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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第三部 二章
102/106

天上の国(1)

「なんとまぁ、これはまた……」


 あの夢から目覚め、そのまま眠れない夜を過ごした翌朝。

 シャムリルとロザリアが竜花楼第五層のおいらん専用サロンに赴くと、朝の紅茶を嗜んでいたリンは挨拶もそこそこにそんなことを言って、シャムリルのことをまじまじと見つめてきた。

 彼女の美貌は驚きと呆れが半々に混じったような表情となり、黒水晶のような瞳は眩しいものを見るかのように細められている。

 リンの世話をしていた二人のカムロもシャムリルを見て、唖然とした様子でぽかんと口を開いていた。


「おはようございます、リン様。えと……僕、何か変ですか?」


 身だしなみは鏡の前できちんと整えてきたはずだ。

 初めは慣れなかった、おいらん専用の略装ドレスも着こなしている。

 いつもと違う点といえば、シャムリルの方からロザリアに腕を絡ませているところだろうか。


「自覚はなしでやんすか……。ロザリア」

「へ? あ、うん」


 珍しく自ら距離を縮めてくるシャムリルに顔をデレっとさせていたロザリアは、リンの呼びかけにようやく意識を現実へと戻す。


「私もわからない。昨夜はいつもと同じようにシャムリルを食べただけなんだけど。シャムはそのときにおかしな夢を見たんだって」

「夢、でありんすぇ?」


 いぶかしみ繰り返すリンに、シャムリルはロザリアに腕を絡ませたまま、こくりと頷いた。

 

「ふむ……。全員がそろったら詳しい話を聞きんしょうか。今のそなたを見てうるさくしそうな者はおりんすが」


 リンはひとまず、といったふうに話を後回しにする。

 少なくとも昨日、竜花楼に帰還したシャムリルにこのような異常は見られなかった。やはり“夢”とやらが関係しているのだろう。

 それからリンは、目の前の卓に置かれた花瓶を見て、呆れたように息を吐く。

 カムロが活けた色とりどりの花々。中にはまだ蕾のものもあったはずなのに、どういうわけか全てが生き生きと花開いている。

 間違いなく、たった今サロンにやってきたシャムリルの影響だ。

 どうしたものか、とこめかみを指で押さえながら悩んでいると、サロンの扉がとんとんと叩かれた。

 部屋に入って来たのはベル・ファフティーナとカナナ・ロ・フェルタだ。


「おはようございます、リン様。ロザリア様、シャム……リル、どの?」


 ベル・ファフティーナは部屋にいた面々に順番に挨拶をし、案の定、シャムリルのところで固まった。

 黒曜石の瞳を驚愕に見開き、シャムリルのことを凝視しながら体全体を硬直させている。

 

「おはようございます、皆様。それでシャムはどうしちゃったの、それ?」


 カナナもまたシャムリルを見て猫のような目をまん丸にさせている。

 しかし当の本人はふたりに挨拶を返しながらも不思議そうに首を傾げるだけだ。

 と、廊下の方からチィとシンの会話が聞こえてくる。


「うぅ……。シンよ、我はまだ眠いぞ」

「しゃんとなさってください、チィ様。それと昨夜はアリスと花札(かるた)盤上遊戯(チャットラン)で夜更かしをなさったのでしょう? 遅くとも”夜二ツの鐘”までには寝なければだめですよ?」

「むぅ。我を子供扱いするなシン。そもそも、子供っぽいアリスが毎回全力を出すせいで、我がいつまでも勝てずに夜更かしをしなければならなかったのだ」

「それはどちらも大人げないというか、どちらも子供っぽいです……」


 サロンの扉がシンの手で叩かれ、開かれる。


「おはようございます、皆様。……あら?」

「むぅ。これはまた、普段にも増して凄まじいの」


 そしてやはりシャムリルを見て、いつもとは違う反応をするのだった。

 さすがにそろそろ気になったシャムリルは、思い切って尋ねてみる。


「あの。皆さん、いったいどうされたのですか?」


 答えには一拍の間があった。

 ロザリアとリンは目を見交わして、どう伝えればいいのか迷っている様子。

 ベルはシャムリルを見つめたまま固まってしまっている。

 チィは獲物を前にした肉食系小動物のごとく目をぎらぎらさせて、今にもシャムリルに飛びかかりそうであり、シンはそんな小さき主を後ろからそれとなく抑えている。

 カムロたちはうっとりとシャムリルを見つめるばかり。

 結局、思いきった様子で口を開いたのはカナナだった。


「なんていうか……。今のシャム、すっごくキラキラしてる」


   * * *


「まぁ、聖女様。今日ハいつにも増して、神々しくあらせられマスね」

「まるで、天の国より降り立った、神の御使いのよう、です」

「…………っ」

「やばいッス」

「クッ。そんな目で見るナ! 罪悪感を刺激されルッ」


 竜花楼にその身を預けられている元モドキたち。

 猫、蛇、兎、鳥、狐は、シャムリルを見るなり口ぐちにそんなことを言う。何やら忠誠心やら信仰心みたいなものがますますひどくなっている気がした。


 シャムリルは困りきって、すがるようにロザリアの腕を抱きしめていた力をさらに強くする。

「ごくりっ」

 とロザリアが唾を呑む音が聞こえたが、気に留めずに説明を求める視線をリンへと向けた。


「エデナでありんすな。今のそなた、以前よりもエデナが増しておりんす。それも竜や半竜の者でなくとも感じられてしまうほどに」

「今のシャム、透明な光みたいなものでキラキラしてる」

「シャムリル様の周りで光の花弁が舞っているように見えます。その、なんといいますか、宗教画に描かれる天使の光背そのままかと……」


 リンの言葉を肯定し補足するように、人間代表のカナナとシンが自分たちから見たシャムリルの様子を説明してくれる。

 さらには、


「リン様。言われたとおりのものを持ってきやんした」

「萎れかけの花と、クナエ二等花おいらんからお借りしたお猫様でやんす」


 リンに指示され、竜花楼を探し回っていたカムロたちが戻ってくる。

 彼女たちはそれぞれ、花瓶に活けられたまま萎れかけた花と、病気か何かで衰弱している黒猫を抱えていた。

 と、カムロたちが抱えるそれらにシャムリルが目を向けた途端、


「えっ」

「まぁ」


 透明なキラキラした光が、白い花と黒猫を包み込む。

 そして次の瞬間には、花も猫も元の生き生きとした様子を取り戻していた。


「ナァ」


 先程までぐったりしていた黒猫はカムロの腕の中から飛び降りると、ぽかんとしているシャムリルの足元まですり寄ってきて、元気に鳴いてみせる。

 ひとしきりごろごろ鳴きながら、シャムリルに顔や頭を擦りつけると、また一声「ナァ」と元気よく鳴いて、とてとてと去って行ってしまった。呆然としているカムロたちの足の間を抜け、開いた扉から外へ出ていく。飼い主のクナエおいらんのところへと戻るのだろう。 


「流石はお猫様。自由気ままでありんすぇ」


 猫を見送ってそんな感想を述べると、リンは生気を取り戻した花の方をカムロから受け取る。

 それを少し観察して、


「やはり神通力でありんすな。まぁ、これしきのことではもう驚きやしやせんが」


 ひとり納得して頷き、カムロにその花をサロンに飾るよう命じる。


「あの、僕はかなり驚いているのですが」

「なんの。それだけのエデナが溢れ出しておりんすし、当然でござんしょう」


 シャムリルの驚きや疑問は、リンに「当然のこと」と言い切られてしまった。

 誰か何か言ってほしいと周囲を見回せば、


「えっと、私が拾ったばかりのころのシャムリルのエデナを一としたら、今は百くらいになっていると思う。今までも少しずつエデナが増えて、どんどんシャムリルが美味しくなってたんだけど、今のシャムはなんていうか、もう……っ、ごめんシャム、ちょっと」

「申し訳ありません! これ以上理性を保てる自信がないので、外の空気を吸ってまいります!」

「わ、我ももう我慢できぬ!」


 シャムリルと目が合うなり、ロザリア、ベル、チィの三柱の竜は立ち上がり、部屋の外へと出て行ってしまった。

 目が合った瞬間に彼女たちが見せた表情は間違いなく、”シャムリルを食らおうとする竜”のそれだった。


「ええっ!?」

「やれやれ。皆、まだまだ未熟でやんすな。……っ! わっちも少し席を外しんす」


 多少なりとも傷つき、慰めと説明を求める目でリンを見つめれば、五百年の時を生きてきた彼女でさえ同じことを言って席を立ってしまった。

 結局彼女たちが戻ってくるまで、シャムリルは八つ当たりするようにぬいぐるみ(ジョゼフィーヌ)をもふもふしながら、カナナとシンに慰められるのだった。


   * * *


「そういえばベル様?」

「はっ。な、なんでしょうか? シャムリル……どの」


 サロンに置かれたふかふかの長椅子(ソファ)に腰を沈めながら、シャムリルが口を開いた。

 シャムリルの纏う膨大なエデナに当てられて部屋を出ていた四柱の竜の中で、一番早く理性と冷静さを復活させ、部屋へと戻って来たのがベルだ。

 竜の中では最も若いとはいえ、今や竜の誰もが認める鉄壁の自制心は流石である。

 シャムリルは、そんなベル・ファフティーナの鉄壁をぶち壊す言葉を投げかけたのだった。


「僕のこと、しー君って呼んでくれませんか?」

「し、しー君!?」


 とんでもない量のエデナを放出させてキラキラした光を纏いながら、誘惑していると捉えかねない仕草で首を傾げ上目づかいでベルを見つめるシャムリル。


「いいい、いきなりどうされたのですか、シャムリルどの!?」


 一昨日、竜殺しの宿舎でヴェニカとカナナに呼び方を指摘されたのが関係しているとは理解できたが、当のシャムリルは「ベル様の好きに呼んでください」という考えで、実際にそう言ったはずだ。

 それがいきなり「しー君」とは。

 シャムリルの心境にいったい何の変化があったのだろうか。


「あの、ふたりきりのときとかでもいいので」

「ええ!?」

「……だめ、ですか?」


 灯りに照らされ淡く光る雪のような、澄んだ夜空に浮かぶ銀河のような瞳に映るのは、誰でもいいからすがりたいというような、悲しみや寂しさといった感情。

 同時に溢れだすエデナの光がキラキラと、まるでシャムリルが内心で流している涙のようにきらめく。


「……っ!」

「ぬぅ。どうしたのだ竜玉よ。我にも分かるくらい、今日の貴様は少しおかしいぞ?」


 戻って来たチィがいぶかしげに尋ねる。

 この小さき灰桜色の竜は、こっそり部屋から出て行ったシンから血を与えられたことで我を取り戻したようだ。


「チィ様はちっちゃいですね。なんだか妹みたいです」

「ぬっ!? ちっちゃいだと! 我は竜だぞ! 貴様より長生きしているのだぞ! 我のことはお姉様と呼ぶが良い!」

「……チィ様がお姉様ですか?」


 外見はどうみても十歳ほどの少女。言動だってとても長生きしている竜には見えない。

 そんなチィがお姉様というのはどう考えてもちぐはぐで、違和感しか覚えない。


「チィ様は昨夜、アリスと夜通し遊んでいましたから。アリスにいろいろと影響されてしまったのでしょう」


 シンがこっそり教えてくれた情報で納得する。そのシンも、チィに噛まれ血を抜かれた傷が、シャムリルが無意識に放つ神通力によってすっかり癒えていた。


「チィ様は、カナちゃんと一緒で妹みたいというか……」

「あ。ねえシャム、カナも来年はもう、シャムと同い年になる」


 カナナの言葉にびっくりして目を見開くシャムリル。

 当たり前のことだが、不老不死のシャムリルと違い、カナナは普通の人間だ。出会ってからまだそれほど長くはないが、実はその間にもほんの少し身長が伸びているカナナだった。


「でも、しばらくはシャムの妹みたいな感じでいいよ」


 カナナは明らかに様子のおかしいシャムリルを気遣ってそう告げる。

 そのまま長椅子(ソファ)のシャムリルの隣に座り、甘えるようにもたれかかると、チィが「む」と対抗心を燃やしたようにシャムリルの膝の上に陣取った。


「カナナ・ロ・フェルタが妹なら、やはり我は姉にふさわしかろう」

「……チィ様、カナよりもちっちゃいのに?」

「なにおう!?」


 小さなふたりがぎゃあぎゃあ言い合っているのを、少し離れた茶卓(ティーテーブル)に座っているロザリアとリンが見つめている。


「独占欲の強いそなたがあれを放置でありんすかぇ、ロザリア?」

「うー。昨日、”約束”があったばかりなのに、このままだとまたシャムリルを襲って約束を破っちゃいそうだから。それに、今のシャムリルに必要なのは私じゃないんだと思う」

「ほう。そなたがそのようなことを思うのと、竜玉があのように不安定なのは、”夢”とやらの影響でありんか?」

「うん。シャムリル、夢で死んじゃったはずの家族にあったんだって」

「……なるほど」


 リンは納得しつつも、夢とやらについてさらに思案する。

 ただの夢ならばまだいい。しかし内容が内容であり、同時にシャムリルが”竜玉”であること、そして無意識に神通力を発動させるほどのエデナを放つようになったことを考えれば、迂闊に決めつけることはできない。


「何か知っているでしょう、リン」

「さて。とにもかくにも、本人から夢の内容を確認せねばなりんせんな」


 と、シャムリルの変化に戸惑いつつ気をもんでいたベル・ファフティーナが、何かを決意したように彼の前で膝をつく。


「シャムリル、どの。何があったのかは存じませんが、口下手な私でも話を聞くことはできます。もしかしたら、話すことで楽になるかもしれません」


 まさしく忠誠を誓う騎士という表現がぴったりの姿。

 同時に、家族にも近しい彼女の言葉は、シャムリルの不安定だった心を慰め、安心を齎してくれる。

 その場の全員がベルの行動に内心で称賛を送り、続くシャムリルの言葉をじっと待った。


「あの、えっと。お恥ずかしい話なのですが……」 


 しかしそのとき、部屋へ近づいてくる足音が聞こえてきて、シャムリルの言葉が中断されてしまう。

 一人は急ぎながらも上品さを失わずに、そしてもう一人は訓練された騎士の足運びで。


「失礼つかまつりんす! リン様、一大事にございんす!」


 先に到着したアリスが扉を開けるなり、息せき切って口を開く。

 彼女と同時に現れたのは、竜殺しでひとり竜花楼に待機を命じられていたヴェニカだ。


「アリスお姉様!」

「シャムリルさん!? その、それはいったいどうなさったのですか?」


 アリスの目にはやはりキラキラ光る妹分の姿が映っていた。そして半ば強要したのは自分の方であれ、”お姉様”と呼んだ際のシャムリルの様子が明らかにいつもとは違うことにも気付く。


「シャムリルちゃん、どうしたのその神々しい姿」

「えと、エデナの影響みたいです。ヴェニカお姉ちゃ……ヴェニカ様」


 つい「お姉ちゃん」と言いかけて慌てて言い繕うシャムリルに、ヴェニカは心臓を貫かれたようにくらりときて、危うくその場に崩れ落ちそうになった。


「こ、これは危険だわ。危険すぎるわ」

「ご、ごめんなさい! ついうっかり」

「いや、いいんだけど。……もういっかい『お姉ちゃん』って呼んでくれない? あたしそれで一生分は頑張れるから」


 立ち直るなりそんなことをのたまうヴェニカに、シャムリルは恥ずかしさに顔を赤らめながらも再びその呼び方を口にしようとする。

 が、もごもごと囁かれた「お姉ちゃ」のあたりでリンが口を開き、その言葉をかき消してしまった。


「それでアリス。一大事とは何でありんすか?」

「は、はい! 花街が一晩で――とにかく外をご覧おくんなんし!」


 アリスの切迫した様子にただならぬものを感じたのか、カムロたちが真っ先に動いて露台(バルコニー)に通じる窓を開けた。

 天気の良い日はおいらんたちのお茶会にも利用される露台(バルコニー)は、広大な花街を見渡せる絶景の場所だ。

 露台に出て花街を見渡したリンは、感嘆の呆れの混じった声とともに美貌をわずかに引き攣らせる。


「なんとまぁ……。これほどでありんすか、竜玉の神通力は」

「どうしたのリン。って、わぁ……これ、シャムリルの力?」


 三日前、ダリアシュネフが起こした竜災により壊滅したはずの花街が、元の街並みまで復興していた。

 当然、竜花楼主導で王都中や近隣の町から大工や職人を集め、復興を急がせていたのだが、いくらなんでも三日で元通りになることなんてありえない。

 そもそも昨日までの時点では、作業は順調に進みこそあれ、ようやく瓦礫などの撤去が完了し、街並みの基礎を造り直す段階に入ったばかりだったはずだ。

 実際のところ、この街はわずか一晩で完全に復興してしまったことになる。

 それを成したのが誰なのか、リンとロザリアの呟きから察した面々が、一斉にシャムリルを見た。


「あの、僕、何もしていません……」

「何もせずとも、”願い”はしていたでありんしょう? 昨日、竜花楼に帰還した後、人々に請われてこの露台(バルコニー)から姿を見せたとき」


 確かにシャムリルは昨日、白雪(シャノネーセ)おいらんを心配し一目顔を見たいと集まった人々の前に現れて、その際に彼らと共に祈りを捧げた。

 ――この街が、一日も早く元の姿になりますように。

 と。


「え、でも、そんなことで……」

「神通力とはそういうものでありんすぇ。まぁ、これだけの力、わっちの数百年前の全盛期でも可能かどうか……。今のロザリアならできそうでありんすが」

「うん。でも私だとすっごく頑張らないと難しそうだし、できたとしてもすっごくお腹減ると思う。そもそも私じゃ、こんな風に神通力を使うなんて考えもしなかったし」

「で、ありんしょうなぁ。わっちもアステラも、アステラに育てられたロザリアも、人の営みに神通力で干渉することを良しとはしやんせん」


 リンはロザリアと竜らしい意見を交わし合い、それからまたシャムリルの方へと黒い瞳を向けた。


「竜玉。そなたも、ここに来たばかりのベル・ファフティーナと同じく、神通力の使い方を学ばなければなりんせんな」

「……はい。申し訳ありません、リン様」

「謝る必要はありんせんよ。むしろ花街を復興してくれたことには感謝しておりんす。――ほら。ようやく起き出して街の状態に気付き、これを成したのが誰なのかも察した者たちが、集まってきておりんすぇ。彼らに手を振ってやりんしゃい、聖女白雪(シャノネーセ)おいらん」


 リンに背中を押され前に出たシャムリルを、歓声が迎えた。

 しかし歓声はすぐにどよめきに変わる。

 戸惑ったように微笑みながら手を振る聖女が、神々しいまでの光を纏っていたために。

 とはいえ、白雪おいらんが紛れもない聖女であることには変わりなく、キラキラと纏う透明な光は神々しさを増幅し強調することはあれ、否定し拒絶されるようなものでは決してない。

 あるいは聖女白雪おいらんは、本当に天の御使いなのかもしれない。


 誰かが真っ先にその場に跪き、祈りを捧げる。

 誰かが涙を流して感謝の言葉を述べる。

 

 やがて歓声はさらに大きくなり、朝の花街を震わせるほどに響き渡った。


「――そういえば、聖書にも似たような奇跡が記されているのを、カナは思いだしました」

「あ、初代聖王ライア・レースの奇跡のひとつね。神の子の力で、あの王城を三日で建てたっていう」


 集まった観衆からは見えないように数歩下がった位置で、カナナとヴェニカが囁き合う。


「ああ、それはシャンドラが……こほんっ。とにかく、これだけの奇跡、王城や聖王庁の連中も”聖女”白雪おいらんを認めざるを得ないでござんしょう」


 リンは己の失言を咳払いでごまかし、”聖女”の力が今後にどう影響するのかを言葉して確認する。


「ねぇリン。今更なんだけど、ほんとに王様に協力しなきゃだめなの?」

「そのことも含めて、これから話し合わなければなりんせんな。それよりもまずは”夢”の内容を聞くべきでありんしょう。――と、そなたの忠義からの行動がうやむやになってしまいんしたな、ベル・ファフティーナ。ごめんなんし」


 第一の騎士として、親しい者として、シャムリルから話を聞き出そうとしていたベルは、穏やかに微笑んで首を振った。


「そのようなことは。私でなくとも、ここにいる誰かが同じことをしていたでしょう。シャムリル……どのはそれだけ慕われておりますから。それよりも、このままでは”聖女”様を観衆が解放してくれそうにありません」


 聖女を一目見ようとする者はますます増え、竜花楼の前にある広場はとんでもない人の数になっていた。

 

「リン様ぁ……。僕、いつまで手を振っていればいいのでしょう」


   * * *



「そういえば、猫さんや蛇さんたちの名前も考えなきゃいけませんね」


 集まった花街の住民たちをなんとか解散させ、ひとまず一息入れるために円卓に座れば、竜花楼預かりの身となっている元”モドキ”たちが甲斐甲斐しくシャムリルの世話を焼こうとする。

 それを見て思い出したのは、彼らの新しい名のことだ。


「それは後でようござんしょう。まずはそなたの見た”夢”の内容について、それから今後のこと――現聖王に協力してどうするのかを話し合わなければなりんせん」

「あ、そうですね。ごめんなさい、話を逸らしてしまって」


 どうにもシャムリルの仲間と言うべき人数が増えたからなのか、そういう性格をしている者が多いせいなのか、こうして集まると誰かが話を本題から逸らしてしまう傾向がある。


「リンがそれを言う……?」

「こほん。さあ竜玉、きりきり喋りんしゃい。”夢”の内容次第では、今後の方針にも影響があるやもしれんせん」


 円卓に集うのは、リン、シャムリル、ロザリア、ベル、カナナ、ヴェニカ、そしてチィとシンだ。

 元モドキたちとカムロたちは壁際に控えている。

 協力者である”竜殺し”ギノとハルトは、ツィオーネからの護送隊の襲撃事件について調べていて、この場にはいない。


「えっと、僕もあれが、本当に”夢”だったのかは分からないのですが……」


 シャムリルがそう前置きをしてから、話を始めようとしたときだった。


「……っ!」

「シャムリル!?」


 突然、シャムリルを激しい眩暈が襲った。

 纏っていたエデナの光が明滅し、異変に気付いたロザリアが慌ててシャムリルの名を呼んだ。

 しかし次の瞬間、光は白く眩く膨張し、シャムリルを包み込んでしまう。


「……シャム? だいじょうぶ?」


 光が収まったのを確認し、もう一度シャムリルに呼びかけるロザリア。

 その返答は、


『ここから先は、私がお話しましょう』


 シャムリルのものとは違う口調。

 異なる雰囲気。

 シャムリルの相次ぐ変容に戸惑う一同の中、真っ先に冷静さを取り戻したのは、ロザリア、ベル、そしてリンだった。


「シャムリル……じゃないね。誰?」

「シャムリル、どのに危害を加えるおつもりなら、あなた(、、、)が誰であろうと容赦致しません。シャムリルどのから出て行っていただきたい」


 剣呑さを隠そうともしない二柱の竜とは違い、リンは呆れたようにため息をついて、シャムリルに――シャムリルの体に乗り移った者に話しかける。


「言うだけ無駄だとはわかっておりんすが。そなたはいちおう、聖王教の教義では現世へ顕現できないことになっておりんすぇ、ミカナ(、、、)


 リンの言葉に答えた彼女(、、)は、シャムリルの美貌に聖母の微笑を浮かべる。


『久しぶりですね、リン。それから他の皆様は初めまして。ひとまず、落ち着いて私の話を聞いてくださいな』


 シャムリルの体を借りて、聖母ミカナが顕現した。


   


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