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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第三部 二章
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聖杯奪還(1)

 ”聖杯を回収する”

 それがシャムリルの掲げた目標、”やらなきゃいけないこと”の一つ目だ。


「ライア・レースの聖杯とも呼ばれているそれは、もともとミカナ様が地上に持ち込んだものです。

 実を言うと、天上世界にも似たような聖杯が存在していて……というよりも、”天上の聖杯”こそ本物で、地上にある方はその”模造品”とでもいうべきでしょうか。

 しかし模造品とはいえ、ライア・レースの聖杯が持つ機能、そして地上に齎す影響は決して無視できるものではありません。

 本来は天界の王の権限であり、権能である、”エデナを管理する力”と”竜を支配する力”。

 ごくわずかとはいえ、ライア・レースの聖杯にはその機能が備わっています」


 竜花楼第五層にある、おいらん専用サロン。

 一夜明け、改めて集まった面々を前に、シャムリルは前日と同じ説明をする。

 というのも、昨日の時点では竜花楼にいなかった者がいるからだ。


「お願いします。ギノ様、ハルト様。聖杯の奪還に協力してください」


 頭を下げながら懇願したシャムリルに、まず反応を示したのはハルト・ノイエンドだった。

 金髪碧眼、眉目秀麗の青年騎士。

 ヴェニカなどから(黙っていれば顔はいいのに)と思われている青年は、やはりというべきか周囲の期待を裏切らない行動に出る。

 すなわち、即座にシャムリルの下に跪き、彼の華奢な手をとって恭しく崇め始めたのである。


「ああ、我が天使――いや、女神よ。まずは昨日(さくじつ)、私めのような者にまで、かような素晴らしき天啓を御与えくださったことに、心よりの感謝を申し上げます」


 そしてハルトが装飾過多な言葉で語るのは、この場にいる他の竜たち、半竜の者たち、人間たちも体験した、白昼夢のごとき”天啓”――すなわちシャムリルが天の玉座へと昇り詰める光景だった。


「貴女様の、馥郁(ふくいく)たる花の香りのごとく纏われる、聖にして極みたる”王”の気配。ああ、この感動と畏敬の念をどのように表現し、お伝えしたらよいのでしょう」


 なんだかもう恥ずかしいやらくすぐったいやらで、いたたまれなくなったシャムリルは、


「く、くるしゅうないです、ハルト様」


 と訳の分からない言葉を口にし、シャムリル賛美を永遠に続けようとするハルトの言葉を遮った。

 同時に、彼を何とかしてくれそうなヴェニカに向かって「助けてください」と視線を送る。


「はいはいハルト先輩。姫様がお困りですよー。というか人目をはばからずにそういうことするの、止めてください。仮にも騎士として、聖職者としてどうかと思いますし、あと後輩として恥ずかしいです」

「む。しかしヴェニカ君」


 ヴェニカの手により、シャムリルから半ば無理やり引き剥がされたハルトは不満そうだ。


「ほら。ベルを見習ってください。ベルはハルト先輩と同じこと思っていても口には出しません。シャムリルちゃんが困るの分かってるから」

「むぅ。なるほど、”信仰とは言葉ではなく心である”というわけか」

「ええああ、うん、まあそんな感じで」


 何かを納得したようなハルトと、適当な相槌で流すヴェニカ。

 シャムリルは羞恥で熱くなった顔を冷まそうと、おいらん用の扇子を懐から取り出す。

 と、後ろに控えていた”猫”がにこやかな笑みを浮かべてその扇子を受け取り、代わりにシャムリルを仰ぎ始めた。


「シャムリル、お茶飲む?」


 気を遣ったロザリアの発言には”蛇”と”兎”が反応し、シャムリルの前にはふたりの完璧な連携で淹れられた紅茶が差し出される。


「あ、ありがとうございます、皆さん」


 ますますくすぐったいような居心地の悪さを感じつつも礼は忘れず、紅茶を口に運んでようやく気持ちを落ち着かせる。

 と、シャムリルが一息ついた頃を見計らって口を開いたのは、もうひとりの”竜殺し”ギノ・ディランゼだ。


「協力するのは無論、やぶさかではない。聖杯の恐ろしさも、聖杯をあの公爵が利用している危険性も充分に理解している。我々は実際に”ダリアシュネフの竜災”を経験した。そしてツィオーネからの護送団襲撃の件も、聖杯と公爵が関わっていると見て間違いない」


 ギノ・ディランゼは熊のような体格、筋骨隆々の大男である。

 その声もまるで熊が唸り威嚇しているよう。

 だが、この熊さんが騎士道精神に溢れた”騎士の鑑たる人物”と知っているシャムリルは、もう彼を恐れたりしない。 


「ありがとうございます、ギノ様。ギノ様とハルト様が味方なら、とても心強いです」


 にっこりと微笑みかけると、ギノは「むぐっ!」と大地が真っ二つに割れたような唸り声を上げ、苦しそうに胸を押さえて沈黙してしまった。

 それを見て、カナナがひとつ呆れたような溜息を吐いてから口にする。


「シャム。その笑顔は危険。使いどころを考えないと死人、というか殉教者が出る」

「カナちゃん、ひどい」

「ハルト様で試してみるといい」


 というか実際に、ギノの隣に座らされたハルトは卓に突っ伏しており、部屋の広さの関係で彼らの後ろに控えていた”鳥”と”狐”も、口や鼻を押さえて床にうずくまっていた。


「わ、我が女神のためならば、信仰に殉ずる覚悟は出来ております」

「ハ、鼻から血がッ」 

「俺たちヲ殺す気か、聖女ッ!」


 ついでに言えば、直撃こそしなかったもののシャムリルの笑顔を見た”灰桜色の竜”チィと、ヴェニカの従士スーまで、顔を赤くしている。


「わ、我を誘惑するでない、竜玉ッ!」

「はわわっ、わわっ! だめですぅ、そんな、わたし……」


 すると竜花楼の楼主、”真夜の竜”ことリンが、呆れを通り越して感心したような声で言った。


「そなたら、竜玉のことが好きすぎでありんすぇ……」


 そしてそれに応えるのは、「好きすぎる」が大きすぎて”天使”ミカナをも震え上がらせた、ロザリアとベルである。


「シャムリルだし」

「シャムリル……どの、ですから」


 互いの言葉で何かが通じたのか、視線を交わして神妙な顔で頷き合う、真紅と漆黒の竜であった。

 

「さて。竜玉の望みを叶えるため、具体的な計画を練りんしょうか」

 

 とリンが言ったそのとき、サロンの扉がコツコツと叩かれる。

 シンの落ち着き払った声が聞こえた。


「失礼いたします。エミ様とナミ様をお連れしました」

「あい。案内御苦労さんどすぇ、シン。――入りゃんせ」


 扉が開き、シンに連れられて”白い双子”が部屋に入ってくる。


「おっじゃましまーっす! こんにちわ、シャムちゃん!」


 短めの白い髪に、猫みたいに青みがかった銀色の瞳。

 いつもにこにこ笑顔を浮かべている、天真爛漫を絵に描いたような少年がエミ。


「お、おじゃまします。シャムリルさん、こんにちは」


 長く伸びた白い髪に、兎みたいに赤みがかった銀の瞳。

 下がり眉にうるうる潤んだ瞳、今にも泣き出す数秒前、みたいな少女がナミ。


 竜花楼のサロンに、新たに聖王リリアーヌお付きの”白き双子”エミとナミが加わった。


   * * *


 話は前日に遡る。


 天使ミカナの託宣と、シャムリルによる天啓。

 それらによって齎された情報を整理するため、話し合いにいっときの休憩が挟まれていたとき。


「うん? 何やら下が騒がしいでありんすな」


 自身の”巣”であり、庇護すべき者を大勢囲っている”縄張り”である竜花楼に生じた小さな騒ぎを、リンドウリルムは感知した。

 そのころ、楼主リンの命令によって厳戒態勢が敷かれている竜花楼の表門では、


「だーかーらーっ! シャムちゃんにお願いがあって来たの! ここ通して!」

「いかな理由があろうとも、聖女”一等花おいらん”白雪(シャノネーセ)様に面会することは叶わぬ」


 リンの命令に忠実な門番たちにより、追い払われようとしているのはエミである。

 竜災に心を痛めて伏せっていた白雪おいらん(実際には竜殺しの宿舎に避難していたのだが、そういう筋書きになっている)が回復し、再び花街の者たちに姿を見せたその日から、竜花楼には聖女に一目会いたいと願う者が押し寄せた。

 とくに今朝になってからはその勢いが凄まじい。

 被災した街を、聖女が”奇跡”を使って一晩で復興させたと信じられているからだ


「聖女様には、君のような者が訪れたこともお伝えしておく。ここはお引き取り願いたい」


 身なりこそきっちり整えているものの、特徴的な白い髪を帽子で隠したエミは、単なる子供にしか見えない。


(というかお会いできるものなら、俺たちの方こそ聖女様にお目通りしたい)

 そんなことを内心考えながらも職務には忠実な門番たちと、主であるリリアーヌの願いを叶えたいエミの間で押し問答が続く。

 とそのとき、リンに言われて様子を見に来たシンとカムロたちがやってきた。


「どうされたのですか?」

「これはシンおいらん、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「私はもうおいらんではありませんよ。大変なお仕事、御苦労さまです。――あら?」


 シンは門番たちと言い争っている子供を見て、その正体に気付く。

 そして丁度そこに、先走ったエミを追いかけてきたナミが、息を切らして現れたのだった。


「あ、ナミ。聞いてよこの人、ボクを追い返そうとするんだよ? りりー様のお願いを叶えなきゃいけないのに」

「エミ、ちょっと待って、――はぁ」


 乱れた呼吸を整えてから、ナミはその”手紙”を門番とシンに差し出す。


「この、手紙を、楼主リンドウリルム様に」


 その手紙に施された封蝋が目に入り、門番たちは信じられないように絶句する。

 職務上、貴族からの文などを受け取り、遊女に届けることもある彼らは、この国の貴族の紋章は全てと言っていいほど把握していた。

 しかしそれを抜きにしても、見間違えるはずもない印章。

 この国で最も尊い存在を示す御名御璽――聖遺物の一つたる聖璽(せいじ)である。

 ――聖なる竜と剣。


「聖王、陛下の、御親書……?」


 その後は硬直した門番の代わりにシンが親書を受け取り、リンへと届けた。

 そして親書を読んだリンにより、双子は竜花楼のサロンへと招かれたのだった。

 ちなみにそこで、


「シャムちゃんすごいねーっ! この街を一晩でふっこうさせたんでしょ!? 街の人たち、みんなそのことを話してた!」

「髪を隠して正解だった。シャムリル、さんと間違えられたら、大変……」


 何故か、そしていつの間にかシャムリルが懐かれており、白い双子に纏わり付かれていたのだが。

 頃合いを見て、リンがしたため終えた返事の文をナミに渡す。


「さて。陛下の御親書でありんすが。例の件……『白雪(シャノネーセ)おいらんを聖女として列聖すべく、一度王城に迎えたい』という打診への、返答の催促でござんした。竜花楼のおいらんが聖女として認められるのは光栄でありんすが、わっちらが一方的に利用されるわけには参りんせん。そこで、陛下らにも協力してもらいたいことがありんす」


 リンは手紙のやり取りの内容をそう要約して伝える。

 するとエミは不思議そうな顔に、ナミは心配そうな表情になる。


「ありんす?」

「わたしたちに、何かをさせるつもり、ですか?」


 リンは美しくも可憐に、そして人をたぶらかすような笑みを見せた。


「聖杯の奪還に、そなたらも協力しておくんなんし」


   * * *


 そして日を改め。

 再び竜花楼にやってきた双子は、聖王リリアーヌからの返事を伝えた。


「と、ゆーわけで。りりー様からも『いいよ』って言われたし、きょーりょくするね、シャムちゃん!」


「聖杯は、リリアーヌ様の所有物。本来ならばわたしたちの手で奪還しなければならないのだけれど、リリアーヌ様は事情があって動けない。『竜花楼の提案は、率直に言って非常に有難い。とはいえ本来は無関係の者たちに全てを頼り切るのは心苦しいし、何よりもそういうわけにはいかない。代わりといっては何だが、こちらからはエミとナミに協力させる』とのことです。……よろしくお願いします、シャムリルさん、皆様」


 にこにこ笑顔で宣言するエミと、不安や怯えが混じったような表情ながらも聖王リリアーヌのの言伝を告げるナミ。


「聖杯は今、パパが持っているんだよね。悪いことをしているんだから、めっ、て叱らないと」

「でも、お父様ははっきり言って、とても狡猾。盤上遊戯(チャットラン)じゃ、負けたところを見たことがない。どうするの?」


 と、双子の発言を受けて、一同がそれぞれに異なった反応を見せる。

 驚く者、唖然とする者、中でも多いのは、双子とカナナを交互に見比べる者たちだ。

 そしてそのカナナは、猫みたいな目をまん丸にしながら、ぽかんと口を開けていた。


「パ、パパ……?」


 驚いて声も出ないらしいカナナの代わりに、シャムリルが双子に問いかける。 

 同時に、元は”ギョク”の構成員で何か知っているはずのモドキたちと、においやエデナの質で血の繋がりを察せられるだろう竜たちにも視線を送る。


「うん。今聖杯を持っているのは、ボクとナミのパパだよ」

「わたしとエミのお父様は、レイド・ヴァン・フェルロート公爵。お母様は、三番目の妾、だったらしい」


 双子が言う。


「申し訳ありまセン。我々ごときガ、出しゃばるべきデハないと思い、お伝えシテおりませんでシタ」

 モドキたちを代表して、”猫”が申し訳なさそうにそう述べる。


「まぁ、うすうすは感づいてはおりんしたが」

 と、あっけらかんとした態度でリン。


「すまない、カナ。私はまったく気付いていなかった」

 驚きとともに、カナナに対して申し訳なさそうに謝るベル。


「我も。んー……言われてみれば確かに、という程度で、においは似てはいる気がするのぅ」

 すんすん、と確認するように鼻を鳴らして匂いを嗅ぎながらも、微妙そうな顔で首を傾げるチィ。


「私は、『遠い親戚くらいの血の繋がりはあるのかな?』くらいには。こっちの白いの(、、、)たちは不完全とはいえ”不老不死の聖呪”で血のにおいが変化しているから、確信はできなかったけど」

 ロザリアは疑問がようやく腑に落ちた、というような顔をしている。


「そう、だったのですか」


 カナナは混乱から立ち直ったのか、自分を納得させるように一度「ん」と小さく頷く。

 そして双子に対して、いつもと同じように抑揚に乏しくも、優しげな声で尋ねた。


「エミとナミは、何歳なの?」

「えーっと。十歳と、一つか二つくらい?」

「十二歳、です」


 そう、とカナナはまた一つ、今度は少し大きく頷いた。


「なら、カナのことは『お姉様」と呼ぶといい」


 嬉しそうにそんなことを口にするあたり、明らかに金髪で巻き毛の『お姉様』の影響を受けているカナナであった。


「おねーちゃん?」

「お姉様?」


 ぴったり息のあった仕草で首を傾げる双子に、カナナは口元を緩ませながら答える。


「そう。カナは、あなたたちの腹違いの姉」


   * * *


「まぁまぁまぁ! なんて可愛らしいお人形さんたちですの! あ、あたくしのことは『お姉様』と呼んでおくんなんしね?」


 遅れてサロンにやってきたアリスが、エミとナミの双子と挨拶を交わすなり、やはりといった反応を示した。


「アリスお姉様。エミとナミのお姉様は、カナです」

「あら。ならあたくしはお姉様のお姉様ですわっ! うふふ。シャムリルさんに、カナナさん、スーさんにナミさん。たくさんの妹に加えて、エミさんという弟までできて、あたくし幸せですわ!」


 シャムリルが「妹」扱いなのはもはや誰も指摘しない。

 だが双子の「お姉様」を勝手に自称するのは良いのだろうか。


「えっと。よろしく! くるくるの金髪のおねーちゃん!」

「よろしく、お願いします。えっと……アリス、お姉様?」


 問題なかったようである。

 天真爛漫なエミが明るく乗っかるのは予想できたが、神経質そうなナミまで表情を少し緩めているのが分かった。

 アリスは歓喜に「きゃあ!」と声を上げ、さっそく新たに出来た妹と弟を構い始める。


「よろしくお願いいたしますわ。エミさん、ナミさん」


 と、そこに苦笑混じりに割って入ったのはリンである。


「双子に構うのは後にしんしゃい、アリス。それよりも報告をお願いしんす」


 アリスが遅れてきた理由。

 それは彼女が、リンにある大事な仕事を任せられていたからだ。


「まずはこれを。双子が持ってきた、もう一枚の御親書でありんす」


 円卓に用意されていた席に座ったアリスに、リンは聖王リリアーヌの聖璽(せいじ)が押されたもう一枚の御親書を差し出す。

 アリス以外の皆はすでに目を通していた。


「……なるほど」


 恭しく、優雅さも忘れない仕草で御親書を受け取り、内容に目を通したアリスは、他の者とは違って驚いた様子もない。


「不敬な物言いかもしれませんが、流石でございますね」

「仮にもこの国の王でありんすし、かように大きな動きを察することくらい出来んしょう。まぁ、情報はやや古く、細かいところまで手が届いてもおりんせんが」

「その点ではどうやら、あたくしたち竜花楼の方が上、のようでござんすね」

「当然でありんすぇ」


 リンは不敵な、そして獰猛な笑みを見せ、飾り扇子で口元を隠すように覆う。


「さて、アリスおいらん。わっちの竜花楼が集めた情報による補足を頼みんす」

「あい、楼主リン様」


 アリスは姿勢を正し、カムロが淹れた紅茶で唇を湿らせてから語り始めた。


「まず、この御親書に記された内容は、あたくしたち竜花楼が掴んでいる情報と相違ございんせん。

 ――すなわち、レイド・ヴァン・フェルロート公爵に謀反(むほん)の兆しあり、と」


   * * *


 かつて、当時の聖王に反旗を翻し、国中を巻き込む内乱を起こした王弟がいた。

 二百年前に起きたその大事件を、ザンデの内乱という。


「兵を起こして聖王陛下を(しい)(たてまつ)り、己が王位に就かんとす。……聖王教の定める”十七の禁忌”の一つにして、この国の法に照らし合わせても大逆罪が適用されます。いかな理由、いかな大義名分を掲げようと、謀反の首謀者は極刑を免れない。そもそも賛同する者がいようはずもなく、無理に兵を起こしたところで、反逆者として討伐されるのが落ちだ。それでも公爵は謀反を起こすと?」


 整った顔を顰め、疑問を呈するのはハルトだ。

 ザンデの内乱では中立を保ち、その悲劇を代々語り継いできたノイエンド聖爵家の者として、御親書の内容は信じられないようだった。

 それに答えるのは、竜花楼”二等花おいらん”アリスである。


「すでに情報も証拠も集まっておりますわ、ハルト様。公爵閣下は聖杯の所有を大義名分に掲げておられるようですね。――ここで名を挙げるのは差し控えさせていただきますが、あたくしたち竜花楼のおいらん(、、、、)が親しくしている旦那様には、(たっと)き家の方々もおられますの。その中には、公爵閣下の下につくよう唆されたり、脅されたりしておられる旦那様がいらっしゃったようですわ」


「さらには、公爵閣下と邪な志を共にするディクト・パ・ヘモ枢機卿閣下、でしたか? そのお方から聖王教の教義から外れた思想を聞かされ、大逆という”十七の禁忌”の一を犯すよう唆された、聖なる職に就いておられる旦那様もおられたようですわ」


「そして公爵領に縁ある商人の旦那様からも、かの領内で、武器や食料の売買に不審な動きがあると」


「他にも、聖なる誓いを立てた剣と盾を持って聖王陛下にお仕えしている騎士の旦那様。一声で数千もの(つわもの)を動かすと豪語されている軍人の旦那様。位や俸禄こそ得てはおられませんが、いざ戦となれば一騎当千の働きをされるという傭兵の旦那様……。そのような方々が、これより起こる大きな戦を察しておられるようでしたわ」


 アリスによって述べられるのは、竜花楼のおいらん、そして遊女たちが総力をもって集めた”情報”だった。


「なっ……」

「どうやって、それを……」


 ハルトとギノが驚愕に目を見開く。

 対して、アリスと他のおいらん・遊女たちを信頼している楼主リンは、迷わず次の指示を出す。


「御苦労さんどした。おいらんと遊女たちには、後に報奨を与えんしょう。――さて、次はその旦那様たちを上手く篭絡せねばなりんせんな」

「あい。ですがリン様。お言葉ですが、すでに何人かの旦那様方は、篭絡済みのようでございんす」


 するとリンは一瞬きょとんとした後、くすくすと可憐に笑いだす。

 一方で、自分たちの知らないところで進んでいた事態に付いていけない者たちは、唖然としている。

 そんな彼らに向き直り、アリスはくすりと妖艶な”おいらん”の笑みを見せた。


傾城(けいせい)と謳われる竜花楼のおいらんを、操国(そうこく)と称される遊女たちを、なめんでおくんなんし」


 その後カナナが「おいらん怖い、遊女さんたちも怖い」とつぶやいたのが印象的であった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白すぎて一気に読んでしまった。明後日テストなのに辞められなかったぜ。 [一言] 続き楽しみにしてます!!
[良い点] キャラ同士の関係性が好きで面白かったです [一言] いつまでも更新待ってます
[良い点] 素晴らしいです。大きく歪みきりながらも美しい関係性があまりにも尊かったです。 [気になる点] こんなに面白いのにあまり評価されていない不思議。 作者様が今もなろうにいらっしゃるかはわかりま…
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