69 ナヴィ、裏切り者達の恋歌 中編3
目の前の扉をノックする。
思えば自分の意志で人の部屋の扉を開けて欲しいとノックすることなんて、これまで殆ど無かったのではないか。
それが日に二度もするなんて。
普通の人からすれば当たり前の行為だろうけれど、私は普通ではなかったから。
「バズ?」
「ごめんなさい、ナヴィです」
「ナヴァ、バズが呼んでるの?」
「いいえ違います」
「リア?」
「それも違います、私があなたに用があるのです」
「…………」
しばしの沈黙。
そして扉が開いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目を赤くしたパレアに下から持ってきた温かい蒸留酒を渡す。
パレアはじっとコップに目を落としたまま、口をつけようとはしなかった。
「珍しいわね」
「私もこういうことを考えるのは初めてです」
「こういうこと?」
「……今日、私もダニエルさんに会いました」
「ッ!」
「偶然、あの時私、パレアさんの後ろにいたんです」
「……そう、盗み聞きしてたのね」
「ごめんなさい」
「いいわ、往来の真ん中で無様見せた私が悪いのよ」
パレアの表情には複雑な感情が渦巻いているように見えた。
私にはその感情が何であるのかは分からない。
「あの……」
「でもこれは私とネイラント家の問題なの、あなたには関係ないわ」
拒絶。
私は言いかけた言葉を飲み込みそうになる。
でも、言わなくちゃ。
「だ、ダニエルさんは……ミランダさんのことを思ってネイピア家に雇われているんです」
「母さまのため?」
「はい、いつでも側で守れるようにって」
「不幸な母さまの近くにいるだけだなんて、ただの自己満足よ」
「それは違います!」
大きな声がでた。
パレアは驚いた表情を浮かべている。
自分でも驚いた。
「何よ」
「ダニエルさんは本気でミランダさんのこと大切に思っています。それを自己満足って言い方しないでください」
「相手に伝わらない想いに何の価値があるのよ、そういうの自己満足って言うんじゃないの」
「そんなことはない、きっとミランダさんにだって届いてる!」
「母さまに会ったことも無いくせに分かったふうな言い方するな!」
パレアを慰めに来たのに気がつけば言い争い。
私は何をしてるんだろう。
でも溢れだした言葉が止まらなかった。
ダニエルさんの生き方を否定されるのが、どうしても耐えられなかった。
「だったら、ミランダさんに会ってくる! 会ってダニエルさんのこと恨んでいるか聞いてくる!」
気がつけばそう私は叫んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
部屋を出た私をご主人様が手招きした。
「いやぁすごい喧嘩だったな」
「すみません……」
ご主人様はニコリと笑いました。
「いいんだ、四六時中顔つき合わせてるんだ、喧嘩くらいするさ」
「そういうものでしょうか」
「いつか俺とも喧嘩してくれよな」
「私がご主人様に口答えするなんて」
「俺は気にしないのに」
そしてご主人様は少し真剣な顔をしました。
「ナヴィ、お前は自分の信念のため、そして仲間のために自由に行動すればいい。後始末は俺がなんとかしてやる。ただ殺しは、町中では駄目だ」
「わ、分かってます。私は何もそんなことを」
「うん、それならいい」
「……その、迷惑をおかけするかもしれません。いざとなったら私の事を捨てて」
「そんな覚悟はいらない。別にナヴィは俺達に悪意を持っているわけじゃないんだろ?」
「ありえません」
「だったらいいさ、頑張れ」
「……はい、ありがとうございます」
ご主人様はそっと私の背中を押すと、自分の部屋に戻って行かれました。




