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竜に飼われる永遠は  作者: 花見 もみじ
第三部 二章
101/106

夢(2)


 死と眠りの違いなんて、シャムリルにはわからなくて――。

 けれどこれもきっと夢なのだと思った。

 ロザリアに食べられて死んだ自分が見ている、不思議な夢。


「こんにちは。それからこうして直接会うのは初めましてかしら。会いたかったわ、シャムリルちゃん」


 吸い込まれそうなほど深く、澄んだ高い空と、地平の果てまで広がる白い小さな花の絨毯。

 青と緑と白のまんなかに小さな四阿(あずまや)がぽつんと佇んでいて、綺麗な女性がそこでシャムリルのことを待っていた。


「聖母ミカナ様……?」


 四阿の中から優雅に手招く女性と、花街を見守る白亜の聖母像が、自然とシャムリルの中で結び付く。

 透き通るような金の髪、同じ色のきらきらした宝石のような瞳。大理石の肌でなくとも白く、けれど血の通っている薄桃色の肌。優しい微笑をたたえる牡丹色の唇。

 柔らかな声は、かつてシャムリルの頭の中に響いてきたものと同じだ。


「ただのミカナでだいじょうぶよ。どうぞおかけになって、シャムリルちゃん」

「は、はい。ミカナ様」


 舞のようにたおやかな手ぶりで四阿に用意された茶卓子(ティーテーブル)を示され、シャムリルは少し上擦った声で返事をした。

 かちこちに緊張しながら、おっかなびっくりミカナの対面の椅子を引いて、おそるおそる腰を下ろす。

 伺うように顔を上げれば、向かいの席に坐した聖母は慈愛の笑みを浮かべていた。


「ふふっ。シャムリルちゃん。見れば見るほど、可愛くて綺麗ね。びっくりちゃった」


 びっくりしたのはこちらですと言いたい。

 ついさっきまでロザリアとの”約束の食事”の最中だったはずなのに、どうして聖母ミカナ様と向かい合っているのだろう。


「あらためて。はじめまして、シャムリルちゃん。といっても何度かお話はしていたけれど」

「は、はい。はじめまして、ミカナ様。お会いできて光栄です」

「あまり固くならないでね。まずはお茶でもどうぞ」


 ミカナは慣れた手つきで、卓に用意されていた茶器から茶を淹れ、シャムリルに勧めてくる。

 シャムリルは差し出された白いカップを恐縮しながら受け取った。

 ふんわりと甘い花のような茶の香りのおかげか、ようやく緊張が少し解けたのを実感する。


「あの、ミカナ様。僕は夢を見ているのでしょうか?」

「そうね。わかりやすく言えば、シャムリルちゃんの”魂”が見ている夢かしら?」

「……魂?」


 理解が及ばないことを申し訳なく思いながら、シャムリルは首を傾げる。

 するとミカナもまた、上手く伝えられないことに申し訳なさそうな顔をした。


「だってシャムリルちゃん、死んじゃっているもの」

「ああ、やっぱり。……今日のロザリア様、今日もというべきか、ずいぶんとお腹が減っていたみたいですから。途中で意識がなくなったので、そこで一度死んだのでしょう」


 直前の記憶は、シャムリルのお腹の中にロザリアが顔をつっこんできたところで途切れている。


「ということは、これは死んだ僕が見ている夢なのでしょうか?」

「ええ。おおむねそのとおりなのだけれど……シャムリルちゃん、動じないのね」

「死ぬのは慣れていますから」


 死んだ状態で夢を見るのは初めてかもしれないけれど。

 眠っているときに見る夢とは違うのだろうか? 

 シャムリルの心の中にふと浮かんだ疑問を、ミカナは的確に察して答えを教えてくれた。


「夢というのは正確ではないわね。もともとこの世界があって、私がシャムリルちゃんの魂をこの世界にお招きしたの」

「……この世界?」

「シャムリルちゃんも知っている言葉で言えば。天上世界、あるいは天の国、あるいは……死後の世界かしら?」


 なるほど、とシャムリルは相槌を打つ。分かったようでよく分からない。


「本当に動じないのね……」

「いえ。今のはちょっとびっくりしました。ひとつ確認してもよろしいですか、ミカナ様?」

「どうぞ」

「僕は……僕の魂ですか? は、ちゃんと元の体に戻れるのでしょうか?」


 するとミカナは何故か悲しそうな顔をする。

 シャムリルのことを心配しているような、気遣うような声音で、


「もちろん、私が勝手にお招きしただけだから……シャムリルちゃんが戻りたいと思えば、戻ることは出来るわ」

「そうですか」


 よかった、と安堵の息をもらす。

 僕が戻らないと、ロザリア様はきっと心配してしまう。


「シャムリルちゃんが望めば、ずっとここにいることも出来るのだけれど……」


 ミカナの表情が悲しみ、困惑、心配といったものが混じった複雑なものに変化しているのを見て、シャムリルは己の失言を察する。

 招かれたのに戻りたいだなんて、失礼以外のなにものでもない。


「も、申し訳ありません、ミカナ様。せっかくお招きいただいたのに、失礼なことを」

「いえ。いいのよ。さっきも言ったけど、私が勝手にお招きしただけだから。それよりシャムリルちゃんは、本当にあの子のことが大好きなのね」


 あの子が誰を指しているのかはすぐに分かる。

 ――大好き。

 シャムリルは自分でも顔が赤くなっているのが分かった。


「ふふ。いろいろと説得するように頼まれていたけど、これは大変そうね」

「説得?」

「ええ。私もシャムリルちゃんにお願いがあったのだけれど――」


 と、ミカナが続けて何かを言おうとしたときだった。

 突然、強い風が吹いて四阿(あずまや)を揺らし、周囲の白い花を散らしてしまう。

 びっくりして外に顔を向けると――。


「きゅきゅう」


 小さな青色の竜が、屋根と手すりの間から顔をつっこんで、四阿の中に入り込もうとしていた。

 しばらくの間がんばって隙間を通ろうとじたばたし、やがて諦めたのか、鼻先だけでふんふんすんすんと何かの匂いを嗅ぎ始める。

 何かというか、明らかに鼻の先にいるシャムリルが目的だった。


「あ、こら! この方(、、、)は今は私のお客様だから!」


 ミカナが怒っている。

 竜に対して怯えた様子など微塵もなく、どちらかといえば悪さをする飼い犬を躾けているような雰囲気だった。

 シャムリルも不思議と、このふんふんすんすんしてくる小さな青い竜のことを怖いとは思えない。

 というか天の国にも竜はいるのだな、と呑気なことを考えていた。


「子供の竜、ですか?」

「うん、まあ、そうなのだけれどね……。シャムリルちゃんのにおいを嗅ぎつけて、いてもたってもいられず飛んで来ちゃったみたい。そのうち他の子たちまでやってきそうだから、場所を変えてもいいかしら? 予定は変わってしまうのだけれど……シャムリルちゃんに会いたいって人たちがいるの」

「僕は構いません。ミカナ様にお任せします。僕に会いたい人、ですか?」

「それは会ってのお楽しみ」


 意外とお茶目なことに、ミカナは片目を瞑ってみせる。

 その瞬間、柔らかい風がシャムリルとミカナを包み込んだ。


「わっ」


 声を上げ、ちょっとだけびっくりして目を閉じて――

 ――目を開ければ、景色は一変していた。


   * * *


 白い建物の中だった。白い壁、白い床、白い柱。

 部屋と呼ぶには少々無理があるほどに広大な空間だ。竜花楼の大広間よりも大きく、部屋の白さもあいまって、距離感とか遠近感がおかしくなりそう。

 荘厳で壮麗。重厚さを感じさせながらも息苦しさはない。そして静謐。

 ――まるで雲の中に建てられたお城のよう。


「シャムリルちゃん」


 ミカナに呼びかけられ、呆けていたシャムリルはハッと我に帰る。

 彼女は広間の奥、祭壇のような場所に向かって伸びる階段の下に立っていた。


「ミカナ様。あの、ここは……?」

 

 ミカナが視線を送るのは、大聖堂のそれよりも遥かに立派な祭壇。

 壁にはめ込まれたステンドグラスから、柔らかくも荘厳で、神秘的な光が差し込んでいる。

 七色の光に照らされ、まるで虹の中に浮かぶように、座る者のない椅子が鎮座していた。


「ここは玉座の間。――シャムリルちゃん、あの椅子に座ってみない?」

「えっと」


 ミカナの声は軽い冗談のようでいながら、シャムリルへと向けられた金色の瞳は、期待するような、すがるような、懇願するような光を湛えている。

 まるで長い間ずっと待ち望んでいたものが目の前に現れたような、

 ――ロザリアがシャムリルに出会ったときに見せたような表情。


「ふふ。ごめんなさいね、困らせて」

「ミカナ様?」

「行きましょうか。シャムリルちゃんに会いたい人たちが待っているわ」


 ミカナは気持ちを切り替えたように、祭壇に背を向けて歩き出す。

 シャムリルはその後を付いて行く。


「きゅうぅ……?」


 と、部屋の隅にうずくまっていたらしい竜が、切ない声で鳴いた。

 白亜の竜。部屋の色と同化していて気付かなかったらしい。

 ミカナの後を追い、部屋から出ていこうとするシャムリルと目が合った。

 竜の瞳は、先程のミカナとよく似た感情をうつしていた。


「みんな、待っているの」


 ミカナの独り言のような言葉は、静謐な空間にしんと響いた。


   * * *


 広間を出て、まるで雲の中を歩くように真っ白な回廊を進むと、噴水のある大きな中庭に出た。

 青い空と色とりどりの花々。噴水のほとりでは鳥たちが水を飲んでいる。

 そしてやっぱりここにも竜が寝そべっていて、シャムリルに気付いた彼――彼女?は、嬉々とした鳴き声を上げて駆け寄ろうとしてくる。

 それをミカナに「しっし」と追い払われて、ふてくされたように元の位置に戻ってまた両肢を畳む。

 それでもやはりシャムリルのことが気になるのか、こちらをちらちらと気にしていた。

 

「ここにいる竜は、僕のことを”食事”を見る目では見ないのですね」

「まあね。そういう風に見られるのは、やっぱり嫌?」

「いえ、もう慣れましたし。……それに、その、男の人にいやらしい目でじろじろ見られるよりは、竜にそういう風に見られる方が我慢できます」


 思わず愚痴を口にするシャムリルに、ミカナはふふっと笑う。


「さて、ここで待ち合わせなのだけれど……」


 とそのとき、中庭の端でふてくされて寝そべっていた竜が何かに気付き、「きゅ」と鳴いて、回廊の反対側にある入口へと顔を向けた。

 シャムリルはつられてそちらを見て、


「しー君?」


 固まった。

 回廊を出たところで同じように固まっているのは、五人の男女。


 ――ああ、これはきっと夢。

 だって、二度と会えないと思っていた。会えるはずがなかった。

 そこにいたのは、忘れるはずがない、シャムリルの――。


「ママ、パパ。イーファお姉ちゃん、ニナお姉ちゃん……」


 家族だった。


「しー、お兄ぃちゃ――――――ん!!」


 呆然としていたら、シャムリルは突進してくる少女に抱き付かれ、そのまま押し倒されてしまった。

 

「しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん!」

「……フィーナ?」

「しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん、しーお兄ちゃん!!」


 シャムリルの妹。

 フィーナは、かつての家族からの呼び方でシャムリルのことを繰り返し呼びながら、お腹のあたりにぐりぐりと顔を押し付けてくる。

 ずびび、と涙だか鼻水だかを啜り、ぐしゃぐしゃになった顔を上げて、


「じーお兄ぢゃん、会いだがったぁ!」


 笑顔でなんとかそう言うと、わんわん泣き出してしまった。

 フィーナにつられてしまったのか、シャムリルの瞳からも涙が溢れてくる


「うん。僕も、―――――僕も、会い、た、かっ………」


 シャムリルが言葉を詰まらせたのをきっかけに、二人は抱き合いながら、声を上げて泣き始めてしまう。

 

「しー君。次はお姉ちゃんたちね?」

「ぐずっ……。フィー。しーのこと、独り占め、ずんなよ」


 次いで近付いてきたのは、二人の姉だった。

 長女は目を赤くし、次女は止められないのか泣きながら鼻水をすすっている。


「イーファお姉ちゃん。ニナお姉ちゃん……」


 名を呼んだ途端、またしてもシャムリルの涙腺は決壊した。


   * * *


「ママ、ハンカチだ」

「あら、ありがとうパパ」


 子供たちを見守っていた両親は、ふたりでこっそり涙を流している。

 きっと子供たちの輪に、後から加わるのだろう。


「あらあら、うふふ」


 家族の再会を、ミカナは聖母の微笑みで見守っていた。


   * * *


「しー君、しー君。うふふ。しー君だぁ」


 長女のイーファがシャムリルの背中に周り、むぎゅっと抱きしめる。

 ふわふわと豊かな茶色の髪に、ふわふわした口調、体全体もふわふわと柔らかく、抱きしめられたシャムリルは背中に当たるふわふわした感触に少しだけ顔を赤らめた。


「イーファお姉ちゃん、ちょっと苦しい」

「嫌?」

「ううん」


 まるで小さな頃に戻ったように、ふわふわと良い匂いのする優しい姉に甘えてみると、抱きしめてくる力が少しだけ強くなった。

 シャムリルの前に回される腕が、後ろから頬ずりするように当てられるほっぺたが、ふわふわした声が、僅かに震えている。


「イーファお姉ちゃん?」


 かすかな嗚咽まで聞こえてきて、シャムリルは後ろから回される姉の手にそっと自分の手を重ねた。

 どうやって慰めようかと戸惑っていると、続けてもう一人の姉が声をかけてくる。


「いー姉。しーを独り占めすんな。次はあたしだ、あたし」

「ニナお姉ちゃ……むきゅ」


 次女のニナはシャムリルを前から力強く抱きしめてくる。

 さらさらの短い黒髪に、同じ色の切れ長の鋭い瞳。すらりとした体型に男勝りな性格と口調は、長女のイーファとは対称的な美人さんである。


「しー。なんか色々と変わっちまったなぁ。髪の色と目の色、前はあたしと同じだったのに」

「……うん。あのねニナお姉ちゃん、これは」

「話はあとで聞くよ。ああでも、こっちのしーもすっげぇ可愛いぞ。その服もよく似合ってる」


 きょうだいの中で、ニナとシャムリルは父親と同じ黒髪と黒い瞳を受け継いでいた。

 長女のイーファは母親似、末っ子のフィーナもどちらかといえば母親似で、髪と瞳の色素が薄い。

 ちなみに弟が近所の子供たちから「女みてえ」などとからかわれる度、慰めるのは長女の役目、いじめっ子たちをこらしめるのが次女の役目だった。

 もっとも、おさがりの服(女物)を弟に着せていた姉二人の方にも問題があったと思うのだが。


「ニナお姉ちゃん?」

「……ぐず。悪い、しー。ちょっと待って」


 芯が強くいつも勝ち気だったニナまで泣き出してしまう。

 涙する姉二人に挟まれ、いたたまれなくなったシャムリルは、二人を抱きしめ返したり、頭を撫でたり、頬ずりしたり、優しく声をかけたりと、なんとか慰めようとしてみた。

 そんな三人に声をかけたのは、末っ子のフィーナである。


「もう。いー姉も、ニナ姉も、めそめそしないで! しーお兄ちゃんが困ってるじゃん!」


 さらさらの茶色い髪と、同じ色の若干切れ長の瞳。

 両親の特徴を受け継ぎながらも、どちらかと言えば母親似のフィーナは、間違いなくこの美女ばかりの家系(長男含む)の末っ子に相応しい美少女である。

 以前「しーお兄ちゃんのお嫁さんになる」と宣言し、兄妹で結婚はできないと諭されれば「なら、し―お兄ちゃんをお嫁さんにする」と発想を逆転させた、しーお兄ちゃん大好きっ子である。

 ちなみに姉二人も割と本気でしー君との結婚を考えていたあたり、この家の姉妹はしー君のことが好きすぎである。

 

「あらあら。最初に泣き出したのは誰だったかしら、ふぃーちゃん?」

「そうそう。あたしらはふぃーにつられただけだし。誰だよ『じーお兄ちゃん』って。おじいちゃんかよ」


 姉二人にからかわれて、フィーナは頬をぷくぅと膨らませた。

 それも「しーお兄ちゃん」に手招きされ、頭をよしよしと撫でられれば、とろんと表情を蕩けさせて機嫌を直すのだから、姉たちに言わせればまだまだ幼いと言わざるを得ない。


「ふぃーちゃんは子供ねぇ」

「まだまだだな、ふぃー」


 イーファとニナは共に二十歳を超え、下の二人とは少し歳が離れている。

 と、シャムリルはつい失言をしてしまった。


「フィーナはまだ十歳だよ」


 正確には、それに対するフィーナの言葉で、場の空気が固まってしまう。

 フィーナはし―お兄ちゃんにまで子供扱いされたのが気に入らなかったのか、唇を尖らせてこう言ったのだ。


「だってあたし、十歳で死んじゃったから、それ以上成長できないもん」


 本当だったら、十三歳になっているはずだ。

 ――フィーナがもし生きていれば。


 ここは”天上の世界”。

 ここにいるのは、シャムリルの家族の”魂”である。


   * * *


「しー君は気にしなくていいのよ。さすがにあれからもう二年以上経っているし、ママたちは皆、死を受けていれているわ」


 パパがどこかから机と椅子を持ってきて、家族はかつて食卓に集まっていたときと同じ順番で席についていた。

 生前の家族がそろっていたときと違うのは、聖母様が同じ卓についていることだろう。


「でもママ――お母さん、僕のせいで」

「ママって呼んで、しー君」


 生前からなんとなく呼び方を変えるきっかけがなく、今になって変えてみたら、思ったよりも強い口調で訂正されてしまった。

 なんらかのこだわりがあるらしい。フィーナの歳ならともかく、シャムリルには少し恥ずかしいのだが。


「しー君のせい? どうして?」

「あの、竜、紫の。……僕の匂いを嗅ぎつけて、リルの町を襲ったみたいだから」


 紫の竜――ヴァイディスは、竜玉であるシャムリルの匂いを嗅ぎつけて、故郷の町を襲った。


「僕がいなければ、パパもママも、イーファお姉ちゃんもニナお姉ちゃんも、フィーナも、死なずに………」


 いまでも鮮烈に思い出せる。

 ――燃える街並み、破壊されていく。

 ――死んでいく人々。

 ――手足がない、内臓がはみ出ている、ママ、イーファお姉ちゃん、ニナお姉ちゃん、ばらばらのパパが転がっている。

 ――竜に食われた口からぽろりと転がり落ちてきたフィーナの首、


「……っ!」


 突然、体が震えだし、内側から脳を叩かれるような激しい頭痛に襲われる。

 明滅する視界。遠ざかる声。


「しー君!」

「しー!」

「し―お兄ちゃん!」


(シャムリル!)


 ――心配そうにしー君(、、、)を見つめる家族の姿と、シャムリル(、、、、、)を見つめる真紅の少女の姿が重なり、しー君を呼ぶ家族の声とシャムリルを呼ぶ少女の声が重なった。


「時間がありません。地上から、シャムリルちゃんを呼び戻そうとする強い力が働いています」


 聖母ミカナの言葉に、家族がハッと息を呑んだ。


「それって、しー君を飼っている(、、、、、)あの真紅の竜のことですか? 聖母ミカナ様」

「くそっ! どこまで、しーのことを苦しめれば気がすむんだ」

「あたし、あの竜、きらいっ!」


 姉妹がそれぞれに怒り、忌々しそうな顔をする。


「お姉ちゃん、ふぃー? ……ロザリア様の、こと?」


 酷い頭痛で視界が狭くなり、声が遠ざかっても、誰のことを言っているのかはわかった。

 ただ、ロザリアが大好きな家族から嫌われているなんて、思いたくなかった。

 ロザリアのこと嫌いだなんて、思われたくなかった。


「ロザリア様、とても、いいひと、だから。……少し我儘なところもあるけど。……可愛いし、綺麗だし」


 せいいっぱいに言い募ると、家族は複雑そうな顔をする。

 ママとパパが一緒にシャムリルの背中をさすりながら、


「しー君は、その人……竜のことが、好きなのね?」

「まだ皆、気持ちの整理ができていないんだ。皆が落ち着いたら、その人……竜のこと話してくれるかい?」


 たぶん、どういった理屈なのかはわからないけれど。


 ――しー君の家族は、シャムリルがロザリアに飼われていることを知っている。

 三日に一度の”約束”も……三日に一度、シャムリルがロザリアに食べられて死ぬことも。

 

 そしてロザリアのことを、かつて”しー君”を飼っていた、あの男たち(、、、、、)と同じだと思っている。


「しー君。私たち、もうしー君にあんな思いをさせたくない」

「しーが犠牲になんてならなくていい」

「あたし、し―お兄ちゃんに、幸せになってほしい」


 ――やめて。

 それ以上、言わないで。

 僕は、シャムリルは、ロザリア様のことが――。


(……シャム! シャムリル!)

「ううっ」


 ロザリアに呼ばれている。

 魂が引っ張られる。

 これ以上は、もう……。


「シャムリルちゃん。良く聞いて」


 ミカナがシャムリルの目を見ながら、真剣な口調で、けれど早口に告げる。


「私と、シャムリルちゃんの家族の願いは、同じ――」

「――え?」


 その言葉を聞き届けた瞬間、シャムリルの魂は、地上へと落ちて行った。

 ミカナと家族の、最後の言葉は――。



    * * *



「シャム! シャムリル!」

「……ロザ、リア、様?」


 目を開ければ、シャムリルにとって一番大切な真紅の少女の姿。

 ――戻ってきた。戻ってきてしまった。

 もう、二度と家族には会えないのかもしれない。


「よかったぁ……。シャムリルがなかなか生き返らないから、心配で……シャム?」


 分かっている。

 あの光景が夢だったなんて。死んだはずの家族に会えたなんて。


「どうしたの、シャム? もしかして痛かった!? 私、またシャムリルとの約束を――」

「ちがう、んです……ロザリア様」


 夢だったと分かっていても、涙が溢れて止まらなかった。

 ロザリアは少し躊躇したあと、生き返ったばかりのシャムリルの体をそっと抱きしめる。

 壊れやすい宝石を扱うように優しく。

 シャムリルに何があったのかはわからないけれど、抱きしめてあげるくらいなら出来るから、と。


「ロザリア様」

「ん」

「好きです」


 ふにゃあっ!? とロザリアの口から変な叫びが漏れる。


「だから僕と、ずっと一緒にいてください」

「えと、シャムが、シャムリルが、じゃなくて。……うん、もちろん、だよ?」


 よかった、とシャムリルは最後の嗚咽と一緒に深く息を吐く。

 あれは夢。

 だから、聖母ミカナが最後に告げた言葉だって、きっと意味なんてない。



 ――シャムリルの幸福のために、


 そして、


 ――この世界の未来のために、

  ロザリアに飼われる永遠を、終わらせなければならない――





シャムリルの家族は、

第五十一話~五十二話、【番外編】ある白詰草の一家(1)と(2)に登場しています

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