88 俺たちは神様なんかじゃない
「ジズを起動? なぜだ」
俺はそう尋ねた。あまりにも不可解じゃないか。
「なぜとは?」
「戦竜教団はアーリマンの堕慧児によって構成されている。たとえ暴走しようとも、そこ根底にあるのはアーリマンへの忠誠心のはずだ。その戦竜教団のトップが休眠状態にあるジズを強制的に起動させようとするなんて」
「確かに奇妙ではある。だが、私が見たものは予測ではなくすぐに起こりうる未来だ。原因は分からずとも結果は分かっている」
「……もう一つ、見たものがあるんでしょ?」
「ああ、ジズが覚醒した結果どうなるかだな」
精神の世界であるというのに、俺は背筋が寒くなっているような気がしていた。
これから告げられる結果が最悪のものであると、もう分かっているような気がした。
「サンダーランドは崩壊する。私が見たのは、崩壊していく王都と倒れたバロウズに縋り付くパラボクレア自身の姿」
「俺が?」
「君はこの世界随一の凄腕冒険者であり最強の魔導師であることには私も疑いはない。ブランドンのこの未開の地で原子力を使った兵器を生み出すその科学力も賞賛に値する……だが、君たちは神ではない」
「そんなことは分かっている」
「いいや、分かっていない。君たちは自分たちのような世界の進化の外からやってきた存在が、世界にとってどれほど想定外の影響を及ぼすか理解していないのだ。私が恐れていたのはこの状況だ。大きな力というものはまた大きな力によって反発される。君たちが振るってきた力は、この世界の住人にとってあまりにも大きすぎた。追い詰められた彼らは後先顧みず、あらゆる手段を講じるのだ……神ならぬ、我々異邦人にはそれがどのような影響をおよぼすのか完全に予測はできない。だから、我々は目立たぬよう生きなくてはならなかったのだ」
「…………」
「バロウズ、今すぐそこを離れるのだ。サンダーランドの崩壊の未来は変えることができずとも、君らの未来くらいならまだ変える余地はあるだろう。崩壊後の世界であっても暮らして行けぬほどではあるまい。そこで静かに暮らすといい」
「嫌だね」
「バロウズ」
「俺たちは神様じゃない、人間だ。雲の上から下界を見下ろすような存在じゃない。この世界で生きている人と、肩を並べて対等に生きている同じ人間だ。俺はそんな傲慢にはなれないよ」
「だが嵐竜ジズは起動する。これが結果だ。お前たちの不用意な干渉が世界を滅ぼすことになったのだよ」
「だったらその責任を俺たちは負うべきだ。嵐竜ジズの覚醒と止めることこそが俺がやるべきことじゃないのか。力のあるなしに関わらず、誰だって思わぬ事態が引き起こされてしまうことはある。大切なのは、起きてしまうことに対して、何ができるのか。俺はそう思っているよ」
「……言っても無駄のようだな」
父さんは諦めたように触手を下ろした。
「そのようだね。時間がない、教えてくれ! 大師父はどこにいる?」
「北西エリアの3番目の高い塔、その四階中央の扉がエレベーターになっている」
「エレベーター? 魔法によるものか」
「その地下が大師父アク・ヴァンと真竜覚醒のための機械が置かれている場所だ」
「地下か……ありがとう。あとできたら」
「なんだ?」
「ジョン皇子に嵐竜ジズ覚醒の件を伝えて欲しい。できるかぎりの対策はしてくれるはずだ。それに屋敷の人達にも。嵐竜相手にできることは限られているだろうけど、避難の準備だけはしておいて」
「……そうだな私も領主という立場は失いたくない。被害の軽減に務めるとしよう」
「ありがとう、それじゃ。気をつけて」
「バロウズも」
お互いにそれ以上は何も言わず精神世界から離れていく。
だが俺の心の中には何としてでも嵐竜ジズを止めなくてはいけないという強い決意が生まれていた。




