95 戦いの後に
ガタガタと音を立てて爺ちゃんが作ったエンジンが動いている。回転するシャフトはポンプに接続され、井戸から水を吸い上げている。
「おお完成したんだ」
「うむ」
Vサインを作りにこやかに笑う爺ちゃん。左手は指揮者のように魔法を操り組み上げた水をバケツや樽に移し替えている。
「あ、トマトがなってるわ」
俺の隣にいたパレアが言った。爺ちゃんの農園には立派なトマトが赤く実っている。風が吹いてパレアの髪が揺れた。
「収穫しといてくれんか?」
「いいわよ」
パレアは俺に持っていたカバンを渡すと、庭においてあるハサミを手に、トマトの収穫に向かった。
「オイノとエカヌスは?」
「それぞれの本拠地に戻ったぞ。しばらくは魔力の回復のため大人しくしとるじゃろう」
「無理させちゃったかな」
「なあに、たまには全力も出させんとあいつらの腕が錆びついちまう」
カラカラと爺ちゃんは笑い、椅子に座った。
「パレアがお弁当作ったんだ、一緒に食べない?」
「おお良いのう、どれコーヒーでもいれてこよう」
また風が吹いた。気持ちの良い穏やかな午後だ。
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「リアは元気かのう?」
サンドイッチに舌鼓を打ちながら爺ちゃんはきいた。
「リアはアクロポリスの薬師の学校で勉強してる。今はあっちに住んでるよ」
「ほう」
「リアの調合レシピをいくつか公開しただけでリアの奴隷代は簡単に稼げたよ」
「ほっほっ、すごいのう」
「ここで治療を受けたのがまさかああいう形で影響を受けるとは」
「わからんものじゃのう……ということは、今はあやつはもうお前さんの奴隷ではないのか?」
「ああ、あんまり変わらないけどね」
「ナヴィはどうしておる」
「今も戦竜教団の臨時幹部のまま。今後の方針のための会議と混乱する教団の収拾に走り回ってるよ。ナヴィは上手くやった。戦竜教団ももう人間と敵対する意思はない」
「戦竜が眠っておる間はな」
「そちらは俺達がなんとかするさ」
あの戦いから半年。戦竜教団はナヴィの呼びかけに答え停戦した。大師父の命令で動いていた教団にとって、大師父の喪失は存在意義の喪失を意味していたが……。
「皆さん、自分が見てきたこと感じたことを話しあいましょう。時間はいくらかかってもいいですから、私達を導いてくれる人はもういません。私達は自分達で歩く時が来たのです。戦竜アーリマンも、それを望んでいるはずです。私達の本来の目的は多くのものを知ることなのですから」
ナヴィはそう演説した。
「自分の意志なんてもの持ってなかったあのナヴィがねぇ」
パレアが感慨深げに笑う。
「ナヴィだから言えたんだよ」
「そうね」
ナヴィは今も多くの人達に頼られ、困った顔をしながら仕事していることだろう。
「兄さん達は相変わらず国外、父さんはあいからず部屋に篭りっぱなし」
「ヒース家は相変わらずか」
「……俺達もちょっとでかけてこようと思うんだ」
「ほう、どこへじゃ?」
「ホワイトマウンテン……職人と、そして遺跡の町」
旅人から詳しい話を聞いて察した。ホワイトマウンテンは竜人達が残した遺跡を利用している。
一度見ておかなくてはいけないだろう。
「そうか、そんじゃしばらくは帰ってこれんの」
「爺ちゃんはどうする?」
「……まだエンジンの研究が残っておるからのう、2人で行っといで」
「分かったよ」
「いつ発つんじゃ?」
「明日」
「急じゃのう、達者でな」
「うん、季節が変わる前には帰ってくるよ」
最後のサンドイッチを食べ終わると、俺たちは爺ちゃんの小屋を後にした。




