85 イモータル
予定にない機の到着に、教団員達は武装して集まっている。
ここにいる教団員達は生涯をこの聖地の防衛のためだけに費やす。生まれてから今日まで、ただひたすら調練を繰り返し、この聖地で想定されるあらゆる事態を想定し、マニュアル化している。
予定外の航空機の到着、しかも師父達は全員すでに聖地に到着している。
聖地の場所を知っているのは各航空中継地所属者のみであり、緊急時にのみ報告に来ることが許される。
ただしこの場合、報告の内容がなんであれ連絡者は拘束され大師父の許可が降りるまで郊外の牢獄で過ごすというのが決まりだ。
ここでは隠すこと無く右手の凶暴な爪をむき出しにした教団員が航空機を取り囲む。
教団員は三人編成で、リーダーには全員さまざまなマジックアイテムが支給される。彼らが掛けているメガネもその一つで、あらゆる幻術を無条件に破る『真実の瞳』を常時発動する、最も資金を持つ大商人や国王であっても材料を集められないほど希少で高価なものだ。
「出てこない、中にいるのは敵だと考えて対応するぞ」
マニュアルでは到着次第、何も身に着けていない状態ですぐに外に出て身柄をこちらに預けることになっている。これ以外の行動を取る場合は即座に拘束、それが難しい場合は排除。
「突入準備、合図と共に扉を破り中にいるやつらを拘束、抵抗が激しいようなら躊躇なく殺せ」
指揮官が合図のために手を上げた。これが振り下ろされたら突入開始だ。
「突……」
合図のために吐き出した息が白くなった。
ハラハラと漂う白い結晶が全員の視界に入る。
「なんだこれは?」
谷底にある聖地は温度と湿度が常に高く、夏は40度以上、冬でも氷点下を下回ることはない場所だ。生涯を聖地で過ごす彼らは、この白い結晶を見たことがない。
「雪というものなのか?」
彼らは思わず空を見上げる。
上空には谷間を覆うように渦巻く雲が漂っている。
「い、いや大きくなっているぞ!?」
雲は渦を巻く用に成長し、強い風を引き起こす。
谷間の風は常に一方向から吹くものだが、風向が吹き荒れような風も彼らには未体験のものだった。
「ふはははは」
「誰だ!」
空にいるのは宙に浮かぶ2つの影が高笑いを上げている。
「ここが戦竜教団の聖地か、貴様らとは長年戦ってきたが今日で終止符を打ってやろう」
「1000年前に殺された魔道の同胞達が無念、今ここで晴らすわよ」
「侵入者だ殺せ! 魔導師二人、何のことはない」
対魔導師用の装備も訓練も万全だ。たかが二人の魔導師に負けるはずがない。彼は地面を蹴って突進した。
「小童共め! 貴様らの前に立つは魔道を極め尽くした不死導師ぞ!」
エカヌスが叫び、両手を振りかざす。
「夜の恐怖と無慈悲な光にかけて、白き吐息と死の影にかけて、引き裂く冷気と絶えゆく命にかけて、怒れる神と涙の神にかけて、われは極地の魂現、わが言の葉は極地の詩……白き腕の中で眠れ、“ポーラ・ストームアウト”!!」
周囲は瞬く間にマイナス50度まで温度が下がり、猛吹雪が教団員達を包み込んだ。
「我らには大師父から賜った冷気耐性の指輪がある! 冷気など我らには……」
だが彼らの身体は冷えていく。カチカチと歯が鳴り出し、体温の低下した身体は悲鳴を上げ始めた。
「馬鹿め、エネルギー耐性と天候耐性の区別も付いていないのか」
冷気耐性は冷気エネルギーによる被害を一定量軽減するというものだ、この猛吹雪による寒さも冷気耐性によって直接身体を襲う冷気から彼らの身を守ってはいる。
しかし、外気温が下がれば熱の対流は発生する。彼らが呼吸の為に吸った極寒の大気は彼らの体温を容赦なく奪うのだ。エネルギー耐性能力はあくまで瞬間的なエネルギーを軽減するためのもので、恒常的な天候による攻撃に対しては、決して万全の防御ではない。
「天候耐性持ちもそのうち来るだろう、オイノ」
「おうよエカヌス」
オイノは両手を組み、巨大な魔法陣を中空に展開した。
「我が従者共よ、疾く疾く来たれ、皇帝オイノの御出座しだ」
魔法陣から現れるのは無数の魔神、東方で隠と呼ばれる人型のアウトサイダーどもだ。子供ほどのそいつらは吹雪の中を縦横無尽に走り回り、身動きの取れない教団員に群がり、その爪や牙を容赦なく突き立てる。
「うわああああ!!」
聖地のあちこちで戦闘の音と悲鳴が広がる。
二人は頷くと、聖地の奥へと進んでいった。
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谷間を覆う吹雪を創りだす力術、万軍を呼び寄せる召喚術。
古より生きる世界最高峰の魔導師二人が力を惜しみなく使い暴れる中、俺達は爺ちゃんの防御魔法に守られながら、吹雪の中を進んでいった。
大師父の居場所は、教団員の心から盗み出せばいい。
最初はそう思っていた。銃の系統さえあれば防御のマジックアイテムがあっても関係ない。
だが、その考えは甘かった。
「駄目だ、また違う」
違ったのは目的地じゃない。
ここは廊下。聖地にある建物の一つ。
俺の目の前には気絶させた教団員がいた。
「これで5人目。全員が別の場所を大師父の部屋だと思っているなんてありえるの?」
教団員には本人だけに特別に教えられ、明かしたら殺されるとまで言われているのが大師父の部屋だ。これを彼らは忠節の証だと誇りにしている。
だがそれはすべてデタラメ。5人とも全員別の部屋を大師父の部屋だと知らされていた。
大師父は仲間すら信用していない。




