87 ハワード・ヒース再び
「昨日今日できた教団じゃないんだぞ……千年以上、誰も信用せず耐えることができるのか? そんな孤独に耐えられるように、アーリマンの堕慧児の精神はできているのか?」
少なくともナヴィはそれほど異質な精神構造はしていない。
アクロポリスでの一件は、ナヴィの精神構造が人間に近いという間違いのない証明だ。
ナヴィから聞いた師父の話しや、先ほど戦ったアルカー師父も、アーリマンや大師父に対する忠誠は本物だが、それも人間の感情の範疇にある。
堕慧児の目的を考えればそれは当然のことだ。彼らは人間の感情をアーリマンに報告することが目的なのだから。
「爺ちゃん、そんなことが可能なの? 人間は誰も信用せずに生きていけるものなの?」
「さてのう」
爺ちゃんはアゴ髭を撫でながら目を細めた。
「不死の秘術に手を染めた時点で、多かれ少なかれ人間の精神を逸脱しておるのかもしれん。ワシも、どこまで人でどこから化物なのか、自分でも把握しきれんわい」
「爺ちゃんは人間だよ」
しかしどうしたものか。
敵勢力の町一つ虱潰しに探すしか無いのか。どれほど時間がかかりどれほど危険に遭遇する?
俺は焦りを感じ始めていた。
「バズ、こうなったら手分けして探すしか」
「だめだパレア、敵だらけのこの聖地でたった一人じゃ危険が大きすぎる」
「でもこのままじゃ、ねぇここは……」
「パレア?」
「き……バズ……ね……ど……」
「パレア? どうしたパレア!」
周囲の景色が遠くなる。縦横奥行きではない、別の方向、4次元方向としか言い表せない場所に俺の身体が落ちている。
「……精神世界か」
一瞬驚いたが、心術使いである俺は、ここが自分の意識の中であることに気がついた。
俺の元に極彩色の光が近づいてきた。
「父さん?」
光はうねうねと蠢き、円錐状の胴体を持つ植物のような姿へと変わった。
「よく分かったな」
「俺の心術耐性を迂回できる魔導師は存在しないと自負しているからね。でなければ魔術師以外の精神感応能力を持つ父さんしかいないでしょう」
「魔法以外の精神操作を超能力という言葉で一括りにするのは乱暴な話だぞ。まあいい、今はそんな話をしている場合ではない」
「それで何の用? 俺も非常事態なんだけれど。他のことに対応している余裕はないよ」
「私の要件もバロウズが追っている戦竜教団に関わるものだ」
父さんの声には抑揚がないが、どこか焦っている印象を受けた。
普段は父さんの言葉から感情を読み取ることは難しいのだけれど、精神同士で会話しているから、言葉に含まれた感情まで伝わっているのかもしれない。
「私は未来を垣間見た」
「未来を?」
「本格的ないかに私とて時間旅行のための機械がなければ遠い未来まで飛ぶことはできないが、僅かな未来なら手持ちの道具と十分な時間させあれば可能だ」
「確か父さんの時間旅行は」
「相手の肉体を間借りするものだ。今回は未来のパラボクレアの視界をのぞき見た」
「何?」
「怒るな。お前がパラボクレアに惹かれたのも、精神の相性が良かったからだろう」
「…………」
「確かにバロウズ、お前の精神は私の血統ではない。だがお前の精神は私の息子である本物のバロウズ・ヒースと相性が良かった為に精神交換が行われた。つまり私の精神とパラボクレアの精神の精神もまた、二人のバロウズを通して相性が良いことは自明だ」
「俺がパレアと相性がいいように、あんたも精神的な相性が良いと?」
「時間を超えるためには精神相性も重要なのだ。特に今回のような機械の助力のない一時的な跳躍には、パラボクレアのような存在が未来にも存在していることを知っていることが必要だった」
「…………」
「だからそう怒るな。悪用するつもりも、彼女の肉体を奪うつもりもない」
「分かってるよ。俺のはただの感情だよ」
「……こういう場合は、私が息子の彼女に手を出すような父親に見えるのか? とでも言えばいいのか」
「あんたも……いや、父さんもジョークが言えるんだね」
「ジョークじゃなかったら殺されそうだな。話を戻そう」
光が腕のようなものを伸ばしている。
特に意味は無いようだ。真面目な会話をするときの癖なのだろう。
もしかすると元の体の癖なのかもしれない。
「私が見たのは3つだ。まず、聖地のどこに大師父がいるか。つぎに大師父が何をしようとしているのか。最後にその結果何が起きたのかだ」
「大師父の居場所! それだ! 俺はその情報が欲しかったんだ」
まさか父さんが情報をもたらしてくれるとは。
「教えてほしい、大師父の居場所さえ分かれば……」
「大師父が何をしようとしているかだが」
父さんは俺の言葉を無視した。
「大師父アク・ヴァンは嵐竜ジズを強制起動し、我々の文明を破壊するつもりだ」
「え?」
「大師父はブランドンとの戦いに敗北したことに気がついたのだ。私やバロウズような特異な存在がこの世界にいることに気がついたのだ。戦竜教団は我々を最大の脅威と認識したのだ。世界を一度滅ぼすべきだと考えるほどの脅威だとな」
今度の言葉はジョークではなかった。
世界は思ったより危機的状況にあるようだ。




