94 戦竜教団最後の戦い
大師父アクヴァンの防御を破ったのは、リアのカバンの中入っている無数の薬の一つだった。
「よくやったぞリア」
「えへへ」
確かに、力場の絶対防御の中にいたはずの大師父が話す声を俺達は聞いていた。
それはつまり、空気の振動は防御の外へと伝わっていることを意味する。絶対防御の隙間だ。
「でも俺達じゃ魔法で用意することしかできなかったから通じない。リアがいなければ突破できなかった」
自分の身体が弱かった経験からか、リアは薬の知識を習得していた。魔法の力のかかったものも、魔法の力に頼らないものも、リアのカバンには様々な薬が入っている。
「あとは機械を止めるだけだ」
大師父アクヴァンは倒れたまま動かない。
コードに接続された身体は呼吸もなく死んでいるのが分かる。アクヴァンの死と共にバリアは消えた。
だが真竜を呼ぶ機械だけは今も唸り声を上げ続けていた。
ここに来るまではアクヴァンの頭の中から操作方法を引き出せると思っていたが、狂気に陥っていたアクヴァンの精神は心術を受け付けない。それにもう死んでいる。
「爺ちゃんは分かる?」
「さて」
あごひげを撫でながら爺ちゃんは機械を眺めた。
「時間をかければ分かるじゃろうが、そんな余裕もないじゃろう」
「爺ちゃんでお手上げとなると……」
直感で操作するしかないか。
古亜竜の文字は俺も爺ちゃんもそれなりに分かるが、操作説明なんて親切なものはないようだ。
「このボタンが緊急停止か?」
目立つ位置にあるボタンに恐る恐る手を伸ばす。
「待って」
伸ばした俺の手をパレアが掴んだ。
「パレア?」
「ナヴィが来たわ」
「ナヴィが?」
振り返ると、そこにはナヴィと彼女の肩を借りてよろよろと歩くザ・ハークの姿があった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ザ・ハーク」
「私がやろう」
俺はナヴィを見た。信用できるのだろうか?
ナヴィは小さく、だが力強くうなずいた。
「分かった、頼む。パレア、治療の魔法を」
「ええ」
パレアが治療の魔法を唱えるが……。
「だめ、傷が深すぎて届かない」
「治療の魔法で致命傷は治らない。私はすでに死んでいる、ただ少しだけ死を先送りにする訓練をしてきただけだ」
ザ・ハークは機械に向う。
「分かるのか」
「盗み見た」
「そうか」
迷いなく機械を操作するザ・ハーク。時折血が傷口から吹き出し床を濡らす。
数分後、ザ・ハークの手が止まった。
「これで終わりだ……」
「上手くいったのか?」
「ああ、覚醒は止まった」
「そうか、ありがとう」
「礼を言われることではない……真竜は、覚醒を望んでいないんだろう?」
「知っていたのか」
「気がつくさ、私は大師父の直ぐ側にいたのだから」
ザ・ハークは力なくよろめいた。ナヴィが倒れないようそっと支える。
「師父……」
「もう少し保つかと思った……が、存外私の身体もだらしないもの……だ」
傷口からあふれた血はとっくに致死量を超えている。致命傷なのは一目瞭然、意識があるのが不思議なくらいだ。
「ナヴァ・ザ・ハーク、私からの最後の任務を与える」
「任務……?」
「外で者達を止めよ」
「信者たちを?」
「頼めるか?」
「……はい、必ず」
「頼むぞ、大師父の妄執と共に死ぬのは我々師父だけでいい、次の世代は好きなように戦竜教団を変えるんだ」
「師父」
「本来ならば私が止められればよかったのだが……ここまでのようだ」
ザ・ハークは顔を歪めると、激しく咳込んだ。口からも血が溢れて、顔色が土気色へと変わっていく。
「師父!」
「げほっ、げほっ……」
ザ・ハーク師父はふぅぅっと長い息を吐き、ナヴィに視線を向けた。
かすかに口元が動いたが、言葉にはならなかった。そしてザ・ハーク師父の目が虚ろなものとなり……戦竜教団の師父は死んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺たちは上へと戻った。
「私に教団を説得できるでしょうか」
ナヴィは師父の前とは違い不安そうな表情をしている。
「私は裏切りものです。そんな私の声を皆が聞いてくれるのでしょうか」
「きっと聞いてくれるさ」
「私が言うよりバロウズ様が言ったほうが……心の機敏もバロウズ様なら分かるでしょうし」
「駄目だ」
「でも」
「ナヴィ、お前なら……いや違うな、これはお前にしかできないことだ」
「でも、私は裏切り者です。私はただ……バロウズ様についていっただけ、そんな私が何を言えば」
「お前は教団の内側と外側、両方から見てきた唯一の人間だ」
「内側と外側」
「だからナヴィにしかできないんだ」
「でも……怖いです」
「確かに怖いな」
「はい、これまでの任務は失敗しても私が死ぬだけで済みました」
「…………」
「でも、今回は違う。私が失敗したら大勢の人たちが死ぬ」
「そうだな」
「怖いです、バロウズ様、とても」
ナヴィは震えていた。俺はそっと肩を抱き寄せた。
「ナヴィが感じたことを素直に伝えればいいさ」
「でも」
「ダメだったらそんときは、一緒にいてやるから」
「一緒にですか?」
「そうだ一緒にいてやる」
「どうせ私たちはみんないつも一緒にいるじゃないですか」
「そうだな、成功してもダメでも一緒にいる。同じだ」
「……ふふっ、よく分からないです」
ナヴィが俺の腕をそっと振りほどき、一歩を踏み出した。
扉の向こうからは戦いの音が聞こえてくる。
「行ってきます」
「ああ、行って来い」
ナヴィは自らの手で扉を開き、戦場へと向かっていった。




