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82 謎の施設

 俺の幻術は強力な幻術破りの魔法でないと見抜けない。

 が、見抜く方法があるのも事実だ。


「でもアーリマンの堕慧児おとしご達は魔法が使えないのよね?」

「それならこの幻術だって使えないハズさ。あの飛行機もエンジンに当たるものが見当たらない。おそらく魔力で飛ぶマジックアイテムだと思う」

「私のフレイムボウのようなものですか?」


 ナヴィの弓は、以前人攫いの組織と戦ったときに手に入れた戦利品だ。

 これは、魔力を持たない人間が使っても効果のあるマジックアイテムで、傷口から小さな炎を生じさせる。


「でも、小さな炎を生じさせるこのフレイムアローでも小さな集落なら半年は暮らしていけるほどの価値があるんですよ。あんな巨大なものを飛ばすなんて可能なんでしょうか?」

「可能か不可能かでいったら可能だ。だけど普通は魔法回路を刻む側の魔力が足りない」

「それじゃあ」

「だけど、もしもっと強力な魔力の持ち主……いや、魔力を溜めて必要なときに外部から供給できるようなマジックアイテムがあれば実現可能なんだ」

「魔力を溜める? 魔力って溜められるものなんですか?」

「うーん……」

「可能じゃよ、適切な魔法陣を組めば魔力を一箇所に封じることができる」


 爺ちゃんが会話に加わった。


「理論上はじゃがな。今のところ魔力の蓄積に都合の良い素材が存在しない」


 海や大地に蓄えられる魔力は微量なもの、それは自然界に通常存在する物体に魔力を蓄える性質が乏しいことを示している。


「つまりあれは普通じゃないってことね」


 魔導師らしからぬ分かりやすい結論をパレアがつけて、俺たちは施設へと潜入していった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 施設内は、第一印象ほど特別な様子はない。

 コンクリートのような材質でできた建物はごく一部で、他の建物はこの世界でよく見られる木造かレンガ造りのどちらかだ。

 見回りをしている男が二人。

 手にしているのはこれも一般的な衛兵も使うスピアであり、これも普通。


「大層な幻術で守っていた割には平凡ね」

「魔導師……のような感じはしないな」

「ふむ、やりすごすかのう」


 不可視の魔法もかかっているが、幻術破りの手段を持っている可能性も考慮して慎重に進む。幸いにも、彼らが気がついた様子はなかった。


「ふた手に別れよう、俺達は施設の方を調べてみる。爺ちゃん達はあの機械を調べてみて」

「いいじゃろう、油断するなよバズ」

「もちろん、爺ちゃんこそ機械に夢中になったりしないでね」

「ほほ、善処しよう」


 爺ちゃんは目を細めた。


 施設を近くで触れてみたが、この壁はやはりコンクリートのように思えた。


「中に鉄骨も入っているようだな。近代的だが、再現できないわけじゃないか」


 高さは4階建て。中には人の気配がある。


「散雲心眠」


 俺の唱えた魔法は雲の性質を与えられ、ゆっくりと拡散していく。

 魔法の睡眠ガスというわけだ。心術なので心を持つ相手にしか通じないが。


 中に入ると、直ぐ側の部屋で見張りと思われる男がテーブルに突っ伏して眠っていた。

 気配を隠して施設を調べていくが、どの部屋もベッドやテーブルが並び、まるでビジネスホテルのような印象を受ける。


「ここは宿泊施設なのか?」

「それにしては誰も居ないね」

「部屋は整っているな」

「でも手入れ自体は一定周期で毎日はされていないようです」


 ここらへんは奴隷として清掃の経験豊富なナヴィ達の方が詳しい。隅のホコリの様子から分かるらしい。


「そうか、使われる時期が決まっているのかもな」


 そのまま4階まで進む。


「本当に誰も居ないな」


 一番奥、北側の大部屋まで何も見つからなかった。

 機能的だがごく普通の部屋ばかりだ。


「最後の部屋か」


 そっと扉を開くと、中は他の部屋とは違っていた。


「家具がどれも大きい」

「それになんだか気持ち悪い形してる」


 リアが呟いた。そこに並んでいたベッドなどの家具は機能的には人間が使うものと同じだが、どれも非常に大きい。また、奇妙に歪んでいて言い知れない気持ち悪さを感じた。


「見て、この服」


 パレアがクローゼットを開けると、中にはゆったりとしたローブと下着が入っている。


「こいつは……」


 これが服だとひと目で分かったように、基本的な作りは人間が着るものと違いはない。だけど、これは胴体に比べて腕の袖が非常に長く、そしてお尻のところにスリットが空いている。まるでしっぽをここから出すように。


「亜竜用の服?」


 一般的な亜竜は簡素な服しか着ない。服は急所を隠すため程度のもので、動きを阻害するほど服を着ることは無い。

 下着にローブを身にまとう亜竜がいるなんて聞いたことがない。


「それに俺が見たことのある亜竜の身体には、この服合わない気がするな」


 微妙に想定する身体の作りが違うのだ。


「ご主人様!」


 机を引き出しを調べていたナヴィが声を上げた。


「ここに地図が」

「地図! 良くやった」


 机に広げられた地図は、この周囲を書き出している。


「むむむ?」


 違和感を感じて俺は町で手に入れた地図と見比べてみた。実際に歩いてみてどれくらい誤差があったのかを書き加えているのだが、あまりに不正確で修正がびっしりと書き込まれている。


「精度が違いすぎる。この地図かなり正確だな」


 俺の地図と違って、この地図はとても精確なのだ。


「この町は私達の地図には描かれてないわ」

「ジェー・ヤシュト? どうも他の町と語感が違いすぎるな」


 他の地図にない、他とは明らかに語感の違う町。

 これで疑うなという方が不自然だというもんだ。


「爺ちゃんと合流しよう」


 地図を懐にしまいながら俺はそう言った。

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