79 漁村からの依頼
「そこか!」
俺は海面に向けて、シーフリーの魔法を込めた弾丸を撃った。
水中から俺たちに襲いかかろうと身を潜めていた、馬ほどもある海蛇の頭を弾丸が貫き、赤い血を撒き散らしながら動かなくなった。
「すんげぇ! レッサー・シーサーペントが一撃だ!」
案内してくれた村人が驚きの声をあげた。
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俺がレッサー・シーサーペントを撃つ一日前。
エルドリッチポートのとある港の酒場で情報収集していたとき、一人の男が騒いでいるのを見つけた。
カウンターの亭主は男をなだめようとしていたが、次第にヒートアップしていき、大声での口喧嘩になってしまった。
「だから無理だっつってんだろ!」
「そんな! このままじゃ俺たちは飢え死にしてしまう!」
「お前さんの事情は察するが、レッサー・シーサーペントを倒せる冒険者なんてここにはいないんだよ!」
この酒場は冒険者ギルドも併設していたのか。
飲んでいる客を見ると、何人か気まずそうに目を伏せていた。冒険者なのだろう。
「頼むよ! 報酬が足りねえっていうのなら増やすからさ!」
「そういう問題じゃねえんだよ、帰ってくれ」
「そんな……」
男は肩を落として、うなだれている。
情報収集も兼ねて話を聞いてみるか。
「すみません」
「なんだ若えの」
「俺、流れの冒険者なんだけど、依頼の話かな?」
「何? サンダーランドの冒険者……やめとけ、相手は近海の魔物だ、陸の冒険者の手に負える仕事じゃない」
「まずは話を聞いてみないと」
呆然としていた男は我に返ると俺の肩を掴んだ。
「た、助けてくれるのか?」
「まずは依頼内容を教えてもらってからだ。立ち話も何だし座ろうか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彼の名はファレス。
漁村オールドサイドの住人だ。
オールドサイドは近海で網漁をして生計を立てている村なのだが、そこに群れからはぐれたレッサー・シーサーペントというモンスターが住み着き漁場を荒らして問題になっていた。
馬ほどもある巨大な海蛇を水中で倒すのは、海に慣れた漁師達にとっても非常に困難なもので、冒険者によって退治することができなければ飢え死にしてしまうという状況だった。
「いやあ、まさかこんなに簡単に退治してくださるとは」
3匹のシーサーペントの死体を引き上げ村へと持ち帰ると、俺たちは大歓声とともに迎えられた。
「相手が浅瀬にいて助かったよ。海底に隠れられると時間がかかっただろうし」
まぁ爺ちゃんなら簡単になんとかしただろう。
爺ちゃん達は村に残って呑気に魚の干物作りを手伝っていた。
「バズ、なかなかおもしろいぞ」
「この爺さん達本当に素人か? すんげえ手馴れてるんだけど」
こっちは戦いの帰りだというのに、ノリノリで魚を捌いている爺ちゃん。
どうだったのかとかすら聞きもしない。
「聞くまでもないだろう、バズがレッサー・シーサーペントごときに負けるはずがない」
一緒に付き添っていたオイノが呆れたように俺に言った。
「そんなことよりバズ」
「なに?」
水で手を洗いながら爺ちゃんが俺に声をかけた。他の仲間は村でいつものように話を聞いているはずだ。
魚臭くなった手を洗っている爺ちゃんの横で、俺は潮風で銃が錆びつかないように油でメンテナンスをしていた。
「彼らがなぜ飢え死にすると騒いでおったか気にならんか?」
「話は聞いてるよ、もうじき産卵の為に回遊魚がこの近海にやってくるんだって」
「それをどうやって知ったのかじゃ」
「暦があるんでしょ?」
「去年の暦から換算すれば今頃には回遊魚が表れている時期なんじゃよ」
「うん? だから騒いでたんでしょ?」
「違う、彼らが騒いでおったのは、“これから回遊魚がやってくる”からじゃ」
「ん??」
「彼らは暦ではなく、別の手段をもって回遊魚の到来を予測しておるということじゃ」
「なるほど、それでどういう手段を使っていたの?」
「明るい空に雷鳴が轟く日があるそうじゃ。それから7日後に回遊魚がやってくる」
「明るい空に雷鳴?」
「ボクルグ神が天上で踊る日とこの村では伝えられておる。人から身を隠すために、ボクルグ神は雲を身にまとい、その中で轟き踊るのだそうじゃ」
「……つまり雲だけで、稲妻はないと」
「そもそも雷鳴の音とは随分違うようじゃな」
「ふむ……」
「気になるじゃろ?」
ただの自然現象なのか、それとも何か人為的なものが働いているのか。
何かつかめるかもしれない。




