んでいることを示すためだろう。

 やがて深々と溜息をついたのは、この屋敷の主たるアステラだった。


「ぬしら、ひとまず席に着け」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ